1-3
キャンディピンクのバイクがどんどん小さくなるのを横目に『武装外骨格』に搭乗する男は粋がる。
彼らにとって舐められるのは死と同義。例え相手が平和の守護者たる『ホークアイ』であっても例外はない。それに『武装外骨格』の機動力であれば容易にターゲットまで追いつく。そのため、先に目の前の邪魔者から排除するという判断だ。
「"面白い相手"だと? ははは笑わせるぜ! カタナひとつでこの俺様に立ち向かうつもりか?」
リクが腰に吊るした鞘を見て男が笑うが、リクは眉ひとつ動かさず、右手を柄に軽く添えた。
「十分だ。これ以外の武器を持つのは不要。一切の無駄を削ぎ落すことで俺の一刀は最強の一振りとなる」
(リク、大丈夫かな……)
シオンの心には、相棒への信頼と心配が交錯する。
リクの身ではない。彼がターゲットとして選んだ『武装外骨格』についてだ。
「――なら死ね! ホークアイ!」
『武装外骨格』が手にしていた『電磁砲』を発砲する。
稲妻・炸裂音とともに放たれる赤熱化した弾丸、それは音速を超える速さでリクとシオンのもとに迫るが、カチリという音が響いたかと思うと弾丸はコトン、アスファルトの道路の上に転がっていた。
「馬鹿な……!?」
『武装外骨格』の男は驚愕のあまり言葉を失う。
何故ならばマッハ6をゆうに超える速さの弾丸を目の前の男は納刀状態から一気に抜き放ったカタナで軌道を反らし、真下に落としたからだ。男の心に恐怖が芽生える。
「――『超振電磁刀』……ッ!!」
「――銘は『雷切』だ」
リクは己がさきほど披露した芸当は自分にとって特段難しいものではないと思っていた。
ただ迫りくる弾丸を目で捉え、運動量を計算し、居合の形で鞘からカタナを走らせ、必要な振動量・電圧を設定し、相転移によって刀身の硬度を調整して弾丸を受けることによる破損および自壊を防ぎ、超音波振動によって運動エネルギーを吸収しただけのこと。インプラント無しでこの程度、彼にとっては造作もない。
「バケモンが……!」
『武装外骨格』が再び『電磁砲』を構えるが、シオンの双銃による援護射撃で右マニピュレーターと左肩部を撃ち抜かれ、武器をその場に落とすとそのままバランスを崩して仰向けに倒れた。
「――遅いのよ」
銃声が連続する。
「ちっ……!」
ギャングの男はコンソールを操作し、バックパックに収納されていた8機の『ソーサー・ソー』を一斉に射出した。しかし『電磁砲』の弾すら肉眼で捕捉できる彼らにとってそれらは最早止まっているものに等しい。ふたりはハイウェイを疾走しながら『武装外骨格』に迫る。シオンが双銃『トライデント』で同時に2機破壊しつつ、銃に備え付けられたブレードでもう2機真っ二つにした。続けてリクも『雷切』を横薙ぎに一閃すると、ブレード部から放たれたプラズマが磁場ガイドに従って三日月のような斬撃の形を維持しながら超高速で射出され、4機の『ソーサー・ソー』を同時に溶断した。
「もう終わりか?」
リクはゆっくりと迫るが、
「クソぉぉぉぉぉ!!」
男が咆哮し、『武装外骨格』を急いで復帰させると、ひしゃげた右マニピュレーターをリクの頭部に向かって振り翳す。しかし彼は涼しい顔で刀を滑らせ、マニピュレーターに向かって垂直に刃を立たせた。その直後、超音波振動機構が発動し、いとも簡単にマニピュレーターの精密な機械構造と分厚い装甲が破裂した。
更に破壊はそれだけに留まらず、カタナの刀身から迸る稲妻のような高圧電流が『武装外骨格』の電気系統を尽く焼き尽くし、その電流を浴びた搭乗者も全身を焼かれるような激痛を感じながら目を見開いたまま気絶した。
全身から火花とスパーク、煙を立てながら『武装外骨格』はゆっくりと崩れ落ち、悠然とした佇まいで納刀するリクの一方でシオンは口をぽかんと開け、ややあって肩をワナワナと震わせ、
「何やってんのこのカタナ馬鹿ーーッ!!??」
リクの頭に思い切りゲンコツを叩き込んだ。
Ø
ニコとマキナの少女は後方で地上から空に走る不思議な稲妻が生じたのを目の当たりにしつつ、ふと夜空を見上げる。
ちょうどニコが宇宙へぶっ飛ばしたミサイルが衛星軌道上で爆発したところで、それは小さな星の瞬きのように映った。とても小さな光だがあれが地上で爆発したらと思うもゾッとする。
しかしそんな破壊の力でさえも空一面に広がるオーロラと、星のきらめきのようなスペースデブリの破壊には至らない。
夜風が肌を撫で、戦いの疲労が体を重くする。
「キレイな夜空ですね。まるでさっきまでの騒動を知らないような顔をして星々が街を照らしています」
少女の声に、詩的な感慨と安堵が滲み、ニコの心を和らげる。
「おー、結構詩的じゃん。あのタワー……『セフィロト』もそう。この街の人々が抱えてる痛みを忘れたように立ち尽くしてるってわけ。いけ好かないよね」
ニコの口調は穏やかだが、その言葉の節々にわずかに滲み出る怒りや悲しみのようなものを感じたマキナの少女はわずかに目を伏せた。ニコの過去の痛みが、言葉に影を落とす。
