内通者と、聖女の葛藤と
「な、何を仰っているのですか、モルヴェント様? 私が聖女様を陥れるだなんて、そんな……」
「ああ、俺も驚いた。気付いたのは先ほどだ。内通者が近くにいるとは思ってはいたが」
「……先生。詳しくお話を聞かせてくださいませんか?」
リチアたちが困惑する中、モルヴェントが淡々と続ける。
「ここ最近、眠れないほど『森羅活性教』の襲撃に遭っているというのに、俺が旅に同行して以来、一度も襲撃にあっていない」
「それは、剣聖様たちと襲撃を退けたことで、向こうも警戒したからじゃ……」
「そうかもしれんがな。お前の言ったケースの他に、考えられるケースはいくつかあるが、『俺が看破を使うことで近くにいる内通者が情報を流せなくなった』ということもあり得ると考えていた」
モルヴェントは鉄仮面を常に被っているせいで、表情どころか、起きているかどうかすらパッと見ただけでは分からないし、そもそも完全に寝ているかどうかすら怪しい。
リチアが起こそうと呼びかけようとすると、体をゆすられる前には反応している。
「そのケースの場合、俺がいる間は、目立った動きは起こさないと思ったのでな。罠を張らせてもらった」
「罠、ですか……?」
首をかしげる護衛隊長に、「お前にも話しただろう」と、モルヴェントが言葉を継いだ。
「俺が正面戦闘が苦手という情報。そして、複数人で襲われた際の対処法として、音爆弾を仕込んでいるという情報だ」
「しかし、あの話を聞いてから、この者がそれを外部の者に伝えるような様子はありませんでしたが」
「ああ。だから会談の最中、向こうの領主や兵士たちにその場で伝えていたな」
「ま、待ってください⁉ 私は会談中、一度も言葉を発しては――」
「何も声だけが情報を伝える手段でもないだろう」
反論しようとする女に、モルヴェントは鉄仮面の上から、目を示した。
「瞬きの回数と間隔を利用した符号。俺が気付いていないとでも思ったか?」
その指摘に、給仕服の女の表情が完全に凍った。
モルヴェントの言葉が完全に理解できないリチアたちも、女の反応を見て、図星を突かれた事だけは分かった。
「流したのは、先ほど提示した2つの情報だ。お前の情報を聞いて、奴らは襲撃を決行したのだろう」
「ま、待ってくださいよ……、無理がありますよ。だって、それ……私が情報を流さなかったら、襲わなかったってことじゃないですか? そんな行き当たりばったりの殺人計画なんてあります?」
「別に、殺せないと思えば、事を起こさなければいい話。襲撃の計画性は関係無い」
「今までの情報漏洩も全て私の仕業とだとでも⁈ 言いがかりはよしてください‼」
「別に今までのことに関して問い詰めているわけではない。俺は会談の最中に、瞬きで情報を流したことについて問いただしている」
一つ一つ、芽を摘むように反論を潰され、女が言葉を詰まらせた。
わなわなと肩を震わす女に、モルヴェントが抑揚の無い声で続けた。
「もちろん、第3者視点から見れば、俺がお前を陥れるために嘘をついている可能性もある。だが、疑わしきはとことん疑うべきだ。お前が潔白なら謝罪しよう。――潔白なら、だが」
項垂れる給仕服の女。それが降伏と映ったのか、護衛隊長が後ろで手を組ませ、女の身柄を拘束し始める。
抵抗しない姿を見て、リチアも女の反抗だと確信し、「何で」と震える声で呼びかける。
「何で、こんなことを。ずっと、私の側に仕えてくれていたあなたが……どうして……」
「……あなたが最初に浄化した村のこと、覚えていますか?」
「……ええ。そのことで少しでも恩返しがしたいと、私の給仕を申し出てくれた日のことは、今でも覚えているわ」
「あの日から暫く経ってから、あなたが、浄化した土地の一部から銀や、ミスリルなどの希少鉱石の欠片が生まれていることが分かったんです」
女の返しで、動機に察しがついたリチアが目を剥いた。
「もう少しだけ浄化を遅らせてくれたら、私の村だってガルド領みたいになったかもしれないのに‼ 考えもなく! 悪びれもなく! どうなるか分からないから危険だなんて決めつけて! そんな考えがずっと変わらないから……! 偽善じみたあなたに変わってもらいたかったから……! 私は……‼」
「もういいだろう。連れていけ」
モルヴェントが言葉を断ち切るように割って入ると、護衛隊長は眉間に深い皺を作りながら、「……失礼します」と女を連れて去っていった。
♢ ♢ ♢
伝達石を使って、西国へ応援を要請して3日後。送られてきた使いの者に、兵士たちや領主の身柄を引き渡して連行させた。
その国が『浄化』の力を保有できるかは、国政に大きく影響する。それを失わせようとした罪は重く、重刑は免れないだろう。連行されるときの、兵士や給仕服の女の諦めたような横顔が、リチアの目には痛々しく映った。
ガルド領の統治は、西国の方から新しい領主を用意し、その者に任せることになるらしい。
その領主が到着するまで、リチアたちは領主邸に滞在し、引継ぎと事後処理に追われることになった。
領民への説明に、今後の領政の整備など、やるべきことは多かったが、リチアや護衛隊長の男が上手く処理し、引継ぎの前日にはすべての業務が完了した。
その晩、モルヴェントが領主邸の客室で、一人で過ごしていると、ドアの方から控えめのノックが鳴った。
「なんだ」
ノックの主はリチアだった。業務で疲れているのあるが、かなり塞ぎこんだ表情をしている。
「……先生。少しだけ、お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか」
「……茶でも淹れようか」
モルヴェントが立ち上がって椅子を引き、部屋に備わっていた魔導コンロとポットを使って湯を沸かし始める。
リチアを椅子に座らせ、お茶を淹れ終わってから、リチアの対面に座り直した。
柑橘系の爽やかな香りがする紅茶を一口飲んでから、リチアが伏し目がちに尋ねた。
「……私がしてきたことは、全部私の自己満足のようなものだったのでしょうか?」




