2-2
「じゃあそろそろ行こうか。ごはん食べようごはん!」
ユニの取り調べが終わり、解放されたことでニコは軽快な足取りで出入り口へ向かおうとする。しかしその細い手首をシオンが突然掴み、流れるように手錠をかけた。
「あれー? なにこの手錠!?」
「待ちなさいニコ」
シオンの瞳が鋭く光る。
「『ヴァルチャーヴォーテックス』との交戦の件とか謎の依頼人について色々聴きたいんだけど?」
「ちょっと待ってよシオン! アタシは無関係! ユニは偶然保護しただけで『ヴァルチャーヴォーテックス』とか依頼人とか……なっ、何のこと~?」
「しらばっくれない。アンタのピンクのバイクが追われてるところはばっちり確認してるわよ。通報回線も特定済み」
フローネがにこにこしながら横から補足する。
「お仕事なのでご協力をお願いします♪ ユニさんと出会ったという倉庫の周辺で大量のDUSTが発見されたので色々と調べないといけないんです」
ニコは目でセレンやルナに必死に助けを求めるが、
「……じゃあ先行ってるから」
「私たちは本当に無関係だからなー」
「ニコ……」
仲間たちはさっさと踵を返し、どんどんその背中が小さくなっていく。
「あーん! こんなのってないよ~!」
ニコの悲鳴が署内に響き渡った。
Ø
2時間後。
交番の正面玄関を、重い足取りで出てきたニコは、夕陽に目を細めた。空はもうすっかり茜色で『セフィロト』の輪郭が夕陽をバックに黒く際立っている。
「もうこんな時間かぁ……せっかくの休みだったのにシオンめぇ……」
「お疲れさまでした、ニコ」
ふと声がして顔を上げると、街灯の下に銀髪を靡かせるユニが立っていた。
「ユニ~~!!」
ニコは勢いよく飛びついて抱きつく。ユニは少しよろけながらも、優しく両腕で包み返した。
「心配で迎えに来ました。ルナとセレンも居ますよ」
スロープに腰掛けていたルナが立ち上がり、壁にもたれていたセレンがゆっくり歩み寄る。
「……ニコ、遅い。早く帰るよ」
「お疲れ様。ツイてなかったね」
「ルナ! セレン!」
更に「にゃーん」と鳴きながら曲がり角から現れたのは愛車『ソニック』だ。彼も主人の帰りを待ちわびていたようでフロントのLEDパネルの顔も喜びを表している。
「しかも『ソニック』まで! ありがと~!! アタシのファミリー~~!」
涙と鼻水をぐしゃぐしゃにしたニコが次々と抱きつこうとするが、「うわ鼻水垂れてるじゃん汚っ」「おっと危ない」などと言われてひょいと躱された。代わりに『ソニック』がアームでティッシュを取り出し、丁寧にニコの顔を拭いてやる。
「なによも〜抱かせろよ〜!」
「それ別の意味に聞こえますよ?」
ユニが小さく笑った瞬間。
ルナの表情が一変した。
「……っていうか今はそれどころじゃない」
空気が歪む。
一帯にブロックノイズとグリッチが走り、街灯の光が不自然にちらつく。
「ほら、構えて」
セレンが背中のライフルに手を伸ばす。
次の瞬間、車道に生じたノイズとグリッチの中から十二の影が実体化した。
黒水晶のようなボディ。無貌の顔に浮かぶ光るオーブ。頭部から伸びる二本の角、虹色のヘイロー、そして青白いNEØNの炎が翼のように広がる。
天使か、悪魔か。
「これは――」
「『NO-ID』だよ。この世界で未だ解明されていないオカルトのひとつ。デジタル・ゴースト」
ニコはユニを背に庇い、『ソニック』から『ネコマタ』を受け取って構える。
直後、付近のスピーカーからたたましいアラームが鳴り響いた。
「ひぃぃっ! NO-ID!?」
明らかにホークアイ関係者ではない若い女性を連れて駐在所の横に停めた愛車に向かおうとしたゴードンが、目の前に現れたNO-IDを見て腰を抜かしそうになり、女性を無視して慌ててニコたちの背後に隠れた。女性は侮蔑の眼差しでゴードンに中指を立てつつ懐から取り出した二丁拳銃を乱射してNO-IDを牽制し、その場を無事に離れる。どうやらNEXASだったらしくニコたちは自衛はできそうだと判断してそのまま見送った。一方でゴードンは情けなくもニコたちに助けを乞う。
