討伐準備
「モルヴェント様。頼まれていた衣類は、このようなもので大丈夫でしょうか」
フィリスを介してモルヴェントの指示に従い、皆が慌ただしく動くハンターギルド前。
エルナがモルヴェントの元に上下揃った衣類を持っていくと、「ああ」とモルヴェントが頷いた。
頼まれたのは、麻製の衣類。
続いてモルヴェントのもとに、ハンターたちがやってきて、頼まれたものを次々と置いて行く。
「頼まれたもの持ってきたぞ。……うえぇ」
「いったいこんなもの何に使うんだよ?」
続いて持ち込まれたのは、ドラゴンが縄張りにしている周辺の草と、マーキングに使われた糞と、尿が染み込んだ土だ。
持ち込まれた素材に満足そうに頷いてから、モルヴェントが着ていた服をその場で脱ぎ始めた。
「「「……?!」」」
そして、現れたモルヴェントの体に、周囲の者が絶句した。
限界まで鍛えられた、細身の筋肉質な肉体の上に刻まれた複数の『紋』。
紋を持つ者自体が希少だが、複数紋を持つ者は更に希少。
モルヴェントの体には、首から下の端々にまで紋の模様が広がっている。
両肩に『再生』。両腕両足、背中に『身体強化』。そして胸に広がる紋は――
「……固有紋、ですか?」
「ああ。胸と右目に、それぞれ別の固有紋が一つずつ。」
固有紋――突然変異的に現れる、世界に一つしか存在せず、その持ち主だけが持つ紋のことだ。フィリスの『瞬間移動』の紋もそれにあたる。
固有紋を持つ者は希少であり、それが二つともなると更に希少。
肌よりも紋の面積の方が多いモルヴェントの体を見て、皆、委縮したように言葉を失った。
そんな皆の言葉を、再びよみがえらせたのは、
「「「……はあっ?!」」」
モルヴェントの奇行だった。
モルヴェントは目の前に用意していた桶に、先ほど受け取った糞や尿の混じった土と、草木をすりつぶしたものを入れ、水で溶かした。
そしてその後、エルナが用意した衣類を漬け込み、絞った衣類を身に纏い始めたのだ。
反射的に眉間にしわを作るような悪臭が、モルヴェントの方から漂ってくる。
「風呂を沸かしておけよ」
ハンターたちに、念を押すように指を突きつけた後、モルヴェントは得物の剣を手に取り、ドラゴンの縄張りの方へと向かっていった。
会議から僅か1時間。モルヴェント単独での、ドラゴンの討伐が始まった。
♢ ♢ ♢
ドラゴンが根城にしたのは、山脈付近の見晴らしの良い草原だ。
人の腰ほどの高さまで伸びた草は、ドラゴンにとっては芝生に近い感覚なのだろう。草原の真ん中で、顔を横にしながら堂々と眠り込んでいる。
よく星が見える空の下。その草原の最寄りの村にある、物見櫓から、ドラゴンの様子をモルヴェントが伺っていた。
「ギルド長。あの人ここ30分くらいずっとあのままですけど、何してるんですか?」
「睡眠の質を見ているのだろう」
望遠鏡を構えたまま、ドラゴンの様子を注視するモルヴェントの様子に、若いハンターの男が疑問を投げる。それにフィリスが答えたとき、モルヴェントが櫓から飛び降りてきた。
「行ってくる」
「お気をつけて」
モルヴェントが持っていた望遠鏡を、フィリスに渡した。望遠鏡にも若干の糞尿の臭いが染みついており、男が鼻をしかめる。
「何か異変があったら指文字で知らせてくれ」
「はい」
「ちょ、あんた⁉ 指文字って、ここからどれだけの距離があると思ってるんだ?! 連絡は伝達石を使えば……」
「伝達石は空気中の魔素に微弱な振動を起こさせる。魔素の動きに敏感なドラゴンの付近で使えない。お前、後ろ手で適当に指を動かしてみろ」
「……?!」
言われた通りに、手を後ろに構えて、指を2,4、1、と立てると、
「2,4,1.最後は中指を立てたな。いい度胸だ」
「いいっ?!」
「俺のはそういう固有紋だ。後はフィリスに聞け。それと、風呂が沸いているか確認しておけよ」
ドラゴンの方へ、足音もなく歩き出したモルヴェントを、フィリスが礼で見送った後、「……おい‼」と若い男の頬を力強くつねった。
「すすす、すいません‼ でも色々と怪しいじゃないですかあいつ?! 何者なんすか?!」
「仕方のない奴だ。師匠の凄さを解説してやろう。ほら、さっさと登れ」
じとりと睨んでから、フィリスが男の尻を軽く蹴飛ばし、櫓に登るように促した。
二人は望遠鏡と肉眼で、ドラゴンとの距離と、それに迫るモルヴェントとの様子を見ながら、彼が纏っている異質な雰囲気についての答え合わせを行うのだった。




