逆スカウト合戦
その後、リチアの馬車に招かれ、一緒にハンターギルドに向かうこととなった。
ハンターギルドに到着すると、既に賊たちは、護衛の兵士たちと、ギルドのハンターたちに、見通しの良い野外で見張られている状態だった。
最低限の治療をしていることを確認し、フィリスはリチアと護衛隊長を応接室へ招き、詳しい話を聞く。
エルナの淹れた紅茶を飲みながら、リチアはモルヴェントとの関係性について、フィリスや護衛隊長に説明をしたのだった。
「……なるほど、リチアは王宮で『聖女』として面接を受けたが、師匠に落とされた、と。その後、師匠の下で紋の力を磨きながら、各地を渡り歩き、身元の引受先を探していた……といったところか?」
「ええ。私の理想とする聖女像を実現するために」
「『聖女』の力を囲い込み、法外な治癒料や浄化料で、私益を貪る者も多いからな。西国ではそういった苦労は無かったか」
「ええ。西国に所属したのも、そういったしがらみを設けないことが条件でしたし。先生の口添えもあって、自由にやらせていただいています」
隣に座るモルヴェントに、リチアが微笑みながら小さく礼をした。
机を挟んで楽しげなリチアの様子を見ながら、フィリスが音を立てて紅茶を啜る。
「聖女になる前は、どのように暮らしていたのだ? 師匠の下で力を磨いていたとは言っていたが……」
「先生の自宅の隣に家を借りていたの。週に2、3度、紋についての教えを受けていたわ」
「週2、3度……だと……?!」
私は月1だったのに……!
フィリスが持つ紅茶の水面が、小刻みに波打ち始めた。
「ところで先生。先ほど王宮を辞めたと仰っていましたが、今はハンターギルドに所属しているのですか?」
「そ、そうだぞ‼」
「違います」
食い気味に嘘を吐いたフィリスの頭を、エルナが我慢しきれずに叩いた。
「……つまり、今はフリー、ということでお間違えないでしょうか?」
「ああ」
「そう、ですか……!」
モルヴェントの返事に、上機嫌そうに両手を合わせた後、後ろに控えていた護衛隊長を手で招き、何やら耳打ちを始める。
「聖女様がそう判断されるのであれば、問題ないかと」
「ありがとう」
護衛隊長ににっこり笑ってから、リチアがモルヴェントに改まった様子で向かい直った。
「先生。もし行く宛をお探し中なのであれば、西国へ来られませんか? 現在西国は優秀な人材を求めております。先生の実力であれば、文武問わず、様々な方面で活躍できますし、それ相応の待遇を用意できるかと」
「――っ?!」
リチアの言葉に、フィリスが口をあんぐりと開けたまま固まった。喉の奥から、細く、切れそうな糸のような音が漏れてくる。
「もちろん、私にそうして頂いたように、お仕事の時以外で先生の自由を損なうような真似は致しませんし、仕事の際でも先生の意思を尊重させるよう、私の方から口添えさせて頂きます。安定した職を得ながら、空いた時間で自由に暮らせる環境が、西国には用意できますが、いかがでしょうか?」
「……」
難しそうに鉄仮面の上から顎をさするモルヴェントに、フィリスが冷や汗をかき始めた。
考えている、だと……?! 私の時はその場で断ったのに?!
モルヴェントの中で何かが揺らいでいることを察したフィリスが、パクパクと挙動不審に口を動かし始めた。
もちろんリチアも、モルヴェントが何かを考慮していることを察しており、後押しと言わんばかりに、詳細な条件を提示してくる。
「西国に来ていただければ、お好きな場所に住まいを用意できますよ。人の活気にあふれる都心でも、空気が澄んだ自然豊かな避暑地でも、お望みの場所でのびのびと過ごしていただけます」
リチアの言葉に耳を傾けるモルヴェントに、すかさずフィリスも割って入った。
「わ、私も! 先生がお望みの場所に、理想の豪邸を建ててあげられますよ‼」
「ギルド長……‼」
「止めるなエルナ‼ これはギルドと西国の命運を決める、大事なスカウト合戦だ‼」
暴走し始めたフィリスを、エルナが止めようとするも、完全に意地になってしまい、制止を払いのけられてしまう。
鼻息荒く、机に身を乗り出すフィリスを見ながら、(うちの馬鹿がすみません)という気持ちがにじみ出た顔で、エルナがリチアと護衛隊長に頭を下げた。
あまりに深々としたお辞儀に、エルナの苦労を察したのか、護衛隊長も同情したように苦笑する。
「また、西国では紋についての研究も盛んです。先生、紋について沢山研究をされていましたよね。西国では研究のための設備も、私の方で用意することができますが」
「せ、設備はともかく! 時間だけはいっぱい用意できますよ! うちでも!」
「各地を巡られる際にも、全大陸どこにでも向かえる通行証を、西国で発行させて頂きますし、各地に存在する大使館を宿代わりにして頂いても構いません」
「る、ルーネス領を好きなだけお散歩できる権限を与えちゃいます!」
「大使館では、旅の備品も無償で補給ができますし、先生の大好きな大浴場もあります。馬車の手配や、各国、各領地へのお口添えなど、様々な面で先生の自由をサポートさせて頂きますが」
「お風呂はうちにもあります! それに……! なんかこう、出来る範囲で色々出来ちゃう、えらそうな権限を! ギルドの方で用意できるよう頑張りますから……!」
「ギルド長、そろそろ黙りましょう。条件もプレゼン能力も、何もかもで負けています」
とりあえずパッションで張り合おうとするフィリスに、エルナが耐えきれず待ったをかけた。語るに落ちる上司を見て、黙っていられなくなった形だ。
強引に口をふさがれたフィリスを一瞥してから、リチアがモルヴェントに尋ねる。
「どうでしょうか先生? 西国に来ていただけないですか?」
リチアの言葉に、鉄仮面の奥から、低く唸る声が聞こえてくる。
これは、モルヴェントが本気で悩んでいるときに見せる仕草の一つだ。それが見えたことで、フィリスはあわあわと体を震わせ、リチアは勝利を確信したように、自然と手を握り直す。
暫くの静寂の後、モルヴェントは小さく息を吐いてからリチアに向かい直った。
「――困っているのか?」
「え?」
「条件は魅力的だが、俺はそもそも、今はどこに所属する気は無い。……だが、お前が困っているなら、依頼を引き受ける形で力は貸してやれる」
呆気にとられ目を丸くするリチアに、諭すように語り掛けてから、今度は護衛隊長の方へ顔を向けた。
「護衛は必要だろう。少なくとも、『森羅活性教』の活動が収まるまでは」




