新天地への出発
1体で都市一つを焼き尽くせる竜や、見上げるような巨体で、城壁をも粉砕する巨獣など、普通の人間では手に負えない存在――【モンスター】。
そのモンスターを討伐して、得た素材で生業を立てる者たちの集まりが【ハンターギルド】。
モンスターを討伐できる力を持つ者は希少であり、大半が王宮に高い給金で囲い込まれていたところ、フィリスが自分の領地に、王宮の外で、そういった人材が活躍できる場を用意したのが始まりだ。
ハンターギルドのおかげで、今まで王宮を通してしか市場に流れなかった、モンスターの素材が出回るようになり、市場の活性化や、人々の生活基盤の改善に大きく貢献した。
モンスターを倒せる実力さえあれば歓迎され、成果によっては短い期間で一生分以上の食い扶持が得られる。そんな場所がハンターギルドだ。
フィリスからの提案に、「ふむ」と顎をなぞったモルヴェントが、改まったように告げた。
「断る」
「ありがとうございます! 師匠と一緒に働けるなんて光栄で……えええええええ?! 何で?!」
断られるとは思っていなかったフィリスの声が、あたりに響く。
おろおろと慌てるフィリスに呆れながら、モルヴェントが説明する。
「俺はお前を逃がしてクビになりかけた人間だ。そんな俺が辞職後すぐにお前の職場に厄介になってみろ」
「あ……」
フィリスの治めるルーネス領は、20年前、とある存在が起こした厄災で汚染され、領主が統治を放棄した土地だ。
領民も他の領地や王都へ移り、フィリスが剣聖となったとき、それまでの稼ぎで統治権を買い上げた。
土地の汚染は、とある人脈をモルヴェントから紹介され、浄化を行って人が住めるようにした。広大な土地を浄化できると思っていなかった王宮の者たちは、破格の安さでフィリスに土地を譲渡してしまったのだ。
そのせいで、フィリスは領主として認められたものの、王宮との関係性は良くない。火事場泥棒扱いされることもしばしばある。
「領主として、王宮とも良好な関係を保たなければならないだろう。ないとは思うが、引き抜きを疑われる可能性もある。今俺を抱えるのはやめておけ」
流れを汲めば、引き抜いたと言われる筋合いは無いが、王宮に勤めていた人間が、すぐさま別の領地で働くことを良く思わない者もいるだろう。
「すいません。うかつな提案でした」
「好意だけ受け取っておく」
「それでは、領地を見ていくだけ、というのはダメでしょうか? 師匠に、私たちの暮らしを一度見てもらいたくて……」
少し縋るような声色になって、フィリスがモルヴェントの手を握った。
10年ぶりに再会した恩人だ。自分の成長した姿や暮らしぶりを見てもらいたい思いもあるのだろう。
お願いのつもりが、強制しているような振る舞いになったように感じて、「すいません……!」と手を離した。
まるで別れを惜しむ子犬のように、モルヴェントを上目で見つめてくるフィリスを一瞥してから、モルヴェントは「わかった」と頷いた。
「どうせ行き先も決めていない。寝床や上手い飯はあるんだろうな?」
「はい! それはもう! ギルドで美味しいモンスター肉を取り扱っていますよ!」
フィリスが花が咲いたように表情を明るくして、モルヴェントの荷車に手をかけた。
「そうと決まればすぐに向かいましょう! 荷物、私がお持ちしますね!」
フィリスも王都で大量に買い物をしていたので、パンパンに膨らんだどでかいバッグを持っていた。あまりに荷物の量が多かったため、一度モルヴェントの荷物を下ろし、フィリスのバッグを載せてから、荷物を積み直す形になった。
普通に向かえば馬車で10日の田舎だ。
「この荷車、私が走って引いても壊れたりしないでしょうか?」
「問題ない。素材は丈夫だ。それに俺の『紋』でも補強してある」
ならばとフィリスはモルヴェントを荷車に座らせ、荷車のハンドルに身をくぐらせ、全身に力を巡らせた。
フィリスの首筋や、両腕両足の服の隙間から、血脈のような紋が紅く輝きだす。
「遠いので、領地まで飛ばしていきますよ!」
慣性が乗り切るまで、少しずつ加速し、暫くすると凄まじい速度になったフィリスが、風のようにルーネス領の道を駆け抜けていった。
王都を去る最中、農業地帯で麦の収穫をしていた農家たちが、遠くから吹きすさんだ風に驚いて、誰もいない馬車道の方を、不思議そうな顔で見つめていた。




