第3章 3-02
あれから1年が過ぎた。
勇者鈴木、つまり私だが、私のその後の1年間の身の上には、まあ本当にいろいろとあったが、ここで細々と説明しても益なしだろう。
出向が終わったら必要になるだろうと思って、出向報告書(半分は日記みたいなものだが)を途中まで書いてあるので、そこから要点だけを抜粋してみる。
1.やはりここは異世界だった
まず、これは間違いない、と思う。
出向以来、千葉部長からも、出向の仲介斡旋人とかいう人からも、一切、何の連絡もない。そもそも、連絡をとること自体ができなかった。電話をかけてみると、「電波の届かない場所メッセージ」しか出なかった。これは、さすがに異世界だろう。
それとこの異世界だが、どうやら別宇宙でもあるらしい。別宇宙というのは、何というか、私がもともといた宇宙と重なり合っている並行世界、そうではなくて、完全に違う宇宙なのだと思う。それなら部長との連絡が付かないことも説明が付く。
ただ、もしここが別宇宙だったとしても、アリスからも何の連絡もなく、呼びかけても応答がない、というのは少しおかしいかも知れない。単にアリスが通信を面倒くさがっているか、無視しているだけなのかも知れないが。こちらの方が可能性は高そうだ、おそらく。
すこし愚痴っぽくなってしまったが、客観的なデータなども備忘録として紹介しよう。
まず、物理法則は元の宇宙と同じらしい。周期律表は、地球と同じで元素の性質も同じだった。そういえばそうだよな、極端に違ってたら、私の身体自体がどうなっていたかわかならいし。いまはちょっと体が非物質的な性質になっちゃってるけど。元居た宇宙の物理法則やこちらの宇宙の物理法則っていうのは、量産型宇宙の標準仕様なのかも知れない。
主星だが、見た感じは、太陽型の恒星でいいのだと思う、極端に青かったり赤かったりはしてないない。日光は白色光線というよりは少し緑が強いように見える。直径は、太陽系の太陽の2倍くらいだそうだが、視直径はあまり変わらないように思う。
連星である惑星は、どちらもほぼ、地球と同サイズだ。地核のことは調べてないが、おそらく地球と同じ鉄系だろう。
恒星から惑星系までの平均距離は、もといた太陽系で言えば、地球と火星の中間くらいで1億8,250万km(1.22au)といったところだそうだ。極端な楕円軌道というわけでもないらしい。
恒星に対する公転周期は、約2年(地球時間換算)。連星運動としての公転周期はほぼ1か月(地球時間換算)。それぞれの惑星の自転周期は約2日(地球時間換算)。恒星の公転面の垂直方向に対する各惑星の地軸の傾きは、海が多い惑星のほうが35°、陸が多い惑星の方が何と70°だそうで、ほとんどの時期が極夜か白夜だそうだ。
それぞれの惑星の自転周期は約2日(地球時間換算)と言ったが、ちなみにだが、非常にややこしいのだが、彼らの惑星の1日が彼らの1日なのだが(当たり前だが)、地球時間換算では約48時間になる。彼らの1日という感覚は、地球人の私には非常に長く感じられる。
彼らは、日中、普通に30時間連続で勤務していたりする。睡眠時間は個人差があるようだが10~20時間らしい。私は地球由来の生物だから、この時間間隔になじむためには相当の修練を要求された。まあ、3か月ほどで「この惑星の1日」にもやっと馴染んだが、最初のころは眠気やら眠れないやらで辛かった。最初のころはいつも眠そうにしていたので、同僚の刑事たちからは、イテモアラコム(点灯していない照明器具、のような意味)とからかわれていた。昼行燈、的な意味だろう。おっと、脱線した。
1年は24か月(地球時間換算でも約24か月)、1か月は15日(地球時間換算では約30日)、1日は24時間(地球時間換算では48時間)。
週という概念がなく5日、10日、15日が休日、強いて言えば月が週にあたるか。「今月は交通安全月間です」というスケジュールはあった。
2.この世界の二つの青い惑星(連星)にも人々が存在し、コロニーは複数あった
