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2-1

「いらっしゃいませパンクロウラーズの皆様」

 

 スナック『ローズ』のドアを開けると、メイド服に身を包んだレトリーが垂れた犬耳を揺らしながらぺこりと頭を下げて出迎える。

 

「やっほースカーレットさん、レトリー」

 

 ニコは明るく手を振ってカウンターに向かった。

 

「お久しぶりです。ご挨拶に来ました」

 

「……キンタマと触れ合いに来た」

 

 セレンとルナも会釈する。

 

「いらっしゃい。ってあら……見かけない顔ね? とても可愛いお嬢さん」

 

 カウンターのスカーレットは見慣れない人物が居ることに気づき、にっこりと微笑む。

 

「は、はじめまして。ユニと申します。マキナですがよろしくお願いします」

 

「私はスカーレット。この店のママをやっているわ。困ったことがあったらいつでも頼ってね♫」

 

 スカーレットがウインクすると緊張気味だったユニもリラックスして笑みを浮かべた。

 

「はじめましてユニ様。レトリーと申します。同じマキナ同士どうぞよろしくお願いいたします」

 

「レトリーさんよろしくお願いしますっ」

 

 レトリーもユニに向き直り、深々とお辞儀をするとユニもお辞儀を返した。

 

「……ほらキンタマも挨拶」

 

「にゃー」

 

 するとルナが抱っこする三毛猫もかわいらしく鳴き声を上げた。

 

「はじめましてキンタマちゃん。かわいいですね~」

 

 ユニは警戒心の薄い三毛猫の頭を優しく撫でる。

 

「ちょっとあなたたち~キンタマ呼ばわりはおよしなさいな~ゴールデンタマ子って呼んでちょうだい!」

 

 スカーレットがルナのネーミングセンスに鋭くツッコミを入れた。

 

「えっ名前間違ってました……?」 

 

 ユニは自分の認識が間違っていたのかと思い、慌てて顔を赤くした。

 

「ほら見ろルナ。ユニがタマ子を変な名前で覚えてしまうぞ。そもそもメス猫なのになんでキンタマなんだ」

 

「え~キンタマかわいいと思うけどな~ほらブラブラしてるキンタマかわいい!」

 

 セレンはタマ子をキンタマ呼ばわりするルナをたしなめるが、ニコはこの名前を気に入っているようだ。

 

「ニコ様下品な言葉はおやめください。それにタマタマのほうが可愛いです」

 

「いやレトリーのあだ名も大概じゃない~?」

 

 レトリーが真顔で注意するが、ニコもツッコミを返す。

 

「……キンタマのほうがいい」

 

 ルナのこだわりとは裏腹に、当のゴールデンタマ子は、大きな欠伸をして再びルナの腕の中で眠りについた。

 スカーレットは、この賑やかなやり取りを微笑ましく見守りつつ、席から立ち上がる。

 

「まぁいいわ。アンタたちまだ何も食べてないでしょ? 軽く何か作るから待ってなさいな。サービスよサービス」

 

「ありがとスカーレットさん! 大好き~」

 

 こうして「ローズ」で夜は更けていくのであった。

 

 Ø

 

 パンクロウラーズの4人はローズで食事を済ませてそのまま話を弾ませていたらうっかり全員寝落ちしてしまい、そのまま夜を明かしてしまった。謝罪したところ、スカーレットは気にせず笑って許し、「ひとまずホークアイの駐在所に寄ってユニのことを伝えたほうがいい」とアドバイスをもらったので朝イチで話を通しておくことにしたのだった。

 

 マルクトの中心部に存在するホークアイ第10課の駐在所は、一般的なコンビニエンスストアよりちょっと広めの大きさだった。

 2階は職員用の居住スペース兼オフィスで、地下は射撃訓練場や倉庫、取調室、留置所、そして今ニコたちが居る1階は応接室の他に市民が気軽に利用できる軽食や飲み物を購入できる休憩スペースがあり、「秩序は力なり」「街を守ろう」「ホークアイはアットホームな職場です」といった色褪せたポスターが掲げられている。

 ユニを待つ3人はそこで自由に時間を潰していた。

 

「……5コスト支払ってルナティックウルフマンをドライブ――」

 

