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2-4

『熊猫飯店』で賑やかな一次会を終えた後も、パンクロウラーズとホークアイ第10課の面々は、そのままノリでスカーレットが営むスナック、『ローズ』へと場所を移していた 。店内は深紅のベルベットのソファと、控えめなシャンデリアの光が、秘密めいた大人の雰囲気を醸し出している。

 

 カウンターの向こう側で、店のママであるスカーレットが、グラスのウイスキーを口にしながら微笑む。

 

「うちで二次会を楽しんでくれてありがとね 。おかげでとても楽しかったわ」

 

 彼女の横に居るレトリーはゴールデンタマ子とハチに手作りのペット用ケーキをあげており、2匹は並んでそれらを平らげるとお互いの顔やお尻をくんくん嗅いで親交を深めていた。

 

「レトリーもユニ様とより仲を深められてとても嬉しいです 」

 

「あっ、ありがとうございます 。これからもよろしくお願いしますレトリーさん」

 

 レトリーはユニにサービスのメロンソーダフロートを差し出した 。鮮やかな緑と、上に乗った白いクリームが、少女の純粋さを象徴しているかのようだ。

 

「みんなに歓迎してもらってよかったね~ 」

 

 隣に座るニコの言葉にユニも深く頷く。

 

「本当にそうですね 。感謝してもしきれません」

 

「――ところで知ってるか? オルトコロニーの2大クランに大きな動きがあるって話 」

 

 和やかな雰囲気が続く中、ヴァンがカウンターに肘をつき、ひそやかに口を開いた。その声には、いつもの軽薄さが消え、真剣な響きが混ざっている。

 

 ルナが、手にしていたコーラフロートをテーブルに置き、わずかに眉をひそめた。

 

「……オルトの?」

 

 隣で静かにアイスティーを傾けていたシオンが、二人の会話を引き継ぐ。

 

「あくまで噂だけどね 。ヴァルチャーといいAXZ機関といい色んなとこが活発になってるのもありそうね 。それにDUSTよDUST。アンタたちも気を付けなさいよ。マルクトでも怪しいディーラーがドラッグを売りつけてくるようになったって報告が増加してるんだから」

 

『――近頃増加しているニューラル症の発生原因にはDUSTと呼ばれる薬物が大きく関わっています。怪しい商人を見かけたらすぐに通報を。ホークアイはあらゆる薬物を絶対に許しません』

 

 ちょうどテレビでもホークアイの啓蒙CMが放送されていた。

 

 ファルコが不意に天井を見上げ、思い出したようにぽつりと呟いた。

 

「そういえばうちのババアも妙にそわそわしてたな 。窓の外を眺めて物思いにふけってたりな 」

 

 彼の隣で焼き鳥を食べていたリクが、顔色一つ変えずに答える。

 

「そうなのか 。気づかなかったな」

 

「意外と細かいところは見てるんですね二等官 」

 

 フローネは、ファルコをからかうような笑みを浮かべた。

 

「うるせぇな 。珍しいから気になっただけだよ」

 

 ビールをジョッキで煽るファルコの一方、ユニは瞳を輝かせて尋ねた。

 

「イーグラさんでしたか 。会ってみたいですね」

 

 ヴァンは即座に首を横に振る。その顔には、心からの恐怖が浮かんでいた。

 

「いややめとけ~? あの人おっかないからな 」

 

 だが、フローネはユニに味方する。

 

「それはヴァン君だからであってユニさんなら優しいですよ 」

 

「まぁアタシもあんまり話したことはないけどかっこいいよね~ 」

 

 ニコの賛同に、山盛りのポテトを食していたリクがファルコを一瞥し、皮肉めいた口調で続けた。

 

「……誰かとは違ってな」

 

「うるせぇなほっとけ 」

 

 シオンは、アルコールで顔が赤くなっているファルコを見て、心配そうに声をかけた。

 

「二等官お酒飲み過ぎですよ?  」

 

 スカーレットも、大人のたしなみとして忠告する。

 

「そうよ 。アンタもいい歳なんだからほどほどにしときなさいな 」

 

 タイミングを見計らったレトリーが、ファルコの前の空になったグラスをそっと持ち上げた。

 

「というわけでこちらはお下げしますね 」

 

「あ、おい待て ! まだ飲み足りねぇぞ !」

 

 そんな和やかな空気の中、ユニは急に顔を青ざめさせ、胸元を押さえた。

 

「うぅ……」

 

「どしたん? 大丈夫?」

 

 ニコはすぐにその異変に気づき、身を乗り出す。

 

「少し気分が悪く――」

 

「うそっ、マジで!?」

 

 ユニの言葉を遮るように、ニコは目を見開き、パニックになった。

 

「……大丈夫?」

 

「横になるかい?」

 

 ルナが心配そうに声をかけ、セレンが席を立ってソファのスペースを空ける。

 

