ドラゴンの売却
ドラゴンを討伐してから、一月ほど経った頃だ。
ルーネス領の領主邸兼ハンターギルドである屋敷の前に、王宮からやってきた兵士たちが、展示されたドラゴンの素材を前に、小さな人だかりを作っていた。
その人だかりの中心で、目を細めてじっくりと素材を吟味してから、エルナに値引き交渉をし始める女戦士の姿があった。
「ドラゴンの皮15㎡と、ドラゴンの血を大瓶10個で1億7000万G! これならどうだい、受付の嬢ちゃん?」
「申し訳ございませんが、7500万G以上はどうしても……」
「じゃあさじゃあさ! 鱗も買うよ! 鱗200枚もつけて2億G! 確かにドラゴンの素材は値が張るけどさあ、そんな素材をまとめて購入できるのはあたしらぐらいなもんだぜ? 血や肉なんかはさ、鮮度が落ちない内に、売れる相手に売っちゃうのが賢明じゃない?」
「鱗もつけるのなら、2億1000万G。ギルドには氷室もあるので、素材の管理には困りません。これ以上値切るつもりなら、このお話は無かったことにさせて頂きます」
「あー! ごめんごめん! それはまずいんだ! 2億1000万! それで手を打とう! それならいいだろ?」
「その金額なら大丈夫です」
「ありがとよ~。商売上手いね嬢ちゃん。今後ともご贔屓にしてくれよな~」
手でごまをすりながら、値引き交渉をしていたのはヴィヴィアナだ。王国最強の戦士が、猫なで声で値引きを続ける姿に、付き添いの兵士たちやギルド員たちも困った様子だった。
プライドを捨てた、というよりはプライドそのものが存在しない様子だった。
ヴィヴィアナの側に控えていた兵士が、大量の札束が入ったケースをエルナに渡す。
紙幣の枚数に過不足がないか確かめてから、エルナがドラゴンの素材が積まれた荷車を渡した。
エルナの手に渡った大量の紙幣を眺めていた兵士が、不満げに呟いた。
「なんだよあいつら、足元見やがって。こんな辺境の地に、わざわざ素材を買いに出向いてやったってのに――いったあ?!」
「おいこら、失礼なこと言ってんじゃねえよ。むしろ貴重な素材を購入する機会を与えてくれたことに、感謝する立場だろうが、違うか?」
不満を漏らした兵士に、ヴィヴィアナがすかさず拳骨を入れてから、周囲の兵士たちに念を押すようにガンをとばした。
若干凹んだ兵士の鉄兜を見て、周囲の兵士たちが、体を震わせながら頷いた。
黙々と荷馬車から、王国が所有する、氷室機能を搭載した馬車、ドラゴンの素材を移している兵士たちを睨んでから、エルナの傍らで商談の様子を見ていたフィリスに、ヴィヴィアナが寄る。
「すまんね。馬鹿共の躾がなってなくて」
「いえ。あなたでなければもっとこじれていますから。いつも感謝しております」
困ったように笑うヴィヴィアナに、フィリスも苦労を察したような笑みで返した。
基本的にモンスターの素材が手に入った場合は、王宮側が買い取りに向かうのが基本だが、ルーネス領とは関係性が悪いため、ヴィヴィアナ以前の担当者の時は、素材を売るために、わざわざ王宮まで出向いていた。
それを良く思わなかったヴィヴィアナが、前任者を締める形で、担当権を奪取。以降、彼女が中立に立ち、円滑な取引を行えるようになっている。
「なあ、西国相手にも、ドラゴンの素材を売るの?」
「え、えーと、それは……」
「この領地の成り立ちを考えれば、西国にも話を通すのが筋だろ。大丈夫。僻んでるわけじゃないよ。ただ、採れた素材の量が気になっただけ」
「というと?」
「いや、このレベルの素材を、西国への出荷分や、ギルドの取り分も、ってなったときにさ。ほとんどドラゴンを傷つけずに仕留めたってことになるじゃん。ドラゴンを殺すのはあたしにもできるけど、ここまでの質の良い状態で殺すのは無理だね。……このドラゴンさ、本当におたくらが仕留めたの?」
何かを確かめるような視線に、フィリスの胸が小さく跳ねた。
ドラゴンの素材を買い取りに、王宮から使いが来るとなったとき、モルヴェントから「ドラゴンはギルドが仕留めたことにしろ」と言われている。
フィリスは小さく息を吸い込み、ヴィヴィアナに向きなおって、
「ハイ! コノドラゴンハワタシガシトメマシタ!」
と見事な棒読みを披露した。
「……」
「ワタシガ! ズバット! クビヲハネテ!」
「……ああそう。疑って悪かったな」
あまりの大根演技に固まった後、何かを察したヴィヴィアナが、穏やかな笑みを浮かべて喉を鳴らす。
ちょうど素材を積み終わり、出発の準備が整ったので、ヴィヴィアナが皆を整列させ、前に立って敬礼をした。
「この度は貴重な素材のお取引、ありがとうございました! 今後ともよろしくお願いいたします!」
続いて、兵士たちが敬礼し、「さー帰ろうぜ~」と兵士の尻を蹴りながら、ヴィヴィアナと兵士たちはギルドを後にした。
そして、その姿を見送った後、フィリスが得意げに笑みを浮かべて、エルナに向かい直る。
「どうだ? ばっちし誤魔化せてただろ?」
「……多分、あの人にはバレてましたよ」
「何で?!」
裏表がない人格は誇らしいものだが、領主として立場がある以上、ある程度嘘は上手くなってもらいたいものだ。
愕然とショックを受けるフィリスに呆れた視線を送りながら、エルナは大量の金を手に、ギルドの中へと戻っていった。




