音もなく殺す
「――なっ⁈」
顔を埋められたリチア、殴られて目を閉じた護衛隊長、そして、この混乱を作ったモルヴェント。
それ以外の全員が、目を焼かれたように顔を覆い、おぼつかない足取りで、その場で倒れたり、よろめいたりしている。
音を対策しようと、両手は耳に当てていたし、意識も耳への防御に向いていた。
咄嗟の閃光を回避することなど不可能だった。
リチアを護衛隊長の方へ、優しく突き飛ばすと同時、モルヴェントが体勢の崩れた兵士たちへ駆け出し、両手で兵士の顔を掴み、首を捻じ折って殺していく。
視界が回復しない中、兵士たちは周囲の音を頼りに、標的たちの捕捉を試みる。
が、その暗殺者に音は無い。
喉から切れるような声を漏らし、絶命する仲間の悲鳴を頼りに剣を振るうも、その一撃が空しく空を切る。
光を奪われた世界で、瞬く間に一人、また一人と命を散らしていく。
11人目が地に伏す音が聞こえた。
それと同時に、最後に残った兵士の顔に、モルヴェントの手が背後から添えられた。
「情報を提供するなら、生かしてやるが」
「……殺せ」
「すまないな」
覚悟を決め、目を閉じる兵士の首を、モルヴェントが両手で首を捻じり、へし折った。
最後の兵士も目を剥いて、糸が切れた人形のように地に伏した。
静まり返った室内。
「お、おい……。聖女は……? 護衛達は、始末が済んだのか……?」
まだ目が見えていないのか、領主が目を閉じたまま、周囲を見渡し呼びかけるが、誰一人返事を返すことはできない。
「全員始末した。後はお前だけだ」
代わりに聞こえてきたのは、鉄仮面の中で反響してくぐもった、低い男の声だった。
一瞬思考が飛んだように口を開いた後、今の状況を理解した領主が、ガタガタと体を震えさせ、声の方に向かって土下座を始めた。
「ももも、申し訳ございませんでした‼ な、何でもしますから、命だけは、どうか――」
「よく見えん」
地に伏した顔を掬い上げるように、モルヴェントが蹴りを叩きこむ。
宙に浮く領主の体。その顔の軌道をなぞるように、赤い鼻血が弧を描いて飛び散り、仰向けの状態で領主が倒れこんだ。
気絶した領主。そして12人の死体が散らばる領主室。
味方であるはずの護衛隊長や給仕服の女も、その光景に戦慄してしまう。
皆が言葉を失う中、モルヴェントが「おい」とリチアに呼びかけた。
「綺麗に殺してやった。お前の治癒能力なら、まだ回復は間に合うだろう。生かしたければ好きにしろ」
「……! はい!」
「動ける程度には回復させるなよ」
リチアがすぐに駆けだし、目を剥いて死んでいる兵士たちの下へ寄り、首の向きを整えてから、『治癒』の紋が宿る右手をかざした。
優しく淡い、エメラルド色の輝きが兵士を包んだ後、心肺蘇生をすると、兵士たちが薄い息を漏らし始める。
護衛隊長たちが救命措置に動く中、モルヴェントは気絶した領主の服を掴み、窓の外で控える護衛隊や、ガルド領の私兵たちへ、その醜態を晒した。
「こいつが聖女たちの殺害を企てていた。ガルド領に仕える者たちは、今すぐ武装を解いて、拘束されろ。抗ってもいいが、その時は中にいた12人同様、殺してやる」
リチアの護衛隊も、ガルド領の私兵たちも、その言葉に困惑し、ざわざわとどよめき立ったが、一人の兵士が言いつけ通りに武器を捨て、降伏するように両手を差し出した。
外で控えていた私兵たちは『紋』が無い。中の12人が敵わないなら、と降伏した形だろう。
その者に続くように、各々が武器を捨て始める。
何が起こったか分からない護衛隊たちが、流されるままに、皆を馬車から持ってきた縄で拘束し始めた。
♢ ♢ ♢
私兵たちの拘束が終わる頃には、リチアの方も、死んでいた兵士たちの治癒を完了させていた。
「本国に連絡し、応援を要請します」
「そうしてくれ。もう少し回復したら、手足の関節を折っておけ」
一部の護衛隊たちが領主室へやってきて、蘇生した12人の兵士たちと、領主の身柄を、ガチガチに固めて連れ出していった。
護衛隊たちを見送って、ようやく一段落、といった様子で、リチアが領主室のソファに座りこんだ。
「お疲れさまでしたリチア様」
「ええ。あなたたちも、手伝ってくれてありがとう」
治癒にかなりの力を使ったのか、薄い汗を顔に浮かべながら、リチアが疲れた様子で微笑んだ。
護衛隊長と給仕服の女も、やり切った様子で笑みを返す。
「それにしてもモルヴェントさん。なぜ、事前の話とは違う道具を?」
一段落したところで、改まった様子で護衛隊長が尋ねてきた。
「こちらの情報が洩れているという話だったからな」
「……護衛隊の中に、内通者がいると?」
「ああ。実際奴らは、閃光玉を音爆弾と読み違えていたしな。情報が洩れているなら、それを利用するだけだ」
「それにしても無茶な作戦を……聖女様の治癒がなければ、彼女、失明しましたよ?」
モルヴェントが守ったのは、リチアと、護衛隊長。
戦闘が終わるまでの間、リチアの側に控えていた給仕服の女は目をやられ、戦闘後、リチアに治癒を受けていた。
少しだけ詰めるような視線でモルヴェントを見つめる護衛隊長と給仕服の女。
そんな彼らに、モルヴェントは淡々と返す。
「治ったんだから良いだろう。それに、治らなくても自業自得だ」
「そんな無茶苦茶な……――え?」
「内から味方を陥れ、聖女を命の危機に晒したんだ。それぐらいの報いは受けて当然だろう。なあ、女」
モルヴェントの言葉に、リチアと護衛隊長が振り返る。
皆の視線を一身に受け、給仕服の女は恐怖で顔をひきつらせ始めていた。




