聖女への襲撃
「……私を評価して頂いているのはありがたいお話ですが、お断りさせて頂きます」
「ほう、なぜ?」
「私が西国で聖女として活動をしているのは、浄化料が払えず、活性魔素の汚染で苦しんでいる人々の助けとなる為です。どれほどの金額を用意されても、特定の領地や個人の下に収まることは致しません」
一瞬、苛立ちを吐き出すように息を吐いた後、リチアが改まった様子で断った。
しかし、その返答を予想してはいたのか、領主も特別残念そうな様子はない。
「しかし、あなた様の活動が、本当に貧しい者の為になっているか、疑問視する声もありますなあ。活性魔素をむやみに浄化することで、土地の可能性を奪っているという見方も増えております」
「……それは」
「そこで、この提案ですよ。ガルド領専属の聖女となることで、活性魔素による変異を観察しながら、害をなす存在になり得る時にだけ、浄化を行えばいい。さすれば、土地の住民の暮らしも豊かになり、第2、第3のガルド領・ルーネス領に続く存在が生まれていくではありませんか」
理論自体は正しいからか、リチアも反論できずに、喉の奥で言葉を殺した。
それを好機とみてか、領主がさらに畳みかける。
「浄化の機会を誰にでも分け隔てなくという思想は立派なものです。しかし、より良い繁栄の為に、まずは土地に根差した活動を行ってはいかがです? 我がガルド領なら、その手助けができるという話ですよ。悪い話ではないでしょう?」
言葉に詰まり、複雑そうに唇を噛むリチア。
今までも――それも先ほどまでの旅の中でも、嫌というほど指摘されてきたことだった。
浄化の力は、活性魔素を鎮静化し、元の状態に戻すだけ。その後の暮らしを良くするわけではない。
だから、都合の良い変異が起こるまで、汚染された土地を観察し続け、良い変異が生まれるまで、適度に浄化を繰り返しながら、経過を観察する方法もあるのは頭では分かっている。
だが、それでも。
そうは思っても、旅の中で感じた無力感が、口に封をする。いつもなら出てくる言葉が、今日は上手く出てこない。
そんなリチアを見て、背後でやり取りを見ていたモルヴェントがリチアの前に出てきた。
「先生……?」
「変異によって恩恵が、いつ得られるかもわからんのに、そんな方法が使えるか。その土地に根差す間、その他の土地は見殺しにしろとでも言っているのか?」
モルヴェントの言葉に、領主が少しだけ顔をひきつらせた。
安心と不安が混ざった表情で見上げてくるリチアの視線を受けながら、モルヴェントが続ける。
「全ての土地に聖女がいて、活性魔素を管理できるならば有効な手段だ。しかし現状、聖女の数は足りておらず、浄化料を払える土地にのみ、優先して聖女を派遣しているような状態だろう。それを憂いたからこそ、リチアが各地を巡っているのは分からんか? その善意に寄り添えないなら、これ以上の会話は無意味だろう。要件は以上か?」
切り捨てるような問いかけに、今度は領主の言葉が詰まった。
返答がないことを肯定と捉えたモルヴェントが、リチアに向かい直る。
「帰るか」
「……はい!」
ほんの少しだけ、穏やかな呼びかけだった。
その呼びかけに、少しだけ少女のような嬉しそうな声色がにじみ出てしまい、リチアが後から頬を染めて、小さく咳払いをした。
そして、迷いのない表情で領主へと向かい直る。
「今回のお話は、お気持ちだけ頂きます。それでは、この場はこれにて失礼させていただきます」
一礼した後、護衛隊長と給仕服の女に、「行きましょう」とほほ笑むリチア。
その場を後にしようとしたリチアたちの前に、領主の背後に控えていた兵士たちが立ちはだかった。
「……何の真似でしょうか?」
護衛隊長が剣の柄に手をかけながら、半身振り返って領主に尋ねる。
すると、他の兵士たちも腰の剣を鞘から抜き、鈍く輝く刀身を見せつけてきた。
