妹よ、年頃なのだからバスタオル一枚はやめてくれ
午後の授業終了を告げるチャイムが鳴った。
高継さんの研究室には、僕と高継さんの二人だけ。
僕は、さっきから投げかけられていた質問に答えようとしていた。
「僕のオーパーツの能力は――」
言葉が喉で詰まる。
本当に話していいのか。
まだ迷っていた。
そんな僕を、高継さんは急かすことなく待っている。
僕は一度、深く息を吸った。
「―――高継さんの予想した通り、時間を止められます」
意を決して告げた。
すると、高継さんは――ぽかんと口を開けた。
「え、本当にそうなの?」
まさかの反応だった。
そう答えるしかない状況に追い込んだ張本人なのに。
まるで――まさか、本当にそうだったなんて。
そう言いたげな顔をしている。
「え、え?だって、そうだと思ったんですよね?」
「そうだけど。あくまで憶測というか……」
高継さんは、困ったような笑顔を浮かべた。
「まさか、本当にそうだったなんて……」
「……」
心の中で思ったことを、そのまま言われた。
これ、もしかして……かまをかけられていた?
でも、気付いたところでもう遅い。
ここから何を言っても、全部つじつまが合わなくなる。
僕は、諦めて肩を落とした。
「信じられないかもしれませんけど、本当にそうです」
それから僕は、【時の解明者】の能力について詳しく説明した。
息を止めている間だけ、時間を止められること。
時間が止まると空気の動きまで止まるため、水中にいるような感覚になること。
そして、止まった時間の中で動けるのは、長くても三十秒ほどだということ。
高継さんは目を閉じ、黙って僕の話を聞いていた。
「――というのが、僕のオーパーツの本当の能力です」
「……なるほどね」
そう呟いた高継さんの目が、カッと開く。
「唯一君、最強になれるポテンシャルなのに、残念ね!」
ガックリ。
それは、僕自身がいつも思っていたことだった。
「……ま、まぁ、そうなんですけど、はい」
「でもね―――」
高継さんの瞳が、キラリと光る。
「―――伸びしろは、たくさんあるってことよ!」
肩をガッシリと掴まれた。
「それに、やっと見つけたわ」
「……何をですか?」
「時を止めるオーパーツ」
その言葉の意味が、僕にはよく分からなかった。
だけど、聞き返すより先に、高継さんは帰り支度を始めてしまう。
「とりあえず、これからの話はまた今度ね!」
「え、あ、はい!」
「それじゃ唯一君、また明日ね!」
「あのっ!このことは誰にも言わないでください!」
「わかったわー!」
高継さんはそう言うと、勢いよく研究室を出ていった。
残された僕と、静けさ。
「……これから、どうなるんだろう?」
そんなことを考えながら、僕も研究室を後にした。
◇
夕日も沈み、辺りが夜へと変わり始めた頃。
僕は自室のベッドにダイブした。
ボフゥ。
「あー!疲れた!」
《お疲れ様、唯一君》
イヤーカフから、ミゴちゃんの声が返ってくる。
《妹さん、とても心配だったんだね?》
「……んー、まぁ、そうだろうね」
帰ってからが大変だった。
四日間、学園から連絡があったとはいえ、家には帰らなかった。
しかも、その間、僕からの連絡は一切なし。
やっと帰ってきたと思ったら、右腕にギプス。
この前――ちゃんと帰るから。
なんて言ったばかりだったから、心配するのも無理はない。
その証拠に、僕の顔を見た妹の春は烈火のごとく表情を変え、質問攻めしてきた。
その後、なんとか納得してくれたのか、春はキッチンへ向かった。
「とにかく、今からご飯作るから。お兄ちゃんは休んでて」
「ありがとう。少し横になってくるよ」
そう言って、僕はベッドに身体を沈めた。
そして、ゆっくりと深呼吸する。
「ミゴちゃん。あれでよかったんだよね?」
《これから次第かなー》
AIのくせに、なんとも人間臭い回答だった。
◇
「お兄ちゃん、ご飯できたよー」
春に呼ばれ、僕はリビングへ向かった。
テーブルの上には、料理が並んでいる。
具材がゴロゴロ入ったシチューに、ふっくらしたバケット。
それにサラダまで。
「なんか、今日のご飯すごいね?」
「お兄ちゃん、鏡見た?」
「え?」
「すごくげっそりしているよ」
言われて頬に触れる。
確かに、いつもより骨ばっている気がする。
「ほら、座って。料理が冷める前に食べよう」
「わかった」
椅子に座ると、ギィ……と音が鳴った。
そろそろ古くなってきたし、買い替えかな。
そんなことを考えていると、春がスプーンを差し出してきた。
「はい、お兄ちゃん」
「ありがとう。いただきます」
シチューを一口。
「……美味しい」
なんだろう。
春の料理なのに、今日はやけに沁みる。
その瞬間、一気に空腹感が押し寄せてきた。
もっと食べたい。
行儀が悪いとか、そんなことを考える余裕もなく、僕は次々とシチューを口に運んだ。
「ちょっとお兄ちゃん、そんながっつかなくても」
「なんか……すごくお腹が減って、止まらない!」
「そんなにがっつくと、喉に詰まらせるよ?」
「わか――ゴホッ、ゴホッ!」
「ほらー!はい、お水」
「ありがとう」
ゴキュゴキュッ!
