四 窮地からの脱出。
古代都市の地下深くに隠すように置かれていた一隻の戦艦。アイミたちが見つけた古文書には銀河最強の船だと記されている。
それを扱うことのできる者は、平和な日本で生まれた争いも知らない一人の青年。彼が持つ物は、腕っぷしの強さなどの類ではなく、ゲーム好きの単なるオタク知識から得たものばかりである。
その彼が、艦橋内の最上段の席に座り、緊張から肩で荒い息を繰り返していた。
ハー、ハー、ハー。ゴキュッ。
頷くように唾を飲み込むユージの目には、格納庫に蠢く異形のゴブリンが映る。それはパワードスーツを着たゴブリンであったり、六本の脚を持つ大型のゴブリンであったり。中には普通のゴブリンも居て、その姿が幾分かユージを安心させた。
そんな異形のゴブリンたちが、銃を構えて圧力を加えているとなれば、平然としている方がおかしいというものだ。
古代都市で出会ったアイミとマイナも、どこか緊張した面持ちでゴブリンたちを睨みつけている。唯一の例外が、最前列の席に座っている名も知らない少女だけだった。
その少女をユージはぼんやりと眺めていた。
「そっ、そういえば、あの子の名前って聞いてないな……」
そうひとりごちるユージ。緊張の緩和になればと声をかける。
「一番前に座っている女子高生のキミ。名前を教えてくれるかい?」
一番前に座っている女子高生。それが自分だと気付いて振り返り、「え、私?」と無言で手を胸に当てる少女。アイミとマイナは「ジョシ恒星ってどこかの星系?」「さあ? 聞いたこともないわ」と話し合っていた。
少女は無言のままで前を向き、名前を教えてもらえなかったユージは「まあいいか」と呟く。
「優愛」
「えっ?」
「皆藤優愛よ」
「そっ、そうか。ありがとう」
優愛。優愛ちゃんか。ユージはその名を心の中で繰り返す。なにせ、アニメやゲームの中でしかお目にかかれない絶世の美少女だ。名前を教えてもらったイコール彼女との仲が少し深まった。的な妄想がユージの中に生まれた。
「それじゃ、やりますよ」
ユージはアイミに視線を送り、アイミがコクリと頷く。
「ええ。やっちゃって!」
「はい! シールド展開っ!」
ユージが口に出すと、青白い皮膜が一瞬で船体を覆う。それによって、搭乗口をレーザーバーナーで焼き切ろうとしていたゴブリンたちが吹き飛んだ。
「へっ、ざまあねぇな」
その醜態に、マイナがほくそ笑んだ。その直後、多脚戦車のガトリング砲が回転を始めた。
船体へと向けられた数多の銃口からマズルフラッシュが輝く。しかしそのたびに、撃ったとは別のゴブリン。あるいは自身が倒れ伏していく。
銃口から放たれた弾が、シールドで反射されてあらぬ方向へと飛び、天井や壁。床や多脚戦車の脚などに当たってさらに跳ね返っていた。彼らは自ら、トリガーという死刑執行書にサインをし続けていた。
そしてそれは唐突にピタリと止む。硝煙で満たされた地下格納庫に静寂が訪れる。
「静かになりましたね……」
「奴らも気付いたのよ。弾の無駄だって」
「でも、このままじゃ終わらないですよね……」
静けさのあまり再び頭を持ち上げてきた不安。ユージはゴクリと唾を飲む。
「恐らく次の手は、母艦からのミサイル攻撃だな」
「え!? だって、ここには味方もいるんですよ?!」
マイナの予測にユージが驚く。
「なにを言ってるんだ? 下位のゴブリンなんざいくらでも造ればいいだけさ。世の中には、奴らに攫われた女性たちが何百万人もいるんだからな」
消耗したらそれ以上に補充をすればいい。それが彼らの考え方。そして、その物量だけでも恐ろしいのに、技術力も手に入れて、さらに手がつけられなくなっていた。