「おい君たち! 何をしているのだね! さっさとヤツらを片付け給え! 私を守るのだ!」
「やだ」
「何ぃっ!?」
ニコは素っ気なく首を振る。
「アタシたちは誇り高いCROWSだよ。プロとして仕事を安請け合いはしない。どうしてもって言うなら――」
「……ちゃんと依頼をして。ちなみにこれ見積」
片手間にルナが突き付けたホログラムディスプレイに表示された『緊急出動見積額 300万クレド』という金額にゴードンは顔を引きつらせる。
「高っ……!? 認められるものかこんなもの!」
「めんどくさ……」
ニコはいっそ唾でも吐き捨ててやりたい気分だった。
「良いから言うことを聞け! さもなければ逮捕して――」
ゴードンがニコに掴みかかろうとした直後だった。
「ぐおっ!?」
横合いからルナの操るビット『ファミリア』が高速でゴードンのたるんだ尻に激突し、彼は植え込みにダイブした。
直後、NO-IDの鉤爪が空を切り、辛うじて残っていた髪の毛数本が舞い落ちる。
「……邪魔だからさっさと消えて」
「このオルトめが……!」
ルナの冷たい視線にゴードンは顔を真っ赤にする。
「おっとあぶなーい」
「ひでぶっ!?」
しかし今度は『ネコマタ』をスイングするニコの腕の肘がゴードンの頬にぶち込まれ、彼は再び植え込みに突っ込んだ。
「おっちゃんそんなとこでボサボサしてたらマジで死ぬよ?」
「この……! ええいっ!」
言い争っても無駄だとやっと理解したゴードンは這うようにして駐車場へ駆け出そうとする。目指すは一括で購入した黒塗りの高級セダン『ラ・レーヌ・ノワール』だ。
しかし突然彼の車は勝手にエンジンが掛かり、ゴードン目掛けて加速していく。
「んなぁぁぁあああああ!?」
恐怖で身動きが取れないゴードンの元に黒いセダンは真っすぐ突っ込んでくる。
しかしセレンのライフルが正確にエンジンブロックを撃ち抜いた。次の瞬間、盛大な爆発が発生し、オレンジの火柱が夕空に立ち上った。
「私の高貴なる『黒の女王』がぁあぁああああ!!!」
ゴードンは爆風で転がりながら変わり果てた愛車を見て絶叫した。一方でセレンは淡々と告げる。
「NO-IDにハッキングされていたので無力化しました。被害が出なくて良かったです。ちなみにご存じでしょうがNO-IDとの戦闘による物的被害はクラウド法で免責ですので。それに保険に入っていれば大半は補償されますが……まさか未加入じゃないですよね? 『ホークアイ』の二等官が?」
「〜〜っ! 貴様らは必ず逮捕してや――」
泥と葉っぱと煤まみれの顔になったゴードンが立ち上がろうとした瞬間。
猛スピードで駆けつけたヴァンが、まるでラグビーのタックルのようにゴードンの胴体に激突した。中年男は悲鳴すら上げられず、弧を描いて三度目の植え込みダイブ。枝がばきばきと折れる音が響いた。
「ハイハイ通りますーっと。ん? なんかぶつかったか?」
ヴァンはライオンの耳をぴくぴくさせながら首を傾げる。
足元で白目を剥いたゴードンが「うう……」と呻いているのに全く気づいていない。ちなみにゴードンは分厚い脂肪によってここまで一切怪我はしていなかったが、衝撃は別のようで、彼はしばらく動けそうになかった。
「お、フローネ! ヴァン! シオン! いいとこに」
ニコが10課のメンツに手を振る。
「すみません、駐在所内のNO-IDの一掃で少し時間がかかってしまいました」
ハチを抱きかかえたフローネが優雅にぺこりとお辞儀する。
「それじゃあハチ君、安全なところへ」
「わんっ!」
ハチは元気に返事をし、フローネの腕から飛び出し、地面に着地するとNO-IDの居ない駐在所の裏手の茂みにダッシュする。ハチのすぐ付近にはファルコの操作するラプターズ1機もついており、ある程度身の安全は保証されている。
「あとで3人にはちゃんと正式な依頼として報酬も支払うから手伝ってもらってもいいかしら?」
「オッケーオッケー。任せといて!」
ニコが親指を立てる。