「させるかぁ! 3コスト支払ってハンドから魔を払う黒猫のトリック効果を発動! ウルフマンの効果は無効!」

 

「……こちらも3コスト支払ってハンドから魔を払う黒猫のトリック効果を発動。ニコの黒猫の効果を無効。それじゃあウルフマンのドライブ時効果でニコの場のヘルキャットと私の場のウルフマンを破壊。ウルフマンが破壊されトラッシュに送られたことでデッキからカテゴリー"月"のユニット、月光の女神アルテミスをコスト踏み倒してドライブ。アルテミスのドライブ時効果でニコの場の全ユニットはターン終了時まで効果無効」

 

 休憩スペースの長テーブルでは、自販機のモーター音をバックにカードをしばき合う乾いた音と、ときおり飛び交う悪態が響いていた。

 

「はぁぁあああああ!? ウルフマンぶっ壊れだって禁止しろこんなもん! っていうか何で自壊すんの? ターンの終了時に自己蘇生するしリクルート効果は毎ターン使えるじゃん! パックの売り上げのためにこんなカード刷ってさぁ!」

 

 ニコがテーブルをバンと叩くと、紙コップに入ったホットココアが波打った。向かいに座るルナは勝ち誇った笑みを浮かべてハンドをシャカパチする。

 

「アンタたち交番内でTCGトレーディングカードゲームしてんじゃないわよ。さっさと片付けなさい!」

 

 シオンに注意された二人は渋々カードをデッキケースに戻し、プレイマットを丸めながら「というわけで私の勝ち」「はぁあああ!? ノーカン! ノーカンだかんね! シングルじゃなくてマッチじゃい!」と小声で言い争う。

 

「っていうかセレン先輩もこいつら注意してください……」

 

「ああごめんごめん。でも新パックが発売したとか何とかでさ。それにこうやって時間潰させないと地下の射撃訓練場で『うおー! これがホークアイの最新兵装かーっ!』とか好き放題するかもしれないし」

 

 セレンが苦笑しながら謝る。彼女は第10課が飼育する軍警察犬の柴犬であるハチと戯れていた。オスで右前脚と左後ろ脚をサイバネ化しているモッド犬であり、彼はセレンの指示するおすわり・お手・おかわり・伏せを完璧にこなし、おやつを貰って千切れんばかりに尻尾を振っている。3年前に駐在所前の道路で自動車に轢かれて瀕死の重傷を負っていたところをセレンによって保護され、治療と献身的なお世話を受けて以降はセレンにべったりで彼女がホークアイを退役して以降もこうして可愛がられている。

 

「それならいっそ留置場にぶち込めるんで私としてはいいんですけどね……全くDUSTの取締で忙しいのに騒がしくて仕事に集中できないったら」

 

 シオンはため息を吐きつつ仰向けになったハチのお腹を撫でる。

 どちらもこのマルクトが拠点ということもあって何かと絡みが多く、パンクロウラーズは腐れ縁のような関係だった。

 

「っていうかシオン! ユニは? そろそろ返して欲しいんだけど〜?」

 

 暇になったニコがハチのもちもちほっぺを引っ張りながらシオンに尋ねる。

 

「ああごめんなさい。 ちょうど取り調べが終わったみたいだから待ってて」

 

 シオンの瞳孔が青く光る。彼女のようなモッド、マキナ、NEXASなどNEØNに適応した人々なら誰でも使える脳内通話だ。

 

「そういえばリクは?」

 

「あの馬鹿は先日やらかした件についての報告書を上で書いて謹慎してますよ」

 

「そっか。ちょっと挨拶しようかなと思ったんだけど」

 

 セレンが肩を竦めると、地下に続く階段から足音が近づいてきた。

 

「よーっす。ユニちゃん連れてきたぜー」

 

 ライオンのような耳を生やした茶髪の少年ヴァンは、片手を軽く上げて現れる。隣には長い薄紫の髪を揺らしたマキナの少女フローネが控えめに微笑みながら続いた。ユニはその二人に挟まれるようにして歩いてくる。長時間の取り調べということでやや疲労の気配があった。

 

「みなさんお待たせしました」

 

 ニコは頭を下げるユニのもとに駆け寄る。

 

