転移の転写紋
転写紋。紙でも床でも、土台となる物の上から紋を彫りこむことにより、紋を持たない者でも、彫った紋の力を具現化することができる、『人工紋』とも呼ばれるものだ。
魔素さえ流せばだれでも紋の力を発現できる便利な代物だが、皆が驚いているのは、その作成の難しさだ。
生まれながらに持つ紋と違い、少しでも紋の形や彫る深さが歪めば、力の発動ができなかったり、指向性が歪んだり、最悪暴発する作成難易度の高さ。
魔素を注ぎ込み、紋の力を発現する際に、使用した素材に凄まじい熱や負荷がかかる。
並大抵の素材を転写紋の土台にしても、力を発現する前に素材が崩れ去ってしまう。
そのため、転写紋の素材には、紋の力に耐えうる丈夫な素材が必要だ。それこそ、ドラゴンの皮のようなものがだ。
紋を彫るのも難しいというのに、素材も高給なものを要求される上、転写紋を作れる者は希少。誰それと、その場で作成できるものではない。
「モルヴェントさん?! まさか今から座標を指定するつもりですか?!」
「ああ」
『転移』は、魔素を流し込んだものを、紋の上に刻んだ座標の位置にワープさせる紋だ。
座標の指定は、転移の紋からの距離を刻んで行うものであり、本来であれば、あらかじめ決めておいた場所から、決めておいた場所へ移動するための手段だ。
モルヴェントのように、その場で、即興で位置を決めて使用するなど前例がない。
それを知るエルナは、モルヴェントを止めようとカウンターから身を乗り出すも、
「……?!」
モルヴェントが凄まじい速さで、紋に座標を正確に刻んでいく。
距離、角度を古代文字で指定し、正確な形に、決まった深さの文字を彫る。少しでも歪めば座標がずれ、転移先がずれ、転移先で地中に埋まったり、落下死した事例もある。
本来であれば一流の魔道具職人が、何時間もかけて丁寧に仕上げるものを、モルヴェントは宣言通り、2分もかからずに仕上げて見せた。
削った皮を払い、フィリスへ転移の紋に魔素を注ぐように促す。
「馬車が向かう方向の、上空に転移するようにした。俺も行く」
「わかりました」
フィリスと一緒に魔素を注ぎ込むと、転移の紋が凄まじい輝きを辺りにまき散らし、大きく弾けるような衝撃が空間に走った後、二人の姿はその場から消えていた。
♢ ♢ ♢
一瞬視界が白く染まった世界に目を細めた後、フィリスの前に広がっていたのは、ルーネス領西国国境沿いにある馬車道を、上空から見下ろしたような景色だ。
転移と同時に自由落下を始めそうになったフィリスの腕を支えながら、モルヴェントが『固定』で見えない足場を生成する。
「ありがとうございます」
「問題ない。それよりも、あれが西国から来た馬車隊らしいな」
モルヴェントたちの視線の先には、西国の紋章の付いた馬車が数台と、それを取り囲むようにして馬を走らせる、黒いローブで顔を隠した集団があった。
ローブの集団は20名ほど。剣を持った者たちが、西国の馬車を追い立てながら、離れた距離から光弾のようなものを放ち、馬車を引く馬を威嚇するように攻撃をする布陣となっている。
馬車の護衛と思われる者たちが、馬に乗って応戦しているが、数が足りない。
近接部隊の攻撃や、光弾から馬車を守りながら、領内へ誘導するので精いっぱいといったところだ。
その戦局を、フィリスとモルヴェントは一瞬で把握。
戦いを見下ろしながら、フィリスは剣を、モルヴェントは、矢筒も持っていないのに、その場で弓を構えて、馬車を襲う者たちを見下ろした。
「近接部隊はお前に任せる」
「分かりました。後で尋問をしますので、なるべく殺さないようお願いします」
「分かった。無力化する方向で動く」
フィリスが瞬間移動で地表に下りると、モルヴェントが弦に手をかけ、大きく引く。
見えない何かが引っかかっているのか、弦が限界まで張り、弓に刻まれた紋様が怪しく光った。
「――?! 何だお前?!」
そして地上では、馬車を襲う者たちの一人を、フィリスが剣の柄で殴り気絶させ、戦いが始まろうとしていた。