「……まぁボーナス多めなら」
「かつての後輩の頼みならサービスでもいいんだけど折角ならお言葉に甘えようかな」
『ファミリア』を腕に装着してガントレットにするルナとライフル『メテオストーム』を担ぎなおすセレンもやる気は十分のようだ。
「じゃあユニはソニックに乗って先に逃げて。ソニック、『ローズ』までユニをお願いね」
「にゃーん!」
ピンクのバイクがフロントパネルでウィンクし、サスペンションを跳ねさせてユニを迎える。
「そんな私だけ……大丈夫ですか?」
銀髪を風に揺らすユニが不安そうに振り返る。
ニコはいつもの悪戯っぽい笑顔で、親指を自分に向けた。
「安心してよ。アタシたち強いから」
その笑顔に、ユニも小さく息を吐いて頷く。
「……わかりました。どうかお気をつけて」
ユニが跨ると、『ソニック』は静かに加速し、赤いテールランプが夕闇に溶けていく。やがて遠くで「にゃーん」という可愛らしいクラクションが一度だけ鳴り、完全に消えた。
ニコはゆっくりと振り返る。
残ったのは、十二体のNO-ID。
青白いNEØNの炎が、まるで蝋燭のようにゆらめいている。
「さてと」
ニコが『ネコマタ』を構え直す。
ガトリングシリンダーが高速回転し、チェーンソーのエンジンが獣のように唸りを上げた。
「アタシたちの本気、見せてやんよ!」
「カッコつけてる場合か!」
シオンが叫びながら跳躍し、双銃『トライデント』に備え付けられたブレードで、ニコを狙ったNO-IDの右腕を根元から薙ぎ払うと、断面から青い光が噴き出し、腕は宙で塵化して消える。
「俺たち第10課の庭で暴れられてるんだ。|PUNKCROWLERSには負けられねぇな――おいオッサン!」
「ヘイヘイ……ったく上司を顎で使いやがって」
ヴァンの呼びかけに応じ、タバコをくわえたファルコが、煙を吐きながらゆっくり歩いてくる。
「真面目にやってくださりませんと"グランマ"にご報告いたしますよ?」
フローネの微笑みに、ファルコの顔が引きつる。
「おいマジでやめろあのババアおっかねぇんだぞ」
だがその瞳は、獲物を仕留める前の鷹のように鋭い。
彼の部下であるシオン、フローネ、ヴァンもファルコの実力については重々承知しており、信頼はしている。
そしてファルコが腰のリボルバー式マグナム『ブラック・タロン』を抜こうとした瞬間だった。いきなりポケットのデバイスが不気味な梵鐘の音とともに鳴り出す。
『南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……』
全員が凍りついた。
「あー……この着信音は……」
ファルコは心底嫌そうな顔でデバイスを手に取り、通話を受ける。
『――アタシだよ』
「……ひぃっ!」
『なんだいそんなに怯えて? 人をまるで妖怪みたいに――ああそういえばなんだっけ? "ババア"って聞こえたんだが? この歳になると耳が遠くてねぇ?』
「ご冗談を"ハンドラー"。それで何か?」
ファルコは周囲を素早く見回し、どこかに『鷲の女帝』がいないか確認しながら続ける。
『あの猫娘と一緒に居るユニってマキナの子は注意して見張りな。ヴァルチャーといいコーポ連中といいあの子の周りで陰謀が渦巻いてる』
「ご心配なく。元から目は付けてますよ」
『まぁアンタは普段クソの役にも立たないが肝心な時だけは有能だからね――まぁ言いたいことはそれだけさ。それじゃあね』
「失礼します……ったくビビらせやがって――っと」
通話を切った直後、ファルコの横合いからNO-IDが一気に距離を詰めた。しかしNO-IDの振るった腕が届くより先にファルコのコートの内側から4機のハヤブサ型ビット『ラプターズ』が音もなく射出され、青い軌跡を描きながらNO-IDの胴体を貫き、翼を瞬時に粉砕した。最後に驚くべき速さでファルコはホルスターから『ブラック・タロン』を引き抜き、正確にNO-IDの無貌の中心部に風穴を開けた。
「ビットの使い方相変わらず上手いわね」
シオンが感心しながらも、次々と襲い来る敵を双銃で迎撃。
