聖女の危機
ドスッ、と響く重低音。
ギルドの受付から響いたその音に、ハンターたちが振り返り、目を剥いたまま固まった。
「とりあえず、こちらが討伐報酬の25億Gの内、1億5000万Gです。残りの報酬は資金が用意でき次第お支払いしますね」
ここにいる全員、そのような金額を目にしたのも耳にしたのも初めてだ。
ケースに入った札束を見て、「確認した」と頷いたモルヴェントに、若いハンターの男が問い詰めた。
「いやいやいや?! いくらドラゴン討伐したからって多すぎない?! 俺もドラゴン討伐に参加したことはあるけど、取り分1000万Gぐらいだったぞ?!」
「金額に間違いなどございませんよ、ギグさん。今回はソロでの討伐ですからね」
モルヴェントの暗殺する様をフィリスの隣で見ていた若いハンター、ギグは、あれ以降モルヴェントに事あるごとに、舎弟のように絡んでおり、距離を強引に詰めている。
驚きながらも、僻んでいる感じはしない。子どもの如く不思議を発散するように尋ねるギグに、エルナが小さく咳払いをしてから説明した。
「うちのギルドでモンスターの素材を買い取った場合の取り分は、ハンターとギルドで4:6。モルヴェントさんはハンターギルドに所属していないので、外部委託量10%が加算されて、5:5。パーティーで取り分の山分けも発生しないので、金額の50%を一人で受け取る形となります」
「それでも俺たちの時は、ドラゴン1体で15億とかだったろ? モルヴェントさんのドラゴンは50億で売れたってことじゃん。この差は何?」
「今回は素材のほとんどが傷つかずに、高品質な状態で残っていますからね。皮や鱗のみならず、血や内臓、火炎袋の中の発火粘液や翼膜、骨や肉など、あらゆる部位が。高値がついて当然。売り方によっては50億以上の利益が出ますからね」
ギグや、周囲で説明を聞いていたハンターたちが息をのんだ。強靭かつ、タフネスの高いドラゴン相手だ。そもそもちゃんと殺せるだけで御の字なのだ。素材の状態に気を遣う余裕がない。
その説明に、受付の奥から現れたフィリスが補足する。
「特に今回、翼膜が無傷で取れたのがでかい。普通翼竜型のドラゴンは、逃げられないように翼から潰すのがセオリーだからな。翼膜だけで10億は下らないぞ」
「すっげえ……。なあモルヴェントさん。今度俺にも暗殺の仕方教えてよ。俺もがっぽがっぽ稼ぎてえ」
「そのやかましい気配を消せるようになったら考えてやる」
ギグをあしらいながら、モルヴェントが金を受け取った。
「そりゃないよお」と人懐っこく寄って来るギグを手で払うと、改まったようにモルヴェントが尋ねる。
「西国の『聖女』はまだ来ないのか?」
「ええ。多少遅れるかもしれないと、文で頂いてはいるのですが」
フィリスが少し心配そうな様子で答える。
本来は王宮の使者が到着する前に、西国との取引を終える手はずだった。
だが、向かうと返事をいただいてから、既に半月が経過している。
西国の国境付近に位置しているルーネス領は、通常であれば馬車で5日ほどあれば着く距離なので、既に10日近く遅れている。
その為、やむを得なく王宮との取引を優先した形だった。
フィリスがエルナと難しい顔をしながら見つめ合っていると、ふと受付の棚に掛けられている。伝達石の一つが光輝いた。
『伝令! 西国の紋章を付けた馬車隊が、何者かの襲撃を受けている模様! 西区の国境沿い付近! 至急応援求む!』
「何だと?」
伝達石から響いた報告に、ギルド中がざわついた。
「落ち着け」とフィリスが皆を静めながら、エルナが差し出した剣を受け取る。
「私が先に向かい、対処する。他の者も準備ができ次第、西区の方へ合流してくれ」
「「「「は!」」」」
フィリスの号令で、皆が返事をした後、戦闘準備に取り掛かった。
慌ただしく動く人の中、フィリスが「行ってまいります」とモルヴェントに声をかけて、現場に向かおうとするが、
「待て」
「師匠?」
「お前の能力をフルに使って、到着まで10分かかるだろう。少し待て。2分で送り届ける」
そう言い残して、モルヴェントがギルドの自室に駆け出し、すぐさまフィリスたちの下に戻ってくる。
モルヴェントが持ってきたのは、不思議な紋様が描かれた弓と、羅針盤のような紋様が描かれた、ドラゴンの皮を使って作られた皮紙だ。
「……?! もしかして、『転移』の転写紋ですか?!」
「そうだ」
エルナの言葉に、辺りで準備を進めていたハンターたちが、不意に足を止めた。
そして、皆の視線を一身に受けながら、モルヴェントは皮紙に挟んでいた彫刻刀のような器具を使って、羅針盤の模様の中に、文字のようなものを刻み始めるのだった。




