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Act.7 届かない声〜強く、気高く、脆い決意〜


色々修正加えました。


キャラの名前の読み方とか。


前書きとか変更前の作者名使ってて、混乱した人がいたら本当にごめんなさい。





「―――鈴月ぃっ!」


風間伊吹が路地裏に駆けつけた瞬間、星塚鈴月の鮮血が宙に舞った。それは一振りの刃が為し遂げた凶事だった。それを持つ男がいた。黒尽くめの、琥珀色の瞳を光らせる彼。


―――赦されざる罪を犯した、たった今より自分の殺害対象者。


「おい・・・・・・」


怒りが。我を忘れるほどの怒りが。体内を蹂躙する。否、それは元より内に秘めたはずのものだった。隠しているというだけで、それは自身の本質であるはずだった。


―――いつから忘れていたのか。自身の本質を。出逢った頃からか。


大丈夫、まだ大丈夫。本質であっても押さえ込める。自身に埋め込んだ楔がまだ、確かに、ある。

それなのに。


倒れた彼の瞳が僅かに開いていた。やがてそれは閉じられてしまったが、伊吹は確かに見た。


―――いつか焦がれた輝きは―――


失血によるものだろうか? 彼の顔色が悪かった。無論、瞳の色も。


―――失われてしまっていて―――


もう、限界だった。


―――僕は顕現する。異能を。世界を陵辱する穢れたそれを。穢土(えど)に吹き渡るそれを。


怒りは吹き荒ぶ風へ、荒れ狂う風は断罪の刃へ、刃は咎人の血を啜る牙へと変わる。風からは逃げられない。彼の断罪の刃は、どこまで逃げても、どこに隠れても、姿形を変え、僅かな気配を辿り、必ず罪を裁く。決して逃れることなど出来ない。それはその為の、裁く為の刃だ。


「自分が何をしたか分かっているのか」


―――僕の。僕の月。僕の大事な仔猫。狂っていると言われた。だが、それでもいい。狂気と名付けられるこの思慕の情は、それ故に純粋で在るべきだ。


爆ぜる。何が? 怒りが。自身の怒りが。アスファルトを砕き、壁を抉り、周囲の塵を切り刻んで。顕現する。感情を。雨のように心を打つ悲しみ。為せ。変えろ。その雨を、刃の雨へと変えろ。


―――男は怯えているようだった。いい気味だとは思わない。思いやしない。彼を傷つけた目の前の男が、この一秒を生きていることさえ、僕は許さない。許せるはずが無い。


「もういい、死ね。死んで詫びろ。死んでも償えぬことを知れ」


―――以前の僕には爽快だった。怯える獲物へ刃を飛ばすことは。


それなのに。何故こんなにも虚しいのだ。何故狙いを緩めてしまった。


―――故に、刃は外れてしまう。


男は飛んだ。壁伝いに駆け上り、建物の屋根によじ登り、無様に逃げ出してしまった。


―――以前の僕なら外さなかった。外してしまった、僕は何故?


追え。追え、追え、追え! 追えよ! 本能が怒鳴る、叫ぶ、嘆く。追って、殺せ。お前の月を穢した罪を裁け、その為の力だ、と。叫ぶ。頭が痛い。やはり、風は吹き荒れたままだ。


「・・・・・・ぅあ・・・・・・っ」


―――苦しげな息が聞こえた。ノイズだらけの世界で唯一綺麗なノイズ。僕が焦がれたそれは確かに耳に届いたのだ。


脳裏が冴え渡る。彼の為に、世界は色を変える。音は変わる。故に、伊吹は風を止める。


「・・・・・・まだ助かる・・・・・・っ!」


気付くのが遅かった。愚かな自分。また、本能に流されかけた。だが今ならまだ間に合う。


懐を探る。探り当てたのは一本の小瓶。薄い桜色を湛えた、不思議な液体を内包する小瓶。


―――それを人は霊薬と呼ぶ。万古の霊薬、魔を内包する薬物。


それ一本でそこらの家庭の貯蓄が吹き飛ぶ値段だった。一家が路頭に迷いかねない高価なものだった。とある高名すぎる薬師が、偏屈で知られる薬師のみが調合できる霊薬だった。


