剣聖の実力
王都からしばらく進むうちは、整備された馬車道や橋、人が住まう町や村が続いていた。
だが、日が落ちかける頃には、道の凸凹や雑草は増え始め、文字が擦れたり、材木が欠けた案内標識や、崩れたまま放置された橋などが見受けられるようになってきた。
3日で、などと言ったが、明日には目的地につきそうだ。「張り切りすぎました」とフィリスが頭を掻いていた。
時間に余裕もあるので、今日は日の落ちない内に川辺に天幕を張り、野宿の準備をすることにした。
「んー! 美味しい! 10年ぶりの師匠の料理、最高です!」
綺麗な星空が広がる夜空に、フィリスの幸せそうな声が響く。
行きはフィリスが働いたので、食事はモルヴェントが振舞った。乾燥肉や、日持ちの良い根菜や芋を煮込んだシチューに、子どものようにフィリスが頬張る。
モルヴェントも鉄仮面の口の部分だけを外し、仮面の上からシチューを口にした。
「それにしても師匠、携帯型の魔導コンロ持っていたんですね……。ちなみにこれ、相場はいくらぐらいなのでしょうか?」
「このサイズで350万Gだ」
「……」
シチューを煮込むのは、モルヴェントが所持する『本物』の携帯型魔導コンロ。見た目は粗悪品そっくりだが、魔素を注いで1時間たってもしっかりと火がついており、火力の調整も可能な優れもの。
旨味たっぷりのシチューの前で燃える火を見て、苦い思い出が蘇ったのか、フィリスが誤魔化すようにシチューを啜る。
「ギルドの長をするなら、目利きの腕も磨いた方が良い」
「……精進します」
久しぶりの再会なのに、初っ端醜態を晒してしまい、顔を真っ赤にしながらシチューのお代わりをする。
モルヴェントの分のお代わりをよそっていると、まだ半分もよそっていない木皿をモルヴェントに渡し、傍に置いていた両手剣をフィリスが手に取り、立ち上がる。
「ルーネスグリズリーか。飯の香りに釣られたか」
「おそらくは。師匠はここでお待ちを。私が片付けて参ります」
「いや、迎え撃とう。荷物の番もしたいし、お前の成長も見たい。」
川辺周辺にはまだ何の姿も見えていない。だというのに、二人はそれぞれの獲物に手をかけ、待ち伏せるように対岸の森の一点を見つめ、臨戦態勢を取る。
暫く待つと、森の奥から、木々の枝をへし折る音が迫ってきて、見上げるような巨体の熊が現れた。
ランクA。2階建ての家屋を超える巨体ながら、俊敏性が高く、王都の城壁を一撃で砕く怪力と、大砲を数発食らわせても絶命しないタフネスを持つ、都市災害級のモンスター。
王都の精鋭兵たちが、隊を組んで対応しなければならない、危険な生物だが、二人の様子は落ち着いていた。
「食料だけ差し出して、その隙に逃げる手もあるが」
「私たちを見て、迷うことなく迫ってきます。人を襲いなれているので、討伐した方が良いかと」
フィリスの言葉にモルヴェントが満足そうに頷くと、対岸にいたグリズリーが、深い川の水をかき分けながら迫ってきた。
水位の浅い川辺に到達したと同時、グリズリーが地面を大きく蹴り、弾丸のように飛び出してフィリスに襲い来る。
フィリスは少し腰を落とし、剣を大きく構えた後、
「――っ?!」
すれ違うようにグリズリーの真下をくぐりながら、四肢の関節に4連の斬撃を繰り出した。
体の自由が利かなくなった一瞬の空白。それを引き裂くように激痛がグリズリーの体を襲い、受け身の取れないグリズリーが体から地面に激突した。
そして、体だけで起き上がろうとするグリズリーの前に、フィリスが瞬間移動をし、そのまま脳天に剣を突き立てる。
激しく痙攣する巨体。暴れる巨体を鎮めるように、フィリスが剣をねじ込むように捻ると、グリズリーの体が静まり、そのまま物言わぬ肉塊と化した。
動脈や目の動きを見て、グリズリーが死んだのを確認してから、フィリスが刃の血を拭い、剣を鞘にしまった。
「腕に磨きがかかったな」
モルヴェントが褒めると、フィリスが嬉しそうに頭を掻きながら、「そうでしょうか」と謙遜した。
「良い状態で仕留めたな。肉はこの場で燻して持っていくか。皮や爪はどうする?」
「モンスターは主な収入源ですからね。殺したからには有効活用しないと」
ならばとモルヴェントが荷物の中から解体用のナイフを取り出し、そのまま解体作業に取り掛かる。
「肉の血抜きはできるか?」
「はい。解体の方は師匠にお願いしてもいいでしょうか」
「もちろんだ」
皮と肉、内臓や骨を綺麗に切り分け、素材ごとにばらしていく。
その日は真夜中まで解体作業を進め、素材ごとに綺麗に仕分けて、大袋に詰め込んだ。
翌朝、即席の荷車を、森の木々を使って作成し、ルーネス領へと出発した。
ルーネス領に近づくほど、凸凹だった道が平らになっていき、整備された橋や案内標識が増えてくる。
そして、二人で道を走り続け、日が落ちかけた頃だ。
「師匠! ここが私の治めるルーネス領、その領主邸兼、ハンターギルドです!」
豊かな自然に囲まれた町の中にある、立派な2階建ての屋敷をフィリスが指で示した。
そして、フィリスの姿を見つけた町の人たちが、表情を明るくしながらフィリスを出迎えに向かってくるのだった。




