魔物とモンスター
魔物とモンスターは似て非なる存在だ。
モンスターとは、人間に害をなす可能性のある、超常的生物の総称だ。
スライムでも、キラービーでも、グリズリーでも、ドラゴンでも。一般市民には手に負えない生物たちがランク付けされ、強さの定義をされている。
害をなす可能性があるだけで、討伐の必要性自体は無く、互いに生活圏を荒らさないのであれば、共存の対象にもなり得る。言ってしまえば生態系を構成する要素の一つだ。
それに対して『魔物』とは、生物に活性魔素が取りつき、突然変異を引き起こした生物の総称だ。
活性魔素に取りつかれた生物は自我を失って暴走し、大地や水、他の生物に活性魔素を媒介するための存在となる。寄生虫に取りつかれたカタツムリのような状態だ。
活性魔素で変異を引き起こされた生物の体は強靭化し、特殊な能力や、それに適応した肉体を得ることがある。
遠くで暴れる一角獣なんかがその典型だ。
体つきを見るに、本来は周辺の草原で過ごしていた野生の馬が、活性魔素に取りつかれて突然変異を遂げて一角獣となったのだ。鎧のような皮膚も、鈍く輝く、宝石のような角も、元来生えていたものでは無い。
一角獣がその場で嘶くと、角から爆発するような雷が周辺にまき散らされ、周囲の地面を容易くえぐった。
「大地を高速で駆ける強靭な肉体に、雷による範囲攻撃。初めて見る魔物だが、Aランクは下らんだろうな」
モルヴェントの推察を聞いた村人の一人が、リチアに向かって詰め寄ってきた。
「聖女様! 浄化をお願いします!」
「え……?」
「あいつを浄化すれば、モンスターとなってこの地域で繁殖するでしょう! そうなればあの生物はこの土地の貴重な資源になる! 我々の救いとなるのです!」
活性魔素によって自我を失うのであれば、活性魔素を取り除けば自我を取り戻し、通常の生物として生き、繁殖する事例がいくつもある。ドラゴンもその最たる例だ。
元をたどれば、モンスターの元は、活性魔素が取りついた生物なのだ。その生物が魔物化し、浄化され、それを繰り返すことで強靭なモンスターが生まれてくる。
強靭なモンスターから採れる素材は貴重かつ有用。
この村人たちの言う通り、あの一角獣がモンスターに戻り、土地に定着すれば、この貧しい村に恵みをもたらす可能性がある。
興奮する村人の前に、モルヴェントが割って入った。
「あれがお前らの言う金脈か?」
少し怒気が滲んだ声だった。鉄仮面の奥から感じる圧にたじろぎながらも、村人は食って掛かるように頷いた。
「ああ! ようやく巡ってきた好機だ!」
「そうか。思惑通り進んでよかったな」
「ああ。だから聖女様、あんたの力であの魔物の浄化を――」
「あんな暴れ狂う魔物に、聖女が近づけるわけないだろう」
リチアの持つ『浄化』の紋は、活性魔素を通常の魔素に戻す力を持つ。いうなれば活性魔素を取り除くような力だ。
肝心なのは、取り除くだけということだ。
魔物をモンスターに戻すだけであって、モンスターそのものに抵抗する力をリチアが持っているわけではない。
「浄化をさせたいなら、あの一角獣を弱らせろ。聖女様に危険が及ぶだろう」
「そ、そうなのか……。じゃあ、あんたらでなんとかあの魔物を――」
「何を寝ぼけたことを言っている」
護衛隊やモルヴェントにすがろうとした村人に、冷たい声がかけられた。
「あれはお前らの資源だろう。部外者の俺たちに頼るな」
何を言われたのか分からず、呆けた表情の村人たち。
モルヴェントの発言の意図を察した護衛隊やリチアが、表情を見る見るうちに強張らせた。
「先生……それはあまりにも……!」
「こいつらが例に挙げたルーネス領はやっているだろう。フィリスは自分の土地の資源は、自分で管理できている」
「それはフィリスが、力を持っているから……」
「そうだ。だから領内でモンスターが繁殖しても、それを素材にして商売ができるし、他所に迷惑をかけることもない」
宥めるようなリチアの言葉を、モルヴェントがバッサリ切った。
「こいつらだけでは、あの一角獣が身に余るというなら、そもそも管理する資格などあるものか。俺にこいつらの責任を肩代わりする気は無いし、お前たちにもその責任を肩代わりすることもできんだろう。一生この村で過ごすつもりか?」
モルヴェントの問いに、リチアははっと目を剥いた後、「……いいえ」と悲痛な声で返す。
俯くリチアを一瞥してから、「どうする?」とモルヴェントが村人たちへ振り返る。
「あれを俺に譲るというなら、責任をもって殺してやる。無料で殺るのは今回だけだ」
モルヴェントの問いに、村人たちは怪訝な顔になって、一角獣と自分たちが持つ武器――鍬や鎌を見比べた。
農作業で力がついていないわけではないが細い腕。防具の類は無く、一角獣の鉱石化した角や雷から身を守れるかと問われれば、考えるまでもない。
暴れる一角獣に、恨めしそうに目を細めた後、前の方にいた村人が、覇気のない声でモルヴェントに頭を下げた。
「……お願い、します」
一瞬の間。何かを飲み込むように小さく頷いてから、「了解した」とモルヴェントが両手剣を抜く。
リチアや護衛隊の視線を受けながら、鉄仮面の暗殺者が音もなく、一角獣の方へと駆けだした。




