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銀河幻想  作者: ネコヅキ
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五 ワレ、敵艦ニ突貫ス

 半球状のメインスクリーンに、『emergency』の文字がひっきりなしに流れていく。小さなモニターには後方の様子が映し出されており、同時に接近するミサイルの位置も表示されていた。


 なんとか地下格納庫から脱出することができたユージたちの乗る船も、ゴブリンたちの戦闘艦であるゴブリンフリートの追撃を受け、身体を座席に押し付けられながら、飛来する攻撃を紙一重でかわしていた。


「奴らの攻撃がだんだん正確になってきてるわ! 早く武器管制を渡して!」


 着ているスーツによって、ある程度の荷重を免れているアイミがユージに催促する。


「それが、ないんですよ!」

「は!?」

「武器枠がカラなんです!」

「ウソでしょ?!」


 爆風で船が安定していない状況で、アイミはユージのところへと駆け寄る。ユージが差した指の先を見ると、彼が言っていた通りに武器は全て「offline」と表示されていた。


 それを見て、ぺたんと尻もちをつくアイミ。その顔は、希望から絶望へと変わっていた。


「どうすんだ姉貴?」


 静かに問うマイナ。優愛も不安そうな表情を投げている。


「……逃げるしかない」

「え……逃げる?」


 ボソリと呟いたアイミにユージは聞き直す。


「そうよ、逃げるしかない! このまま飛び続けて、惑星の陰から大気圏を突破するしかないわ!」


 惑星の見通し線を利用すれば直接攻撃は免れ、宇宙への脱出も容易となる。


 だが、アイミのプランを崩壊させる光が、船を包み込んだ。


「な、なんだ!?」


 まぶたを閉じてもなお、眩い光にさらされるユージたち。彼の耳元で、ゴクリ、と唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。


