聖女を拒む村
「帰れ‼ 今この土地に浄化は必要ない‼」
「むやみに土地を浄化するから、貧しいものがいつまでも貧しいままなのが分からないのですか?!」
罵声と共に飛んでくる石。鍬や鎌などの農具を振りかぶり、護衛隊を威嚇する村人たち。
それに対し、護衛隊長はリチアを守るようにして前に立ちながら、剣は抜かずに交渉に身を乗り出した。
「何度も説明した通り、これ以上活性魔素を放置すれば、皆様に危険が及びます! 毒や魔物が発生したときに、どうするおつもりですか?!」
「だが土地を浄化したところで、暮らしが元に戻るだけだ! ガルドのような繁栄も無い! むやみに可能性の芽を摘むな!」
「そうだそうだ!」
「今この土地に関わるな! 出ていけ!」
その気になれば鎮圧もできるだろうが、護衛隊が武力行使を選ばない以上、多勢に無勢だ。
村人たちの人の壁を前に、護衛隊ももどかしそうに立往生を食らっている。
「西国から浄化の許可は貰っているのか?」
「一応、強制浄化の許可証は発行して頂いています。だけどこれを使うのは……」
「最終手段にしたいと」
「……できれば」
モルヴェントの問いに、苦虫を嚙み潰したような顔で返すリチア。
鉄仮面の隙間から小さく漏れた息は、呆れか、失望か。
モルヴェントの様子に少し胸を痛めながら、リチアが馬車を出て、護衛隊の前に出た。
「皆様、どうか私たちの話を聞いてください」
リチアが前に出ることで、怒声が一旦は静まるも、怒りが収まることは無い。
「二十年前、『魔王』が活性魔素をばらまいたことで、多くの土地が汚染されました。汚染によって富を得た領地や村もありましたが、約7割は汚染によって生まれた毒素や魔物により、人が住めない場所になってしまったのです。この周辺だって、既に草木も生えない場所が生まれています。取り返しがつかなくなる前に、この土地の浄化をさせて頂きたく――」
「……浄化して、その後は? 俺たちの暮らしは豊かになるのかよ」
「……私にできるのは、そこまでです」
「じゃあ話にならねえ! 元々20年前の魔王の被害で、一度滅びかけた土地なんだ! それから土地は浄化されたけど、一向に暮らしは良くならならねえじゃねえか!」
「そこは、私の方で国へ支援を頂けないか、口添えを――」
「全部の村に支援できないから、ここみたいに放置された場所ができるんだろ?! 助ける気が無いなら放っておいてくれ!」
「ガルド領や、隣国のルーネス領みたいになる可能性を奪うな‼」
必死の説得も空しく、ますますヒートアップする村人たち。
後方から大きい石が投げ込まれるようになり、護衛隊がリチアを囲い、人垣になって投石からリチアを守る。
「聖女様、馬車の中へ……!」
「……」
護衛隊が身を挺して、自分を守る姿に、リチアも悲痛な表情を浮かべて、馬車の中へ避難しようと踵を返す。自分がとどまろうとするほど、皆に危険が及ぶ。
だが、高い軌道で放られた石が、大きな弧を描いてリチアの方へと勢いよく投げられたとき、
「っ?!」
当たる寸前、馬車の方から放られた石ころが、その石を地面に弾き落した。
馬車の方にはモルヴェントが、小さな石をジャラジャラと掌の上で転がしながら、ゆっくりと村人たちの方へと歩いていく。
「な、なんだお前――」
尋ねた村人の頬を、見えないに何かが掠めていった。
何をされたかは分からなかったが、手首だけで何かを投げた体勢のまま迫って来るモルヴェントを見るに、持っていた石を投げたのだろうと、察した。
一直線に皮が切られた頬から、赤い血が雫のように滴り、頬から顎をなぞる。
「お、お前……?! 護衛隊のくせに、俺たちを攻撃するのかよ?!」
「俺は護衛隊ではない。聖女の身を守るために雇われた、傭兵みたいなものだ」
「似たようなもんだろうが⁉ それに、今の石はやりすぎだろ?! 当たったら怪我じゃすまなかっただろ?!」
「だから外してやっただろう」
淡々とした様子で、手元で石を転がしながら前に出るモルヴェントに、村人たちが息を殺した。
「次は当てる」
冷たく心臓を撫でるような言葉に、村人どころか、リチアや護衛隊の面々でさえも表情を凍らせた。
静まり返った空気の中、皆一様に動けずにいた。
この男の琴線に触れれば、先ほどの石が飛んでくる。今度は、命を刈り取る一撃となって。
息を殺すような膠着状態が続く中、それを引き裂いたのは、遠くから聞こえる地鳴りのような音だった。
「……なんだ?」
護衛隊長が音の方へ顔を向けると、皆が恐る恐る、同じ方向に意識を向ける。
目を向けた先に見えるのは、見上げるほどの巨体を持つ、体の所々に鉱石のような皮膚を纏った、一角獣のような生物だ。
「……モンスターか?!」
「……違う、『魔物』だ‼ 魔物が現れたぞ‼」
大きなどよめきが護衛隊から起こる中、村人たちは混乱半分、喜び半分といった様子で、奇妙な反応を見せている。
「ようやく、私たちの土地にも魔物が……!」
念願がかなった、と言わんばかりに歓喜の表情で、暴れ狂う一角獣を見つめる村人たち。
そんな様子に困惑しながら、リチアは迷ったようにモルヴェントの鉄仮面を見上げるのだった。




