Act.1 回想と再会
連続投降です。
とりあえず今回は事情説明編。
「―――って。そうじゃなくて」
危うくその笑みに流されそうになった自分に喝を入れ、少女―――稲葉千歳に向き直る。
「その・・・・・・稲葉さんは・・・・・・」
「千歳でいいですよ?」
「・・・・・・はぁ。じゃあ千歳さんは一体何者? というかさっきのは何?」
なるべくペースを乱されないようにしながら、鈴月は千歳に再度問いかける。
「ん〜・・・・・・何者、と聞かれると返答に困りますが。とにかく何処か座る場所は無いですかね?」
そう聞かれ、鈴月は近くの公園を指差した。
「あそこの公園。寂れてるけど静かだと思うよ」
「なるほど。ではそこに参りましょうか」
言いつつ、公園の方へと足を向ける少女。鈴月は黙って後を着いていく。
そのベンチは優に六人ほどは座れる広さだった。千歳はその中央に腰を降ろす。次いで鈴月も。
「・・・・・・で? さっきの奴らは何なんですか?」
「? 影ですよ。影」
そのままの回答。まるで鈴月が知らないのがおかしいとでも言うかのように。
「・・・・・・じゃあ、何で僕が狙われたんですか?」
「はい? 同業者だからでしょう? ある程度のリスクは負いませんと。というよりもちゃんと自分のランクに合った仕事をしないと先ほどのようなことになりますよ?」
彼女は人指差しをピンと立て、子供を叱るように言葉を紡ぐ。
―――何か、すれ違い。彼女と自分に認識のずれが生じているような。
「あの・・・・・・同業者というのは?」
「・・・・・・もう。からかってるんですか?」
あくまで自然に。
「―――魔術師か異能者のことですよ」
―――聞かなきゃよかった。
「あの・・・・・・ゲームの話です?」
「違いますよぅ。ていうか惚けてます?」
「惚けるメリットを提示してください」
「・・・・・・ん?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・んん!?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・もしかして、一般人?」
「アンタもしかして頭弱いです?」
「きゃぅ。じゃ、じゃあお名前教えてください!」
「・・・・・・はあ。星塚鈴月ですけど」
怪しいが助けてもらったのもまた事実。鈴月は本名を口にする。
「ちょっと待ってくださいね・・・・・・」
彼女は携帯電話を取り出す。別に不自然な動作ではないのだが。
「―――星塚鈴月っと」
こちらに画面を見えないように操作する彼女。自分の名前を何かの検索に掛けているようでもあった。
「―――あれ? な、無い?」
―――焦りを含んだ彼女の声。聞いているこっちまで不安になるような、それ。
「あ、あはは・・・・・・」
「・・・・・・で? 説明してもらえます」
「そ、そうですね―――」
私立星南学園。広大な敷地と充実した設備で有名な、地元の人間だけでなく、遠方の人間にも高い人気を誇る学園だ。そこに星塚鈴月は通っていた。
そしてその中のとある一室。1−Aとプレートに刻まれた教室で鈴月は自席の机に突っ伏していた。
「あぅ・・・・・・だるい」
「いよっ!鈴!」
その背に大声で呼びかけが掛かり、鈴月は振り向く。そこには長身の男子生徒が立っていた。
短く、清潔に切り整えられた黒髪に快活そうな顔立ち。いかにも男性的なその面持ちを見ていると心底羨ましくなってくる。人懐っこい笑顔を浮かべる長身の男前―――朝倉藤二。意外と友人の多い鈴月だが、彼ほど親しみのある友人はいないだろう。
―――中学入学当時、街で会った時私服であったにも関わらず、初見で男と見抜いてくれた洞察眼。さらには機敏の利く男であり、空気を読むのも得意。鈴月の一番最初の男友達。
