森羅活性教
「……捉えた賊たちのことですよね。モルヴェントさん、知っているのですか? その『森羅活性教』について」
エルナが尋ねると、「ああ」と短い返事が返ってきた。
張り詰めた空気に、暴走気味だったフィリスも、真剣な表情になる。
「そもそも俺たちが生命活動や、紋の力を発現する際に使用する、『魔素』とは何か分かっているな?」
モルヴェントの問いに、フィリスが「はい」と頷いた。
「あらゆる物質やエネルギーの根源となる、万能元素――『始原元素』とも呼ばれる存在です」
「その通り。大地も水も、熱や光さえも、元をたどれば魔素が変化したものだ。だが魔素の変換は基本的には不可逆で、魔素から生まれた資源を別なものに加工することはできても、その物質を魔素に戻したり、他の物質に完全に変質させるdことはできない。基本的に、だ」
「はい。その例外が『活性魔素』という話でしたよね」
「ああ」
過去にモルヴェントから習った話を、フィリスが復習するように続ける。
「魔素が何らかの要因で、異常に活性化することがある。それが『活性魔素』だ。活性魔素は生物でも水でも鉱物でも、何にでも取りつき、取りついた物質に『強制的な変化を起こさせる』。水や鉱物が毒に、小動物が強大な生命体に変化することもあれば、その逆もあり得る」
「ええ。その活性魔素を鎮静化し、汚染された土地の浄化をするのが『聖女』の務めです」
モルヴェントの説明に、リチアが補足をした。
「その聖女の行いを良く思わない連中が徒党を組み、暴徒化したのが『森羅活性教』だ」
「どういうことです? どんな危険な変化が起こるか分からない以上、活性魔素は鎮めるのが当然では?」
「見方を変えれば、枯れた土地が金が採れる鉱脈になることもある。やつらは活性魔素による変化を好意的に受け止め、聖女の浄化を悪とする組織だ」
「……そんな奴らがいたのですね」
「勢力を増したのは最近のことだもの。知らないのは無理もないわ」
モルヴェントに説明され、知らなかったことを恥じるフィリスに、リチアがフォローをする。
「ドラゴンも、オオトカゲなどの爬虫類が、活性魔素で変化したことで生まれた存在。貧しい暮らしをしている者からは、活性魔素による汚染は、好機に見えるのかもしれないわね」
「リチアは、そんな奴らに命を狙われているのか?」
「ええ。こればかりはしょうがないわ。殺されないように上手く立ち回るしかない」
「しょうがないって、リチア、お前……」
どこか諦めた様子のリチアに、フィリスが悲し気に眉をしかめた。
「森羅活性教に属する人たちは、貧しい生まれの者たちがほとんどなの。向こうからすれば、危険を放置するよりも、自分たちの暮らしが良くなる可能性を潰される方が辛いのよ。それを潰すのが、良い暮らしをしている『聖女』なら尚更」
「リチアは目立った贅沢もしてなければ、貧しい者たちにも、無償で治癒をしたり、稼ぎを寄付へ回したり、皆のことを考えて行動しているではないか」
「その行いも皆に行き届くことはまだない。不満を持つ人もいるのは自然なの。それに、私は食べるものにも寝る場所にも困っていない。向こうからすれば、十分贅沢よ」
「そう、なのかも……しれんが……」
リチアの理屈も一理あれば、森羅活性教の行動理由にも一応の理屈はある。
それでも納得できないフィリスが言葉を探すも、うまく言葉が出てこない。リチアの覚悟と諦めが混ざったような笑みに、喉で言葉がつっかえてしまう。
心臓が重くなるような静寂に包まれる応接室。
そんな重い空気の中、モルヴェントが鉄仮面の上から顎をさすりながら尋ねた。
「不満を暴力で訴える暴徒を放置するのは、正しい行いか?」
「……え?」
「お前は、お前がそれでいいからと考えているのだろうが、他の者が同じ立場になったときに、向こうの理屈が分かるから、互いに理解できるまで耐えろと言えるのか?」
「それは……」
「暴力を、ましてや殺人を肯定するのは慈悲ではないだろう」
問いに答えることができなかったリチアの頬に、モルヴェントが優しく手を重ねた。
「少しクマがあるな。満足に寝れているのか」
「……最近は、あまり」
「襲撃は四六時中、いつでもあり得るのか」
「……はい」
「おい、お前」
「な、なんでしょう」
少しだけ怒気が籠った声に、護衛隊長が少しだけ怯んだ。
「敵の正体も分かっていながら、なぜ襲撃を許している。大本は潰せないのか」
「……過去に何度か拠点を突き止め、組織を討伐しようと試みたのですが、その度に襲撃を察知され、上手く躱させるばかりで」
「情報が洩れているのか」
「……おそらくは。今回の来訪も秘密裏に進めたものなのですが、国境沿い付近で待ち伏せをされていたので」
話を聞いたモルヴェントが、小さく息を吐いてからリチアに向かい直った。
「暗躍に長けた者がいるみたいだな」
「……そのようですね」
「普通の護衛を増やしてもキリがあるまい。蛇の道は蛇。毒はより強い毒で制すべきだとは思わんか」
「先生……」
モルヴェントの意図を察したリチアが、感慨深そうに目を細める。
「お前の護衛と『森羅活性教』の排除――覚悟があるなら俺に依頼しろ。一番上手くこなせるのは俺だろう。相応の報酬は頂くがな」
その言葉に、リチアは少し考えた後、嬉しそうに微笑した。
背後に控える護衛隊長に、何かを尋ねるように顔を向ける。
「……私は反対ですよ。いくらあなたの恩師とはいえ、素性のしれない存在を雇うのは」
「では、あなたたちだけで私の護衛を行いながら、内通者の捜索、森羅活性教の討伐の任務まで遂行することはできますか?」
「それは……」
「先生ならできるのです。そうですよね? 先生」
「ああ」
短く頷くモルヴェントに、リチアが改まった顔になってから頭を下げた。
「この度の護衛、先生に依頼をさせて頂きます」
「了解した。全身全霊を持って依頼を遂行しよう」




