軀方さんって歯並び綺麗だなぁ
実験体の自爆事件から、四日。
無名学園は――今日も平和だった。
そして今は、昼休み。
「はい、あーん」
「……あ、あーん」
軀方さんが差し出した卵焼きを、恐る恐る口に入れる。
「どうかな?」
上目遣いの軀方さん。
きらきらした瞳を直視できず、僕は視線を逸らした。
「……美味しいです」
「よかった!」
嬉しそうに微笑む軀方さん。
僕は気恥ずかしさに俯いた。
視線の先にあるのは、ギプスで固められた右腕。
……どうして、こうなったんだっけ。
◇
目を覚ますと、そろそろ見慣れてきた天井があった。
時計は六時を指していた。
身体を起こそうとした、そのとき。
ひょこっ。
「あらぁ、おはよう唯一君。調子はどおぅ?」
過藤先生が、ベッドの横から顔を出した。
……この流れ、もう定番になってきたな。
「えっと……どう、と言われましても」
「まぁ、いいわぁ!今回は本当にすごかったんだからぁ」
にこにこしながら、過藤先生が指を折っていく。
「鼓膜破裂。胸部陥没。両肺と内臓に損傷。右腕から手にかけての粉砕骨折。出血多量―――からの、心肺停止」
「…………」
「流石に今回はダメかと思っちゃったわぁ」
さらっと、とんでもないことを言われた。
……心肺停止?
それってつまり、僕。
ちょっとの間、あの世に行ってたんじゃ……?
「で、でも……助けてもらって、ありがとうございます」
「いいのよぉ。今回も、いい手術ができてよかったわぁ」
ぱちっとウィンク。
逆に怖い。
何が怖いって、この人が本気で何事もなかったように言ってることだ。
身体を起こしてみる。
痛みはない。
傷もない。
まるで、最初から何もなかったみたいに。
……いや。
それはそれで怖いんだけど。
冷や汗が流れた。
「その様子なら、本当に大丈夫そうねぇ」
「あの……どうやって治してるんですか?」
「それは企業秘密よぉ」
笑顔で誤魔化された。
絶対、普通の治療じゃない。
「あ、でもでもぉ、ちょっと注意ねぇ」
そう言うと、過藤先生は僕の右腕にギプスを巻いた。
「え?でも、右腕も動きますけど……」
「見た目はねぇ」
「?」
「今回の手術で、かなりの量のナノパーツを体に移植したの。定着するまでは安静にしてほしいのよぉ」
なるほど。
「でも、見た目は全快してるからぁ」
過藤先生がギプスをぽんぽん叩く。
「これなら体育も休めるでしょぉ?」
「……なるほど」
便利なギプスだった。
「それと、これ。一週間分の注入器ねぇ」
小さなケースを渡される。
「朝、昼、晩。忘れずに打つのよぉ」
「……分かりました」
ちょっと面倒だけど、仕方ない。
これをやらないと完全には治らないらしい。
「あっ、そうそう。唯一君、四日くらい寝てたからぁ」
「…………え?」
慌てて携帯端末を確認する。
「あぁ、ご家族には連絡してあるから大丈夫よぉ」
「なんて連絡したんですか?」
「『枢君は実験で四日くらい学園に泊まります』ってぇ」
「…………」
それで納得するものだろうか。
通知欄を確認する。
思ったより少ない。
……少ない。
少ないけど。
逆に怖い。
家に帰ったら、何を言われるんだろう。
「それじゃぁ、今日から復帰ねぇ。無理はしないようにぃ」
そう言って、過藤先生は部屋を出て行った。
テーブルには、軽い朝食と新しい制服。
僕は着替えを済ませ、朝食を取る。
時計を見ると、もうすぐ七時。
右腕はギプスで固定されているせいか、少し動かしづらい。
でも――。
あれだけのケガをしたのに、この程度で済んでいる。
そう考えると、むしろ異常なのかもしれない。
何はともあれ。
今日から、学園復帰だ。
「……いつも通りにしよう」
そう呟いて、僕は部屋を出た。
◇
学園に戻ってからも、基本的にはいつも通りだった。
右腕のギプスに視線を向けられることはあった。
けど、話しかけられるわけでもない。
まぁ、僕には友達がいない。
心配してくれる人がいるとすれば――。
そんなことを考えているうちに、昼休みになった。
昼食を用意していなかった僕は、購買へ向かおうと廊下へ出る。
「あ、唯一君!」
「……あ」
