Act.4 狂い始めたダレカの歯車〜王と麗人の語らい〜
ここから本編スタート。
作者的にはここからを読んで頂きたいのです。
「あぁ・・・・・・ぐぅ・・・・・・!」
深夜。誰もいない夜の街に男の呻き声が響く。
深い闇の中、漆黒の衣類に身を包んだ、そのまま夜に溶け込んでしまいそうな男。
―――彼の名を知る者はいない。少なくともその場には。
男は異質だった。呻きを上げていることが、ではない。衣類が黒一色に統一されていることが、でもない。
―――その手に一振りの短刀をぶら下げていることが、だ。
その短刀の刀身は三十センチほど。短刀に分類するにはやや長めかもしれないが、男にとってはどうでも良かった。ある程度の長ささえ、あるものの長さに届いていればそれでよかった。刀身が背筋の凍るような輝きを放つ、特別な刃である必要も無かった。その短刀は鈍らと呼んでもよい代物であるにも関わらず、男は満足だった。その短刀で十分過ぎた。
「―――おいおい。何こいつ? いかれちゃってんの?」
「ヤバイ薬でもキメてるんだろ?」
「刃物持っちゃってるよ。俺らも得物取っていいんだよなぁ?」
その男に対峙するのは、社会からあぶれた存在だった。
夜の街を徘徊する、他人の認識―――つまるところの常識から僅かにずれてしまっただけの男達。各々が鉄パイプ、バタフライナイフなどの武器を携帯している。得物に差は在れど、数では圧倒的に有利。何故なら男達の数は九人。
対する男は一人きり。昼間の鬱憤を晴らす対象として、男は選ばれたのだろう。
「・・・・・・・ぁあ。人だ」
不意に男が呟く。完全に正気を取り戻したような声。いや、取り戻したのは知性か。
「―――斬る為の人だ」
そう。男は―――知性的に狂っていた。
その威圧感に気付いた時には全てが遅い。既に男は踏み込んだ後で、さらに言うなら男達の群れの中央に佇んでいたからだ。次いで見えたのは月光を受けて輝く鈍色。
そのまま男は通り過ぎる。
「な、何だよ・・・・・・お、驚かせやがって」
腰を抜かした男の一人が呂律の回らない様子で口にする。
「・・・・・・・・・・・・」
だが答える者はいない。
「・・・・・・おい。どうしたんだよ、お前ら」
「・・・・・・・・・・・・」
「な、何とか言えよぉっ!」
どん、と。男が友人達を叩く。軽く。挨拶でもするかのように。
―――ずるり、と。
友人の生首が、胴体との繋がりを断たれたそれが、鮮血を溢しながら落ちてくる。
腰を抜かし、地面に座り込んでいた男の膝の上へと。
「ひ、ひ、ひ―――いぎゃああああぁぁぁぁぁぁあ・・・・・・!?」
絶叫。その叫びにより、空気が震えたのだろうか。残る七人の首もまた、ずるりと。
転がる。昨日まで駄弁っていたはずの友人の首が。在り得ないはずの非現実さを伴って、男の精神を狂わせようとする。ただ大人に対する不満をぶつけていただけの、まだ歳若い男を狂わせようとする。
「―――足りない」
漆黒を纏う男は、自身の手の内にある短刀を眺め、ポツリと溢す。
「もっと刻みたいのに・・・・・・足りない」
その短刀は人の首を斬り飛ばすには十分だった。男にはそれで事足りた。そう―――人を切断できる長ささえあれば―――その短刀で十分過ぎた。
「ひ、ひぃ・・・・・・!?」
黒の男が一歩踏み出す。怯えた男は何歩も下がる。ほんの少しでも目の前の現実から離れる為に。
―――長さは十分すぎた。人を切り刻む長さを有している短刀。それは、これから快楽を満たす為、子羊を捌くのにも事足りた、十分すぎる短刀だった。
「・・・・・・ああ。俺は悪い子だ」
すぱり、と怯える男の右膝から下が切り取られる。
悲鳴が黒の男の耳を叩く。
「だって・・・・・・こんなにも我慢に弱い」
すぱり、と怯える男の左膝から下が切り取られる。
泣き声はあまりにも耳に心地よい。
「でもそれ以上に・・・・・・」
すぱり、と怯える男の右手から先が切り取られる。
既に泣き声は止んでいた。
―――既に気を失い、ショック死寸前の男。
「人は何故これ程に脆いのか・・・・・・」
嗚呼―――壊れてしまった。
男は気を失った彼をさらに楽にする為、首を、斬る。
「もっと。もっと。もっと。欲しいのに」
漆黒の男は涙を流す。彼が嘆くのは切り刻まれた男達への罪悪感。自己の、罪。
