護衛開始
リチアと報酬の話を終えた頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。
その日は護衛の者を何人かギルドに残して、リチアはハンターギルドの客室に泊まることになった。
「それではリチア。今日はこの客室を使ってくれ」
「ありがとうフィリス」
「フィリス。部屋を貸す必要はない」
「? 師匠、どういうことですか?」
鍵を貸そうとしたフィリスの前に、モルヴェントが割って入った。
「護衛の任務があるからな。リチアは俺の客室で寝かせる」
その言葉に、リチアとモルヴェントを除く、ギルドにいた全員が噴き出した。
「しししし、師匠?! いくら護衛の為とはいえ、男女が夜を一緒にするなど⁉」
「まあ先生。よろしいのですか?」
「護衛の為だ。それが一番安全だろう」
「それもそうですね。折角なのでお言葉に甘えさせていただきますね」
モルヴェントのことだ。良からぬことはしないだろうが、それにしても言葉ってものがあるだろう。
エルナやギグをはじめとするギルドの面々が、呆れた視線を向ける一方で、フィリスは案の定、あわあわと挙動不審になりながら、リチアの方へ詰め寄った。
「な、ならば! 私も一緒に寝よう! 3人のベッドは狭いだろうが、安全の為ならば仕方あるまい!」
「俺は立ったまま寝れるから、ベッドを取り合うようなことは無い。それと、護衛は俺一人で十分だ。フィリスは広いベッドで寝るといい」
「優しさの方向性が違う……!」
フィリスが肩を落とすも、何のことだか分からないモルヴェントが首を傾げた。
エルナが気にするなと視線で合図を送ったので、モルヴェントはリチアの方に向かい直った。
「今日は存分に眠るといい。賊は俺が音もなく払ってやる」
「ありがとうございます。今夜はゆっくりと眠れそうです」
リチアがモルヴェントに微笑んでから、二人は客室の中へと消えていった。
その背中を見送ってから、フィリスがエルナに涙目になりながら尋ねた。
「……なあ。ほんとうに大丈夫だろうか」
「……護衛の方は心配しなくていいのでは。護衛の方は」
今日一日、領主兼ギルド長としての威厳がほとんど感じられなかったフィリスに、流石に疲れたのか、敢えて意地悪な言い方をして、エルナはその場を去っていった。
皆が呆れたように息を吐きながら、自分の持ち場に戻る中、フィリスは未練がましく二人が消えた客室のドアを眺めていた。
♢ ♢ ♢
翌日、心地の良い日差しが差し込む朝。リチアたちが客室から出てきた。
「おはようございます、ギルドの皆さま。おかげさまでよく眠ることができました」
明らかに昨日よりも顔色が良くなったリチアを見て、皆が笑顔で会釈を返す中、出てきたモルヴェントにギグが突っかかる。
「なんか聖女様、ツヤツヤしてますけど。……なんもやってないっすよね?」
「ああ。昨日は誰も現れなかった。殺ってない」
「……なんか話がずれてる気がするけど、まあいいか」
「それよりも、フィリスが何故かやつれた様子だが、何かあったか」
「あ、心配ないっす。体調が悪いとかじゃないと思うんで」
モルヴェントが少し心配の滲んだ声で尋ねるも、ギグの対応は素っ気ない。
昨日のやり取りで、モルヴェント絡みで馬鹿をやる人間だとは、ギルド全員の共通認識になってしまったようだった。
「ドラゴンの素材は既に荷馬車に積みましたので、いつでも出発できますよ」
「エルナさん、どうもありがとうございます」
「もう少し休んでいかれてもいいのですよ。昨日のこともあり、体も万全ではないでしょう」
「いえ。久しぶりに十分な睡眠がとれたので、だいぶ調子が戻りました。それに、活性魔素の汚染で苦しんでいる人たちがいるので、すぐに浄化に向かわなくては」
エルナの提案をやんわりと断りながら、すぐに発とうとするリチア。
心配そうに見送られる中、モルヴェントがフィリスに封書を手渡した。
「フィリス。一つ仕事を頼みたい」
「……へ?」
「お前にしか頼めない仕事だ。任せていいか」
「……! はい! 喜んで!」
急に活力のみなぎった顔で敬礼するフィリスに「頼んだ」と言い残してから、モルヴェントはリチアと共に馬車に乗った。
馬車の中で並んで座りながら、モルヴェントが行き先を尋ねる。
「一度国境付近の公庫にドラゴンの素材を納めてから、汚染地域の浄化に向かいます」
「地図はあるか」
「はい」
対面の席に控えていた、給仕服の女が、モルヴェントに地図を渡した。
地図の上に示された汚染範囲を見て、難しそうに唸るモルヴェントに、給仕服の女が説明をする。
「ガルド領という、金が採れる鉱脈を持つ領地があるのですが、金脈周辺の土地の汚染が進んでいるとのことです。また、道中の農村や、川辺付近にも、そのような土地が幾つか」
「昨日今日で広がったような範囲ではないな。汚染はいつからだ」
「1月半ほど前から」
「ずいぶん前だな」
「汚染の初期段階での浄化を試みたのですが、周辺住民の反対や、『森羅活性教』の妨害もありまして……」
「無事は保証するが、衝突は免れないのではないか」
リチアに少し顔を向けると、「はい」と真剣なまなざしを返された。
「しかし、これ以上汚染を放置するわけにはいきません。いつ活性魔素から危険なものが生まれるかわかりません」
覚悟のこもった瞳に、モルヴェントが「そうか」と会話を切った。
その後は馬車に揺られながら、ドラゴンの素材を、西国保有の倉庫に納めた後、何度か夜を越し、ガルド領の通り道にある、汚染された土地に辿り着いた。
濁った虹色の靄がかかったような地面が見え始め、周囲の草木も枯れたものや、異常に発達したものが見られたりと、統一感のない禍々しい光景が広がっている。
先頭を進んでいた護衛隊長の男が、モルヴェントたちの馬車に馬を寄せ、窓の外から話しかけてくる。
「モルヴェント様。聖女様をお願いいたします」
そう言い残し、再び先陣を切る護衛隊長。
護衛隊に遅れて近隣の村に辿り着いたとき、外から聞こえてきたのは、聖女を追い返そうとする村人たちの罵声だった。