ロングレンジでは精密射撃、接近されればブレードで薙ぎ払う。流れるような動きはまるで水流のようだ。
「ほんと、こういう時だけカッコイイとこ見せるのはズルいよな」
ヴァンがガントレット『レオスファング』を鳴らし、突進してきたNO-IDを真正面から殴り飛ばす。黒水晶の胴体がひび割れ、地面に叩きつけられてもなお立ち上がろうとするそれを、さらにもう一発、顔面にぶち込む。それはさながら荒れ狂う暴風のようだ。
「強者ゆえの余裕ですかねぇ」
フローネは槍『ヴァイス・リーリエ』を優雅に回転させ、まるでバレエのように舞いながら敵を貫き、薙ぎ、裂いていく。光の軌跡が残り、NO-IDが次々と花びらのように散っていく。
「うわー! ボサボサしてると第10課にNO-ID全部倒されちゃうよ! こっちも仕事しないと!」
「いやこれ競争じゃないからね?」
焦るニコにセレンはセレンが呆れながらも、狙撃銃『メテオストーム』を構え、遠くのNO-IDの首を正確に吹き飛ばす。荷電粒子を圧縮して詰め込んだ特殊弾頭によって生じたプラズマの爆発により周辺のNO-IDも巻き込む。
「……さっさと帰ってゲームしたい」
ルナは欠伸をしながら、腕の『ファミリア』をアッパーで振り上げ、襲来したNO-IDを天高く打ち上げると、即座にビット形態に変形、内部のNEØN砲を展開し、落下中の敵を光の柱で焼き尽くす。
「私も負けてられるかーっ!」
ニコは『ネコマタ』のガトリング砲を乱射しながら一直線に突っ込む。弾幕で一体的をハチの巣にし、そのまま消滅しかけた胴体を踏み台に跳躍。
続けて背後に潜んでいた二体目の斬撃を紙一重でかわし、チェーンソーを逆手に持ち直して袈裟斬りすると黒水晶が真っ二つに裂け、青い炎が爆ぜた。
夜空に、硝煙とNEØNの残光が舞い上がる。
12体のNO-IDは、わずか数十秒で残り4体。
「このままフィニッシュだよ!」
ニコが舌なめずりしながら3体目に向かって斬りかかるが、NO-IDにひょいと躱される。
「あ!? 逃げるなこのっ!」
しかしニコのガトリング砲の弾幕もNO-IDは回避し、他の3体の元に向かう。
遂に4体のNO-IDが駐在所正面に集まるとグリッチじみた巨大なブロックノイズがチカチカと点滅しながら生じ、周辺の街灯やエンジンがかかっていない筈のパトカーのヘッドライト、駐在所の照明が明滅する。
嫌な予感を覚えた|PUNKCROWLERS、10課の面々は一か所に固まったNO-IDたちに攻撃を仕掛けるが、それらは強力なNEØNの防御シールドで防がれる。
次の瞬間、NEØNの青い炎が渦を巻き、火柱となって天を焦がした。
轟音と共に現れたのは、全長16メートルを超す"鬼"。
青い炎が燃え盛る黒水晶のボディに無数のオーブが蠢き、背中には虹色の光背が浮かび、四本の腕が新たに生えていた。
顔は無貌のまま、ただ巨大な裂け目が口のように開いており、NEØNの青い炎を吐き出している。
「合体したー!?」
ニコが目を真ん丸に見開きながら叫ぶ。
「厄介なことになったわね。リーダーは真っ先に潰したつもりだったんだけどNEØN出力を誤魔化してスケープゴートを用意するなんて狡猾だわ」
シオンは内心で舌打ちする。
「建物に攻撃しようとしています! 謹慎中のリク君が中で快眠してるのに!」
「アイツ謹慎中なのに何この非常事態でも寝てんの!?」
「っていうかさっき起きて交番内のNO-IDの大半片付けたよな。二度寝かよ」
鬼はゆっくりと交番に向き直り、太い腕を振り上げた。その一撃が落ちれば建物ごと潰され、莫大な量の不良NEØNが中に居るリクを喰らい尽くす。
「……あの大きさだと『ファミリア』じゃ大したダメージにはならない」
ルナは『ファミリア』のNEØN砲を連射するが、NO-IDの水晶のごとき肌には傷ひとつつかない。
「とにかく攻撃しまくって注意を引きつけるぞ!」
