第3章 3-03
「イヒロ刑事、今日は第3コロニーの定期巡回だ、急いで用意を」
とおっしゃるのは、本署切っての武闘派、イリカ警部補(副委員長)である。もちろん日本語で言っているのではない。現地語、異世界語である。ちなみに、イヒロとは私、鈴木一郎(年齢不詳、勇者)だ。
「分かりました」
そうして、猛者刑事ことオヨー刑事と私(イヒロ刑事)は、パトカーに乗り込んだ。ちなみに運転はオヨー刑事、助手席に私、後部座席にイリカ警部補が搭乗した。
ついでにもう一つ、ちなみに、なのだが、このパトカーには宇宙航行の機能も備わっている。
反重力ではないが、かといって内燃機関でもない。詳しくはわからないが、走行中、少しイオン臭がすることがある。イオンエンジンのたぐいかも知れない。残念ながら、原理はまったく想像できない。燃料は水である。
ご承知のとおり、私は高所恐怖症、というか地面がないところはダメな、宇宙恐怖症というべきかも知れないが、そういった事情なので、運転免許はあるがあまり運転はさせてもらえない。同僚いわく、私の運転は「宇宙空間ではビビり過ぎ、コロニー内では荒っぽ過ぎ」だそうだ。
本署のあるこのコロニーは第1コロニー。L4には第12コロニーまであるが、概ね、1日に1つのコロニーをパトロールし、およそ一か月かけてL4の全部のコロニーを一巡するパターンとなっている。
なお、L5には委員会の下部組織である小委員会があるそうだ。これは分署か支所に相当するだろう。パトロールと本署への取り次ぎ業務を専ら行っているという。
私が本署に勤務して1年になるが、まだL5には一度も行ったことがない。
我々3名は今、第1コロニーを出ようとしている。もちろん中心軸エリアに向かうわけだが、このような場合、私が元居たコロニーでは、0区のエレベーターで宇宙船発着口まで垂直に向かう必要があった。いちおう、非常階段もあったが。
しかし、こちらの異世界のコロニーでは違う。
なんというか、所々に段差がついた、螺旋階段的な道路を車両でそのまま登っていく感じだ。
うーん、どう表現すればいいだろうか。
昔のレコードの針が段々と中心に近づいていく感じというか、バームクーヘンの渦巻きを一段ずつ中心に向かう感じというか、とにかく垂直上昇ではない。
で、そのまま与圧室に入って、ゲートが開いて、さあ、後は宇宙へどうぞご勝手に、という感じだ。手続きも検疫も何もない。
で、第3コロニーのゲート前に到着して減速していると、また勝手にゲートが開いてそのまま与圧室に、って、自動ドアか!
と、一人突っ込みをやっていたら、どうしたんだ、落ち着きたまえ、と二人から言われる始末。
はい、すみません、ちょっと興奮してました(この異世界基準で)。
もちろんこのコロニーでも、何事もなく平穏無事な日常が営まれていた。
だがパトロールの終了間際、私は少し違和感を覚えた。
異世界に転移して1年余りになるが、ここにきて初めて勇者としての違和感が働いた。
勇者としての違和感、それはつまり、少なくとも平和ではない状態、ということになる。
「おや、あれは交通課のエヌミー刑事じゃないでしょうか」
「そうね、エヌミー刑事ね」
「何か困ったことが起きたのかも知れません、行ってみましょう」
「それもそうね、いってみましょう」
空き地に車両が1台、停車していた。車両の横にエヌミー刑事がいた。イリカ警部補が声をかけた。
「エヌミー委員、この車両がどうかしたのですか? エンストですか」
「あっ! イリカ副委員長、お疲れ様です!」
敬礼するエヌミー刑事に、我々一同も敬礼した。
「いえエンストではありません、イリカ副委員長。実は先ほど、200メートルほど先の雑貨店の店主から、店の駐車場のポールに接触した車がそのまま逃走したと通報がありました。付近を捜索したところ、この車両を発見しました。車体に傷があり、ちょうどポールの高さに合致したため、これから本人たちに事情を聞こうとしていたところです」
「なるほど分かったわ。ところで今日は一人で出動を?」
「はい、残念ながら。オワット委員が本日は非番でやむなく一人で出動した次第です」