鈴月は彼に対し、全幅の信頼を置いていた。だからこそ『鈴』などという呼び名でも許容できるのだ。
「藤二。朝から元気だな」
「おう。それよりも今朝も呼び出しあったんだって?」
「・・・・・・ほら」
にやにやと笑う藤二に一枚の手紙を差し出してやる。
「何々・・・・・・『私の妹になってください』? また上級生の女子か?」
「多分ね。いい加減学習しろよ、あいつ等」
それこそ入学当時こそ呼び出しの度に胸を躍らせていた鈴月だが、今ではこのように世の中の厳しさを知ってしまっていた。あまりの仕打ちにくじけそうになったことが何度あったか。
「―――でも誰かとの噂を流しておくのもいいかもしれないぞ、鈴月。そろそろあの変態先輩が帰ってくる頃だ」
打って変わって真剣な眼差しを送ってくる藤二。
「・・・・・・アイツか。まぁ、だからといって誰かと、ねぇ? まぁ、普通のお付き合いなら大歓迎なんだけどさ・・・・・・何かあの人達、危険な匂いしない?」
「・・・・・・確かにそうだな。この『妹』ってワードが出た時点でかなり怪しいな」
溜め息は二つ零れた。
授業中。鈴月は白紙のノートを見つめ、前夜のことに思いを馳せていた。
「あ、あの・・・・・・本当にごめんなさい」
「いいよ、別に。誰でも一度くらい間違えるから。二度目は赦さないけどね」
申し訳無さそうに謝る千歳を怒鳴りつけるほど、鈴月も鬼ではなかった。少し大人気なかったかな、と思いつつも、先ほどから話が進んでいないのを思い出す。
―――結局。僕はかなり深いところまで巻き込まれたらしい。深い、深い、裏の世界へ。
運が悪かった。先ほどの影も、どうやらその場で唯一『視える』鈴月を追いかけてきただけのこと。
―――そう、彼女は告げた。確かに筋は通っている。
「えっと・・・・・・それで千歳さんの正体なんだけど」
「あ、はい。そうですね・・・・・・鈴月さんは『魔法』って信じますか?」
いきなりぶっ飛んだ。
「魔法・・・・・・? あの漫画とかで出てくる?」
「正確には魔術ですけどね。イメージ的には漫画やアニメの『魔法』です」
生徒に教えを説く教師のように、人差し指をピンと立てながら語り出す千歳。
「いいですか? 魔術というのは契約です。または資質でもありますが。例えば一の力を使う
のには、契約を通して一の力を支払う必要があります。五の力は五の支払いが必要、という具合ですね。そして何よりも重要なのは力の『質』」
魔力、というのは聞いたことがあると思いますと千歳は続ける。
「それは人間が生きるのに必要な生命力とは少しばかり違い、あくまで不自然性の高いモノ、そういう力の『質』です。例えると鈴月さんがお菓子を食べたとしますよ? それは体内にエネルギーとして蓄積されますね? 普通の人間ならそれは生きる為にのみ活用できる、用法が一つに定められた存在になります。しかし、魔術師などといった異能者の資質のある方は、その力の質が他人と違い、生命維持以外の目的でも使用できるようになるんですよ」
「つまり生命維持の為にしか使えない、用途が限定されたエネルギーを多目的に使用できる人間を異能者と呼ぶ、と?」
「はい。大変素晴らしいですよ、鈴月さん! 正解の証に飴玉を一つ贈呈!」
袂から飴玉を取り出し、鈴月に手渡す千歳。もしかしたら甘い物が好きなのかも知れない。
「ええとですね・・・・・・その特別な力を代償に、新たな力を得るのが異能者です。超能力者とかもこれですね。魔術師の方は特別な『質』の力を持っているにも関わらず、その用途が確定していない人々が独自、もしくは既存の方法でその力を活かす術を学ぶと聞きます」