そこには、軀方さんがいた。
「軀方さん?どうしたんですか?」
「唯一君が復帰したって聞いたから、見に来たの」
微笑む軀方さん。
凛とした顔立ちからは想像できない、柔らかな笑顔。
……やっぱり、まだ慣れない。
「あ、えっと……この通り、大丈夫です」
「……でも」
軀方さんの視線が、僕の右腕へ落ちる。
「右手、痛そう」
「えっと、これは別に大丈夫で、ただ一応着けてるだけで……」
「……でも」
「それより、軀方さんが無事で本当によかったです!」
努めて明るく言った。
「うん」
軀方さんが微笑んだ。
「唯一君のおかげで、大きなケガはなかったよ。ありがとう」
「よかったです。それじゃ、僕はお昼を買いに行きますね」
横を通り過ぎようとした、そのとき。
くいっ。
「んあっ!」
制服の袖を引っ張られた。
振り返ると、軀方さんが僕の袖を掴んで俯いている。
「……どうしました?」
「あの……」
ちらっ。
こちらを見る。
「今日も、唯一君の分のお弁当……用意してるんだけど」
「えっ?」
「一緒に……食べよう?」
顔が近づいてきた。
近い近い近い。
「あ、えっと……はい」
断れるわけがなかった。
こんな誘い方をされて断れる男子がいるんだろうか?
いるなら、ぜひ精神構造を調べたい。
「それじゃ、軀方さんの教室に行きましょうか?」
「……うん」
軀方さんは俯いたまま歩き出した。
そして。
なぜか、僕の袖を掴んだまま離さない。
僕はそのまま、引っ張られるようについていく。
……なんだろう?
この四日間で、軀方さんに何があったんだ?
以前より、明らかに距離が近い。
僕の疑問は膨らむばかりだった。
それと同時に、背中に向けられる殺気は鋭かった。
◇
軀方さんの教室に到着。
いつもの席に座ると、軀方さんがお弁当を広げてくれた。
「いただきます」
さっそく食べようとした、そのとき。
「あ」
箸しかない。
そして僕の右手はギプスで固定されている。
つまり。
食べられない。
「……食堂に行って、フォークを借りましょうか」
僕が立ち上がろうとすると。
軀方さんが、ぽんと手を叩いた。
「私が唯一君に食べさせます!」
「…………はい?」
「私が食べさせれば問題ありません!」
「いやいやいや。問題しかないですよ」
「だって、今から食堂に行ったら席が空いてないかもしれないし!」
「でも……」
「大丈夫です!」
なぜか今日の軀方さん強い。
「私が食べさせるので、問題ありません!」
押し切られた。
そして――。
「はい、あーん」
「……あーん」
現在に至る。
「どうかな?」
「……美味しいです」
「よかった!」
軀方さんは嬉しそうに笑った。
「はい、次」
「あーん……」
「ふふっ」
……なんだろう。
すごく幸せそうだ。
そして、食事介助が妙に上手い。
おかげで食事は滞りなく進み――。
「はい、唯一君。これが最後。あーん」
「あ、あーん」
「んふふ」
最後の一口まで食べさせてもらった。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
軀方さんは鼻歌交じりにお弁当を片付けている。
……嬉しそうだ。
まぁ。
お弁当はいつも通り、とても美味しかった。
ただし。
周囲の男子から向けられる殺気は、いつも以上だった。
―――というわけで。
僕の復帰初日は、いつも以上に距離感の近い軀方さんとの昼休みになった。
「それじゃ、僕は自分の教室に戻りますね」
「うん。また後でね、唯一君」
僕が席を立とうとした、その瞬間。
「唯一枢君。職員室まで来てください。高継先生からの呼び出しです」
校内放送が響いた。
「……え?」
僕の動きが止まる。
復帰初日。
昼休み。
そして、高継さんからの呼び出し。
……嫌な予感しかしない。
こうして僕は、自分の教室ではなく――
職員室へ向かうことになった。
どうも、雁木真理です。
ルビの大幅削減、行間の調整をしました。
感想、ご意見、ブクマありましたら嬉しいです。
それでは、皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。