「おー、ユニ! ヴァンのやつにひどいことされなかった? フローネは優しかった?」

 

「お前俺を何だと思ってんだよオイ」

 

 もちろんこれはただのジョークで、ヴァンの軽い口調とは裏腹に、ユニへの接し方は丁寧だった。

 

「はい、おふたりとも私にとっても良くしてくださいました」

 

 ユニが微笑むと、フローネも柔らかく目を細めた。

 

「なんだかマキナ同士ということでユニさんには親近感を覚えます。まるで姉妹のような――」

 

 確かに二人のシルエットはどこか似通っている。顔立ちや浮世離れした雰囲気など同じ設計思想の香りがする。

 

「……おっと話が逸れてしまいましたね。それで結果から話しますがホークアイで調査してもなおユニさんの正体についてはわかりませんでした。おそらくAXZ機関絡みかと」

 

 その単語が出た瞬間、空気がわずかに重くなり、ニコとルナ、セレンが同時に顔をしかめる。

 

「あちゃ〜やっぱりか。連中秘密主義だから関わりにくいんだよね」

 

 ユニが小首を傾げる。

 

「AXZ機関とは?」

 

「……ちょうど今ニュースやってるよ」

 

 ルナが休憩室に備え付けられたテレビの画面を指差す。そこでは白装束に身を包んだ集団が、街の大通りで整列し、『AIZ』の復活と新たなる上位種へ進化するために目覚めろといった意味不明な内容を声高に叫んでいる。カメラがズームアップすると、彼らの瞳は虚ろで、額には共通の刻印が浮かんでいた。今まで表立って活動することは少なかった『AXZ機関』がこうして各地で積極的に活動を開始しているということが珍しいということで報道されている。

 

「謎の多い秘密結社だよ。マキナを一から"産み出せる"例外のひとつで、10年前の事故で失われた『AIZ』を裏で修復してこの都市を支配しているとか、メガコーポはもちろんCrowsClowd、ホークアイの上層部とも繋がりがあってどこも逆らえないなんて話も――あくまで噂だけどね」

 

 セレンの声は静かだったが、重みがあった。ユニは小さく息を呑む。

 

「それでは私を狙ったギャングたちは?」

 

「――『屍肉漁りヴァルチャーヴォーテックス』」

 

 ヴァンからその名を聞いた瞬間、ニコの背筋が凍るように強張った。

 

「もっと色々詳しい話を聞きたいなぁ~って」

 

 ニコが無理に明るい声を出したが、ヴァンは静かに首を振った。

 

「悪いが今朝全員消滅したと報告があった。おそらく口封じに消されたんだろうな」

 

「それって……」

 

 ニコがぎゅっと拳を握る。焼け焦げたような、甘ったるい死の匂いが脳裏をよぎった。

 

「ええ。『NO-ID』に変貌したという話です」

 

 フローネの声音も冷たい。

 沈黙が落ちる。誰もが同じ光景を思い浮かべていた――灰色の影が通りを歩き、触れた者の意識が音もなく消えていく光景を。この科学が発達した世界において未解明な超常存在を。

 

「ちょっとふたりとも。一応部外者なのにペラペラと話すのは……」

 

 見かねたシオンが眉を寄せたが、声は途中で止まった。

 

「そうだとも。特務10課の諸君」

 

 振り返ると、そこにはスキンヘッドで小太りの男が立っていた。胸のバッジには二枚の羽――二等官(セカンド)を示している。その男は不機嫌そうな顔で腕を組み、脂ぎった視線を一同に這わせた。

 

「誰あのおっさん?」

 

「総務2課の偉い人。見回りご苦労さまって感じだな」

 

 ニコが怪訝そうに尋ねるとヴァンが肩を竦めて答える。

 

「これはゴードン二等官。10課に何か御用しょうか?」

 

「ふん、あの忌まわしい一等将(ファースト)――『鷲の女帝』がバックに着いているからといってデカい顔をしおって……! 大体カラスどもと何を仲良くしているのだね!」

 

 フローネがにこやかに尋ねるとスキンヘッドの男は顔を真っ赤にして怒鳴る。「カラス」という蔑称に、ニコたちの表情が露骨に険しくなる。真面目なシオンでさえ上官に対して一歩前に出た。