唐突に鳴り響く警告音。半球体のスクリーンの上部に赤い帯が表示され、その中に『Missile・incoming』の文字が書かれていた。
「そらきた」
マイナが上を見るにつられて全員が天井を見上げる。しかしその先には格納庫の天井があるだけだ。
ユージの目の前に小型のスクリーンが投影される。それにはミサイル弾頭の軌跡と、着弾予想地点。そしてその時間が記されていた。
「こいつら諸共!?」
シューティングゲームでいうところの弾幕なんて比ではない。その何倍。いや、十倍以上の高密度。まさに無理ゲーだ。
「このままじゃ天井が保つかどうかも怪しいわ!」
「わかってます! 船を待避させますから座ってください!」
ユージがそう言うのと同時に、ゴウン、と地鳴りのような重音が響き、天井部分が左右に割れる。外気が一気に流れ込み、巻き上げられた土埃が視界を覆う。その合間に見えたのは、地下都市の空を模した天井と、そこに大きく開いた穴を覆い尽くすように群がる黒い点だった。
「緊急離陸!」
座席の下から尻に響く振動が大きくなり、船の奥深くからの音がハッキリと聞こえるほどになる。外部の格納庫では、垂直離着陸機構のジェットスラスターの噴射によって、そこに居合わせたゴブリンたちを例外なく吹き飛ばし、室内のあちこちで火花や小さな爆発がおこっていた。
「このまま上がるつもりか?! 自殺行為だぞ!」
「わかってます! 都市内に浮上したら水平飛行に移ります!」
離陸のためのスラスターでは、避けることすらできないのはユージもわかっている。船を倒立させてメインエンジンに点火して急加速をしても、回避前にミサイルの弾幕に突っ込んでしまう。
だから、ゆっくりでもスラスターを使って上昇し、地表に出たらメインエンジンに点火。水平方向に急加速をする。それが、今までゲームなどをプレイして培ってきたオタク知識をフルに使ってユージが考えたプラン。
けれど、そう思い通りにいかないのが現実だ。
「おいおいっ! ミサイルがこっちに向かってきてるぞっ!」
「くそっ! 誘導弾か!」
地表に出て水平飛行をする船に向かって、ミサイル群がその進路を変える。ミサイルが誘導弾であることをユージは失念していた。
「来るぞ!」
「最大加速で上昇します! 掴まって!」
ユージが脳内でスロットルを操作する。とたん、シートに磔にされたようなGが各人を襲った。
「んぎぎぎ……」
重力圏内での急上昇は、その身に多大な負荷がかかる。通常、有人ロケットの打ち上げは三Gであるが、今回はそれ以上の負荷がかかっていた。
「無理しないで!」
アイミやマイナはスペーススーツによって負荷対策がなされているが、ユージたちはというと完全に生身の身体。気を失うギリギリのところで耐えていた。
その甲斐あって、船の上昇にミサイルがついていけず、目標を見失って古代都市へと落ちていく。そして、ユージたちはというと、古代都市の空を模した構造物に、半ば突き刺さる形で船が停止していた。
その衝撃でユージは椅子から飛ばされ、床に叩きつけられて気を失っていた。
「ちょっと! 大丈夫!?」
慌てて駆け寄るアイミ。ユージの頭を膝の上に乗せて、腰のポシェットから緑色の液体が入った円筒の容器を取り出しユージの首に当てる。プシュッという音と共に容器の中がカラになった。
「ん……」
ユージが目を覚ますと、心配そうな表情で見下ろす美女がそこにいた。
「目の前に女神が見える……」
「なに言ってんのよ」
「あいた」
ペシッとアイミの手の平がユージのおでこを叩いた。
「あれ? オレは一体……」
「お前は衝撃で吹き飛ばされたんだよ。姉貴がポーションを持ってなければ、そのまま寝たきりだったかもな」
マイナが差した指の先には、円筒の容器が床に転がっていた。その口から、緑色の液体がドロリと滴り落ちている。