両惑星にはそれぞれ、十億人程度の人々が生活しているそうで、コロニーとの交流は普通に行われているということだった。物流をはじめ、人の移動にも特に制限らしい制限はない。それに別段、惑星の人口がキャパシティーを超えていて、仕方なく宇宙に移民を、ということでもないらしい。人口密度的には、どちらかというと二つの惑星とも、スカスカ、に近いらしい。
惑星に居住できるのに、なぜわざコロニーを建造し、住んでいるのかと質問したことがあったのだが、主には宇宙空間、特に無重力の利用、ということだそうだ。宇宙空間や無重力を何に利用しているのかと聞いたところ、あらゆる種類の科学技術、合金の精製、真空を利用する技術、天体などの観測、宇宙開発など諸々、ということだった。この辺りの事情は、どこの宇宙でも大差ないのだろう。
また、私が異世界転移したこのコロニーはL4にあったのだが、L4には12基のコロニーがあるということであった。また、L5にも同じく12基あるそうだ。全コロニーの合計で人口百万人を超えるそうだ。百万人、すごいな。
L1、つまり惑星と惑星の中間にもコロニーが見えたので、L1にも1基コロニーがあるのですねと質問したところ、その話は人前ではしないようにと注意された。もしかすると、何か問題があるのかも知れない。
惑星の地質や気候などについて質問したことがあるが、大気の成分などはほとんど地球と同じだった。窒素78%、酸素21%、アルゴン1%、他ちょっとづつ。
はっきりと違っていたのは海で、一方の惑星は海の面積が37%、もう一方の惑星は82%だそうだ。そう言われて見ると、確かにどちらも青い惑星には見えるが、地表の海と陸の面積差も肉眼ではっきり見える。陸星、海星と名付けてもよさそうなくらいだ。昔の地球の海の面積はどのくらいだったかな、71%とかだっただろうか、いや78だったかな。ああ、もう忘れてしまったなあ、地球人失格だろうか。おっと、脱線してしまった、いかんいかん。
3.惑星系の人々の居住について
コロニーの人々といっても、もともとは惑星から来たのだから、母星への郷愁とか、逆に、宇宙空間へのあこがれみたいなものはあるだろう。そういう感情はないのかと質問したことがあったが、郷愁もあこがれも、どちらの感情もあまり理解されなかった。というか、まったく理解できないらしかった。
惑星生まれの者がコロニーに住所変更する、あるいはその逆というケースは、仕事上の都合で移動する者以外では、よほどのもの好き以外では、ほとんど皆無らしい。ただただ、宇宙開発の仕事などの必要によってどちらかにいるだけ、そういう雰囲気だった。
4.人々の生死観
だいたいこちらの人々の平均寿命は160歳くらいのようだ。普通に180歳くらいの方もいる。生物として、地球人類とは違うかも知れないと感じられる。
ちなみに、この世界には墓がない。人が死ぬと、惑星でもコロニーでも、墓地に土葬で墓標なしだった。家族や知り合いが死ぬと、遺族や知人には悲しみの感情が起こるようだが、泣きわめいたりはまったくしない、一見すると冷静だ。
それと、亡くなる本人についても、というか誰でもそうだという話だが、死の恐怖が薄いか、まったくないらしい。この世界の人々の性格などについては、あとで説明しようと思うが、繊細で臆病なのだが、死の恐怖を感じることがないというのは、どうにも理解ができずにいる。
3.この惑星系の人々の性格あるいは性質
さて、たぶんこれがこの世界の人々の本質を理解する鍵だと思うのだが、人々の性格あるいは性質だが、端的に言うと、極めて温厚で平和的で善良だ。
なんというか、万事において受動的で、能動的に前に進めるという性質がそもそもない、らしい。もちろん、知的好奇心や向上心はあるようだが、生活や仕事で必要になったから調べる、技術や知識を身につける、という基本姿勢だった。まあ、旧人類の私だって、向上心があるかと聞かれると返答に窮するが。とにかく、おそろしく善良なのである。
一見すると、誰も彼も、無気力で生気がない様子に見えるのだが、決してそうではない。この点、別の人類と言ってよいであろう私、鈴木からは説明が非常にむずかしい。何と言うか、生物学的に元々温厚というか、暴力とか罪過といった精神性が初めからないのではないか、そう予想している。