「あら大変!  レトリーあなたマキナの子が具合悪くなった時の対処とかわかる?」  

 

 事態の急変に、スカーレットも焦りの表情を見せながら尋ねる。

 

「見たところユニさんは特殊なマキナのようですのでレトリーをはじめとした一般的なマキナとは対処が異なる可能性がありますマスター」

 

「んもー!  だからマスターはおよしなさいな!  ママとお呼び!」

 

「いや漫才してる場合じゃねぇだろ」

 

 その緊迫感のないやりとりに、ファルコが思わずツッコミを入れた。

 

「フローネは何かわからない? 同じマキナってことで」

 

 シオンは、状況を打開しようと、知識を持つであろうフローネに尋ねる。

 

「そうですね……多分コモンに構造的に非常に近く作られているための食べ過ぎによる一時的な症状だと思うのでしばらく休めば回復すると思います。私もストレスでスイーツとか食べ過ぎた時とかにお腹を壊すことありますよ」

 

 フローネはユニの顔色と症状を観察し、冷静に分析した。

 

「たたた大変だよ!  早く病院に連れて行かないと!」

 

 マキナであるユニが人間と同じような症状で苦しんでいることに、ニコはさらなるパニックに陥る。彼女の中では「食べ過ぎ」という軽症の概念は吹き飛んでいた。

 

「あ、いえお気になさらず。フローネさんのおっしゃる通り多分ただの食べ過ぎ……」

 

 ユニは慌ててニコを制止しようとする。彼女自身、フローネの診断が正しいと理解していた。

 しかし、ニコの耳には何も届かない。彼女はユニを助けるため、猛スピードで思考を巡らせた。

 

「ごめんみんな!  ユニをジャックさんとこに連れて行くから!」

 

 ニコが行動に移そうとするのを見て、ヴァンは呆れたようにツッコむ。

 

「いやお前フローネもユニちゃんもただの食べ過ぎだって言ってるだろ」

 

 ニコはヴァンの声も無視し、店外に向けて大声で叫んだ。

 

「ソニックカモ~ン!」

 

「にゃ~ん!!」

 

 店の外で待機していた愛車、キャンディピンクの猫型AI搭載バイクの『ソニック』が、可愛らしい返事と共にエンジン音を響かせる。

 

 ニコはほとんど引きずるようにして、少し元気がないユニを外に連れ出し、そのまま愛車に跨がらせた。ピンクの車体がけたたましいエンジン音と共に夜の街へと駆け出していく。

 

 店内に残された一同は、嵐が去った後のように呆然としていた。

 

「……まぁ放っておいていいんじゃないか?」

 

 リクは、手元の唐揚げにかぶりつき、ハチとタマ子はそれに同意するように鳴いた。

 

 Ø

 

「――だからただの食べ過ぎだって診断しただろ」

 

 『マルクト』の中心部から少し外れた、裏路地にひっそりと佇む診療所『ブラッククリニック』。夜間の診察を受けているのは、40代に差し掛かる医師、ジャックだ。

 

 寝不足による濃い隈が刻まれた据わった目の右側は義眼で、無精髭、ボサボサの長い髪、所々錆が浮いたサイバネ化された右腕といった陰のある風体は、一見するとサイバーパンクな街の闇医者と間違われかねないが、彼はこの町では数少ないちゃんとした医師免許を持ち、しかもコモンもマキナも診ることができるという、特筆すべき腕を持つ存在だ。

 

 ぶっきらぼうで口は悪いが、「絶対に患者は救う」という骨太なポリシーを持ち、街の住民からは陰で深く慕われている。そんな理由もあって彼の寝不足はさらに深刻になっているわけであり、医者の不養生が進むというわけである。

 

 ジャックは、こめかみを揉みつつ冷たいスチール製のデスクに置いたユニのカルテを、人差し指で苛立たしげにトンと叩いた。 

 

「たはは〜いやぁ何事もなく何よりだよ〜」

 

 ニコは心底安堵した表情で頭を掻いた。彼女の隣に座るユニは顔を赤らめながら、体を縮こませ、申し訳なさそうに謝罪する。

 

「うう、お騒がせしてすみません……」

 

 その隣で、柔和な笑みを浮かべたウサ耳が目を引くマキナのミニスカナース、コットンが、ユニを優しく見つめた。

 

「とはいえ食べ過ぎて体調を崩すなんて、マキナなのにとても人間らしいですね。ある意味で羨ましいです」

 

 コットンはジャックをうっとりとした目で見つめ、ジャックは気まずそうに目を背ける。ふたりの医師と看護師という関係に留まらなさそうな雰囲気にニコはにやりと下卑た笑みを浮かべた。

 

 一方で純粋なユニは首を傾げる。

 

「コットンさんも十分人間らしいと思いますよ?」

 

