【幕間】面接①-② 不採用の理由
「お前の潜在能力は分かった。後は、その年で兵役を志願した理由を聞かせてくれ」
面接の要、といわれる、『紋』についての説明で、確かな手ごたえを感じたフィリスは、気持ちを切り替え、志望動機を説明した。
「故郷の皆の為、稼ぎに来ました。王宮で戦士として功績を上げ、故郷の皆が飢えに悩むことなく、安心して暮らせるようにしたいです」
今の自分の本心かつ、皆の前で胸を張れるような立派な動機だ。
だが、そんなフィリスの胸中とは反し、モルヴェントの反応は鈍い。
何か変なことを言っただろうか。
内心で冷や汗をかくフィリスに、モルヴェントが告げる。
「今から尋ねることには、ありのままの気持ちで答えてくれ」
嘘をついたわけではないのだが。
一瞬言いかけたが、それは向こうも分かっていることを何となく察したフィリスが、確かめるように頷いた。
フィリスの視線に、鉄仮面の奥から視線を返したモルヴェントが、改まった様子で続ける。
「今王宮は、非常に不安定な状態だ。魔王討伐から5年。地方の復旧も満足に進んでいないのに、肝心の権力者どもは、権力争いに躍起になっている」
主要な経済都市や、産業地区以外は後回しにされているというのは、自分の故郷で嫌というほど実感している。
モルヴェントの言葉に、フィリスが頷く。
「王宮で権力を持つのはどのような者かは知っているか?」
「……強い『紋』を持つ血筋の方々だとは聞いています」
「そうだ。貴重なモンスターや魔物の素材は、討伐者に取引の優先権がある。人間を窮地に追いやるのもモンスターや魔物だが、文明を発展させてきたのはそいつらの素材だ。軍事と経済の両方の面で、強い『紋』を持つ家系が優遇されるのはある意味当然だ」
フィリスが何となく知っていたことを、モルヴェントが一からさらうように、丁寧に言葉を紡ぎ始めた。
「その『紋』は、大抵の場合は遺伝する。強い紋を持つ家系は、政治の場にも引っ張りだこだ。……だが、最近はそれが行き過ぎる傾向がある」
「……?」
話の要領を掴めなくなったフィリスが、難しい顔をすると、モルヴェントが一拍置いてから続けた。
「お前の固有紋は狙われる。あらゆる貴族たちから縁談を持ち掛けられ、王宮に入り次第、すぐに子種を作るように、各家系から言い寄られるだろう」
「……は?!」
「それで済めばましかもしれん。最悪、権力争いに巻き込まれ、子を産む前に殺される事例もあった」
淡々と非情な現実を突きつけるモルヴェント。
そんな男に、「待ってください!」と10歳のフィリスが声を震わせて立ち上がった。
「わ、私は! 故郷を助けるために出稼ぎに来たんです! そんな政治に付き合う気持ちは更々ありません!」
「お前のように、地方から出稼ぎにきた、強い『紋』を持つ者は他にもいたそうだ。その者たちはほとんどが、故郷や家族を盾に養子になることを強制され、悲惨な末路を辿ったそうだ。成長し力をつければ、そのような輩からも身を守れるかもしれんが、現状お前にその力は無い。だから、一つ確認させてくれ」
言葉を失って、瞳孔を開きながら立ち尽くすフィリスに、モルヴェントが尋ねる。
「お前にとって、王宮で稼ぐことは目的か? 手段か?」
少し考えて、言葉を言いかけて、慌ててそれを飲み込んだ。
その様子を見たモルヴェントが、「俺とお前だけの話に留める」と付け加えると、フィリスが恐る恐る答える。
「……手段、です」
今の話を聞いての、この回答では王宮への不敬に当たるのではないか。
そんなフィリスの回答に、「そうだな」とモルヴェントが、相変わらず抑揚の無い返事をした。
「今王宮に勤めれば、故郷を救う望みは叶えられるかもしれないが、お前の人生は王宮の食い物にされる」
「……はい」
「すぐに故郷を救いたいなら、そういう道もある。その覚悟があるなら、この書類にサインをしてくれ」
モルヴェントがペンと、労務規約を記した書類を、そっと前に差し出した。
フィリスはゆっくりと、モルヴェントの座る机の前に行き、ペンを手に取り、ペン先をインクに浸す。
