軀方さんは地球のリセット装置?
体重の急増が発覚してから、一週間が過ぎた。
無名学園は下校時間。
僕は、イレブンギア施設内にある医務室にいた。
目の前には、にこにことした過藤先生。
「それが最後の注入器になるかしらぁ?」
プシュッ――。
注入器を首筋に当てナノパーツが打ち込まれる。
「はい、これで最後です」
「うんうん、唯一君これで完全復活よぉ」
そう言いながら、過藤先生が僕の右腕のギプスを外していく。
「もう大丈夫だと思うけどぉ、なにか心配なことはあるぅ?」
過藤先生とは、何度か定期健診で顔を合わせていた。
でも、いつも時間がなくて聞けなかったことがある。
――体重のことだ。
「あの、過藤先生。僕、体重が急に増えたんですけど……どうしてですか?」
「あぁ、それねぇ――」
過藤先生は、今思い出したといわんばかりに頷いた。
「言い忘れてたわぁ。ナノパーツ移植の影響よぉ」
「やっぱり、そうだったんですね」
この一週間、身体の調子はすこぶる良かった。
食欲は旺盛。
疲れもほとんど溜まらない。
それどころか、体重は増えているはずなのに身体が軽い。
「大ケガのあとなんですけど、とても調子がいいです」
「なら良かったわぁ」
過藤先生が微笑む。
僕は制服に着替えた。
「それじゃあ、僕は行きます」
「はいはいぃ、今度はあまり大きなケガしないようにねぇ」
「はい」
軽く会釈して、僕は医務室を出た。
次に向かうのは、高継さんの研究室。
少し遠いけど、今の僕にはどうってことない。
僕は、そのまま駆け出した。
◇
高継さんの研究室に到着した。
イレブンギアの施設はとにかく広い。
旧施設まで移動するとなると、結構な距離になる。
それでも、十分も経っていない。
ずっと走っていたのに、息切れすらしていなかった。
「……本当に、調子がいいな」
爽やかな気分で研究室の扉を開ける。
「すみません、お待たせしました」
「あら、唯一君、いいのよ。私も今来たところだから」
高継さんは、にっこりと笑って迎えてくれた。
でも……そう言いながら、すでに端末で作業をしている。
モニターには、軀方さんの戦闘映像が映し出されていた。
「とりあえず、ここに座って」
「あ、はい」
僕は勧められた椅子に腰を下ろした。
「それで、今日はどうしたんですか?」
昨日、突然呼び出された理由がまだ分からない。
僕が【時の解明者】の能力を打ち明けてから、一週間。
その間、特に何かがあったわけでもない。
だから、てっきり強化プログラムの話だと思っていた。
「実はね、唯一君に見てもらいたいものがあるの」
高継さんから端末を渡される。
画面を見た瞬間、僕の予想は外れた。
「……あの、これは?」
「魑瑠の資料だけど」
「それは分かるんですけど……どうして?」
以前、軀方さんのことを探ろうとしたときは、あれほど頑なに資料を見せようとしなかった。
それなのに、どうして今さら。
「唯一君なら、魑瑠を止められると思うからよ」
「え?」
その一言で、頭の中がさらに混乱した。
「それって……どういう意味ですか?」
「まずは、魑瑠の【灰を踏むもの】の項目を見て」
言われるまま、端末を操作する。
そこには、黒塗りのない資料が表示されていた。
軀方さんのオーパーツ――【灰を踏むもの】
「魑瑠の【灰を踏むもの】は、装備型なの」
「はい。そこは見れば分かりますね」
「でもね。実は――感情感応型でもあるの」
「装備型なのに、感情感応型?」
「そう。珍しいでしょう?」
僕は資料を読みながら頷く。
装備型は、基本的に使い手の熟練度が力に直結する。
道具をどれだけ使いこなせるか。
感情によって能力が変化する感情感応型とは、相性が悪いはずだ。
「……でも、どうして感情感応型なんですか?」
「読み進めてみて」
言われるまま、資料をスクロールする。
「――射程範囲は、約半径十五メートル――」
これは知っている。
実際に何度も発動を見ている僕にとっては、今さら驚くことでもない。
さらに読み進める。
「――ただし、発動者の感情に呼応して半径の拡大を確認――」
なるほど。
感情によって射程距離が変わる。
だから、感情感応型。
そこまでは理解できた。
だけど――
「……ん?」
その先に、とんでもない一文があった。
「――その範囲は、最終的に地球を覆うと予測される」
……え?
