黄金の地 ガルド領
「――先生、そろそろガルド領につきますよ」
ガルド領に向かう馬車の中。隣で座るモルヴェントにリチアが呼びかける。
いつもよりも少し前傾姿勢で腕を組むモルヴェントの肩をゆすろうとしたところ、それを制すように、モルヴェントが手を上げた。
寝ている時も鉄仮面をつけている上に、寝息も音を立てないので、周囲からは起きているかどうか判別がしにくい。
移動中は、昼の護衛は護衛隊に任せ、夜間の警護をモルヴェントと、一部の護衛が担っている。暗い夜では人数をかけるよりも、『看破』を持つモルヴェントに警戒を任せておいた方が良いというのと、リチアが夜間しっかりとした睡眠をとれる方が大事という判断だ。
高い城壁が聳え立つ、ガルド領へ続く関所に辿り着き、護衛隊が通行証を見せる。
関所の職員がそれを手に取り、念入りに確認して頷き、門が開いた。
モルヴェントが少し身を起こし、外の方を一瞥すると、馬車の外には異様な光景が広がっていた。
「凄まじい光景ですよね……。前は何の資源もない、貧しい土地だったというのに」
「豊かになったと表現するにも、外れた光景だとは思うが」
どこか白けたモルヴェントの言葉に、リチアも同じように馬車の外へ目をやった。
関所を越えた先には、所々黄金化した木々や草木、大地や岩肌が、異様な輝きを放っていた。
薄い雲の隙間から漏れる太陽の光が、金の部分で鈍く反射して、日中に輝く星空のような光景が広がっている。
木々の一部は黄金化が深くまで進んでしまったのか、元の部分が枯れてしまっている。金に寄生され、朽ちたような状態だ。
「リチア様。そろそろ領主邸につきますので、ご準備の方を」
「そうね。先生、今から着替えをしますので、少しだけ外していただいてよろしいですか?」
「お着換え、お手伝いいたしますね」
「それくらい一人でできるだろう。それより女、少し来い」
着替えを手伝おうとする給仕服の女を手で招き、モルヴェントは馬車の外へ出た。
馬車の中にリチアを残し、モルヴェントが護衛隊たちも呼び寄せる。
「領主邸付近の街には、どれほどの人間がいる?」
質問の意図が分からず、護衛達たちが顔を見合わせる中、給仕服の女が答えた。
「約1万人ほどと聞いております。いかがされましたか?」
王都の人口が約30万。ガルド領は地方なので、都市に万単位で人が住んでいる分、相当発展している方だ。
「俺の『看破』の能力をもってしても、全てを警戒するのは不可能だ。領に入ってからは、能力の範囲を絞ろうと思う。不意打ちを受けるかもしれん」
モルヴェントの言葉に、護衛達が意外そうに目を丸めた。
当たり前のことではあるのだが、この男にも限界はあったか、と再認した様子だ。
「俺は正面戦闘は得意ではない。だから、多数から一度に襲われれば、リチアを守り切れるか分からん」
「一角獣を、ほぼ無傷で仕留められるのにですか?」
「小細工ありきの戦闘ならな。だから、不意打ちを受けた際も小細工を使おうと思う」
給仕服の女が問うと、モルヴェントが袖の内側から、小さな丸い玉のようなものを取り出した。
「衝撃を加えると、激しい音が鳴る。まともに聞けば耳がつぶれる。俺が投げると思ったら、全員耳を塞げ」
「投げる時に、合図か何かはありますか?」
「指を二本立てて、右手を下ろす。戦闘になったときは、俺の右手に注意をしておけ。……万一耳がつぶれたときは、リチアに直してもらえ。いいな?」
ある程度は味方を巻き込む前提の作戦らしい。
手段を選ばないという点ではモルヴェントらしいが、それに付き合わされる形になる護衛隊たちは苦笑した。聖女を守れるなら、何でもいいとは思っているので、抗議などは特にしなかったが。
説明を終えると、ちょうどリチアも支度が終わり、馬車から出てくる。
旅でくたびれた服を変え終わり、正式な装いとなって、再び領主邸へと馬車を走らせた。
♢ ♢ ♢
ガルド領の都市部へとたどり着くと、大勢の人で賑わっていた。
狭い敷地にも大きく高い建物が並び立ち、地方の街というよりは、スケールを小さくしただけの王都の街並みに近い。
領主邸へ続く大通りを進んでいると、街の人たちが怪訝そうに顔をしかめながら、リチアの乗る馬車を見つめている。
「ここでも、歓迎されている様子ではないな」
