第2章 2-0B
「勇者鈴木、いや父よ。そろそろ自分が何をしたいのか、見直す時期に来たと思うぞ」
鈴木が帰宅の途につく直前、アリスが言った。まだ残業している御代課長も、それはいいことね、などと仰った。
いまや神にも等しいアリスが言うのだから、現状打開につながるかも知れない。よろしい、では考えようじゃないか。しかしまずは、今日のところはヘトヘトだし、もう夜の10時なので、課長の残業命令は聞かなかったことにして、家に帰ることにしたいです。
鈴木が自宅に戻ったところ、自宅のアパートが全焼していたのでびっくりした。すでに火は消し止められていたが。
鈴木の部屋は2階204号室だったが、2階建てのアパートの全部が、1階も2階も全てが焼け落ちていた。
大家さんが呆然と座り込んでいた。
「大家さん、どうしたんですか」
「あ、ああ、鈴木さん! 大変なことになってしまって」
「火事、なんですね」
「ええ、何とお詫びすればいいやら」
「いえいえ、大家さんのせいじゃないでしょう。それとも管理室から出火したとかですか?」
「いえ違います! 実は、厄介なことになりまして…」
おや、厄介なこととは何だろう。もしかして放火とか、犯罪系か。
そんなことを思っていたところ、一人の消防士がやって来た。
「消防隊隊長です。アパートの住民の方ですか」
「はい、そうです。204号室の鈴木です」
「あっ、204号室の鈴木さんね、よかった、これで全員の安否確認ができました」
「おっと私が最後でしたか、すみません、今会社から帰ってきたところで。もしかして、会社にも連絡いただきましたかね」
「いえいえお気になさらず。けがをした人や亡くなった方も一人もいませんので、ご安心下さい」
「それは何よりです。ところで、火事の原因ですが、まさか放火とかですか」
「それがちょっと厄介でして…」
む、またも厄介ごと呼ばわりですか。
消防隊長によれば、なんと、コロニーのミラーが、たまたま不具合を起こし、ピンポイントでアパートに太陽光が集束した、ということだ。
いやいや、待って待って、それって、どう考えても不具合じゃないでしょう。たまたまとか、ありえないでしょう。それってどんなソーラレイ?
というより放火じゃないの、誰かの意図的な。誰かというか、もっと言えばアリスあたりの。いやいや、自分の娘を疑ってはいけないか。
それより、今夜はどこで寝ればいいだろうか。財布は持ってるが、三千五百円しか入ってない。ATMは時間外だし。ホテルとかは無理だわ。うーん、銀行の手続きは2~3日じゃあ、済まないだろうねえ。何のかんのとやってれば、すぐに残金ゼロになるわいな。
火災保険は? さすがにアパート全体で入ってるよね? その割にはなんだか、大家さんの顔色が悪かったような気もするが。いや待て、そもそも、コロニー公社の責任だよね、今回の件は。公社に請求すべきだろう。
うん、確かにそうなんだろうけども、今は夜中で何も動きが取れない、というわけだ。
現実的に考えると会社に戻るしかないな。今日はまだ、警備員の野中さんいるかな。もしかすると夜勤ない日だったかも。あ、そうだ大家さん、今日寝るところはありますか。よかったらうちの会社に…え、近くに別宅あるんですか、それなら大丈夫ですね・・・じゃあ、私はこれで。
会社は閉まっていた。あうち。
自分のIDカードはあるけれど、野中さんがビル全体の警備解除しないと入れない。
うーん、もう深夜だし、野中さん、当務明け日だから、さすがに休んでるだろうねえ。さすがに来てくれとは言いづらいなあ。
とりあえず、会社近くの公園のベンチで一晩、過ごすことにした。一晩と言っても、夜明け時間まであと6時間程ではある。別段、寒くも暑くもないが、少しお腹が空いたかも知れない。朝食時になったら何か買いに行こう。
・・・何もすることがないな。それじゃあ、ひとつ、アリスの言葉を思い出してみるか。ええと、自分が何をしたいか、だったかな。
ふむふむ、なるほどね、たしかにそうでしょうなあ・・・すまん、その前に、公衆トイレを使わせていただいて、と。
おお、結構、きれいに掃除されてるじゃないの、いいねえ。
なにっ、トイレットペーパーがないだと!?
ふふふ、しかしここで慌てるのはシロウトよ。私がどれだけ、痔に苦しんで来たと思うのかね、年季が違うのだよ、年季が。
見よ!今必殺の、ハンドウォッシュレットの秘儀を!
説明しよう、ハンドウォッシュレットとは、便器を流れるきれいな水を手で掬って、尻を洗う荒業である。洗った後は、ハンカチ等で水分を拭き取るのが吉である。なーに、飲んでも平気な上水なんだ、何の汚いことがあろうか。
ただし、上水ではなく、中水などを使っているトイレの場合は、慎重に水質を見極めることをお勧めする。以上、説明終了。
はあ、いったい自分は、何がしたいんだろうねえ、アリスさんよ。