「ごめんなぁ・・・・・・俺も殺したくないんだ。だけど切り刻みたいんだ・・・・・・」
理性と本能のせめぎ合い。男はそれに負けてしまった。
「俺は悪いお兄ちゃんだなぁ・・・・・・」
彼は、艶やかな黒髪の中から。
―――琥珀色の瞳で、月を見た。
その凄惨な現場。そこに一人の男がいた。否―――正確には二人、か。
「全ては君の思う通りに進んでいるのかな? 偽りの王様?」
―――それは美しい青年だった。見る者全てを魅了するような。
そう。麗人と呼ぶに相応しいだろう。
「―――否定はしない。俺の思い通りに進むのは予め分かっていたことだからな」
それに応えるのはやはり一人の男。暗がりに身を潜め、青年の前に姿を晒すことは無い。
「俺は『王』だからな。全てが俺の描いた脚本通りに進んでいく。それは言わば必然だろう」
「相変わらず自信家だね?」
「真実さ。お前は俺を偽りの王だと呼ぶが、俺にしてみればこの世界こそが偽りだ。何もかもが嘘に塗りつぶされている。俺こそが唯一にして無二の真実」
自己に陶酔するように、偽りの王は息を溢す。聴こえるのはその吐息の音だけであり、それのみだからこそ、青年に更なる嫌悪を抱かせる。
「―――哀れな。最早己の身のみが縋り付ける最後の存在か」
「いや、違うな。それは違う。お前は間違っている」
偽りの王たる男は、幼子に説くように、優しく、人の神経を逆撫でするような声で口にする。
「王は孤独だ。孤立した環境でのみ、王は王としてその才能を開花させることが出来る。決して、他存在と同列ではない。それが、王」
その口調さえ、声色さえ、恐らく見えずとも表情さえ―――人を怒りに震えさせ、冷静な判断を欠如させる為の布石であろうことを青年は知っていた。頭に血の上った人間はあまりにも愚かに成り得る。それを知った上で、学んだ上で、偽りの王たる男は告げるのだ。
「駒だよ。俺にとって、奴らは駒だ。この世界は巨大なチェス盤、その上で踊る奴らは駒だ。そして―――お前でさえも、な」
「相変わらず気の狂ったことを言うね?」
「何。他存在に理解できない叡智。それを持ってこその王さ。まぁ、お前は別かもしれないがね、聡明な子羊よ。お前は出来が良いからな。そこらのただ生きるだけの存在じゃない」
「僕から見れば君は愚かなで滑稽すぎる道化だよ。縋るものを失った末に、自分という存在にしがみ付いている、愚者だ。自己に依存することを覚えてしまった、ただの弱者だ」
「言うね、聡い子。だが自己に依存するのは愚かしくなど無い。ましてや俺は王たる器だ。愚かであるはずが無い。お前は言うのだろうな、他者に依存するのは弱さではなく、強さなのだと。青臭い正義など一切入る余地を為さない、絶対の自信、矜持、胸中の思慕の情を以ってお前は言うのだろうな」
「確かに言うね。少なくとも、僕は他者へ捧ぐ想いの尊さを知っているよ?」
「その割には報われていないようだが」
「そのもどかしさも愛ゆえの楽しみさ。僕の可愛い可愛い仔猫。時に噛み付かれるのも、また一興」
青年は不敵な笑みを浮かべる。偽りの王たる男は、やはりこの子は聡明だと再認識を終えて。
「―――俺は図りかねている。お前がどちらの駒なのか。それとも俺に敵対するプレイヤーなのか。または―――敵プレイヤーに助言を与えるマナー知らずのギャラリーなのか」
「少なくとも君の味方に付く気はさらさら無いよ。そして僕が誰に付くかなど決まっているだろう? 僕は―――『彼』以外、誰の味方にもならない。『彼』に敵意の欠片すら向けないことを誓ってみせる」
「そうか。お前はあの坊やの駒において『王』を担うと。そういうことか」
「もちろん、『彼』がそう望むなら。もしも『兵』となり、敵の力量を測る為に散れと。そう『彼』が望めば、僕は躊躇いを一切捨て、『彼』の望む通りの駒になる」
「盲目だな。やはり他者への依存は人を弱くする」
「たとえそうだとしても、得るものは遥かに大きいさ」
暗がりの中で偽りの王たる男が身を翻すのが分かった。その音を聴きながら、青年はポツリと。
「―――『彼』に危害を加えてみろ。お前を殺す」
明確な殺意を暗がりに向ける。
―――返ってきたのは呆れたように鼻を鳴らす音だけだった。
ここまで・・・・・・一日に何話投降してるんでしょうね・・・・・・。