「活性魔素によって豊かになった土地ですからね。歓迎はされないでしょう」
土地のあらゆるものが活性魔素によって金に変質を遂げた領地だ。恩恵を直に授かった土地で、聖女の存在は良くは思われないだろう。
「金を採取するにも、最後には聖女様の力が必要ですからね。邪険にもできないのかと」
「有用な物質に変異した後、あるいは有害な物質になりそうなときにだけ『浄化』できればということか。悠長な思考だ」
給仕服の女の補足に、モルヴェントが呆れた息を漏らす。
辺りを警戒しながら進んでいると、領主邸に辿り着いた。
ルーネス領もハンターギルドの機能を兼ねた、大層な領主邸を持っていたが、ガルド領のものはどこか趣が異なる。
高く大きな建物が集う街の中で、ひときわ大きく存在感を放つ領主邸は、豪華な装飾や、派手な彫刻などで彩られており、機能美よりも権力の誇示を目的としたような外観だった。
警備の者に中に通され、5階建ての建物の最上階にある、領主室へと通される。
「ようこそおいでくださいました、聖女様。ささ、かけてくださいな」
中にいたのは、純白の絹の服を着こんだ、鼻の下に整ったひげを生やした小太りの男。この男がガルド領の領主だった。
領主室の中央にある、やや座高の低いソファにリチアを座らせ、机を挟んで、対面のソファに領主も座る。
「お忙しいところ、招待に応じて頂き、ありがとうございます」
「お気になさらず。浄化後の土地を確認するのも聖女の務めですから。以降、活性魔素による被害などはございませんか?」
「ええ。聖女様が浄化なさってからは、特に異変などはありません。1年前に生まれた金脈も、ご覧になった通りですよ」
「その分、農地に使える土地が少なくなり、食料品などが高騰しているとお聞きしております」
「ええ。しかし、それを補って余りあるほどの金がある。金を売った利益で、外から食料品などを輸入すれば、日々の暮らしには困りませんよ」
領主がご機嫌そうに、出された紅茶を音を立てて啜る。
愛想よく笑みを浮かべながらも、リチアは内心複雑に思いながら、紅茶を口にした。
「金で利益を得ているのは、貴様の鉱脈で働いている労働者だけだろう。町はずれの農村では、農地も黄金化で失い、採掘権も貴様に買われ、故郷を離れざるを得なくなったと聞いたが」
二人の会話に、それを背後で見ていたモルヴェントが口をはさんだ。
不躾な態度に、不快そうに眉をしかめた領主が「ところで、こいつは?」と尋ねる。
「最近雇った護衛の者です。最近何かと命を狙われている者ですから」
「そうですか。腕は立つのでしょうが、こういった場に招くのは控えて頂きたいですなあ。躾もなっていないようですし」
「それは貴様もだろう。背後に私兵を大勢控えさせるのは、聖女を迎えるための態度とは思えんが」
モルヴェントの指摘に、領主が一瞬だけ、意地の悪い笑みを浮かべた。
領主の後ろに控えるのは、ガタイが良く、上質な鎧に身を包んだ者が、横一列に控えている。全員『紋』持ちで、討伐ランクに換算すれば、皆A~Bランクはある。
リチアと領主が会談する中、兵士たちは一様に、リチアではなく、その背後にいるモルヴェントたちに視線を回しており、威圧するような視線を向けている。
その圧からか、護衛隊長の顔も、会談が始まったころからずっと険しいし、給仕服の女は緊張しているのか、瞬きの回数が多い。
一方で、リチアはモルヴェントと護衛隊長、給仕服の女だけを傍に控えさせ、残りの護衛隊は、屋敷の外で待機させている。
基本的に会談の場では、余程仲が険悪でない限り、私兵の連れ込みは最低限だ。警戒していると示すことは、相手に対する無礼になる。
リチアが警戒するように目を細めると、領主の笑みが、邪悪な本性が滲むように歪む。
「今日は聖女様に、大事なお話があり、お招きしたのですよ」
「大事な話、とは?」
「おい。あれを持ってこい」
領主の合図で、背後に控えていた兵士たちが部屋の外に行き、すぐさま大きい皮の袋を5つほど持って、再び現れた。
リチアの前に、重量感のある袋が置かれると、その衝撃で、限界まで何かが敷き詰められた袋の口から、大きい金の塊が音を立てて零れ落ちる。
「契約のお話ですよ、リチア様。あなたには、このガルド領の専属の聖女になっていただきたい」




