軀方さんの笑顔って、落ち着くなぁ(瀕死)
身体が動かない。
呼吸も、まともにできない。
僕は訓練場の壁際に倒れ込んでいた。
力の入らない腕を動かし、注入器を首筋に打ち込む。
―――じわり。
身体の痛みが引いていく。
けれど同時に、意識まで遠のいていく。
それでも、目の前から視線を逸らせなかった。
軀方さんが―――【灰を踏むもの】を発動している。
彼女を中心に、灰が降っていた。
雪のように。
静かに。
ゆっくりと。
その灰の中で、実験体だけが暴れ回っている。
目に入るものを、手当たり次第に壊していた。
そんな実験体を見ながら、軀方さんが口を開く。
「……No.11は、そのまま待機」
あのときと同じ言葉。
同じ、無機質な声。
「……殲滅します」
―――ゾクリ。
背筋が冷えた。
いつもの軀方さんじゃない。
普段のぽわぽわした雰囲気なんて、どこにもない。
まるで、別人。
いや。
これは……デストロイモードだ。
軀方さんが歩き出す。
一歩。
また一歩。
怖いくらいに、ゆっくりと。
「ガアアアアアッ‼」
実験体が軀方さんへ飛び掛かった。
伸びる腕。
連続する拳。
でも。
軀方さんは、避けない。
スッ、と手を添える。
それだけで拳の軌道が逸れた。
右からくれば、右へ。
左からくれば、左へ。
「……無駄です」
表情一つ変えず、前へ進む。
「グルガアアアアッ‼」
悔しそうに叫ぶ実験体。
さらに拳を加速させる。
けれど、それでも同じだった。
逸らす。
進む。
逸らす。
進む。
ただ、それだけ。
やがて軀方さんは、実験体の目の前まで辿り着いた。
拳が飛ぶ。
それを―――掴む。
「グガァッ‼」
反対の拳も飛んでくる。
それも掴む。
両腕を、完全に封じた。
そして。
「……時間です」
ザァ……。
実験体の腕が、灰になった。
皮膚が。
肉が。
まるで空間そのものに削られるように、さらさらと崩れていく。
近くにいるほど、その力は強くなる。
そして今。
実験体は、その中心にいる。
なのに。
「……ハ、ハハ」
実験体は嗤った。
両腕を失い。
髪は白くなり。
顔には深い皺が刻まれていく。
それでも、嗤っている。
「ハハハハハッ!」
―――何だ、こいつ。
そんな僕の疑問をよそに、軀方さんは実験体の頭へ手を伸ばした。
「……これで、おしまいです」
その手が触れる―――。
その瞬間。
カチリ。
何かが鳴った。
実験体の背中。
そこに装備された大型ナノパーツが展開する。
「……え?」
中から、何本もの腕が飛び出した。
軀方さんの身体を絡めとる。
腕。
脚。
胴体。
完全に拘束された。
「軀方さん!」
まずい。
これは―――絶対にまずい。
「No.11、逃げて!」
軀方さんの声が響く。
「自爆です!」
―――自爆?
理解が追いつかない。
でも、実験体の身体を見れば分かった。
全身に赤い亀裂が走っている。
その隙間から、光が漏れ始めていた。
「……っ!」
爆発する。
このままじゃ、軀方さんが―――!
動け。
動け、僕の身体!
動くかどうかじゃない。
動かすんだ!
僕は無理やり立ち上がり、軀方さんへ駆け出した。
息を止める。
―――世界が、止まった。
降り注ぐ灰も。
実験体も。
軀方さんも。
すべてが静止する。
間に合え!
まとわりつく空気を押しのけながら、僕は走った。
胸の奥が、ビキビキと軋む。
痛い。
でも、止まれない。
軀方さんの前へ滑り込む。
拳を握る。
力を溜める。
そして―――。
ほんの一瞬だけ、息を吸った。
世界が動き出す。
「クラッシュッ‼」
【粉砕衝撃装甲】が、実験体へ叩き込まれた。
「グガァッ‼」
衝撃で実験体が吹き飛ぶ。
軀方さんを拘束していたナノパーツの腕も、一斉に離れた。
そのまま僕たちは反対方向へ吹き飛ばされる。
僕は咄嗟に、軀方さんを抱きかかえた。
そして―――。
ドゴォンッ!
背中から壁に叩きつけられた。
「ガハッ‼」
肺から空気が抜ける。
それでも、倒れている暇はない。
息を止める。
世界が止まった。
実験体を見る。
身体が―――膨らんでいる。
違う。
爆発する。
次に息を吸えば、爆発が始まる。
どうする?
逃げる?
無理だ。
出入口が遠い。
隠れる場所もない。
瓦礫もない。
考えろ!
ふと、軀方さんの動きが頭をよぎった。
拳を受け流す。
真正面から受けず、力の向きを変える。
……これだ。
爆風そのものを、逸らす。
【粉砕衝撃装甲】で。
爆風を―――殴る。
我ながら、馬鹿げた作戦だと思う。
でも、やるしかない!
他に方法がない。
時間がない。
息が限界だ。
息を吸う。
瞬間。
―――ドォォォォンッ‼
閃光が訓練場を埋め尽くした。
爆風が迫ってくる。
速い。
もう、すぐそこまで来ている。
僕は身体を沈めた。
右拳を地面すれすれまで下げる。
力を溜める。
もっと。
もっと。
まだだ。
まだ―――。
爆風が目の前まで迫る。
今!
「クラアァァァシュッッッ‼」
拳を振り抜いた。
ドゴォォォォォンッ‼
衝撃と衝撃がぶつかり合う。
形のない爆風を、拳で殴り飛ばす。
……成功した?
いや。
右腕が、焼けるように痛い。
衝撃が全身を駆け抜ける。
「ウグ……ッ!」
後ろには軀方さんがいる。
倒れちゃいけない。
守らないと。
身体が熱い。
痛い。
感覚が遠い。
視界が――。
―――。
―――――。
―――――――――。
……。
気がつくと、周囲には煙が漂っていた。
静かだった。
身体の感覚が、少しずつ戻ってくる。
……あれ?
なんだろう。
身体が、浮いている。
それに―――。
腕に、柔らかい感触。
前を見る。
そこには、軀方さんの顔があった。
……また、お姫様抱っこされてる。
軀方さんが何か叫んでいる。
でも、聞こえない。
爆発で耳までやられたらしい。
……そういえば灰が降ってない。
ということは。
軀方さんは、オーパーツを解除したんだ。
僕たちは―――生き残った。
よかった。
それに。
いつもの軀方さんに戻ってる。
それだけで、なんだか安心した。
急に眠くなってきた。
瞼が重い。
もう、限界だ。
目を閉じようとした、そのとき。
頬に。
ポタッ。
何かが落ちた。
なんだろう。
重たい瞼を、もう一度だけ開く。
軀方さんが―――泣いていた。
「……あ、軀方さん」
声が出しづらい。
それでも、伝えたかった。
「……無事で、よかった」
僕は笑おうとした。
うまく笑えているかは分からない。
それでも。
「僕は……大丈夫ですから」
軀方さんの目が丸くなる。
そして。
いつものように、微笑んだ。
……やっぱり。
軀方さんの笑顔って、落ち着くなぁ。
そう思いながら。
僕は静かに、瞼を閉じた。
どうも、雁木真理です。
ルビの大幅削減、行間の調整をしました。
感想、ご意見、ブクマありましたら嬉しいです。
それでは、皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。