「……逃げて」

「え?」

「逃げるの! 早く!」


 ユージの腕を力いっぱい握りしめるアイミ。その様子に、ただごとではないことを察したユージは、スロットルを開けて加速する。


 だがアイミは、握りしめたユージの腕を大きく揺さぶって、空に向かって指を差した。


「違う! 宇宙に逃げるのよ! 早く!」

「一体どうしたっていうんですか!?」

「奴ら、この惑星を破壊するつもりだわ!」

「何だって!?」


 迫る巨大な山脈が二つに割れる。惑星の崩壊が始まったのだ。


「惑星から離脱します! 座席に!」


 ユージの思考に従って、船は空に向かって倒立する。エンジンから噴き出る炎が、真下にあった湖を蒸発させる勢いで、船は宇宙へ向けて飛び立った。


「ぐぅぅっ!」


 ユージの身体に猛烈な荷重がかかる。けれど、スロットルを緩めるわけにはいかない。奥歯が欠けるほど食いしばって耐えるユージ。


 このまま宇宙へと脱出できると思った矢先、ユージの身体にのしかかっていた荷重が消える。


「な、なんだ? 身体がラクに……」


 ユージは首をめぐらして状況を確認する。


 惑星の重力から抜け出すには、まだまだ先であるはずだ。実際地球では、地上からロケットで飛び立ち、身体にかかる荷重が抜けるまでに八、九分ほどの時間がかかる。


 しかし今は、その半分ほどの時間しか経過していない。


 その不可解な状況の答えが、ユージたちの乗る船の後方にあった。


「なんだ、あれは……」


 割れた地殻の合間に見える黒い塊。そこへ向かって周囲の全てが引きずり込まれている。


「まずい、重力崩壊が始まっちまった!」


 マイナがそう叫ぶ。船の推進力と、全てを引きずり込む超重力の塊。それが吊り合って荷重が相殺されていた。


 このままでは引きずり込まれてしまう。ユージの焦りが船へと伝わり、エンジンから噴き出た炎が船の三倍ほどに伸びる。


 ユージの手元に浮いているホログラムのモニターには、四基あるエンジンの出力表示が、三百パーセントに迫る。そのおかげで、少しずつではあるが船は前へと進み始めていた。


「よし、このまま離脱を……え?」


 安堵したのも束の間、今度は猛烈な荷重にユージの身体がさらされる。惑星崩壊時に発生した超重力の塊が蒸発、霧散したためである。


 突然に従来の重力が戻り、加えて惑星爆発時の衝撃波も相乗され、常人が耐えられる限度をはるかに超えた荷重によって、ユージの意識は瞬く間に刈り取られる。


 意識を手放す直前、限界まで開けたスロットルを元に戻すことに成功したのが、ユージの運命を大きく変えた。



 ☆ ☆ ☆



 どうすればいい? どうすれば助けられる? 「あなたは生きるのよ」と、微笑む姉の顔を押し除けながら、少女はあらゆる可能性を模索し続けていた。


 少女の名前はミーナといった。生まれも育ちも全く異なる自分に、よくしてくれたアイミとマイナを本当の姉のように慕っていた。


 そのミーナがモニターにかじりつき、考えを巡らせていた時に事件が起こる。


 惑星軌道上に浮かぶ五隻の戦闘艦。その一隻から、輝く光が惑星に向けて投下された。そして、それを投下した直後、艦隊は軌道上から離れていく。


「……? まさか、惑星破壊弾!?」


 ミーナは噂で聞いたことがある。ゴブリンどもは星をも破壊する術を手に入れたのだと。それは全てを白へと塗りつぶす、輝く光の玉であるという。


「だとしたら、ここじゃ巻き込まれる恐れがある!」


 ミーナは起動スイッチを押して、エンジンに火を入れる。移動先の座標をセットして、亜光速の準備に取り掛かった。


「さよなら、お姉様……」


 ギュッとつぶった目尻から、まあるい水滴が生まれ出る。操縦桿を力いっぱい握りしめ、亜光速航行で離脱した。


 ◆


 亜光速から抜け出たミーナは、第八惑星の公転軌道上で、姉たちがいた第七惑星が崩壊するさまを眺めていた。


 その死んだ魚のような瞳に、ひとすじの光が映る。


 初めは流星か何かだと思った。けれど、その光がやってきた方向が、崩壊したはずの惑星からだと気付き、ミーナは無意識にその光を拡大する。


 その光は炎だった。それを見た瞬間、ミーナの瞳に生気が戻る。


「あれはまさか、お姉様!?」


 あり得ない長さの噴流が黒い宇宙に尾を引いて、瞬く間に星から離れていく。それは、惑星崩壊時に飛び出した破片かもしれない。だけどミーナはあれが自分の姉たちであると疑わなかった。


 船を加速させ、即座に追いかけるミーナ。その頃には流星らしき物体から出ていた噴流も消失しており、その行方もわからなくなっていた。


「飛んで行った方向に惑星がなかったのは幸いね……」


 現在の星系における惑星位置と、炎を吹き出していた物体の方向を計算して、安堵するミーナ。亜光速で航行していた船の速度を通常まで落とすと、無線機のマイクを両手で大切に持つ。


「……お姉様。聞こえますか?」


 ミーナの呼びかけに応えることもなく、無線機からはサー、サーと、ホワイトノイズだけが流れていく。ミーナは再び、マイクのスイッチをオンにする。


「もしもし、聞こえますか? お姉様。返事を、返事をしてください……」


 自分が感じたモノは気のせいだったのか? あれは姉たちが自分へと残した残滓だったのか? ミーナの中で不安と諦めが徐々に大きくなっていった。


 ミーナが諦めかけたその時、無線機から聞き覚えるある声が届いた。


『ザ……ミ、ナ? ミーナなの?』


 大きく見開かれた瞳からは歓喜の涙が宙に舞う。


「はいっ! ミーナですっ! ご無事で何よりですわ」

『ミーナ、今どこにいるの?』

「たぶん、お姉様たちの近くだと思います」

『わかったわ。救難信号を出すから、そっちで見つけてちょうだい』

「わかりましたわ。ところで、お姉様たちはどうやって脱出を?」

『それについては後で説明するわ。ドッキングしたら、ありったけのポーションを持って艦橋に来て』

「え、ポーションを……? わ、わかりましたわ」


 無線機からの音声が途絶え、再び流れるホワイトノイズ。誰かが大怪我でもしたのだろうか、とミーナは不安にかられていた。


 ◆


 アイミが出した救難信号によって、ほどなくその船を見つけ出したミーナは、船の後部格納庫に小型船を着陸させて、艦橋を目指して進んでいた。


 肩から下げたショルダーバッグには、アイミから要請のあったポーションがたんまりと入って、ガチャついていた。


「お待たせしましたわ、お姉様。それで、一体どういう状況ですの?」

「いいから、早くそれを寄越して」


 ミーナは肩からバッグを外すと、それをアイミが引ったくる。その手は血に染まっていた。


 一体誰が負傷をしたのだろうか? アイミはもちろんのこと、マイナも見たところ怪我もしていない。マイナの身体の陰に隠れるように立っている、不思議な服装の見知らぬ女性も無傷に見える。


「これでもう大丈夫だわ」


 ぺたんと床に座り込み、安堵の表情を浮かべるアイミ。首をコテンと傾けて、彼女のそばに横たわる人物をミーナは覗き見る。そこには血に塗れた一人の見知らぬ男が倒れていた。