「それで最後だから、もう治療はできないからね」
よっこいしょ、と立ち上がるアイミ。ユージも慌てて立ち上がって頭を下げる。
「あの、助けていただきありがとうございました」
「何言ってんの。助けてもらったのは私たちも同じよ。礼はいらないわ。それよりも、これからどうするの?」
「これから……? そ、そういえば、被害はどうなってます?!」
ユージは慌てて艦橋内を見渡すも、パッと見た感じでは被害はなさそうだった。
「被害は軽微よ。思ってたよりずっと頑丈みたいねこの船」
「これで軽微……?」
衝突時、かなりの速度が出ていたにもかかわらず、損傷は軽微だという。船の半分が埋もれるほどの衝撃を受けたなら、普通は大破していてもおかしくはない。
それだけの耐久性を持った宇宙船などあり得るのだろうか、と頭を捻るユージ。その考えを打ち消すかのような、激しい振動が船を襲った。
「今度はいったい何だ!?」
「地上からの集中攻撃だ!」
叫んだマイナが半球状のスクリーンに指を差す。
地上にポッカリと開いた穴からは、数多のマズルフラッシュと共に、多脚戦車が撃ち出したミサイルから噴き出た噴煙の軌跡が、この船へと向かって真っ直ぐに伸びていた。
「座ってください! 船を後退させます!」
座席に座り、船を操作するユージ。壁に突き刺さっても損傷すらしていない丈夫なシールドとはいえ、負荷がかかるたびに耐久度が減るのはゲームでお馴染みだ。
もしそうならば、圧倒的なまでの弾幕で壁に押し付けられたまま身動きが取れずに、シールドが崩壊するという危険性も考えられた。
銃弾やミサイルの着弾によって、激しく振動する船を神経を削って後退させるユージ。古代都市天井部の擬似空の構造物から船体を引き抜いたところで、メインエンジンに点火し加速する。
「どうするつもりなの!?」
「このまま円を描いて地上からの攻撃をいなしつつ、上昇します!」
「無茶よ! さっきみたいに気を失うわ!」
「今度は上手くやります!」
船を操作し、旋回運動によって弾幕を散らす。これならば、さっきみたいな強烈なGがかかることはない。おまけに、地上からの銃撃は偏差射撃を余儀なくされ、追尾ミサイルも追い切れず、上部構造に突き刺さって爆ぜていく。
そうして地上からの攻撃をいなしつつ、脱出する機会を窺っていたユージだが、一つの問題に突き当たっていた。
地下都市天井に開けられた縦穴の有効径は約十キロ。広く感じられるだろうが、ミサイルや銃弾をかわすためにぐるぐると回り続けての通過は非常に難しい。
旋回運動の幅を縮めれば、強烈なGによってユージたちの身がもたないし、旋回時に発生する遠心力によって、船体が縦穴の壁に触れてしまうかもしれない。
そして一番の懸念が、縦穴全体に弾幕を張られたら、なす術がないということだ。最悪、縦穴の中央で弾幕に挟まれ、身動きが取れないまま船体を削り切られる。
(……いや、待てよ。別にそんなに難しいことじゃなくね?)
旋回しながらじゃなくても縦穴を通る方法はある。ただし、一時は低空飛行をしなくてはならず、地上部隊からの攻撃が近く、おそらくは上空からも攻撃されるだろう。
(だけど、このままじゃ埒があかない……一か八か!)
上空を旋回して攻撃を凌いでいたユージは、船の高度を徐々に下げ、地上に生えるビル群スレスレのところまで降りる。
ユージの予想通りに地上部隊から雨あられのように曳光弾が浴びせられるが、船の表面に張られたシールドによってそれらは全てそらされ、ダメージらしいダメージを受けることはなかった。
意地になって撃ちまくるゴブリンたちを嘲笑うかのように、船は弾丸を置き去りにして加速した。
(くぅ。やっぱきっつい! けど、さっきよりかはマシだ!)