 

「ゴードン二等官、お言葉ですが――」

 

「ええい黙れ! とにかくそのマキナについてはこれ以上調査の必要はない! 勝手に保護でも何でも好きにしろ! ただしこちらに関わるなよ! いいな!」

 

 ゴードンは唾を飛ばしながら叫び、踵を返して去っていった。

 ハチはその後ろ姿をじっと睨み低い声で唸っており、敵視しているのは明らかだった。

 

 ニコが低い声で呟いた。

 

「なんか気に入らないなあのオヤジ~」

 

 ルナが目を細める。

 

「どうする? スキャンダルの証拠抑えて処す?」

 

「お、いいね~」

 

 二人の目が危険な光を帯びた。セレンが呆れたようにため息をつく。

 

「おいおい冗談だよな?」

 

 一方で冷静なセレンは何か良からぬことを考えていそうなふたりに尋ねる。しかしふたりは目を逸らす。

 

「……冗談だよな?」

 

「「……冗談」」

 

 2回目でようやく満足のいく回答が聞けてセレンは満足そうに頷いた。

 

「ならよし」

 

 本当だろうか、と『ホークアイ』の3名は疑念を持つが正直彼らも上層部のやり方には不満を抱いていたので知らないところで勝手に炎上する分には歓迎だ。

 

「そういえばファルコ二等官見なかった?」

 

 シオンがふと周囲を見回して尋ねる。

 

「おっちゃん? スカーレットさんとこで聴き込みとかって名目で飲みまくってたよ。ジュースだけど」

 

 シオンの問いかけにニコが答えるが、上司がまた仕事をサボっていることを知り、一同はため息をつく。

 

「仕事中に何やってんだあのオッサン……仕方ねぇ、フローネ行ってくる」

 

「お願いしますヴァン君」



 Ø

 


 マルクトの場末にある、スカーレットの営むスナックローズの店内は薄暗く、天井の赤いネオン管がチカチカと瞬き、壁の鏡張りが客の顔を歪んで映している。カウンターの奥には、もはや骨董品と呼ぶべき年代物のジュークボックスが埃をかぶって沈黙していた。

 

「ママ~もう一杯~」

 

 カウンター席では『ホークアイ』で第10課の二等官(セカンド)を務めるくたびれた中年男、ファルコがまだ昼下がりの3時過ぎだというのにカウンター席で呑んだくれていた。ホークアイの制服のジャケットは脱ぎ捨てられ、ワイシャツの襟はだらしなく開き、首筋には昨日の剃り跡が青く残っている。

 

「ほら御覧なさいレトリー。これが『ホークアイ』であろうことか二等官(セカンド)をやってる男なのよ――嗚呼、嘆かわしいわ!」

 

 カウンターの向こう、店主のスカーレットは呆れたようにため息をついた。彼女の横に立つメイド服のレトリーは、無表情のままグラスを磨いている。瞳だけが、かすかに怒りの色を宿していた。

 

「はい、こんなサボリ魔に我々の貴重な血税が払われているのですね。レトリー、怒りを覚えます」

 

「サボってねぇよ〜ちゃんとドローンの『ラプターズ』でパトロールはしてるっての。12機も同時にマニュアル操作してると脳の疲労がやべーから糖が必要なんだよ〜だから甘ったるいノンアルもっと持ってこーい……ん? ヴァンのヤツからメール? ええとなになに……『今そっちに行くから待ってろクソ野郎』――スカーレットこれお代ね! ついでにチップ!」

 

 椅子が派手に音を立てて倒れ、ファルコは慌てて立ち上がった。急に目が覚めたらしい。カウンターに置いたままのジャケットを引っ掴み、ホログラムウィンドウをタッチしてクレドを支払う。請求額よりいくらか多いが「これで黙っていてくれ」ということだろう。

 

「ハイハイ迷惑料として貰っておくわ。黙っておくかは保証しないけど」

 

「スカーレット……! ああ畜生!」

 

「まいど~♪」

 

「またのお越しをお待ちしております♪」

 

 言い争っている時間は無く、ファルコは上着を羽織って店を出る。その後ろ姿をにこやかに店主と店員は見送った。

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