【第十五夜】 白日夢
近年の夏の暑さは尋常じゃない。
こんな真夏にリクルートスーツを着てのサマーインターンに通うなんて拷問のようなものだ。
屋外では灼熱地獄を味わうのに、オフィスに入ってしまえば冷房が効いている。上着がないとかえって寒い。
……なんというか、無駄なことをしている気がする。いっそのこと服装はビジネスカジュアルと指定してくれたらいいのに。外資系に行ったアイツはなんだか涼しそうな私服で通ってたよなぁ……。
そんなことを考えて脱いだ上着を抱えながら、ホームに停車した電車に乗り込んだ。
今日はラッキーだ。次の駅で目の前の乗客が降りて席が空いた。
なにしろ昼間は先輩たちに気を遣い、会社の上役に気を遣い、ミスのないように気を遣い、すべてに気を遣い続けて、精神的にもヘトヘトに疲れている。
座席にもたれるとすぐに目を瞑った。
「次は○○~。次は○○~。お降りのお客様はお忘れもののないようにお願いいたします。○△線にお乗り替えのお客様は……」
車内のアナウンスに意識が浮上して、瞼を開けた。
席に座るや否やすぐにうつらうつらと眠ってしまったようだった。
次の駅で降りて、電車を乗り換えなくてはならない。
車内はすでに空いていた。空席のほうが多い。
ここまでくる途中の駅でかなりの人数の乗客が降りていく。
なに気なくぼんやりと車輌の銀色のドアを眺めていると──
ドアの前に、白地に青い金魚の柄の浴衣を着た幼い男の子がすうっと浮き上がって現れた。右手には風船の紐を握っている。左手は父親の手に繋がれていた。男の子は父親を見上げて嬉しそうに微笑んでいる。
ああ、夏祭りかなにかのイベントの帰りなのか。
そう思った。それでも何かおかしな気がして……。
瞬きをした次の瞬間にはすでに、銀色のドアの周辺には親子連れはおろか、誰も立ってはいなかった。
いきなり目の前に現れた男の子の浴衣の柄までもがはっきりと見えていた。 嬉しそうに笑う表情も。だが……たしかに隣にいて、手を繋いでいるはずの父親は腕だけしか見えていなかった。そして、背後にある車輌の銀色のドアは透けていた。
マジか……。
……疲れ過ぎていて幻覚を見ただけなのかもしれないし、いわゆるアレを見てしまったのかもしれない。
もしもアレだとしても、不思議と怖いという感情は起こらなかった。男の子が楽しそうに笑っていたからだろうか。
ふと神楽囃子の笛の音が耳によみがえる。子どものころの夏祭りを思い出した。
夜店の提灯の明かり、お好み焼きやタコ焼きのソースの焦げた芳ばしい匂い。金魚やマスコットすくい、わたあめにかき氷。
そういえば近所の神社も夏祭りの時期だ。
久しぶりに……行ってみようか。
なんて、そんなことを考えた。