「いえ、私は食事もできますが、代謝は再現されてませんから。本当に口に入れるだけという感じですね。栄養補給はほぼ外部からの電力供給で賄ってますし。それに赤ちゃんだって産めるんですもの。とても素敵です♪」

 

 コットンはまた少し熱っぽい瞳でジャックを見るが、ジャックは咳払いして気づかないふりをする。

 

 しかしニコはマキナのカラダに興味津々だ。

 

「へぇ〜。マキナにも色々あるんだね〜。トイレに行かなくていいのはアタシにとってはいいと思うけどなー」

 

 ジャックは、二人の和やかな会話を無遠慮に遮った。

 

「駄弁るのも結構だがさっさと診断書に目を通してくれ」

 

 ジャックの顔が再び真剣になる。彼は改めてカルテを指差した。

 

身体(ハード)精神(ソフト)ともにオールグリーンだ。問題はない――しかし、気になる点がいくつかある」

 

「気になる点?」

 

 ニコの表情が引き締まり、ユニも姿勢を正した。

 

「まず、製造番号(シリアル)を確認したが、データベースに該当するものが無かったことだ。おそらくAXZ機関絡みだろう」 

 

 ユニの青い瞳が一瞬揺らぐ。やはり自分の出生には、巨大な陰謀が絡んでいるのだと改めて突きつけられた衝撃があった。

 

「……もう一点は何でしょうか?」

 

 ユニの問いに、ジャックはユニのうなじを顎で示した。

 

「それから、うなじにある黒いデバイスをスキャンさせてもらったが、これの正体がブラックボックスになっていて全くわからない。おそらく外部ストレージの類だが、完全に暗号化されてる」

 

 ニコは好奇心に勝てず、身を乗り出した。

 

「あ、これか」

 

 ツン、と。ニコは悪戯っぽく、ユニのうなじのデバイスを軽く突いた。

 

「ひゃあっ!  くすぐったいですよ〜」

 

 ユニは可愛らしい声を上げて身をよじらせる。

 

「ほほえましいですね〜」

 

 ニコニコなコットンに対してジャックは頭を抱え、再びため息をつく。

 

「ったく……まぁとにかくだ。お嬢さんはあんまり目立つ行動は控えたほうがいい。この前のギャングどもや、裏で蠢く胡散臭いコーポどもに狙われかねないからな」

 

「は、はい……」

 

 ユニが不安そうに頷くと、ニコは立ち上がり、ユニの前に立って胸を張った。

 

「大丈夫だって!  アタシが守るから!」 

 

「お前がボディガードとか心配しかねぇよ」

 

 ジャックはやれやれと肩を竦めてマグカップに入ったコーヒーを飲む。

 

「ひどいよ〜!  ジャックさんサイテー!」

 

 ニコの抗議に、ユニは小さく笑った。

 

「まぁまぁ。私はニコを信頼していますから」

 

「ところでユニさん、こういうのはアレなんですが……」

 

「?」

 

 言い淀むコットンにユニは首を傾げる。 

 

「いえその……ナノスキンだけだと少し心許ないといいますか……露出度的に」

 

 ユニはハッとして、自分の格好を診察室の姿見で確認する。ストラップのないレオタードといったデザインのナノスキンは冷却など機能性を重視した結果露出度が高い。自分の意識の外にあったはずの「恥じらい」が、急激に湧き上がってくる。

 

「うっ………そう言われると急に恥ずかしくなってきました……」

 

 ユニは慌てて自分の体を両腕で隠す。

 

「た、確かに……! コラー! うちのユニのはしたない姿を見るな!」

 

 ニコは、ユニを隠そうと、慌てて両手を広げ、ジャックの視界を遮った。その勢いに、ジャックはたじろぐ。

 

「おいいきなり何すんだやめろ!  俺は医者だぞ!」

 

 Ø

 

 ひとまず30分程度で診察は終わり、ニコとユニは立ち上がって病室を出る。

 

「それではお大事にどうぞ」

 

「ったくぎゃーぎゃーうるせぇったらありゃしねぇ」

 

「色々とお手数をおかけして申し訳ありませんでした……」

 

「ありがとうジャックさん、コットン。バイバーイ!」

 

 ニコは手を振りながらスリッパを脱いでスニーカーに履き替える。

 するとジャックが最後声を掛けてきた。

 

「おいニコ。最近うちに来るニューラル症の患者が増えてる。お前たちならヤクなんぞに手を出さないとは思うが気をつけろよ」

 

「心配してくれてありがと。やっぱりジャックさん優しくて大好き」

 

「お前な……」

 

 屈託のない笑顔のニコにジャックは少し毒気を抜かれてしまい、胸ポケットからタバコを一本取り出して咥えようとした。

 

「タバコは控えてくださいね先生♪」 

 

 しかしコットンにひょいとライターを取り上げられ、ジャックはため息をつきながらボリボリと頭を掻いた。

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