これまでの歴史で、戦争はなかったのか、と質問したことがあった。戦争って何ですか、という回答だった。
なるほどそう来たか、と思ったものだ。
一方で彼らは、一度これをやると決めたら、非常に粘り強く、長期に渡って取り組む人たちだ。人生における一つの些細な課題に、30年でも40年でも取り組み続けているという話も普通だった。
これはもう、私のような地球人類とは、もはや生物として違うとしか言えないのではないだろうか。
4.委員会について
実は、あの世界転移の初日以来、私は最初に連行されたこの警察署でお世話になっているのだが、ここは、正確には警察署ではない。おそらくだが、元の世界で言う軍隊や消防機関も兼ねていると言ってよい組織だろう。
歯切れの悪い説明になっている理由だが、この組織の正式名称は、地球の言語に直訳すると、恒星系異常事態対応委員会、的な意味の語になる。長いので、この正式名称は誰も使っていない。単に、委員会、としか言われていない。
委員会ではどうも地球の軍隊や警察とはイメージが違い過ぎる。あとで出向報告書を読んだ地球人類が混乱するかも知れないので、以降はこの組織を単に「署」と表記することにしたい。それから、○○委員とかイリカ副委員長とか、ルキオ委員長と言われても、これまた違和感しかないので、階級によらず○○刑事で統一、委員長と副委員長のみ、ルキオ警部とイリカ警部補と表記する。
さて本署は、コロニーを含むこの星系全体の治安組織だといってよいのだが、にもかかわらず、署員は全部で100人もいない。また、訪問したことはないが、両惑星にそれぞれ、対応派出所なる事務所があり、各派出所に1名の事務員と護衛官、両惑星合わせて4名がいるということだ。
地球人類の末裔である私としては、星系全体の治安組織がそれだけで大丈夫なのかと心配になるのだが、これがまた不思議なことだが、大丈夫なのである。
そもそも、この一年間の普段の業務では、事件らしい事件はまったくなかった。たまに落とし物とか、迷子探しとか、交通事故の処理があるくらいで、暴力沙汰や傷害沙汰は一度たりともなかった。まさに驚きである。これでは戦争も起こりようもない。
ついでにいうと、私の全裸騒動は、かなり大きな社会的話題になったそうだ。こんなことは、本署が開設されてから一度たりともなかったそうで、前代未聞の大事件だったということである。このコロニーどころか、全コロニーに、果ては二つの惑星の隅々までそのニュースは轟いているそうだ。
…まことに、申し訳ございません。
5.本署には、この星系の中でも特に血の気が多い連中が集められている
集められているそうである。とてもそうは思えないのだが。
その連中で最も血の気が多く、突出しているのがイリカ警部補だ、ということだった。とてもそうは思えないのだが。
どのくらい血の気が多いかというと、初日に見たとおり、対人戦を想定したシャドウボクシングを恐れることなく練習し、あまつさえ、ジャージを貸してくれという依頼に対して嫌味を言うという、神をも畏れぬ荒くれ者だそうだ。
そうですか…。
彼女は、署の誰からも恐れられ、一般市民からはもっと恐れられていた。親が子供を諭すのに、ほら、行儀よくしないとイリカ副委員長が来るよ、と言えば、子供はみな、心底恐怖するそうだ。
そうですか…なまはげ的な感じですかね。
そういえば、初日にお会いした筋肉ムキムキの猛者刑事だが、どうして筋トレをしているのかと質問したところ、災害救助の際により重い瓦礫を持ち上げるため、だそうだ。
なるほど災害救助ですか、そうですか…。
彼は惑星出身者で、以前は惑星の派出所勤務だったそうである。コロニーには転勤で来たとのこと。惑星の人々は皆、身長が高いのですかと質問したところ、いえ、自分は特に身長が高いほうです、男性の平均身長は170cmくらいじゃないですか、だそうだ。
6.本署職員は皆、血の気が多い?のか?