ヴァンも高速で署の壁を駆け上がり、飛翔。『レオスファング』の一撃を"鬼"の顔面に全力で叩き込む。確かに効果はあり、"鬼"はわずかにふらつくが、有効打にはならず、即座に体勢を立て直して空中のヴァン目掛けて大木の幹ほどある腕を薙ぎ払った。しかしヴァンは咄嗟に身を捻り、腕を回避した。
続けてフローネが"鬼"の足を駆け上がり、一気に首元まで到達すると『ヴァイス・リーリエ』で斬りつけるが、槍の穂先は首を浅く斬るに留まる。
更に連撃を繰り出そうとしたフローネだが鬼の迎撃で断念して一旦距離を取る。
「やっぱり有効打にはならないか」
セレンも膝や肩、頭部などに攻撃範囲を重視した拡散弾をフルオート連射するが表面に多少傷が付く程度で大きなダメージは見られない。
「こんにゃろー!」
ニコも『ネコマタ』のガトリング砲で弾幕を張りつつ、疾走。"鬼"がニコを踏み潰そうとするが、彼女は機敏な動きでこれを回避し、隙を突いてチェーンソーで右足首を切断することに成功する。
「やった!?」
「……それフラグ」
ルナの表情は渋い。
"鬼"は右足首を喪失し、背中から倒れかかった。しかし背中の虹色の光背がNEØNの特殊な力場を展開したことで復帰し、即座に足も再生する。
ニコはうへぇ、と肩を落とす。
「埒が明かないわね……!」
仲間たちが攻撃しやすいように『トライデント』で牽制するシオンだが、鬼の背後の翼から稲妻が迸り、無尽蔵に高出力の熱線が迸って交番の壁や木々、街灯や信号機などを焼き切っていく。爆発が連続するが、ニコたちはそれらを目で見て躱し、防ぎきれないものは周囲のNEØNを集めて即席のシールドとし、何とか防いでいく。
「ヤバイヤバイこれはヤバいって!」
パニクるニコだが反射的に無意識で最適解に基づいて機敏に動ける彼女は無傷であった。
「やばいのはニコじゃない?」
「……私もそう思う」
セレンの言葉にルナも同意する。ふたりとも何とかNEØNシールドで凌いだが、ニコは生身で全攻撃を紙一重で躱しており、ひとりで鬼のヘイトを稼いでいるような状況だ。
「このままだとジリ貧だわ……とにかく圧倒的破壊力よ! 大艦巨砲主義だわ!」
「オメェちょっと脳筋になってねぇか?」
シオンはヴァンを睨みつける。
「何かいい考えはありませんかファルコ二等官?」
困ったフローネが上官に尋ねる。
マニュアル操作の『ラプターズ』で援護するファルコは咥えていたタバコを地面に捨て、静かに指を差した。
「居るじゃねぇか。それができるヤツが」
一同は軍警察署の屋上に目をやる。
「あの馬鹿やっと起きたのね……」
シオンの声音には少し安堵が滲んでいた。
そこにはひとりの少年が立っていた。
腰に刀を提げた時代錯誤なサムライ。
「――リク、存分にやれ」
「待ちわびたぞファルコ。刀が振るえなくてウズウズしていたんだ」
『ホークアイ』最強の三等兵。特務10課の最終兵器。
一切サイバネ化していないコモンでありながら刀1本でビルを叩き切ったという逸話を持つ雷神。
鬼が咆哮し、屋上ごとリクを潰すべく右腕を振り下ろす。
膨大な質量の不良NEØNの塊に飲み込まれれば人間は全身を食い荒らされ、脳を焼き尽くされ、NO-IDの仲間入りだ。
しかし彼は一切の恐怖もなく、迷いもない。
彼はただ静かに鞘から愛刀を抜く。刹那、世界が白色で満たされた。
「――迸れ。雷切」
それだけだった。
鬼の巨躯が真っ二つに裂け、崩壊する。
雷鳴のような轟音が遅れて届き、黒水晶の身体がボロボロと崩れ落ち、青白い炎が空に吸い込まれ、虹色の光背とヘイローが粉々に砕け散った。
あの巨躯が本当に存在したのかと疑ってしまうほど、一瞬で跡形もなくNO-IDは消滅した。
「またつまらないものを斬ってしまった……」
リクが静かに納刀する。
直後、彼の足元から亀裂が生じ、その内側から青白い稲妻が炸裂した。
あまりの破壊力によってリクは駐在所の建物をちょうど真ん中で切断してしまっていたのだ。
そして静寂ののち――
「だからアンタはやり過ぎなのよ――っ!!」
シオンの怒声が夜空にこだました。
深い亀裂が刻まれた屋上でリクは肩を竦める。
「悪いが保険適用にしてくれ」




