Act.8 謝罪の意味を〜少年の過去と、その決意〜
どうも。
今回は戦いの前の物語です。
「星塚鈴月。お前に手紙があるぞ」
医師は沈黙が支配した部屋の中で口を開く。
「―――お前を助けた奴からだ」
手紙の内容はこうだった―――。
『拝啓。僕の可愛い仔猫。
君がこれを読む頃には僕はそこに居ないだろう(死んだわけではなく、ただ不在というだけなので心配しないで欲しい)。
そして君には二つの選択肢が用意されている。言わずとも分かるね? 君のご友人、呪われた刃を継ぐ少女だ。先ほどの男と切っても切れない縁がある。
一つは彼女を見捨てることだ。いや、そういうと聞こえが悪いな。君は既に被害者だ。これ以上関わるべきではない。故に、彼女に手を貸す必要も無い。
―――彼女が自分で解決する可能性も零ではないからね。
二つ目はやはり彼女を助けることだろう。こちらは危険だな。僕は決してお勧めしないよ。
君の周囲お嬢さん方なら、きっと功刀の事情も知っているだろう。今、彼女は気の狂いそうな立場に立っている。否、立たされている。だからこそ、助けを欲しているのかもしれない。
―――押し潰されそうなほどの罪の意識。きっとそれは彼女を蝕む。
僕は君に危険を押し付けたくない、と本気で告げよう。君は今回関わるべきではなかった。
―――だけど関わってしまった。
嗚呼、僕は詩人にはなれないみたいだ。だからこそ、君に伝える言葉が支離滅裂であることを許して欲しい。だけどね、僕は思うよ。
―――君は月だ。輝くべき月だ。ならば今宵も輝いてくれるかもしれないね。
僕は兎だ。踊るしか能の無い兎だ。ならば今宵も君の背後で踊り狂おう。
頑張って、僕の仔猫。君ならきっと上手くやれる。
願わくば君が傷つかぬ未来を。
望むのは明日の君と、ついでに彼女の笑顔。
君は自分が思うよりずっと強いよ、迷いの仔猫』
「・・・・・・一人しか思いつかないな。やっぱりアイツも関係者だったのか」
「只者ではないと思ってましたけど・・・・・・」
「・・・・・・功刀のことまで知ってるとなると・・・・・・相当」
三者の間に不穏な空気が漂う。いつかの変態のせいだ。
「・・・・・・でも、どうするの? 鈴月・・・・・・関わるの?」
「関わるなら私達も―――というよりは、私達は棗ちゃんを助けますけど。貴方はどうしますか?」
「・・・・・・・・・・・・」
正直怖い。あの死の恐怖を思い出すと、今も膝が震えてしまう。
―――ごめんな。
やはり、あの謝罪の意味は―――
「・・・・・・行こう」
「・・・・・・それは同情ですか?」
決断は、すぐさま返される。決意の表明を、求められる。
「半端な気持ちではやめてください。棗ちゃんにも失礼です。それ程、私達異能者の抱えたものは―――いえ、その家柄の問題は深刻なんです」
辛辣な、言葉。刺々しく、荊のように胸へと届く。
「貴方に覚悟はありますか? 彼女の闇を受け入れる覚悟は、ありますか?」
少しだけ苦しそうに。彼女は告げる。それが優しさであることは既に理解していた。
「・・・・・・僕は同情が嫌いだ」
だから、鈴月は答える。別に正義や熱に浮かされたわけではない。ただ、欲しいだけ。
―――答えを。謝罪の意味を。そして、それ以上に―――
「逃げたりしない」
―――受容せよ。争え。諍え。抗って見せよ。
心の奥で何かが囁く。不思議とその為の力はある気がしたのだ。
「僕は、逃げたりしない」
その声は震えていないだろうか?
―――こんな時でもそれを気にする。格好付けの星塚鈴月。それが僕。昔から変わることが出来ない。
「泣いてた。謝ってた。だから見つけて、泣き止ませてあげないと。赦してあげないと」
鈴月が、祖母が死んだ時、思ったことは。
―――嗚呼。赦せなかったな、と。
悔しかった。果たせぬ想いを残すこと。それがたまらなく後悔を呼ぶのだとその時に知った。
「やっぱり見捨てられない。もう、後悔したくない」
―――これこそ支離滅裂だ。彼女達は僕の過去を知らない。これは僕の独りよがり。
だが、それでも、彼女達は鈴月を見る。自分のその、祖母譲りの瞳を見る。
「―――分かりました」
「・・・・・・頑張ろう」
認められた。それが何故かなど知らない。だが、これで鈴月は動ける。
―――彼女を救う。実感は無い。だけど、きっと救ってみせる。
自己満足だ。納得している。理解している。
それでも、その時、鈴月は―――そう願った。
「早く見つけてあげよう」
痛む体を持ち上げる。動く分には支障無し。
「―――さすがに、この季節の雨は寒いしね」
彼女達は頷いたように思う。
「―――功刀の家系に伝わる異能は刃によって齎されます」
冷たく寒い雨の中、鈴月と千歳、栞は当て所なく駆けていた。
「その異能は“跳躍”」
そんな曇った世界の中で、いやに鮮明な千歳の声が聞こえる。
「? 刃を持つとジャンプ力が上がるのか?」
言葉の意味が分からず、我ながら間抜けな発言をしてしまう鈴月。
「そんな意味不明な力じゃありませんよ・・・・・・列記とした異能です。“跳躍”するのは経験です」
「? 経験?」
「人の能力は経験に大きく依存します。経験論然り経験則然り。特に剣術などにおいては経験によって得られた一種の法則。そこに技や動きの効率性を見出すことが多いです」
経験。それは生きていく上で最も大切な知識。経験が知識を生み、その知識の下に行動する。そうしてその行動によって新たな経験を得る。そのサイクル。