本署職員は血の気が多い人たちだと言われ、一般市民からは心底、恐れられている。いるんだが、地球人の私が正直に言うと、本署の誰もが恐ろしく紳士淑女である。皆さんは王族か貴族ですか? というくらい、物腰やわらかく、慈愛に満ちていて、(こう言っては申し訳ないのだが)弱々しく繊細で、善良で慎重なのである。
血の気が多い連中が集められたという本署職員ですら、この様子である。一般市民に至っては、もはや天使が街中を歩いているようなものだった。天使のような人たちを取り締まるのに、警棒など必要だろうか、まして拳銃など。強気な姿勢や態度、これで十分に恐ろしい武器になるのだ、一般市民にとっては。
そんな中、白昼堂々と法に違反した行為を平然と行った鈴木一郎とかいう男、控えめに言って世紀の大犯罪者、といったところだっただろうか、いや、軽犯罪だったような気がするが。さすがに最近ではそうでもなくなったが、初期のころはコロニー内巡回勤務中など、私の姿を見ただけで気絶する市民や、泣き叫ぶ子供たちが絶えなかった。コロニー市民の皆さんに迷惑をかけないよう、なるべく人前に出るのを避けていたほどだ。
そういった経験や知見から考えると、確かに彼女、イリカ副委員長は署で随一の武闘派だ、といっても差し支えないだろう。
例えばそのイリカ警部補だが、私が入所して10日ばかり経ったころ、決死の覚悟といった表情で私のところに来て、何事かと思ったら、初日にジャージを貸し渋って悪かった、と謝ってきた。いえいえ全然気にしていませんから、と答えたところ、幼い少女のような笑顔で、そうかそうかよかった、と言って帰って行ったのだ。そんな些細なことをずっと覚えていて、気にしてたってことなのかと、その時は驚いたものだが、後では納得したものだ。とにかく彼女も、おそろしく上品なレディーだった。男勝りのお転婆要素など、せいぜい0.1%あるかないか、といったところだろうか、男勝りといっても、この異世界じゃあ、男性もみな紳士だけどね。はあ、やれやれ、彼女に比べたら、御代課長とアリスなんて、魔王と大魔王でも足りないくらいになるね、おっと失敬、この記述はあとで削除しておこう。
7.地球人類とは?
なんだろうねえ、これが宇宙標準ってやつなんだろうか。そういえば、前にアリスが何かのときに言っていたと思うんだが、もしかして地球人類の暴力性は、宇宙的に異常すぎるんだろうか。
その暴力性の極致に勇者である私がいるのだけれど、だとしたら、いったい私はどうすれば…。
いやちょっと待ってほしい、怒りとか憎しみって、生物なら普通にあると思うんだけど。たしか、カラスは人間の顔などを覚えていて、危害を加えられた相手には後々仕返しをするとか何とか、言ってなかっただろうか。カラスだけが特殊なのかな、いや、手話を覚えたチンパンジーは、保身のために嘘をつく、と聞いたことがある。うーん、でもチンパンジーだと割と人類に近いのか。
やはり、地球という惑星だけが特殊なのだろうか。あるいは、地球人類という生物が特殊過ぎるのだろうか。お前たちは特殊だ、と言われても、どうしようもないんだがなあ。うー、もしかすると、これほど重大な事柄を、どうしようもない、の一言で済ませられる、ということも、特殊性の一端なのかもしれないな。そう言われても、どうしようもないんだが。おや、思考が2周目かな、まあここで深堀はやめよう。
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8.言語について
言葉だが、1年間で日常会話程度なら問題なくできるようになった。読み書きはまだまだダメだ。
この異世界の言語には濁点や半濁点がまったくないようで、また子音が多く、地球人の私には非常に発音がしにくい。逆に、現地の方々からすると、鈴木、という発音がどうしてもできないらしく、「ススヒ」の発音までで精一杯のようだった。そういったこともあって、私はこの世界の人々からは「イチロ」と呼ばれている。チ、は発音できる人とできない人がいる。だからイヒロとも呼ばれることもある。
9.本署職員への採用について
実はこの1年、本署でお世話になれた理由は、署員として採用してもらうことができたからだ。まあ確かに、他人の見ている目の前で戦闘っぽい雰囲気を出すなど、紳士淑女のこの世界では大悪党と言っていいほどだ。まさに、本署の趣旨である、血の気の多いヤツという意味で逸材だっただろう。こんな真似が平気でできるのは、他にはイリカ警部補くらいだろう(失礼)。
見習いの階級で採用され、(あまり表に出られなかったので)署での雑用中心だったが、それでも、時々は現場に出て、現業の手伝いもした。とりあえず勇者刑事とでもしておきますか。