「あーごめん、気にしないで。ただの独り言みたいなもんだからさ」
ニコはやっちまったと内心で反省しつつ、インターチェンジに出た。
「助かった~ありがとねふたりとも」
ニコはハイウェイから下道に出て、路肩にバイクを停めると、バンにもたれかかるルナとセレンに声をかけた。
「……まったくニコはいつも事件に巻き込まれて。尻拭いをするこっちの身にもなって欲しい。一応近くの川にヘリを墜落させたけど……」
「うぅ指摘が痛い……」
「……じゃあ『マスタードーナツ』のポン・デ・ショコラとフレンチクルーラーとオールドファッションとチョコリングとドーナツポップで手を打とう」
「オッケオッケ後で奢るから~」
そんなやり取りをマキナの少女は静かに眺める。するとセレンがそちらの存在に気付き、ニコに尋ねる。
「ニコ。その子は?」
「依頼主に保護を頼まれたマキナの子だよ。会っていきなりギャングに絡まれたもんだから全然事情は知らないんだけどね」
「へぇマキナか。ニコって結構マキナの子と知り合うね。なんかそういうフェロモンでもあるんじゃないか?」
マキナの少女は確かにニコに対して不思議な気持ちを抱いていた。理由は分からないが、彼女にどこか懐かしさのようなものを感じている。それは命を助けられたからということだけでは説明できないものだ。
「そういえばあなたの名前は何ていうのー?」
ふとニコがそんなことを尋ねる。
「名前……」
ニコの問いに一瞬マキナの少女は言い淀む。自分の名前それが何だったのか、インプットされているローカルデータに該当する情報は無いが、記憶の空白に不安が広がる。
「わかりません。自分の名前も……私は何者なんでしょうか」
マキナの少女は俯き、ニコたち3人は顔を見合わせる。するとしばらく何か考え込んでいたニコは何かひらめいたように手をぱんと叩き、
「ユニ! あなたの名前なんだけどどうかな?」
「ユニ……」
マキナの少女は不思議とその名前が自分に相応しいように思えた。
「ユニか……いい名前だね」
「……悪くないかも」
「でしょー? いやなんかインスピレーションが湧いたっていうの? この子の名前はユニしかないって感じでさ」
しかしセレンやルナには好評のようで、ユニは安堵のような気持ちを覚えた。
「じゃあこっちも自己紹介しないとね。アタシがニコ! それでこっちが――」
「わたしはルナ」
フードを被った小柄な少女が控えめに名乗る。人見知りなのか少しマキナの少女を警戒しているようだ。
「私はセレンだ。よろしく」
一方でセレンと名乗った女性はにこやかな笑顔を向けてくる。かなり社交的な人物らしい。
「ところでユニ。キミは何者かな? ニコに依頼した人物との関係は?」
ふと、セレンが問いかける。口調は穏やかだが、ユニを多少警戒しての質問だろう。対してユニは、
「……わかりません。私には記憶がないんです。自分が何者なのか、何も――」
それだけ言い、俯く。喪失感が胸を締め、涙がにじむのを堪える。
彼女の答えを聞いたセレンは「そうか」と頷き、ゆっくりとユニの目の前まで近づくと彼女の手を優しく握り、少し屈んで目線を合わせた。温かな手が、ユニの孤独を溶かす。
「不安だよね。自分のことが何もわからないって」
ユニを安心させるように微笑み、
「実は私はモッドでね。しかも色々あって脳以外は義体化してるんだ。そんなワケ……でもないけど困ったことがあったらいつでも相談して欲しいな」
セレンの言葉に、自身の経験を重ねた共感が滲む。
するとルナもポケットから『サンダーボルトチョコ』を取り出し、ユニに手渡す。
「セレンみたいに食事はできる? もし良かったらこれあげる」
少し恥ずかしそうなルナに対し、ユニは笑みを浮かべてそれをありがたく受け取った。チョコの甘い香りが、心地よい。
「ありがとうございます。おいしくいただきます。ちゃんと消化も排泄もできますのでご安心を」
「いやそれは言わなくてもいいから……っ」
顔を赤くしたルナは両手でフードを目深に被って顔を隠す。照れが、グループの雰囲気を和やかにする。
そんなふたりの優しさに触れてユニは自然に笑っている自分に気付いた。
「そういえばもうこんな時間かぁ。お腹へったしユニとの出会いを祝してスカーレットさんとこでパーティーしようパーティー!」
「おーいいね。あの人賑やかなのが好きだしレトリーもマキナの女の子の友達が増えて喜ぶだろうし」
「『ローズ』もいいけど先に『マスド』ね」
「ルナ今からドーナツ食べる気なのー? 太るよー?」
「そんなので太ったらわたしは今頃もっとセクシーボディになっている……!」
ユニは自分の周りで楽しげに会話する3人を微笑ましく見ていた。しかしふと、歩みを止める。
(私は彼女たちの中に存在しても良いのでしょうか)
そんな気持ちを抱えていると、ふとニコがユニに気づき、笑顔で手を伸ばす。
「ほら行こうユニ。スカーレットさんとレトリーのごはん美味しいからさ」
「――はいっ!」
ユニは俯いていた顔を上げた。