それを伊吹は、鈴月に使うことを即決する。


秒数など数える必要は無い。迷いなどしなかったのだから。値段すら考慮する必要は無い。伊吹にとって、その霊薬は貴重ではなかった。確かにストックの少ない物ではある。普通の、名も知らぬ一般人ならば、鈴月に頼まれでもしない限り、絶対に使わないだろう。知り合いにも、勿体無いと思うだろう。その程度には希少度が高かった。だが、貴重ではない。鈴月の命と天秤に掛ける必要など欠片も無い。


小瓶の口を砕くようにして開ける。伊吹の意思の通りに風が巻き起こり、液体に混じることの無いように、絶妙な角度から小瓶の口を砕いた。これでいい。


伊吹は液体を鈴月の、血が溢れ出ている傷口に満遍なく振り掛ける。桜色の液体は、傷口に触れた瞬間、血液成分に反応して半固形化する。ゼリー状となった液体は、傷口の止血の役割を果たし、そのまま傷を癒し始める。


―――これは繋ぎだ。鈴月の傷口を癒す為、その手続きをする間の繋ぎ。


すぐさま懐から携帯を取り出し、頭の中の番号を入力する。登録は御法度。もしも誰かに見られた時の為、いつも頭に納めてある。


「―――僕だ」


それだけを告げる。相手は闇医者だった。ただの闇医者ではなく、魔術なるものに手を染めた男だった。

「今、怪我人がいる。左肩から右脇腹に掛けて袈裟に斬られている。僕の見た感じだと内臓は無事そうだ。骨は何本か断たれているかもしれないが。直せるかい?」


電話口の向こうの相手は何と答えたのだろうか? 無理だ? それとも任せろ、か?


「ああ、うん。頑張ってもらうよ、ドクター」


青年の笑顔を見るに、快い返事を受け取ったのだろう。だが、その笑顔には別の意図があったのが分かる。何故ならその後の台詞に―――


「―――もし傷痕を残しでもしてみろ。君を殺すよ? ドクター」


相手の医師は、凍えるような思いをしたに違いない。





彷徨っていた。


夢の中。記憶の海。過去の庭園。


―――夢は記憶を整理する際に発生する産物だという。


必要な記憶と不必要な記憶の分別。僕はそんな曖昧な世界の中を漂っていく。


そう、漂う―――誰かの―――きっと僕の―――夢の海を。


―――祖母は僕に教えを説いた。


全てを受け入れ、その上で抗えと。争い、諍い、抗えと。


―――そして、祖母はよく謝る人であったのを覚えている。


教えと謝罪に塗れた僕の過去。


まるで僕に赦しでも乞うように、ふと遠い目をして僕に謝罪した。


―――ごめんね、鈴月。ごめんね。


何が、と聞きたかった。いや、聞いてみたこともあった。だが。


―――祖母は教えてくれない。何処か遠いところに想いを馳せて。


老いても色を失わなかった金色の髪、青い瞳。その目で祖母は僕を見据え、謝るのだ。


謝らないで、と僕は言うのに。


―――ごめんなさい、と。


僕の言葉が聞こえないかのように。


―――祖母はやはり、謝っていたように思える。





「あ・・・・・・」


薬品の匂いが漂う病室の中で、星塚鈴月は目を覚ます。


―――誰かの声が聞こえる。気配がする。それは、誰?


「鈴月さん! 気が付きましたか!?」


―――見知った人物。栗色の髪。ブラウンの瞳。僕に赦しを乞う、あの人はもうこの世にいない。


「・・・・・・千歳さん?」


「そうですよ! よかったぁ」


「・・・・・・大丈夫? 鈴月」


―――見知った人物。金色の髪。青い瞳。だけど、違う。僕に赦しを乞うあの人ではない。


「栞さんも・・・・・・僕は?」


―――引き摺っているわけではない。あの人に執着はしていないと思う。きっとしていない。これは、疑問。そう、疑問。あの頃の記憶が欲しい。それによって得られる答えを、僕は欲しい。