垂直で昇るよりかは幾分かGのかかり具合が緩やかだ。しかしそれでもそれなりのGはかかっている。
ユージは斜め軌道のまま、古代都市天井に開いた縦穴の内壁ギリギリを通過して脱出した。
「やった……」
青に染まる本物の空に、ユージが安堵したのは束の間。アイミがスクリーンの天井に向かって指を差す。
「気を抜くのはまだ早いわ!」
「えっ!?」
マイナの差す指の先を目を凝らして見つめるユージ。青空に浮かんだ大きな月の手前には黒い点が五つ浮かんでいるのを見つけた。
「あれは……?」
「地上にいる奴らの母艦だよ。『ゴブリンフリート』だ」
マイナが頭の後ろで手を組みながら言う。
一難去ってまた一難。地下から脱出したユージたちの船に、今度は軌道上からのミサイルが降り注ぐ。
地下都市よりは自由がきくため直撃弾はなかったが、その分一発の威力が桁違いに上昇していて、核爆発に匹敵するほどの火力が、船の航行に支障をきたしていた。
「奴ら、本気で潰しにかかってるわ!」
「くそっ!」
ユージがスロットルを開けると、身体が座席へと押し付けられる。眼前に迫る山脈を辛うじてかわしながら、逃げ続けるユージ。スロットルを緩めれば、高威力のミサイルの直撃を喰らうことになる。
「私たちが迎撃するわ! 武器管制をこっちに!」
「はい!」
操縦で手一杯で、迎撃もままならないのだと判断したアイミがユージに提案し、応えたユージは宙に出したモニターで武器の項目を探す。
船を操縦しながらの検索は無茶だったが、頭の中で「武器」と唱えた瞬間、該当項目が勝手に浮かび上がる。
あった、と表情がパアッと明るくなるユージ。その直後、表情が凍りついた。
「武装が……無い?!」
本来、武器が収めてある筈の枠には、全て『offline』と表示されていた。唯一稼働状態にあるのはシールドのみ。『艤装の済んでいない戦艦なぞ石の狸だ。』そのセリフがユージの頭を巡る。
「どうしろってんだよぉ……」
呻くようにユージは口にした。
☆ ☆ ☆
地下都市から脱出し、ユージたちが懸命に逃げ回っている地表から、五十万キロ離れた衛星の陰に、惑星を強襲したゴブリンに見つからぬよう、照明を落として息を潜める一隻の小型の船が浮いていた。
その船内では、無数に浮かぶ水滴が、星々からの光を反射して煌めき、水滴それ自体がまるで星のように輝きを放っているかのようだった。
幻想的ともいえるその光景を作り出しているのは、金色の髪をしたツインテールの少女。彼女は身を丸めて宙に浮きながら、今もなお水滴を作り続けていた。
少女が悲しんでいるのは、惑星に取り残された二人の姉のこと。敵襲の一報を入れてから結構な時間が経っており、惑星へと降下していった敵戦力の前に生存は絶望的。事前の取り決め通りならば、二人とも頭を撃ち抜いて死を選んでいるはずだった。
「お姉様……」
新たに作られた水滴が、目から離れて宙を漂う。その水滴が、宙に現れたモニターによってさらに小さな水滴に変わる。
「……え?」
モニターが映し出しているのは、ゴブリンフリートからの攻撃シーン。しかもそれは、こちらではなく惑星表面へ向けてのミサイル攻撃。
「ずいぶん執拗に攻撃してますわね……」
どうしてだろう、と首を傾げる少女。その傾けた頭に、二人の姉の姿が過ぎった。
「まさか、お姉様たちが!?」
少女の顔に明るさが戻る。情報を集めようと忙しなく手を動かすも、すぐにその手が止まる。
「行ったところで、どうすることもできない……」
少女が乗っている船は小さく、攻撃力もたいしたことがない。モニターに映るゴブリンフリート五隻を相手にできるはずもなく、せいぜい一隻に対して針で突いたていどのダメージしか与えられず、その後は確実に包囲されてしまう。
見殺しにするしか方法はないのか? 「あなたは生きるのよ」、そう言った姉の言葉を押し除けながら、少女はありとあらゆる可能性を模索し続けていた。