「……なあに。これは私の為だけではなく、あなたの為の話でもあった、ということですよ」
「……というと?」
「ここ最近、聖女としての活動をやりにくかったでしょう? あなたの活動を良く思わない、『森羅活性教』という組織に邪魔をされて。私と組むなら、その風通しを良くしてあげられたのに、という話です」
兵士の一人が剣を振りかざし、リチアに斬りかかる。
その間にすかさずモルヴェントが割って入り、攻撃を防ぐ、弾き返すが、
「――先生⁉」
弾き返した勢いで、のけぞるようにモルヴェントがよろめいた。
『身体強化』の紋を発動し、迎え撃ったものの、向こうも同じ『身体強化』の紋を持っていた。力比べで、やや押されたという形だ。
そんな兵士たちが、12名。
護衛隊長と一緒に、リチアを庇うように剣を構えながら、モルヴェントは低い声で尋ねた。
「資金が十分に整ったことで、いよいよ聖女が邪魔になったか?」
「……どういうことです?」
「こいつらが『森羅活性教』の大本なのだろう。貧しい者を中心とした組織のくせに、紋持ちの人間を雇えるほどの資金源があることが気になってはいたが。こいつが裏で手を引いていたというわけだ」
「なんですって……⁈」
リチアと護衛隊長が目を剥き、領主の方を見やると、領主は開き直った様子で笑い声を上げながら、「その通り」と歯を見せた。
「金が生まれ、浄化料を払えるようになった今、あなたの存在は邪魔でしかない」
「汚染された土地を買い上げ、活性魔素のプラントのようなものを作り上げるつもりだったのだろう」
「何もかもお見通し、というわけですか。聖女様。優秀すぎる護衛を雇うのも、考え物だと思いますなあ」
なおも困惑するリチアに、モルヴェントが答える。
「浄化料が払えない土地の権利を買い上げ、新しい資源が生まれやすい場所を、金で他の聖女を抱え込んで管理するつもりだったのだろう。しかし、そんな中、目を付けていた土地の浄化を無償で行うリチアの存在が邪魔になった」
適度な間を空けながら、じりじりと距離を詰めてくる兵士たちに剣を向けながら続ける。
「だからこそ、貧しい者の救済を建前にし、活性魔素による変化を好意的に受け止める半暴徒――『森羅活性教』を立ち上げたのだろう。生活の改善を理由にすれば、民の味方である聖女も活動をしにくくなるし、聖女が土地を見捨てた場合は自分たちで買い上げればいい」
「彼らは、この人たちに踊らされていたと……⁈」
「半暴徒化までこいつらが仕込んだかは分からんがな。いずれにせよ、聖女が死んでも、役目を放棄しても、こいつらにとっては好都合な状況だ。さっきのが最後の交渉だったようだな」
「ええ。私の下に就かない以上は邪魔にしかならないのでね」
リチアを背中にしながら、モルヴェントが背中越しに語り掛けた。
「リチア。こうなった以上殺すが、いいか?」
一瞬の間。
強く口をつぐみながら、リチアが痛々しい表情で頷く。
一方で領主とその兵士たちは、バカにするような笑みを浮かべながら、喉を鳴らして笑った。
「殺す? ははは! こいつは数も数えられないらしい! いくら殺しの技術に長けているとは言えども、正面戦闘は苦手だと聞いているぞ? この数相手に、聖女を守りながらどう立ち回る?」
「ああ。だから仕切り直させてもらう」
モルヴェントが指を二本立てて右手を下ろす。
服の袖から、小さく丸い玉が滑り落ちてきた。
そして、それを投げる動作を取った瞬間――
「! 耳を塞げ‼」
その場にいた全員が、音を回避しようと両手で耳を塞いだ。
玉が床に衝突し、弾ける直前に、
「ごっ⁈」
「きゃあっ⁈」
モルヴェントが護衛隊長の目元を殴り、リチアの顔を胸に埋めるように抱き寄せる。
玉がはじけた瞬間、辺りを白い光が包み込み、その場にいた者たちの目を焼き尽くした。
弾けた玉からあふれ出したのは、音ではなく、世界を白く染めるほどの閃光だった。