「ふむぅ・・・・・・例えるならゲームか」
―――超能力者は一つの属性に特化した魔法使い。例えば火の魔法使いなら、MPを一消費して攻撃する際、その消費量に見合った威力の火の魔法を発動できる。そして魔術師は属性に縛られない魔法使い。MPを一消費すると決めた後、火の魔法を使うか、それとも水か風か、はたまた土か。どれでも一の力の消費に見合った威力の魔法が使える、という仕組み。
「一の力を使う際に使用用途に分岐があるかどうかで分かれる。それでいいですかね?」
「はい! 百点満点です! ―――と言いたいところでしたけど、一つ間違いがありますね」
「間違い?」
「ええ。魔術師さんも万能ではないのです。資質にはさらに細かく得手不得手がありますし、一つに特化した異能には火力負けします。やはり同じ力でも純度の高い力には負けちゃう、ということですね」
自分も袂から飴玉を取り出し、口に含む千歳。ころころと口内で転がす仕草は何とも可愛らしい。
「泥水じゃ真水には敵わないってことか」
「・・・・・・例えが極端ですけど、まぁ間違いでは無いです。ちょっと齧っただけの一般人が専門家に教えを説くのは不可能でしょう?」
確かに。鈴月は頷くと少し遅れて飴玉を口に放り込む。口内に広がる苺ミルクの味。―――甘すぎる。
「私は異能者にカテゴライズされますかね・・・・・・・」
「ああ、さっきの蒼白い炎?」
「ええ。【狐火】っていいます。聞いたことはあると思いますけど。さらに言うと鬼火とはちょっと違うので、そこのところお間違えなく。この場合は妖狐の扱う炎のことですので」
千歳が手を握り込み、掲げてみせる。それを注視した鈴月の眼前、その掌が開かれるとボン、と例の蒼白い炎が炸裂する。神秘的な雰囲気を持つ、綺麗な灯火。
「ん? ていうか妖狐ってアンタ」
―――それを使えるアンタは一体何なんだ。
言外にそう告げる。疑念を湛えた眼差しで。
「少し種明かししちゃいますとね・・・・・・」
千歳はにっこりと微笑むと立ち上がり―――
―――駄目だ。これ以上関わるとまずい気がする。
「こういうことです」
―――駄目だ。遅すぎた。
再び月を背にした彼女。その頭には栗色の髪の中に髪と同色の獣耳が生え、袴の裾からは毛先が薄い白に染まった尻尾が覗いていた。
「うおーい。鈴? 生きてるか?」
「―――ハッ!?」
どうやらトリップしていたらしい。鈴月は藤二の呼び声で目を覚ます。
「何だ? 嫌な夢でも見てたのか?」
「・・・・・・藤二」
自分でも結構真剣な声が出ているのを鈴月は感じていた。その声を聞いた途端、藤二の目を真剣なそれに変わった。鈴月は重々しく口を開く。
「・・・・・・獣耳と尻尾って、どう思う?」
「・・・・・・案外、幸せそうな夢を見てたんだな・・・・・・」
結構好みらしい。
親友の意外な嗜好を知ってしまった鈴月は学食に向かっていた。その隣では藤二が「いや。俺が幸せそうと言ったのはあくまでお前が悪夢を見たんじゃないかという心配の下だな・・・・・・」と先ほどの自身の台詞について必死に弁解している。久々に藤二の焦る姿を見た気がする。
「―――まぁまぁ藤二。俺はお前がどんな趣味の持ち主でも気にしないから」
「いやいや! それが間違いなんだって!」
「それよりも食券、何買う?」
「流された!? この俺が!?」
普段は人を弄るのが主流なだけに、弄られると弱いらしい。
鈴月は適当に月見うどんの食券を購入。今は真冬だが気にしない。
「―――おーっとぉ。待ちなよ、姫様。もっと栄養バランス考えないと、滑々のお肌が台無しだよ?」
―――ふと背後から何者かに抱きすくめられる。柔らかい感触。
「・・・・・・おい。今すぐ離れろ、花鳥」