そうすれば、きっと、あの謝罪の意味が分かるはずだ。


―――いけない。


心配気に見つめる彼女ら。それを心配させまいと鈴月は思考を切り替える。


「!―――そうだ! 確か変な男に斬りかかられて―――」


「落ち着いてください、鈴月さん。大丈夫ですから」


恐怖が蘇る。今にも殺されそうなあの敵意。いや、彼のそれは敵意ではなかった。あれは―――そう、狂気とすら呼べる、代物。


「・・・・・・何があったの?」


「僕が聞きたいですよ・・・・・・ここは何処ですか?」


見渡した視界に映るのは医療器具の一切無い、ただ薬品だけが並ぶ部屋。怪しいラベルの付いた瓶が並べられた棚を見ると背筋を冷たい何かが走る。


「ここは少し有名な闇医者です。呪術医の方が経営しているところですね」


「ですね・・・・・・と言われても」


「少し高いところのはずなんだけど・・・・・・もう支払いが済んでるみたい・・・・・・」


―――値段に興味は無いって。いや、あるけどさ。


「―――目が覚めたかね」


部屋の奥のドアから一人の男が現れた。


―――髭面の中年親父。冴えない顔に湛えたものは何?


そんな印象を鈴月は抱く。


「先生。こんにちは」


「・・・・・・こんにちは、藪医者」


途端、二人の声色が固くなる。栞に至っては懐に手を伸ばし、いつでも何かを取り出せるような体勢。


「・・・・・・おいおい。お嬢ちゃん。いつも言うけど、俺が何したんだよ?」


「・・・・・・面白い噂を耳にした。患者を薬の試験体にしたって・・・・・・・」


「そりゃ誤解だぜ。たまたま薬を間違えただけだ」


「・・・・・・鈴月さんには何もしませんでしたよね?」


「もちろんさ。さもなきゃ今俺の首は繋がっちゃいねぇよ」


おっかねぇ、と身震いする医師に鈴月は疑問を抱きつつも、薬の方を見やる。


「ここの薬は貴方が?」


「いーや。ここにはいない薬師から仕入れてそれを使ってる。というよりはそいつに命令された通りに、この街に『支部』を開いたのさ」


―――要するにパシリみたいなもんか。


「それより鈴月さん。一体何が―――」


そう、千歳が口を開きかけた瞬間だった。扉が凄まじい勢いで開いたのだ。


「―――鈴月!」


それは何かに濡れた黒髪を振り乱した棗だった。恐らく雨に降られたのだろう。頬は赤く、息は苦しげだ。


―――まるで何かを思いつめているような顔。


「・・・・・・鈴月。誰にやられた? 誰だ!?」


そのまま近づいてくるなり、切り裂かれた制服をはだけさせ、傷痕を確認する棗。その勢いに鈴月はもちろん、千歳も栞も医師も反応出来ない。


薄っすらと残る赤い筋。綺麗過ぎる傷痕だった。そしてそれは既に治りかけている。


「おう、大丈夫だぞ。その傷は一切痕を残さずに―――」


「・・・・・・嘘だ。この切り傷・・・・・・」


だが棗は医師の言葉を聞かない。聴こえていないようでもあった。


「・・・・・・棗?」


「あ、あぁ・・・・・・あたしのせいだ。あたしが見つけられなかったから・・・・・・止められなかったから・・・・・・ごめん。ごめん・・・・・・・!」


―――訳が分からなかった。何故、君は謝る?


「ど、どうしたのさ?」


「あたしのせいだ・・・・・・あたしの・・・・・・!」


鈴月はそう言って見上げた琥珀色の瞳に何かを見る。疑念が確信に変わったことに関する、絶望。それを打ち消して余りある決意。強く気高い光は。


―――それは恐らく脆い。


鈴月は何故かそう思う。


「―――止めなきゃ。あたしが」


そう言うと棗は立ち上がる。やはり脆く感じられる光を瞳に宿して。


「ごめんな・・・・・・鈴月」


そう言うと彼女は背を向け、人外のスピードで走り去る。まるで猫のように。


「棗・・・・・・!」


やはり、叫びは届かない。






棗編。


やたら登場する王様。


変態はいつだって活躍します。


鈴月「巻き込まれたと思ったら即逃げろ!」


以上。その内細かい設定の説明も兼ねて座談会でも書く予定です。


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