灰が舞う、その前に
突然現れた実験体。
僕は六号を首筋へ打ち込み、その姿を見据えた。
「唯一君、気を付けて。前と様子が違う」
「はい。見ていてそれは分かります」
以前とは別物だった。
両腕と両脚には新しいナノパーツ。
軀方さんに折られた四肢を補うように埋め込まれている。
だが、一番気になるのは胴体だ。
見たことのない大型ナノパーツ。
何をする装備なのか、まったく読めない。
そんな僕らを見据え、実験体が一歩踏み出した。
ズシン。
重い足音。
装備の重量か、それとも純粋な体重か。
どちらにせよ、待つ理由はない。
先に仕掛ける。
そうと決めて踏み込もうとした、そのときだった。
「待って。私が行く!」
軀方さんが前に出る。
「あ、軀方さん!」
「大丈夫。唯一君は見てて!」
その背中を見て、僕の足が止まった。
―――まただ。
考えてる。
戦いは始まっているのに。
高継さんに散々注意された悪い癖。
迷っている間に、誰かが先に動いてしまう。
軀方さんは、そのまま実験体の間合いへ入った。
「ヨガッタ。オマエから壊シたかったんだ」
実験体の拳が飛ぶ。
前より速い。
それでも軀方さんは紙一重でかわした。
そのまま腕を取り、関節を極める。
―――決まった。
そう思った。
だが。
腕は折れなかった。
ぐにゃり、と。
まるでゴムのように曲がるだけ。
「!」
軀方さんの動きが止まる。
実験体が嗤った。
そのまま身体をしならせ、腕を大きく振る。
軀方さんがこちらへ吹き飛ばされる。
「危ない!」
息を止める。
世界が静止した。
空中で止まった軀方さんへ駆け寄り、その身体を抱き止める。
そして息を吸う。
時間が動き出す。
ドンッ。
吹き飛ばされる勢いを足で受け止めた。
「ありがとう、唯一君」
「いえ。無事でよかったです」
僕たちは距離を取り直す。
軀方さんが実験体を見据えた。
「関節がない……。脚もたぶん同じ」
「前みたいな制圧は無理ですね」
「……ええ」
その時だった。
実験体が大きく腕を振りかぶる。
でも、届く距離じゃない。
なのに―――。
「唯一君!横に跳んで!」
「えっ―――」
衝撃。
気づいたときには壁へ叩きつけられていた。
「うぐっ!」
息が詰まる。
首を見る。
実験体の腕が、ゴムのように伸びて僕の首を締め上げていた。
「ぐっ……!」
外れない。
苦しい。
息ができない。
そのまま身体が引っ張られる。
壁へ。
床へ。
何度も。
何度も叩きつけられた。
視界が揺れる。
意識が遠のく。
また床へ叩きつけられた瞬間。
掌に何かが当たった。
壊れたボットの破片。
反射的に掴み、そのまま伸びた腕へ突き刺す。
実験体が怯む。
首から手が離れた。
身体が宙へ放り出される。
落ちる。
その瞬間。
―――キュィィィン。
六号が起動した。
痛みが引いていく。
僕は息を吸い込み、止める。
世界が止まった。
地上まで約三メートル。
姿勢を整える。
息を吸う。
スタッ!
綺麗に着地した。
「動ける?」
軀方さんが横に来る。
「はい、なんとか」
さっきので分かった。
今の実験体は、まるでゴムみたいだ。
打撃は逃がされる。
でも、破片は刺さった。
なら。
「僕が行きます!」
低く駆ける。
途中でボットの破片を拾う。
その間、伸びる拳が襲う。
息を止める。
避ける。
また止める。
避ける。
一気に懐へ潜り込んだ。
時間を止める。
破片を突き刺す。
解除。
また止める。
刺す。
解除。
止める、刺す、解除。
止める、刺す、解除。
破片が尽きる。
右手首のナノパーツ【粉砕衝撃装甲】を起動する。
黒い装甲が腕を覆った。
刺さった破片ごと、内側から砕く。
息を止める。
拳を限界まで引き絞る。
息を吸う。
「―――クラァァッシュッ‼」
キュィィィーン。
直後。
ドッゴォォォン‼
衝撃が破片を押し込み、実験体の身体を貫いた。
「オゴワァァ!」
巨体が吹き飛ぶ。
僕も反動で弾かれた。
着地して右肩を見る。
緑のラインが一つ消えている。
残り二回。
瓦礫は静かだった。
……まだ動かない。
「やった……のか?」
「唯一君、大丈夫⁉」
軀方さんが駆け寄る。
「……今の、すごかった!」
「高継さんからもらったナノパーツです」
「すごい破壊力だったけど、身体は大丈夫?」
「一日に三回まで、今ので一回目なのでまだまだ平気です」
「なら良かった。無理しないでね唯一君」
「ありがとうございます」
―――ガタッ!
瓦礫が崩れる音!
来る。
構えた。
だが。
狙いは僕じゃなかった。
軀方さんだった。
「!」
息を止める。
時間停止。
軀方さんへ体当たりする。
押し飛ばす。
その瞬間、息が限界を迎えた。
時間が動き出す。
鈍い衝撃。
「唯一君!」
拳が胸にめり込んでいる。
前回と同じように。
呼吸ができない。
足に力が入らない。
壁をずるずると滑り落ちる。
「ウガアァァァァァッ!」
実験体はもう理性を失っていた。
ただ暴れている。
「……く、がた、さん」
震える手を伸ばす。
届かない。
身体は動かない。
それでも。
軀方さんは静かに前へ出た。
背筋を伸ばして。
腰のオーパーツへ手を添えながら。
ゆっくりと、ランタンのつまみを下ろす。
―――ガッコン。
ランタンの小窓が開く。
青白い光が漏れた。
「―――灰を踏むもの」
静かに舞い散る灰が、戦場を白く染めていく。
どうも雁木真理です。
今回もなんとか投稿出来ました。
また前回から期間が空いてしまいすみません。




