剣聖からの逆スカウト
「やはりフィリスか。最後に会ったのは10年前か。久しいな」
「はい、お久しぶりです! 師匠もお元気そうで何よりです!」
剣聖でフィリス、となれば該当するのは一人しかいない。
女性が誰か認識した男たちが、声を詰まらせ言葉を失う横で、フィリスが快活な笑顔で、モルヴェントに頷いた。
肩より少し上で切り揃えられた橙色の髪が特徴的な女性で、少しだけ丸みを帯びた輪郭や、柔らかく波打つ髪が少女の面影を感じさせた。
一方で、子どものような眩しさを感じさせつつも、知性が宿った青色の瞳や、色が良く艶のある唇など、大人の魅力を感じさせる箇所もあり、相反する二つの要素が綺麗に溶け合った美女だった。
立派な女性に成長したフィリスは、感動で声を弾ませながらも、少し申し訳なさそうに眉の端を下げて、一礼した。
「すいません。立派な戦士となった後で、お礼の挨拶に、と思ってはいたのですが、ルーネス領と王宮の関係から、なかなか面会の時間を取れなくて……」
「気にしなくていい。活躍は王宮の中でも度々耳にしていた。その荷物から察するに、今日は王都への買い出しか?」
「ええ。モンスターの素材を売ったついでに。……それで、この魔導コンロが粗悪品とは、どういうことでしょうか?」
フィリスが話を戻すと、モルヴェントに改めて顔を向けられ、男が肩を強張らせた。
「言葉の通りだ。こいつに70万の価値は無い」
「偽物ということでしょうか? しかし、描かれている紋はしっかりと『制限』と『発火』の紋ですよ。魔素を流せば火がつくのでは?」
「問題なのは土台の方だ」
モルヴェントが手に取った魔導コンロは、鎖模様の円型の模様と、その縁をなぞるように、火の子の模様が描かれた、平らな正方形型の鉱石の板だ。
紋とは、世界中に存在している魔素と呼ばれる物質を、石や水などの物質や、火や電気などのエネルギーに変換するための模様。この世界の回路のようなものだった。
魔導コンロの場合、この鉱石の板に、魔素を流せば鎖模様の内側に炎が付く。
「壊すぞ」
「ええ。……ええ?! ちょっとあんた?!」
「弁償してやる」
淡々と告げられた破壊宣言。男が遅れて理解して止めるも、モルヴェントが指先で魔導コンロに触れ、魔素を流す。
一瞬赤く炎が灯る魔導コンロ。
そして、
「「ああっ?!」」
モルヴェントの魔素に耐えかねたように、魔導コンロの基板が内側から爆発し、足元に煙を吐く鉱石の欠片が散らばった。
「携帯型魔導コンロに使うのは、熱に強く、魔素の変換の際に生じるエネルギーに耐え得る硬度を持った『サラマンダー鋼』。見てくれはそっくりの石を用意したようだが、結晶構造があまりに脆弱だ。こんな薄く加工した普通の石では、魔道具の素材になるわけが無いだろう」
顔を青ざめさせ崩れ落ちる男に、モルヴェントが銅貨を何枚か放った。
「弁償だ。素材の質を考えれば、相場はそんなものだろう」
モルヴェントの低い声に、男は荷物を纏めて足早にその場を去っていった。
男が消えていく背中を眺めながら、「あとで通報しておくよ」と店主が片目を瞑る。
「じゃあ、見送りはここまででいいか。モルヴェントさん。元気でやりなよ」
「ああ。見送り感謝する」
フィリスを少し横目で見た店主が、手を振ってその場を後にした。どうやらフィリスとモルヴェントが親しい関係だと思って、場を譲ってくれたようだ。
店主の背中が小さくなるのを見届けてから、「フィリス」とモルヴェントが向かい直る。
「戦闘以外は相変わらずのようだな」
「こ、これはお恥ずかしいところを……。ふ、普段はああいうのには引っかからないんです! 普段は!」
顔を赤くして言い訳するが、強がりなのは明白だ。
程度の低い見栄に付き合うのも気まずいので、モルヴェントが話題を変える。
「ハンターギルドの運営の方は順調か」
「ええ。とは言っても、私は戦闘以外はからっきしなので、運営は他の者に頼りきりですが」
「頼れる者がいるというのも成長の証だ」
思いがけず褒められ、フィリスの頬がだらしなく歪む。
にへえ、と自分の顔が崩れていることに気が付いたフィリスが、慌てて表情を整えた。
「それにしても、師匠も大荷物ですね。どこか遠征ですか?」
「いや。今しがた王宮を辞めて来たところだ。暫く旅に出ようと思う」
「ええ?! 何で?!」
驚きの声を上げるフィリスに、モルヴェントが鉄仮面の上から顎を撫でてから続ける。
「人事能力を問われたので、クビになる前に辞めてきた。有望な人材達を、王宮から逃がしていることがバレた」
「それは、どういう――」
言いかけて、自分のことだと気が付いたフィリスが、悲痛そうに表情を歪める。
「言っておくが、お前のせいではない。勝手に気に病むなよ」
謝罪の言葉が出る前にモルヴェントが釘を刺す。
フィリスが何か言いたげに、言葉を喉に詰まらせるも、何か納得したように、愁いを帯びながらも安堵したような笑みを浮かべた。
そういえばこの人は、そういう人だった。
「師匠。行き先は既に決まっているのですか?」
「いや」
「ということは、新しい勤め先なども?」
「決まっていない」
淡々と答えるモルヴェントに、フィリスの目が明るく開く。
「でしたら、私の治めるルーネス領に来られませんか? ハンターギルドは有望な人材を募集中です。師匠の実力なら、皆快く受け入れてもらえるかと」