エヌミー刑事は、大分、緊張してしまったようだ。何しろ、署では上から数えたほうが早いエライ人だしな、イリカ警部補。
いや、ちがった。
どうやら私に怯えているようだ。そういえば、私は本署の中では常識外れの悪党(という風評)でしたね。まあ、それはよしとして(いいのか?)。しかしどうも……ううむ、おかしいな。
不審車と思しき車両には、100歳くらい(地球人類の見た目なら50歳位)の男の運転手1名、運転手よりも少し若い男が2名、計3名が乗車していた。
彼らは少し緊張はしているように見えたが、おとなしく指示に従っているようだった。エヌミー刑事が停車を命じた結果だろう。
おかしいな。
違和感があった場所はまちがいなくここだ。しかしここは、平和そのもの、という感じしかしない。警官に怯え、警官の指示を待つ、この世界の、ごく一般的な人たちの反応だ。違和感はない。
さっきの違和感はなんだったのか。イリカ警部補が我々二人に指示を出した。
「私はエヌミー刑事と一緒にこの件を処理します。あなたたち二名は署に戻るように」
「了解」
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どうも引っかかる。
「オヨー刑事」
「何だい」
「先ほどの車両、いや彼らですが」
「ああ」
「何か、おかしくなかったですか」
「いや、特におかしくはなかったと思うが」
「そうですか……気のせいだろうか」
「何か気になることでも?」
「そうですねえ、うーん……あっそうか、分かりましたよ。彼ら、駐車場で車がポールに接触したんですよね」
「そうだね」
「なぜ彼らは“逃げた”のでしょうか?」
「逃げた?」
「はい。逃げた、です」
「えーと、彼らは逃げたのかな? 接触に気付かなかったのではないかな? 車体の傷は見えるか、見えないかくらい薄かったが」
「接触に気付かなかった可能性は、ないと思うんですよね」
「どうして?」
「オヨー刑事は、車両をどこかに当ててしまったことがありますか? 今回のように」
「経験ないなあ」
「私は運転が下手ですからね、割とあるんですよ」
「そうなのか」
「はい、そうです。それで車両をどこかに当てた時って、車内ではかなり大きな音がするんですよ。たとえ車体に傷が残らないくらい軽い接触でも」
「そうなのか」
「はい。間違いなく気付いたでしょう。ですから、気付いた上でなぜ当て逃げしたのか」
「なぜだろうね。イヒロ刑事はなぜだと思う?」
「意図して逃げたか、逃げなくてはならない理由があったかのどちらかだと思いますが、どちらの理由でも穏やかではないかと」
「……なるほど」
オヨー刑事はパトカーを停車させ、無線機で本署と連絡を取った。照会先は交通課らしかった。
「イヒロ刑事、まずいことになった」
「どうしましたか」
「先ほどの車両ナンバーだが、L1コロニーのものだった。さっきの三人組もおそらくL1から来た者たちだろう。すぐ現場にもどるぞ」
オヨー刑事はよどみなくパトカーを転回させ、躊躇なく引き返しはじめた。例の気の抜けたサイレンを鳴らしながら走行した。いまいち緊張感に欠けたが、頭の整理にはよさそうだった。
「オヨー刑事、L1というのは一体?」
「L1は別名、監獄コロニーと呼ばれている。犯罪者が収監されているんだ」
「え、犯罪者ですか? 犯罪者が存在するのですか、この社会に」
「ああ。非常に稀だが存在する。窃盗犯や暴力を振るった者たちだ」
「窃盗に暴力ですか……えっと、なぜ彼らは犯行に及んだのか、ご存知でしょうか」
「生活に困窮して他人の家の庭の果実を拾って食べたとか、喧嘩をして相手を突き飛ばしたとかだな」
「えっと……それって、犯罪なのでしょうか」
「凶悪犯と言えるだろう」
「そうですか……ま、まあ、それはよしとして、彼らはどうやって第3コロニーに入ったのでしょうか」
「普通に車両で来たと思うが」
「え、L1コロニーって監獄なんですよね? 脱獄したんですかね」
「脱獄って何だい」
「あらら。ん? もしかしてL1の収監者って、移動が制限されてないのですか」
「移動を制限するなんてとんでもない。ひどい人権侵害だぞ」
うわー。そうきたか。




