討伐ランク『B』
「なあ、あの人誰だ?」
「ギルド長のお師匠とのことだ。師匠がルーネス領の紹介の為に招いていたらしい」
会議室で初めてモルヴェントを見た者たちが、小さな声で示し合わせた。
モルヴェントを横に控えさせたフィリスが、皆の顔を一瞥してから、目の前に置いていた伝達石に手をかざし、魔素を籠める。
「フィリスだ。状況の報告を頼む」
伝達石に掘られた『共振』の紋が輝いた後、『はい』と伝達石が音を発した。
伝達石は、二重の円の縁の中に、等間隔で12の円が配置された模様の紋――『共振』の紋を、音を反響させる特殊な鉱石に彫った、この世界の通信手段となる魔道具だ。
12の円の中に好きな模様を彫り、魔素を籠めると、それと同じ模様を持った伝達石が共鳴し、音声を届けることができる。
通信の遅延で間が開いた後、目の前の伝達石から報告が届いた。
「国境沿いの山脈付近にドラゴンが襲来。大きさ凡そ50ⅿ。翼竜型。翼膜に『飛行』の紋と、喉仏に『発火』の紋を確認。周辺にマーキングを行った後、山脈付近の草原で就寝中。飛行時の衝撃波で一部家屋が倒壊したものの、住民に被害はなし。避難は完了しております」
「了解。引き続き警戒頼む」
「はい」
情報をもとに、広げた領地の地図に、エルナが情報を書き込んでいく。
ドラゴンの場所と、周辺の村の位置を見比べながらフィリスが難しい顔になる。
「翼竜タイプの炎竜だな。Sランク――都市崩壊級のモンスターとみて問題ないだろう」
「すぐに討伐隊を組みましょう! 俺たちも手伝いますよ!」
「ああ。討伐はしなければならないが……」
意気込むハンターたちに水を差すように、フィリスが唸る。
今回の相手はSランクモンスター『炎竜:翼竜型』。暴れ狂えば一匹で王都一つを滅ぼしてしまうほどの力を持つ、都市崩壊級のモンスター。精鋭の戦士たちで隊を組み、討伐へ向かわなければならない相手だ。
世界共通で認可されている討伐ランクは、そのランクのモンスターを安定して倒せることの証明だ。
フィリスの討伐ランクはSランク。
故に、倒すだけなら、フィリスを中心に、ここにいる全員で討伐に取り掛かればよいのだが、
「厄介な場所を縄張りにされたな……」
フィリスがドラゴンの根城の横の山脈を指で示す。
ルーネス領に向かってなだらかな傾斜を作る山脈からは、領地へと流れる気流を生み出している。
激しい戦闘になったときに、炎竜が生み出す炎が風に乗って周辺の村に飛び火し、被害が広がる可能性がある。
村には領民が住まう家屋がある。生活を営む畑や工場がある。命には代えられないものばかりだが、気軽に犠牲にしていいものでもない。
意図を察した皆が、一様に唸る中、何かを決意した表情のフィリスが、モルヴェントに体を向けた。
「師匠」
皆の視線がモルヴェントに集まり、場が静まり返る。
「この度の炎竜討伐、師匠に依頼してもよろしいでしょうか」
「わかった」
頭を下げるフィリスに、周囲の者たちからどよめきが起こった。
「ま、待ってくださいギルド長! 外部の者に頼まずとも、俺たちだけで何とかしますよ?!」
「私たちでは被害を一切出さずに討伐はできん。師匠の力が必要だ。師匠の実力は、『剣聖』である私が保証する。エルナ。依頼の発行を頼む」
「は、はい! 失礼ですがモルヴェント様。ランク証をお持ちでしょうか」
「持っている」
モルヴェントが、ペンダント型のランク証を取り出すと、周囲のどよめきが更に強いものになった。
「――B、ランク……?」
討伐ランクは高い順に、S、A、B、C……Fと続いており、モルヴェントの示したランク証は銅縁――上から三番目のBランクを示すものだった。
言うならば上の下。とてもSランクモンスターの討伐を、それもソロで依頼できるような人材ではない。そもそも規定上、自分のランク以上の依頼をソロで受けるのは不可能だ。
エルナが依頼を発行できない旨を伝えると、フィリスが「構わん」と跳ねのける。
「私の責任で師匠に任せる。表向きは私が討伐したことにすればいい」
「ダメですギルド長! いくら恩師とは言えども、受注させるわけにはいきません!」
「そうです! ドラゴン相手に、Bランクが何をできるって言うんですか?!」
「殺せる」
周囲から沸き立つ、荒ぶる声を引き裂いたのは、モルヴェントだった。
「ここにいる誰よりも、俺は上手くドラゴンを殺せる。俺が言ったものを用意しろ。準備が整い次第、奴の首をお前たちの下に晒してやる」
「おい、あまりデカい口叩くんじゃ――」
淡々と宣言したモルヴェントに、抗議しようとした男が言葉を失った。
言葉を失ったのは、フィリスを除く、この場にいた全員だった。
確かに視界にとらえていたのに、瞬きをしていたわけでもないのに、この場にいた全員が、モルヴェントを見失った。
ハンターたちが周囲を見渡していると、会議室出口の方から、一枚の紙きれが飛んできた。
「書いたものを用意してくれ。あと、風呂を沸かしておけ」
声の方へと振り返ると、会議室の外へ出たモルヴェントが、皆に背を向け、その場を後にしている姿があった。
全員、何が起こったのか分からなかった。
皆の言葉を失い、不気味そうに互いの顔を見合わせるのを見て、フィリスが得意げに笑う。
「師匠が殺す気なら、皆1回は死んでいるな。師匠に生かされた身だ。とりあえず言う通りに動いてみろ」
のどに人差し指を当てながら、モルヴェントがの後を追うフィリス。
フィリスの言葉を聞いて、皆喉元に冷たい何かを突きつけられた感覚を覚えながら、指定されたものを用意するのだった。




