三 邂逅。
入り口のみがぼんやりと明るく、奥へと見やれば漆黒の壁によって全てが閉ざされている錯覚に陥る。けれど肌では感じている。その場が広大な空間である事に。陽も明かりも無い場所の所為か場の空気はヒヤリと冷たく乾燥している。夏服であるユージとエレベーターに乗り合わせた少女が身体をブルリと震わせた。
「寒いな……」
「そうですね……」
「地下だしかなり広い空間みたいだからな。仕方ないだろう」
「そうね。私達のスーツには温度調節機能が付いているけど、あなた達のは無いの?」
「いやぁ、流石にそういうのはまだ開発されてないですね。これも何の変哲もない服ですし。あ、彼女のは学生服って言って学校で着る服ですね」
アイミの質問に淡々と答えるユージ。
「開発されてない? お前達一体何処の――」
「マイナ、お喋りは後。追われる身だという事を忘れないで」
「あいよ。で、どうする?」
「警戒しながらこのまま真っ直ぐ進みましょう。少しでも奴等から距離を取らないと」
例えこの暗闇で身を隠しても、ゴブリンブッチャーのサーチライトで浮き彫りにされてしまうだろう。今、アイミ達に出来る事は逃げ続ける事しかなかった。
ドアから離れて周囲を警戒しつつ進む事しばし。アイミ達の行く手に壁が立ちはだかり、急ぎたい気持ちを加速させる。登って進もうにもその背は高く、幅がどれほどのものか分からない。
「乗り越えるのは難しそうね」
「迂回して進むしかねぇな」
だとしたら無駄な時間を使ってしまった。初めから壁沿いを進めば良かった。と、アイミはギリリと奥歯を噛む。
「あのこれ、壁の素材と違う気がするんですが……」
言いながらユージが壁に手を触れると、壁面に青白い手形が現れる。その直後、シュウという空気音と共にすぐ横の壁が動き、通路が現れた。
「何をした!?」
銃口をユージに突きつけるマイナ。ユージは降参と言わんばかりに両手を上げる。
「な、何もしてませんよ! 壁を触ったら開いただけで……」
「いいからどいてろ」
アイミは両手を上げたままのユージをどかし、壁に背をつけて通路の中を伺い見る。
「生き物の反応はないな……」
アイミのバイザーには何も反応がない。
「姉貴、どうする?」
「そうね……」
マイナはふむと、考え込む。生命反応は感じられないが、罠の可能性も捨てられない。通路を進むか、このまま壁ぞいを進むかの二択。
「このまま壁ぞいを――」
マイナがそう決断した直後だった。轟音と共によろめくほどの振動が一行を襲う。そして、通ってきた通路が火を吹いた。
「な、なんだ!?」
「まさか、扉が破られた?!」
この施設から外へと繋がる扉。頑丈そうに見えたその扉を、ゴブリン共が破ったとマイナは思っているが、それは少し違う
扉を破れないと知ったゴブリンたちは、別な場所から掘り進んで通路に穴をあけたのだ。
これで、アイミたちの選択は一つに絞られた。
「中に入って! 早く!」
皆が慌てて通路に入る。もはやそこしか逃れる場所がなかった。
「ドアが閉まる……」
ユージによって開かれたドアが再び閉じていく。振り返ると降りて来た時の様な通路が真っ直ぐに続いていた。
「何処へ繋がっているんですか?」
ユージの問いにアイミは首を横に振る。
「分からない。ただ、これだけは言えるわね。私たちの命も後わずかだって」
アイミたちは最後の最後まで抗うつもりでいるが、ゴブリン共の物量の前には些細なことでしかない。彼女たちにできることは、奴らの目の前で中指を立てながら頭を撃ち抜くだけだ。
その後は色々されるだろうが、延命措置を施されて苗床になるよりは遥かにマシだと思っていた。
「今はとにかく進みましょう。終わるにはまだ早いわ」
もしかしたら生き延びる手段があるかもしれない。わずかな光明に望みを託しアイミ達は真っ白な通路を進んだ。
☆ ☆ ☆
真っ白な壁ばかりが続き、平衡感覚を失いそうになりながら進むアイミたちの前に、右と左。二つの通路が現れた。
どちらに進もうか迷っていたアイミに、ユージは左を指し示す。
「どうしてそう思うの?」
「あ、いや。何となく……」
「勘ってヤツ?」
「え、ええまあ。そんなところです」
(ウソを吐くのが下手ね……)
ただそのウソは、自分たちを害そうとしているのではないものだと、アイミは思っていた。
「いいわ。左に行きましょう」
「ちょ、いいのかよ姉貴。もし何らかの罠だったら……」
「その時は、彼を撃ち殺すだけ。その後は、お互い笑顔で死にましょう」
「軽いなぁ」
ドアの外にはゴブリンたちが殺到しているはずだ。さっきの通路のように、侵入されるのも時間の問題。この通路がどこかへと通じているならいいが、そうでなければ自害するだけだ。
そうして歩くことしばし、電子ロックと思しき装置のついた扉がアイミたちの行く手を塞いでいた。
「マイナ、お願い」
「あいよ」
アイミに促されて扉へと向かうマイナ。クッキリとラインが浮き出たヒップから、小型の端末を取り出しながら扉に近づくと、触れる直前に空気が抜けたような音を立てて扉が開かれた。
「なんだ。ロックされてないのか」
端末をポケットに押し込み、代わりに銃を抜いて暗闇に向ける。抜き足差し足と、足をそっと前に出してマイナは進む。
「生命反応なし。何もなさそうだ」
銃を構えたままで進むマイナの後を、アイミとユージ。そして少女が続く。その四人が内部に入ったと同時に扉が閉まり、中は暗闇となった。
