【第十四夜】 仮面
2026年度版『誰かのはなし』です。
よろしくお願いいたします。
見間違いかと思った。
祭りの屋台で売っているキツネの面を、イタズラにかぶっているのかと思った。
普段は会うこともないし連絡を取り合う間柄でもない、弔事や慶事のときにだけ顔を合わせる親戚がいる。彼の歳は二歳ほど下。大きな声を出さずに、穏やかで大人しい話し方をする、という印象がある。
母と仲のよい親戚のおばさんは彼の母親だ。そのおばさん伝てに話は聞いていた。就職した先で人間関係が上手くいかずに退職し、借りていたアパートを引き払って実家に帰ってきていると。
正直なところ、その話を聞いても「ふうん」と思っただけだった。そんな話はどこにでも転がっているし、その職場が肌に合わなかっただけ。新しい職を探して再出発すればいい。
「あの子の話を聴いてあげてくれないかしら? 歳も近いし、あなたなら気持ちも分かると思うのよ」
おばさんにそんなことを云われても……。子ども同士は特別に仲がよいわけではないので断った。顔を合わすことがあれば会釈をする程度の仲だ。彼だってたいして気心もしれていない私に、心の内をさらす訳もない。お互いにただ気まずい思いをするだけだ。
しばらくしてから、まだ実家に引きこもっているという話を聞いた。就職活動が上手くいかない苛立ちからか、最近ではおじさんやおばさんに怒鳴り散らし、暴言を吐くことさえもあるという。それは如何なものかとも思うが、気持ちのやり場がほかにないのだろうとも想像した。
人生は自分に都合がよく進むわけではない。
条件に合う仕事がなかなか見つからないこともよくある。古くさい考え方かもしれないが、こういったことにはご縁があるとも思っている。焦っても仕方がないのだ。今は時ではないだけなのだろう。
それから数ヵ月後。彼は就職して家を出た。新しい職場では人間関係の問題はなく、つつがなく働いているらしい。
その後、職場で知り合った女性と結婚したと聞いた。
数年後におばさんが入院した。とはいっても直接、生命にかかわる病気ではない。自宅の庭で小石に躓き、派手に転んでしまったのだ。以前から膝が悪かったので、この際だから人工関節の手術をしましょうと、医者に言われたと云う。そのための入院だった。
「運転手としてついてきてほしい」
母からの頼みでお見舞いに行く事になった。
「孫と遊んであげたいから早く退院したいのよ」
「もう可愛いくってしかたがないの」
おばさんは孫自慢を満面の笑顔で母と私に語っていた。母は「羨ましいわねぇ」などと相槌を打っている。そろそろ矛先がこちらに向いてきそうな気配を感じて席を立った。
「ちょっと売店に行ってくる」と部屋を出る。なにしろ私は結婚もしていない。そんな相手もいない。お気楽な独り身だ。孫はおろか母の期待に添える気もまったくしない。
「やっぱり……思いきってお願いしてよかったわ」
部屋を出るときに、トーンを落としたおばさんの声が背中越しに聞こえた。
売店に向かう廊下の向こうから男性が歩いてきた。窓からの陽射しは逆光になっているために黒いシルエットになっている。すれ違うときに、何気なく顔を見上げて……ぎょっとした。
キツネの面?
そう勘違いをしてしまうほどに、両目は細く細く異様に吊り上がり、その目元は朱を引いたように赤かった。目元とは反対に肌にはまったく赤味はなく、絵の具を厚く塗りたくられているように真っ白かった。
振り返ると男性は、おばさんの入院している個室へと入っていく。もしかして……彼?
いや、まさか。
彼はどちらかというとタレ目のタヌキ顔だった。ならば……別人だろう。
おばさんの知り合いかもしれない。
売店から戻ってくると、おばさんの個室には彼がいた。母と彼とおばさんの三人で和やかに話をしている。
「お久しぶりですね」
にこやかに挨拶をしてくれた彼は、記憶のとおりのタレ目のタヌキ顔だった。
「あのさ、売店に行っている間に誰かほかにお見舞いにきた?」
帰りの車の中で母に訊いてみた。
「息子さん以外には来てないわよ。どうして?」
「……なんでもない」
見間違い……なのだろうか。
とてもそうとは思えなかったが……。
『やっぱり……思いきってお願いしてよかったわ』
おばさんの声が耳元から聞こえた気がした。
知らないほうがいいこと。そういったものは……おそらくあるに違いない。
読んでくださってありがとうございます。
2026年度版『誰かのはなし』。
また今年も五話を追加しようと思います(*´꒳`ฅ)
22日の17時から毎日17時に五夜連続更新です。
すでに予約投稿になっております。
本当にねえ。一年はあっという間に過ぎていく……。そっちのほうが冬野にはホラーです。