「あの、お姉様。その男は……?」

「地下都市で拾った救世主」

「まあ、姉貴の言う通りだな」

「……?」


 ますます意味がわからなくなったミーナ。頭に幾つものハテナが浮かんでいるのが見えるようだった。


「彼のおかげで、私たちは死なずに済み、古文書に記されていた船を見つけた」

「え、これがその船……?」


 ミーナは首を巡らせて辺りを見る。言われてみれば、この船の内装やモニター類などは現行の船とは大きく違っている。


 死んだと思っていた姉が生きていて、嬉しさのあまりそこまで気にする余裕がなかった。


「これ、古代語で書かれていますわね……」


 宙に浮かぶホログラムのモニターを覗き込みながら、ミーナはそこに書かれた文字に目を走らせる。


「一体、いつの時代の船なんでしょうか……?」


 軽く握った拳を口に当てて呟くミーナ。アイミは「わからない」と首を横に振り、マイナは手の平を天井へ向けて肩をすぼめた。


「う……」


 アイミの膝元で小さな呻き声が聞こえた。


「ユージ? 大丈夫……?」


 ユージの顔を覗き込むアイミ。さらりと落ちた髪を耳の後ろへと追いやる。


「……女神が見える」

「何いってんのよ」

「あいた!」


 アイミはユージのおでこをぺちん、と叩いた。しかし、今回は前回とは違い、これだけでは終わらなかった。


「もう、無茶しないでって言ったでしょ?」


 ユージを見つめるその瞳には、慈愛の光が宿っていた。


 そのことに真っ先に気付いたのが、姉大好きっ子ミーナである。彼女は、親愛する姉からユージを遠ざけるために、彼との間に割って入った。


「お姉様、得体の知れない者との過度な接触は控えてくださいませ。怪我をして動けないのなら好都合。このまま医務室で軟禁しておきましょう」


 顔をやや天井に向けて、ユージを見下ろすようにミーナは言う。アイミは首を横に振った。


「いいえ、その必要はないわ。彼は命の恩人よ? その恩人に対して礼を欠いてはだめ」


 ミーナの頬にそっと手を添えるアイミ。


「男嫌いは相変わらずね……」


 頬に優しく触れる姉の手を、頬と肩ではさんでその柔らかさを堪能するミーナ。艦橋が唐突に赤く染まる。


「なに?! 一体何事なの!?」


 姉とのスキンシップを邪魔されて、少し不機嫌なミーナが声を荒げる。半球体のメインスクリーン上部に、「emergency」の文字が流れていく。


「姉貴、奴らに捕捉された!」

「何ですって!?」


 メインスクリーンに映し出された漆黒の宇宙。その一点を赤い枠でロックオンする。カメラはそこへ向かってズームアップをして、最大望遠で映し出されたのは、ゴブリンたちの戦闘艦であるゴブリンフリートの艦影だった。


「広大な宇宙で、こんな小さな船をどうやって……」


 通常それは、砂漠で砂金の一粒を見つけるのに等しい行為だ。だが、砂金の方から「ここですよ」と信号を発してしまっては、容易に見つけられるというものだ。


「さっきの救難信号で、位置がバレたんだろうな」

「とにかく、奴らから逃げるわ!」

「えっ?! 戦わないのですか!?」


 古文書によると、この船は銀河最強の船であるという。ならば、ゴブリンフリートくらい簡単に沈めることができると、ミーナは思っていた。


「この船、武装が無いのよ」

「え、マジ?」


 いつもの口調が消えて、頬を引きつらせるミーナ。船を操縦するために、身を起こしたユージの肩にアイミの手が添えられた。


「あなたはそのまま安静にしていて、船は私が動かすわ」

「いえ。恐らくこの船はオレにしか動かせません」

「え……ウソでしょう?」

「本当です」


 試しにアイミが操縦席に座り、ユージの指示の通りに、白い半球体に触れてみても何も起こらなかった。


「だから、オレが操縦します」


 アイミは力及ばない自身の無力さに拳を強く握る。ギュッと目を瞑り、「お願い」とユージに託した。


「でも、どうすんだ? 奴らからは到底逃げ切れるもんじゃないぜ? 街へは逃げ込めないしよ」


 マイナの言い分ももっともだった。敵を伴って街へ近づいた場合、救援者諸共攻撃を加える条約になっている。数十億という民を守るためにはやむを得ない処置であった。


「大丈夫です。オレに秘策があります」

「秘策?」

「ええ。奴らを一隻残らず撃沈してみせますよ」


 一体どうやって、アイミ、マイナ、ミーナ。そして優愛の四人は、疑問を抱えたままで席についた。


「では、発進します」


 ゴブリン艦隊から逃げるように、船はユージの思い描いた通りに静かに動き出す。


 そして、乗員が座席に押し付けられる感覚が次第に強まった頃、ユージは進路をゴブリン艦隊へと向けた。


 ユージは船のスロットルを開ける。スクリーン上では、艦隊との相対距離が表示されている。その数値が刻一刻と少なくなっていく。


「まさか……」


 初めに気づいたのは優愛だった。彼女は艦橋の一番前に座り、徐々に大きくなっていく艦船と共に、その目も大きく見開かれる。


「まっ、待って! 待って、待ってっ!」


 優愛が叫ぶと同時に、気づいたのがアイミだ。


「まさか、ぶつけるつもり?!」


 その言葉で残りの二人も気付く。


「ウソだろおいっ!」

「気でも狂いましたの!?」

「大丈夫です! そのまま動かないでくださいっ!」

「「「大丈夫なわけあるかぁぁっ!」」」


 度重なる警告で赤に染まる艦橋に、三人の裏若き女性の声が響き渡った。

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