第2章 2-0C
夜が明けると(まあ、開くのはミラーなんだが)、会社のオートロックも解除されたので、いつもの男子更衣室のシャワーを使い、始業時間となり、日中は眠気を我慢しながら働いた。
そして夕方。申し訳ないが、今日は定時であがらせてもらいます、用事がありますので、ええ。
その日の夜、大家さんからアパートの住民への「説明会」があった。場所は大家さんの別宅にて。1階の4世帯、2階の4世帯が全員、集まっていた。
住民に対し、コロニー公社からの一時見舞金一律10万円と、保険金が支払われることになった、ということだ。
まあ、火災保険がないのはやむを得ないかも知れない。コロニーでの火災、それは、家財や資源の消失もさることながら、「酸素」の消費はもはや国家犯罪レベル、とまでは言わないけれど、とにかく、コロニー内の防火対策は徹底されていたから、火災の可能性は限りなくゼロ、そのはずだった。
失火なんて、もしかすると今回がコロニー史上初かも知れない。本来ならそれほどのことだ。だが今回の件は、火災原因があまりに人為的だと思うが、それはともかく、大家さんが火災保険に入っていなかったのは当然で・・・
え? 火災保険? 入ってたんですか?? マジすか、超すごいんですけど。火災保険に加入していたなんて、ほとんど奇跡に近いことですよ。え? 3日前に入ったばかり? あらま、そうでしたか…(何か嫌な予感が)。
さて、大家さんの説明によると、保険金でカバーされるのは、別の借家等への入居に必要な費用全額、住宅を購入する場合はその費用の95%、残り5%の返済期限もなし、つまり実質は全額保証だそうだ。
なんという安心感。
保険会社やコロニー公社の連絡先などが書いたチラシが配られ、説明会はこれで終わりのようだ。アパートの(元)住人は全員、三々五々と解散して行った。やれやれ、とりあえず生活は何とかなりそうだと思っていたら、大家さんに呼び止められた。
私、鈴木と、隣の203号室の川内さん(母子家庭)だけ残ってくれ、だそうだ。なんか嫌な予感がする。
204号室と203号室だけ、火災保険に入っていなかった、ということだった。
まあねえ、薄々そうかな、とは思っていました。こんなにうまく行くわけないよな、と。ええ、はい。おや、ちょっと待てよ…何か、おかしくないか? やはり不自然じゃないか? この一連の流れは。
「大家さん、どうしてうち(204号室)とお隣(203号室)だけ、火災保険に入っていなかったのですか」
「それがですね、保険会社が言うには、ええとその、入居者に問題がある、ということで」
隣の川内さんの奥さんが驚いて質問した。
「問題があるってどういうことですか、母子家庭だからですか、それは差別じゃないですか」
「ええとですね、それがその、川内さんのご家庭には問題はなくてですね、実はとなりの鈴木さんに問題がある、ということでして」
え、私ですか。川内さん母娘がこちらを睨んでいる。あれ、えーっと、私ですか。え?
「えーと、私ですか」
「はい、なんでも、勇者がどうとか、いうことで」
うっ、そうですか。勇者、ですか。
面と向かってそう言われると、否定できないところがあるなあ。
大体、勇者ってのは大抵の場合、冒険するものだけど、そもそも「冒険」って言葉は「危険を冒す」ってことだからな。そんな人は保険には入れないよね、ええ、はい。
まして、保険会社の厳しい査定の目で見るなら、安全には最も遠い人物だと判断されても仕方がないだろう。
それはともかく、だ。
お隣だった川内家が破綻寸前なのは、どう考えても私のせいだ、ということですね、はい。例え、火災の実行犯がアリスだったとしても、親の監督責任だ、と、はい。
これは完全にアリスにはめられたな。
「川内さん、大変済みません、すべて私の責任です」
結局、私の銀行預金のほぼ全額を川内家に譲渡することで決着した。一千万円までは行かない程度である。ずっと遠い将来までの生活が保障できる金額ではなかったが、失業したわけではないので当面は大丈夫です、ということで決着した。
川内家の将来は少し心配だが、はじめての大金に驚いてか、喜んでいる娘さんの笑顔が慰めではある。お母さん今晩はごちそうにしようね、だそうである。生活に困らないなら何よりです。
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翌日、会社の仮眠室から這い出して、いつもの時間に事務室に入ると、課長から声がかかった。
人事部長のところに行け、ということだった。あれあれ、また嫌な予感が…。
「鈴木君、今回は災難だったねぇ、まずはお見舞い申し上げるよ」
「千葉部長、心配おかけしてすみません」
「それでだ、毎回毎回、君には負担をかけてすまないのだが…」
そら来た、当然、これで終わる訳がないと思ってたさ。
勇者って何なの、勇者って。