一気に飲み干す。
それでも、食欲は収まらない。
まるで、胃に入れたそばからエネルギーに変わっているみたいだ。
「そういえばさ、お兄ちゃん」
「なに?」
「体重、増えた?」
「なんで?」
「いや、なんかいつもと足音が違うから」
「自分じゃよく分からないよ」
「……ふーん?」
春は少し考えるように首を傾げた。
「お風呂のとき、体重計に乗ってみれば?」
「んー、そうしてみる」
そんな会話をしながら、僕はシチューを三杯もおかわりした。
これもナノパーツ移植の影響なのかな。
それとも、身体が急速に回復したせいで、エネルギーを大量に必要としているとか。
理由は分からない。
ただ――
今まで感じたことのない満腹感が、身体いっぱいに広がっていた。
とてもいい気分だった。
「ご馳走様」
「お粗末様。先にお風呂入って。片付け私がするから」
「悪いな。ありがとう」
僕は着替えを持って、脱衣所へ向かった。
◇
「上がったよ」
リビングのソファに寝転がっている春に声をかける。
「あいー」
パタパタと足音を立てて、春がリビングから出ていく。
入れ違いに、僕はキッチンで水を飲んだ。
テレビをつけ、ソファに腰を下ろす。
特に見たい番組があるわけじゃない。
ただ、部屋で一人になる気にもなれなくて、ぼんやりと画面を眺めていた。
「えぇーーーーーーーー‼」
突然、浴室から春のものすごい声が響いた。
直後。
ドカドカドカッ!
足音が近づいてきたと思ったら、リビングのドアがバタンと開いた。
「ちょっと、お兄ちゃん!どれだけお湯使ったの⁉」
バスタオル一枚を身体に巻いた春が、怒った顔で立っている。
「え?別にいつも通りお風呂入っただけだけど」
「なら、こっち来て見てよ!」
言われるがまま、浴室へ向かう。
「ほら、これ!」
春が浴槽を指差した。
浴槽に残っているお湯は――三分の一ほどしかない。
「えぇ!」
「お兄ちゃん、どういうこと!」
「いや、どういうことって言われても……」
あまりのお湯の少なさに、僕も困惑する。
「とにかく、お湯がこれなら補充しといてよ!」
「まぁ……確かに」
「次から気を付けてね、お兄ちゃん!」
「分かったよ」
春はそう言うと、浴室へ戻っていった。
僕は脱衣所を出ようと振り返る。
そのとき――体重計が目に入った。
さっきの会話を思い出し、僕は体重計に乗ってみる。
ピピッ―――ピッ!
測定完了。
表示された数字を見て、僕は固まった。
『150kg』
「……え?」
何かの間違いだ。
そう思って、もう一度乗り直す。
ピピッ―――ピッ!
『150kg』
結果は同じだった。
「……」
これは、一体どういうことだ?
もし本当なら、お湯の減りも当然だ。
ベッドの沈み方が違ったのも。
異常な食欲も。
全部、これなら説明がつく。
だけど――
「僕の身体……どうなってしまったんだ?」
どうも、雁木真理です。
ルビの大幅削減、行間の調整をしました。
感想、ご意見、ブクマありましたら嬉しいです。
それでは、皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。