そういった日常生活の中で、署の同僚などから少しづつ、言葉を覚えたのだ。
ちなみに、私の教育係は、イリカ副委員長ズバリその人と、猛者刑事が任命されたようだ。すみません、そうですよね、ルキオ警部の懸念は良くわかります、はい。ええ、本官は大悪党クラスですから、その教育はやはり武闘派のトップくらいでないと、ですね、はい。
7.衣食住に関して
衣服は、初日に貸与されたジャージの上下をあいかわらず着用していた。実はこのジャージ、署の制服だった。
それ以外の私服は、自分で購入するそうだが、必要性をあまり感じなかったので、肌着や靴下以外は購入してない。実際、署の中にも私と同じスタイルの者、つまり、年がら年中、ジャージで過ごしている署員は割と多かった。そもそもこの世界の人々は、着飾る、という発想自体がないか、極めて薄いらしい。
住居は、ありがたいことに署の独身者用の寮の一室があてがわれた。ちなみにこの独身寮だが、男女の別がない上に、ほとんどすべての独身署員が利用していた。え? セクハラ? 性暴力? そんなものはこの異世界には存在していません。
なお、家庭を持っている署員は、社宅が貸与されるらしい。
最後に食、あるいは食文化、についてなのだが、別に飢餓とか地球人には食べられないとか、そういったことは全くなかったのだが、私、地球人鈴木にとっては、別の面である意味で大問題だった。
この異世界というか惑星系には、乳業はあったが肉食という習慣がまったくなかった。ですよね、他の生物を殺害するとか、想像すらしないでしょうから。ちなみに、卵を食べる習慣はある。
魚は、惑星の海辺に住む者たちの一部は食べるらしいが、食べない人々からは非常に野蛮だと思われているらしい。コロニーや、惑星内陸部の者は一切、食べないし、物流も一切、ない。
なお、漁師たちの言い分は、生きて生活するために漁業をやることのどこが悪いんだ、だそうである。地球人の私からすると、いや、そんなの説明するまでもないでしょう、と言いたいが、魚を食べない一般市民からすると、表立って反論するような品のないことはしないものの、内心は受け入れがたいと思っているそうである。…そうですか。
ちなみに、イリカ副委員長は魚を食べない。猛者刑事の方は、以前、海の多い方の惑星勤務で、派出所が海辺にあったこともあって魚を食べていたそうだ。コロニーでは入手できないのが残念なのだが、ということだった。
思うところあって、刺身では食べていたか、と質問した。刺身って何だい、魚を煮たり焼いたりせずにそのまま身を切って、ああ、なんなら活け造りというのがあってですね、と説明している途中で、彼は逃げ出して行った。すまない、猛者刑事、その反応は予想していたんです、ごめんなさい、以後、やりませんので許してください。
そう、そうなのだ!
ほぼほぼ、菜食主義、に近い。それも、選択や決断の結果として菜食をしているのではなく、おそらく生物種として、そもそも菜食なようだった。誰が唱えたかは調べてないのだが、この世界の人類は草食動物から進化した説というのがあり、これはかなり信憑性があると思う。
というか、魚でも肉でもいいんだが、食べられないんでしょうか…。
8.食についての補足
採用されてから割と初めのころに、肉食はないのか、と同僚の刑事に質問したことがある。肉食ってなんだい?ときて、他の動物を殺してその肉を食べることだよ、と言ったときの、相手の怯え切った目が忘れられない。大の大人が、小さい子供が泣き出すかのごとく怯えていた。私は相手に心底、謝罪した。だが謝罪の際の語気や、音量が彼らには過剰すぎたらしく、余計に泣き出していたけれど。ほんと、すみません。
じゃあついでにではないけれど、病院での外科手術はどうしているのかと質問してみた。それは医療行為なのでまったく問題ないと回答があった。しかし、外科医が他人の体にメスを入れるのには、かなり抵抗があるのではないかと更問いすると、全く抵抗はないだろう、と回答があった。
単なる平和主義者、温厚な性質では、これは説明が付かないと思うのだが、結局、私は彼らとは違う生物種だから、これはどうやっても理解できないのかも知れない。
肉を食べなくても豆類などがあるので蛋白質の摂取には問題ないし、別段、肉を食べないから気力やチカラが出ない、ということもないのだが、文字どおり、味気ない、という気がする。気はするが、もしかするとそれは単なる習慣の問題だという可能性もある。どちらにしても肉も魚も、コロニーでは一切、流通していないし、入手もできない。うーん、これは猛者刑事の気持ちが少しは分かるかも。
何とか、食べられないでしょうか…。




