面接②-② 不採用の理由
「力を持つ者としての務めを果たしに来ました。土地を浄化し、この世に生を受けたすべての者が、より良い人生を全うできるよう、『聖女』として世界に貢献するためです」
あの日、モルヴェントという面接官に初めて会った日。
自分の動機に難しそうに唸る様子に、動揺してしまったときのことは、今でも鮮明に思いだせる。
「動機について、詳しく話を聞いてもいいか」
「……はい」
尋ね返されたのは初めての経験だった。
孤児院の先生に、聖女としての役割と、成すべき偉業を何度も何度も説明を受けた。自分の力を必要としている人も、何度も目の当たりにさせられてきた。
連れて来られたケガ人を治した。浄化はできなかったものの、活性魔素で汚染された土地を見せてもらった。
自分が多くの人にとって必要なことは理解している。
「……あの」
「なんだ」
「私の動機、何かおかしなところがありましたか」
なのに、モルヴェントが見せた反応から、焦ってリチアの方から尋ねてしまった。
しまった、と口に手を当てたリチアに、「気にするな」とモルヴェントが添える。
「年の割に立派な動機だった。……立派すぎるのが気になった」
「……立派なのは良いことでは?」
「そうだな。その大きさを正しく理解できていればだが」
意味深な言葉に、リチアの方が眉を寄せてしまった。
怪訝な様子のリチアに、モルヴェントが改まった様子で質問をした。
「世界に貢献、といったな。お前の言う『世界』とはなんだ?」
曖昧な質問に、言葉が詰まった。
なんて答えればいい。などと考えていた矢先、「正解は無い。お前の答えを聞かせてくれ」と思考を先回りされる。
少し考えた後、リチアは恐る恐る、言葉を探しながら答えた。
「人や、色んな生き物たちが暮らす……場所の、こと……」
下手糞な答えだというのは分かっていた。だけど、無言でいるよりは印象が良いと考えた。
そんな内心を見抜いてか、モルヴェントは更に質問を重ねる。
「お前の世界の中では、皆はどのように生活している?」
「どのように……?」
「いつ起きる? 何を食っている? どんな暮らしをしている? 着ている服は? 食い扶持はあるか? 何に喜び、何に苦しんでいるか? それを鮮明に想像できるか?」
答えることはできなかった。
リチアはまだ12になったばかりの少女であり、孤児院から外に出たことはほとんどない。
治癒の力が目覚めた後は、近くの街を、孤児院の先生に連れられて巡礼させられたことくらいだ。
リチアの世界は、そこで止まっている。
大部分がぼやけたままの認識で、『世界』という大きい言葉を使ってしまったことが、今更ながら恥ずかしくなり、リチアは顔を赤くして、その場で縮こまってしまった。
静まり返った面接室で、涙目になったリチアに、モルヴェントが淡々と語り掛けた。
「王宮へ志願する前に、俺の元で修行してみないか」
「……え?」
突然の提案に、目を丸くするリチアに、モルヴェントが続ける。
「魔王討伐以後も、未だに活性魔素は世界各地に溢れ、聖女の力は常に不足している。このまま王宮に入れば、お前は王宮に使い果たされ、思考する前に使命を押し付けられ、自我とは無縁の生活を送るかもしれん」
「……」
「そうなる前に、一度俺の元で力と見識を付けてみないか。紋についての知見は誰よりもある自負はある。紋の使い方について適切な指導をしてやれる。その間に世界を巡り、お前の助けたい者の姿を探し、確かめる機会を作ってやれる」
「……なぜ、そこまでしてくれるのですか?」
「そこまでするにたる人材だと思ったからだ」
短く言い切って、モルヴェントは印鑑を手に取った。
「俺がここに印をすれば、お前は王宮に勤められる。王宮に勤めるもよし、孤児院に戻るもよし。他の選択肢を探すのもよし。俺ができる範囲でなら、可能な限り叶えてやる。資金はある。お前が行きたい場所を教えてくれ」
私が、行きたい場所。
リチアは深く考え込んだ。思えば、自分のことについて深く考えたことなんていつ以来だ。
紋が発現して以来、孤児院では、先生たちから、聖女としての使命について教えられ、それに従って生きてきた。
先生の言うこと尾を聞いておけば、褒めてもらえる。周囲も喜ぶ。他の子どもたちの食い扶持も増える。そう思って以来、半ば思考を放棄するように聖女としての使命に没頭してきたように思う。
今回面接に来たのも、自分の意思ではない。孤児院から言われてきただけだ。王宮勤めになれば、もっと多くの人を救えるし、孤児院の子どもたちも幸せな暮らしができるようになると。
世界を救う、なんて言っておきながら、実際に想像したのは、孤児院の子どもたちが食べる食事が、黒パンから白パンへ、具の少ないスープが、豆一杯になる光景だ。
背筋に冷たい感覚が走った。ひんやりと、冷たい糸のような何かが、自分の肩についているような感覚だ。
私は――『私』は、このまま先に行ってしまっていいのだろうか。
長い沈黙が流れた。リチアが俯きながら自問自答を繰り返す中、目の前の鉄仮面の男は何も言わず、それでいて急かすようなこともせず、ただただ黙ってリチアの回答を待っていた。
そして、30分近く経過して、リチアが恐る恐る口を開く。
「もっと……世界を見て見たいです」
「分かった。王宮と孤児院には、俺がそれとなく話を通しておく」
肩の荷が下りたような気がした。
それと同時に、別な錘が胸に絡みついたような気分になった。
自分で選ぶ、というのはこういうことか。
不安そうに胸を抑えるリチアに、モルヴェントが適当なカップに、魔導コンロで淹れた茶を注いでから、リチアに差し出した。
「……?」
「飲め。喉も乾いただろう」
気が付けば、2時間近い時間が経過していた。窓の外に広がる空は、既に赤く染まりかけていた。
お茶を一口飲むと、柑橘系の香りが鼻を優しく通り抜けた。
お茶の温度も適温で、しっかりと温かいが、ひと息に飲んでも火傷をすることはない絶妙な温度だ。
お茶を飲んで、思考が冴えてきたリチアに、モルヴェントが改まった様子で告げた。
「俺の家の隣に部屋を借りる。修行中はそこに住むといい。力がついて、やりたいことが定まったら、お前の意思でそこを出ろ。期限は無い。思う存分、焦らずにやれ。いいな?」
「はい」
リチアの芯の通った返事に、モルヴェントが満足そうに頷いた。
鉄仮面の奥から、安堵したような息が漏れた。リチアはそのことに少し驚いたと同時に、胸の中がほんのり温かくなった。
お茶を口にするリチアに、モルヴェントが改まった様子で告げる。
「――そういうわけで、俺はお前のことを不採用にしようと思う」