そして、自分の名前を記そうとしたとき、ボロボロと溢れる涙が、署名欄を濡らしてしまった。
「泣くってことは……覚悟がないって、ことですか……?」
「幸せになれる証だ。試すような真似をして悪かった」
嗚咽を漏らすフィリスの手から、優しくペンを抜き取った。
泣きじゃくるフィリスに、そっとハンカチを差し出した。しばらくの間、面接室にはフィリスの嗚咽が響いていた。
ひとしきり泣かせた後、モルヴェントがフィリスを改めて椅子に座らせ、ある提案をする。
「お前は研鑽を積めば、やがて優秀な戦士になるだろう。それこそ、王宮などという狭き器に収まる必要が無いほどの、優秀な戦士にだ」
「……?」
「モンスターを狩る才がある。ならば今は焦らず力を溜め、優秀なフリーのハンターとして大成し、その稼ぎで故郷を助けてやればいい」
「……それができれば、一番良いでしょうけど、王宮以外には『紋』の使い方を学ぶ場所も無いです。それに、私が大成するまでの期間、故郷がもつ保証もないのでは」
「紋の使い方は、俺が月に一度、ルーネス領に出向いて教えてやる。大成するまでは、故郷の者が飢えで苦しまないよう、支援を約束する」
「なんで、そこまでしてくれるんですか……?」
フィリスの疑問に、モルヴェントが少し悩む素振りを見せて、観念したようにひと息吐いてから答えた。
「今王宮は、紋を持つ者をあらゆる手段で囲おうと躍起になっている。俺はそんな現状に辟易している。王宮以外で、才能が芽吹く場を作りたい。お前がその足掛かりの一つになってくれれば助かる。……やってくれるか?」
少しだけ感傷的な声が、鉄仮面の奥から漏れてきた。
この男の胸中を、フィリスはまだ完全に理解したわけではない。それでも、自分の将来を大切に考え、選択肢を残してくれたことに、温かな気持ちを覚えていた。
自分を犠牲にした即効性のある救済か、未来への投資か。
少しだけ考えた後、フィリスは覚悟を決めるように深く息を吸い込んだ。
そして、
「はい!」
「そうか。では、俺も責任をもって、お前が立派な戦士になるまで、面倒を見ることにしよう」
芯の通った、意志に満ちた声が面接室に響いた。
決意に満ちた目で、まっすぐとモルヴェントを見つめるフィリス。
ほんの少しだけ、穏やかな息を漏らした後、モルヴェントは立ち上がり、フィリスの前に出て、改まった様子で告げた。
「――そういうわけで、俺はお前のことを不採用にしようと思う」
♢ ♢ ♢
その後、月に一度モルヴェントがルーネス領を訪れ、フィリスに剣や、紋の使い方を教える日々が続いた。
見ていない間も鍛錬を欠かさず、モルヴェントから学んだことを愚直に吸収し続けるフィリスは、5年が経った頃、一人でSランクモンスターを討伐できるほどの戦士になった。
そしてモルヴェントが、領主のいなくなったルーネス領を買い戻すために必要な準備と、魔王の起こした厄災で汚染された土地を、浄化するための手筈を整えてから、フィリスの下を後にした。
「俺が見なくてももう大丈夫だろう。これ以上関われば、俺はお前の邪魔になる。後は上手くやれよ」
あくまでモルヴェントは王宮の人間。ほとんど王宮から独立する形で、土地を買い戻そうとするフィリスと今、これ以上関わることはできなくなった。
じゃあな。と素っ気なく立ち去る背中に、15歳のフィリスが、涙声で叫んだ。
「この御恩! 絶対に忘れません! 全部落ち着いたときに、必ずお礼に伺いますから‼」
そんな日々を思い出しながら、フィリスは自室のベッドの中で、モルヴェントの顔を思い浮かべていた。
「師匠……私、ちゃーんと領主、やれていますよ……」
ふかふかの布団をかぶり直し、緩んだ独り言を漏らしながら、眠りにつく。
あの面接から15年の月日が経ち、『剣聖』として名を馳せたフィリスは、少女のような笑みをこぼして、すやすやと子どものように眠りにつくのだった。
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次章からまた別な不採用者との物語が始まりますので、読んで頂けると嬉しいです!