「またかよ」
マイナはぼやきながら、銃についているライトを点けようと手を伸ばすと同時に、全体が明るくった。
「くっ……」
眩しさのあまり目を細める四人。明るさに目が慣れると、そのまま大きく目を見開いた。
「ここってまさか、艦橋!?」
広さは教室ほどはあるだろう。高さはちょっとしたプラネタリウムほどもあり、半球体状のスクリーンで覆われている。
座席は全部で六つ。前列が三席、中列二席。そして、最後列に席が一つある。その一つ一つの席には、ホログラフィックで投影されたキーボード類が表示されていた。
「艦橋ってことは、戦艦なんですか?!」
驚くユージにアイミは頷く。
「ええそうよ。古文書通りだとすれば、この船は銀河で最強の船らしいわ」
前列の席まで降りて辺りを見ていたマイナが振り向く。
「でもよ、いくら最強って云ったって、動かなければ石の狸と同じだぜ?」
「だからこそ私たちで動かすの。この船を私たちの墓標にしないためにも」
「そうは言ってもこの船、未知の技術が満載なんだが本当に動かせるのか……?」
こうして電力が通っている以上は、この船は死んではいない。けれど、使われている技術はアイミたちの時代よりも古いために、現代知識を持ってしても解明が難しい。ヘタに触れば自爆すらする危険があるからだ。
そこへユージが右手をスッと上げる。
「もしかしたら動かせるかもしれません」
「何だって!?」
マイナは驚きの表情でユージを見つめ、アイミは疑いの眼差しを向ける。
「どうして動かせるの……?」
ジトと見つめるアイミの視線に、ユージはなぜか興奮を覚えた。
「それは、この船に入ってから頭の中に情報が送られてきたからなんです」
「何ですって?!」
それはこの船の船体構造だったり、機器類の操作方法。そして、操縦方法などが送られ続けていた。
「だから、こうすると……」
ユージは席に投影されているキーボードのボタンの一つを押す。すると、壁と思われていた半球体に映像が映った。
「これは……!?」
「あ、姉貴! すでに囲まれているぜ!」
陸戦用パワードアーマー『ゴブリンファイター』部隊を始め、六脚の足を持つ多脚戦車『ゴブリンブッチャー』五体がその銃口をこちらへと向けている。
今現在は、ゴブリンファイターが艦内への侵入を試みているために攻撃は行なってはいない。そのゴブリンたちの姿を黄色い枠で浮かび上がらせていた。
「……いいわ。あなたが動かして」
「姉貴!?」
驚きの表情でアイミを見るマイナ。
「こんなヤツに私たちの運命を委ねるのか?!」
「今はそれが最善の選択よ。このまま何もしないよりかはマシでしょ? 大丈夫。保険はかけるわ」
「そうか。なら任せる」
マイナはキッとユージを睨みつける。
「いいか? お前の役目は奴らの包囲網を突破することだ! 目的を見誤るなよ?! 必ずやり遂げろ!」
ユージは力強く頷いた。
「分かりました。みんなで助かりましょう! ……ところで、どこへ向かったらいいのですか?」
「……え?」
「すみません。こちらの地理には疎いので、安全な場所が分からないんです」
「そういえば、ここではない別な何処かから来たとか言ってたわね……。いいわ、教えてあげる」
アイミが左腕に付いている端末を操作する。そして少し離れた空間に渦巻く星々が表示された。
「これが私達の住むメーデイン銀河よ」
メーデイン銀河と呼ばれた星々の渦巻きからその外周部へとクローズアップされ、太陽系図鑑の様に惑星軌道が描かれた星系が表示される。
「私達が居る場所がここ。トリアースコンターデュオの第七惑星」
現在地が表示される。複数の衛星を持つその惑星は、ユージが全く知らない星であった。地球の様に青でなく、緑色に輝く見知らぬ星。
(異世界じゃなくて、別な銀河に飛ばされたって事か……)
銀河系図を見ながら、ユージはそう結論づけた。
「第二惑星に街があるけど、そこへは行かないで」
「え? 行っちゃダメなんですか?」
街へ逃れれば安全だろうに。とユージは思う。
「ええ。トレイン行為は銀河条例で禁止されているの。もし条例を無視して引き連れていった場合、防衛機構で諸共排除されるから気を付けて」
「なんという理不尽な」
防衛隊も好き好んでやっている訳ではない。民を守る為である。
「大丈夫。宇宙は広いんだもの適当に逃げ回っていれば、見失ってくれるわ」
「分かりました。それではみなさん、席についてください」
「ちょっと待って、その前に……」
そう言ってユージに近付くアイミ。両腕をユージへと差し出して、その腕が頬を掠めた。
「え? え……?」
そのままギュッと抱かれるのではないかとユージは期待した。服の上からでも柔らかいと分かるその部分を存分に味わおう。そう妄想するも、首の後ろでカチャンと音が聞こえて我に返る。
「……え? な、何ですかコレ?」
首から肩にかけてズシリと感じる重量。肌に触れる部分がほのかに温かかった。
「爆弾よ」
アイミの言葉に、首へと伸ばしかけたユージの手が止まる。
「ば、ばくだん……?」
思わずひらがなで口にしてしまうほどに驚くユージ。
「一応保険のためにね。忘れたわけじゃないでしょうね? 捕まれば終わりなのよ?」
そういえばそういう設定でしたねと、ユージは心の中でガックリと項垂れていた。