思わず画面を二度見する。
「高継さん。この最後の行って……」
「書いてある通りよ」
「……地球全体?」
「そう」
高継さんの表情から、笑みが消えた。
「魑瑠の感情の起伏次第では――地球を滅ぼせるの」
「……えぇ?」
あまりに現実離れした話だった。
「でも、地球全体なんて……そんなこと、あり得るんですか?」
「あのときは、なんとか食い止められたから、私たちは今も生きてるのよ」
「……あのとき?」
高継さんは、静かに語り始めた。
まだ幼かったころの軀方さんが、とある島で任務に就いたときのこと。
敵に囲まれ、逃げ場を失った軀方さんは、極度の恐怖に襲われた。
――生き残りたい。
その感情が爆発した瞬間。
【灰を踏むもの】が暴走した。
通常なら十五メートルほどしかない射程距離。
それが、一気に広がった。
島全体に灰が降り注ぎ――。
島民を含め、島にいた生物の時間が、加速した。
そして。
島は、生物の存在しない場所になった。
―――無人島。
それだけなら、まだよかった。
敵を殲滅したあとも、【灰を踏むもの】の暴走は止まらなかった。
射程距離は、広がり続けた。
なんとか軀方さんを落ち着かせ、オーパーツを解除させる。
そこで、ようやく暴走は収束した。
「……ということがあったのよ」
「……」
僕は言葉が出なかった。
その後の実験によって、【灰を踏むもの】が感情感応型であることが判明。
発動者の感情が大きく揺れれば揺れるほど、射程距離は広がっていく。
高継さんが見せた資料には、そう記されていた。
「だからって……地球全体というのは、どうも信じられないというか……」
「唯一君は、どうしてオーパーツが存在すると思う?」
突然、話が変わった。
僕は少し考える。
「僕たちの文明よりも進んだ文明が、昔は存在していたから……じゃないですか?」
「じゃあ、その進んだ文明は――どうして滅んだのかしら?」
「……」
また、答えに困る質問だ。
「実はね。文明が滅んだとされる地域を解析したことがあるの」
「はい」
「どの文明も、一夜にして滅んでいる場合が多いのよ」
「一夜に……?」
「しかも、同じ日に」
「同じ日にって……同時に、ですか?」
「そう」
高継さんは、淡々と続ける。
「そして、そうやって滅んだ文明には――死体が一つも残っていない」
「……それって」
「まるで、生物そのものが灰になったみたいにね」
「……ッ!」
背筋が冷たくなった。
「もちろん、すべての文明がそうだったわけじゃない。だけど――」
高継さんは画面に映る資料を指でなぞった。
「地球上の文明は、そうやって何度か滅んでいるのよ」
「……まさか」
僕の頭に、ひとつの可能性が浮かぶ。
「それが……【灰を踏むもの】によるものってことですか?」
「可能性はあるわ」
高継さんは、一度言葉を切った。
「そして、その可能性はかなり高い」
「じゃあ……【灰を踏むもの】によって、オーパーツが生まれたってことですか?」
「この仮説が正しければ、そういうことになるわね」
「……まるで、地球のリセット装置みたいだ」
「誰が、何のために作ったのかは分からないけど――」
高継さんは、苦い顔をした。
「結果だけ見れば、そうなってしまうわね」
僕は画面を見つめる。
現代に残された、地球リセット装置。
それが今――軀方さんなんだ。
「でも……今は半径約十五メートルを維持してますよね?」
「それは、そうプログラムしたからよ」
「プログラム……?」
高継さんの表情が、一気に曇った。
「オーパーツを発動したとき、感情が動かないように訓練したの」
「………」
軀方さんとの戦闘を思い出す。
【灰を踏むもの】を発動した彼女は、まるで感情のない機械だった。
それは、そうなるように――。
「……プログラムしたんですか?」
「そうよ」
高継さんは静かに答えた。
「戦闘中に感情が動かないように。何も考えず、ただ能力だけを使えるように」
「それじゃあ、軀方さんは……」
「分かってるわ」
高継さんは目を伏せる。
「でも、あのときは……そうするしかなかったのよ」
「……」
「信じてもらえないかもしれないけど、私なりに魑瑠を守るためにやったことよ」
その瞳には、守る者としての決意が宿っていた。
きっと、僕の知らない事情がまだある。
短い時間で語り尽くせるような話じゃないのだろう。
だけど――。
僕には、ひとつだけ聞かなければならないことが残っていた。
「……色々あるのは分かりました」
僕は高継さんの目を真っ直ぐに見た。
「でも、軀方さんを止められるって……どういう意味ですか?」
「それは――」
その瞬間。
ビィービィービィービィー!
けたたましい警報が研究室に響き渡った。
《学園内で、イレブンギア開発のナノパーツを装備した生徒が暴走してるよ!》
イヤーカフから、ミゴちゃんの声が飛び込んでくる。
「こんなときに!」
《行けるメンバーは、すぐに対処へ向かって!》
「クソッ!ミゴちゃん、場所は?」
《唯一君、校庭だよ!急いで!》
「分かった、すぐ行く!」
僕は立ち上がり、ドアへ向かう。
「この話は、また時間のあるときに!僕は行きます!」
「分かったわ。気を付けてね、唯一君」
「はい!」
プシュッ――。
自動ドアが開く。
僕は勢いよく飛び出した。
目指すは、校庭。
まだまだ聞きたいことはある。
でも、それはこの騒ぎを終わらせてからだ。
僕は、高継さんと大量の疑問を研究室に残し――校庭へと駆け出した。
どうも、雁木真理です。
ルビの大幅削減、行間の調整をしました。
感想、ご意見、ブクマありましたら嬉しいです。
それでは、皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。