「サラダも購入する?」
「〜〜〜! 僕は男だってのに!」
腕を振るとあはは、と笑いながらバックステップを踏んで回避する人影。
―――御子柴花鳥。一目で天然色だと分かる、艶のある白髪を長く伸ばし、
何処か猫を思わせる笑いを浮かべる。整った顔立ちと鮮やかな空色の瞳が印象的な少女。
何故か鈴月を『姫様』と呼ぶ。理由も由来も実に単純。からかう為のネタであり、『お姫様の
ように可愛らしい』のが由来。
「これはこれは。姫様のご機嫌を損ねたようで」
「ほれ。そこまでにしとけ。お前さんらが言い争うと終わりが見えん」
「うるさい! 獣耳コスプレ好きのくせに!」
「ちょ、違―――」
「・・・・・・わぁ。そうだったんだ、浅倉君」
「違うって!」
鈴月の視界に熱心に聞き耳を立てている女子が映る。何気にモテる藤二だ。この情報は需要が高いだろう。近くの席に座っていたクラスの女子達に袖を引かれて振り返ると手に菓子を握らされた。五人ほどのグループ全員が親指を立てて『グッジョブ!』と表現している(憶測)。親指を立て返しておいた。
―――そのモテ度を少しは分けて欲しい。
渡されたのはキャンディ。昨日から妙に飴に縁があるものだ。
未だ藤二をなじる花鳥と必死に弁解する藤二を引き連れ、食券と引き換えに昼食の載った盆を受け取る。それでもやまない藤二弄り。嘘を吐くのが苦手な彼だ。上手く言い逃れできないでいるのだろう。
―――面白そうなので助けないが。
学食の賑わいを見ていると昨日の出来事を忘れてしまいそうになる。いきなり魔法だの魔術師だの狐だの非日常が転がり込んできた昨日の記憶を。
―――忘れるべきなのかもしれない。僕には日常が似合うはずだ。
身の丈にあったことしかしない。それが鈴月の信条でもあった。
適当な席に着いて割り箸を割った瞬間だった。
―――コト、と。
自分の盆に一つの飴玉が載せられる。先ほどのキャンディとは違う、だけど見覚えのある包み。
―――苺ミルクの飴玉。
驚いて振り返ると栗色の髪を靡かせる少女が一人。明るいブラウンの瞳が優しげにこちらを見る。そしてニコリと笑みを浮かべると軽くお辞儀し、さらには手まで振って去って行った。
「―――おい、鈴。お前、いつの間に稲葉さんと仲良くなったんだ?」
「ひゃあ、流石姫様。遂にあの稲葉先輩にまで手を出したんだね?」
「姫様言うなっ! それで何で二人とも千―――稲葉さんのこと知ってるんだ?」
千歳さん、と言い掛けて慌てて自粛する。ここで墓穴を掘ることも無いだろう。
「何でって・・・・・・なぁ?」
「そりゃ姫様。稲葉千歳さんと言えばその可憐な容姿から中等部や高等部の男共には絶大な人気を誇り! 尚且つ普段は見せない凛とした空気を纏って活躍する、剣道部と弓道部の助っ人的存在! 星南学園の生んだ奇跡! そのお方こそ―――稲葉千歳!」
―――お前は一体何なんだ。熱い解説者か何かなのか。
近頃、この友人との間に温度差を感じ始めた鈴月である。
「・・・・・・まぁ、御子柴の説明は多少誇張があるが、確かに男子連中には凄い人気だぞ。入部こそしてないが、もしもの時の助っ人として剣道部と弓道部にも頼られてるらしいし。それでいて取っ付き難さも無いと来ればそりゃ有名にもなるさ」
「ふぅん・・・・・・」
説明を聞きながらうどんを啜り、食べ終わった頃に飴玉の包みを開く。何だかんだ言っても甘い物は好きなのが鈴月。そしてやけに包みの紙が厚いと思っていたら、中から一枚のメモ用紙が現れた。
―――仄かに甘い香りのする紙。そこには―――
『放課後にお話があるので校門前でお待ちしています。 by 稲葉千歳』
とりあえず。
私の大好きな言葉です。
感想、アドバイスをお待ちしています。




