第2章 2-0E
AF0003年(西暦2049年)7月31日早朝、勇者鈴木は会社の仮眠室で目覚めた。
退社届は昨日、既に提出済みだ。本日付けで会社に籍がなくなるので、後片付けをして今日中に出て行かなければならなかった。とはいえ、準備らしい準備はほとんどない。社内に私物はまったく置いていなかった。
仕事で使う端末や機器は、そもそも、誰々用、みたいな仕様ではなかった。端末や機器のほうが、使っている社員に合わせて自動的に機能や権限を変化させる仕様だった。つまり共通・共用・統一規格で、個体差がなかった。個人的なデータを削除するとか、端末や機器を初期状態に戻すとか、そういうことも全く必要なかった。
後片付けは、早くも午前中には終わった。自宅のアパートの方も、全焼したので何一つ残っていなかった。銀行口座も残高0だったので、あってもなくても変わらない、放置で問題ない。
ひとつ大きな問題は、身分を証明できる公的書面が一つもないことだった。
我々のコロニーでは、本人のパーソナルデータは有形のカードや書面ではなく、電子情報として運用されていた。コロニーと言うシステム全体が常時、どこでも本人確認を行っているようなものだった。だから、運転免許証も、保険証も、銀行のキャッシュカードも、何ひとつ必要ない社会だった。
コロニー内なら、それで問題なかった。しかし出向先ではどうだろうか。電子情報がまったく使えない職場だったら?
しかしまあ、すでに住所不定・無職で連絡済みなんだから、身分情報なんてあってもなくても変わらないかも知れないな。
未知の職場に出向するにあたって、果たして何を持っていけば有効だろうか。いまのところ、コロニー公社からの見舞金十万円と元から財布に入っていた千円ちょっと、衣服は今着ているスーツ姿一式と、会社のロッカーにたまたま入れていた葬式用の黒いネクタイが追加で一本、これが全財産というわけだ。
え? マジ? 大丈夫なのか鈴木よ。まて、落ち着け、まだあわてる時間じゃない。
よし、最初から考えてみよう。
まず、どこの惑星に行くことになるのかは知らないが、もしかすると、勇者という肩書き、あるいは戦闘能力を当てにして呼ばれた可能性があるんじゃないだろうか。だとすると、戦争とか戦闘、というシチュエーションもあるんじゃないだろうか。
自分的には、武器は素手が最も得意なんだが(まあ武器ではないが)、なんかこう、銃とか刀剣とかを装備してないと、ガラの悪い無法者になめられる、余計なトラブルに巻き込まれる、とか、あるんじゃないだろうか。へへへ、こいつ武器も持ってないぜ、みたいな。
よし、明日は日曜日だからナイフくらいは調達する時間はあるだろう。持って行くことにしようじゃないか。
あとはなんだろうな、ヨロイとか防具関係はどうだろう。んーこれは要らないかなあ。明日中に調達できそうなものと言ったら、工事用か、アメフトとかのスポーツ用のヘルメット、作業服、防寒服くらいだろう。防寒服は意外に高いからな、ナイフを買うならおそらく予算オーバーだろう。よし、防具関係は無しでいいや。
薬とか、いるんじゃないか? どんな風土病があるかも知れない。例の、アリス印の万能丸薬をひと瓶買おうじゃないか。
後は何だろうな、衣食住、薬、ときたら、まあ、住居は現状ではどうしようもないが、寝袋は便利かも知れないな。最悪、野営するにしてもあれば便利だし。そうか、バックパック(背負いカバン)はぜひ欲しいじゃないか。それと物を入れる袋も欲しいね。
衣服の予備は必要だろうね。肌着は2~3枚は着替えが欲しい。スーツ以外の服も欲しいな。日常生活でいつもスーツ姿って訳にもいかないだろうしな。
よし決まった。明日の調達品目は、ナイフ、かばんと袋類、着替え、薬ひと瓶、いやふた瓶持って行くか、薬、と。こんなものかな。
買い物リストが決定したところで日が暮れた。泊るところがなかった。同僚や課長、アリスなどにも宿泊を断られたし、ホテルなどの宿泊施設は高額過ぎて明日の買い物に差し障りが出かねない。はてさて、ナイフって、いくらくらいするんだろうなあ。とにかく、またも公園で一夜を明かすことになった。
うーん、いまの状態って、正真正銘の浮浪者だな。やれやれ。今度の職場は福利厚生が充実しているといいんだが。