「・・・・・・つまり、鍛錬することで強くなる、だね」
栞も頷いてみせる。小さな体でよくここまで走るものだと鈴月は密かに感心していた。
「功刀の異能はそれら全ての“壁”を跳び越えられるんです。それが跳躍。常人が数十年掛かっても超えられない最初の壁。凡人が幾ら努力しても至ることの出来ない境地。そこへ生まれつき、至ることが出来る異能なんですよ。つまり、一切の経験を無しに達人になれるんです」
「チートじゃん」
「ちー・・・・・・?」
鈴月の予想通りと言うか。やはり横文字には弱いらしい千歳。
「チート・・・・・・直訳すると『ずるい』とか『騙す』だけど・・・・・・ここでは反則的に凄いって覚えておいて」
―――さすがだ、栞さん。
「は、はぁ・・・・・・と、そこでですね。鈴月さんは『切る』と『斬る』の違いが分かりますか?」
「剣については一切知りません」
「あのですね・・・・・・まず、先ほど述べた壁を思い出してください。つまり、『切る』にも努力が必要ですが、その壁を乗り越えなくても可能性があります。ですが、壁を越え、境地に至り、達人としての腕前を以ってして振るわなければ、『斬る』ことなど出来ません」
「・・・・・・それを刃物によって為せるのが・・・・・・・功刀の一族」
「ですから彼らに刃物を持たせれば切れない物は無いんです。生まれたその時から最強の剣士」
「そりゃ確かに凄いな」
自身の体に付いた傷。その切り傷が異常に綺麗だったのはそういう理由だったのか。
「勝算は?」
「はっきり言って、棗と同等かそれ以上の相手では・・・・・・」
「私達は遠距離戦しか出来ないから・・・・・・」
その言葉に鈴月は違和を覚える。脳裏に浮かぶのは、謝罪と共に刃を放つ、いつかの彼女の後ろ姿。
「千歳さん。アンタ確か刀使ってませんでした?」
「ええ。ですが功刀の人間の前じゃ無駄です。言ったでしょう? 彼らは最強の剣士として生まれつきます。私如きの剣術では呆気なく斬られて終わりですよ」
言いつつ、竹刀袋から真剣を取り出してみせる千歳。
―――ていうかアンタ。学校に刀を持ってくるなよ。
「・・・・・・はぁ。それって絶望的じゃないですか?」
「ええ。もちろんです」
「・・・・・・はぁ」
打つ手が、無い。
いきなりの難題に直面する。見つけたとしても倒せなければ意味が無い。さらに言えば倒して終わり、とは限らない。
「・・・・・・でも」
負けるわけにはいかない。そう。鈴月は可能性を探す。
―――やはり、僕の異能。
謎の多い力。というか謎しかない。千歳もまったく話そうとしてくれなかった。
「・・・・・・千歳さん」
「はい?」
「僕の力について、分かっていることを全て話してください」
「僕は急いでるんだけどなぁ」
風間伊吹はとある路地裏に佇んでいた。
「―――気味が悪いな」
伊吹を囲むのは数え切れないほどの影。それは人の姿をしていない。“かたち”は人だが、輪郭はぼやけ、人型というにはあまりにお粗末だった。
―――焦りは無い。ただ邪魔なだけ。
「僕の仔猫が困らないといいけどね」
緩やかに“それ”は蔓延する。“それ”は伊吹の体から放たれていた。否―――存在そのものから。
「―――邪魔だね。排除に値する」
―――“それ”は怒りであった。
伊吹の本質。力の起源。原始の力。
「さて。お別れを始めようか」
風が、吹き荒れた。
「兎はまたもや鼬となったか・・・・・・」
男は呟く。否、聴こえた声が男のものであっただけ。
「それでもあの“月”への想いは抱いたまま・・・・・・器用な奴だよ、本当に」
―――その男は暗がりに潜む。闇色の溜まり場。影の世界。
その男は口を開く度に自身が王であることを告げるという。
「さて。それでは俺も始めようか」
―――王は、王の、王たる遊戯の開始を告げた。
―――走れ。走れ、走れ、走れ!
功刀棗はとにかく走っていた。路地裏を徹底的に走り、走り、走っていた。
刃を以って人を襲う狂人―――自身の兄を捕らえる為に。
優しい人だった。嫌いではなかった。結局、好きになれなかったが。
―――でもそれ以上に。兄は仲間を傷つけた。
成り立てとはいえ、仲間は仲間。それが傷つけられた。命を脅かさすほどに。
放っておくわけにはいくまい。止めてあげなければ。兄は暴走したまま、命を踏みにじるだろう。
「どうして・・・・・・! こんなことに・・・・・・!」
尋ねたかった。誰に? 兄に? 王を、獅子を名乗る男に? それとも―――神様に?
―――ベルトに巻き込み、隠した刀。出来れば使いたくは、無い。
「止めないと・・・・・・!」
結局。結局少女は一人で駆けた。
地獄絵図だった。
暗がりに隠れた男は見る。否、視るのだ。一人の少女と、その兄の。呪われた刃が交錯する悲劇を。
「―――今宵、といっても日が沈んだところだが」
男は何事かを呟く。すると世界に違和感が広がり―――【人払い】が発動する。
「見世物は一人で見ても面白くない。招待客はお前だ。“青い薔薇の魔女”、シャーロット・ダルグリッシュの直系」
男は見る。否、視る。いや―――観るのだ。
呪われた刃を持つ少女と男。強い妹と狂った兄。彼ら二人が演じる最高の舞台を。
「―――願わくば」
それでも、男は満足しない。王は貪欲ですらあった。
「彼の少年が現れんことを」
バイト、キツイです。




