5-5
特務10課の上層部『ホークアイ』の最高司令部を擁する要塞は、今や怒号と悲鳴の坩堝と化していた。
「――最終防衛ライン突破されました! 速すぎます! 止められません!」
オペレーターの絶叫が飛び交う中、巨大な防爆扉が爆砕された。
土煙を切り裂いて現れたのは、一人の黒衣の老女。
「――ファルコたちに"死神ども"を向かわせたのはミスだったろうね」
紫煙を燻らせながら、イーグラは広々とした司令フロアに足を踏み入れた。
その背後には、彼女が単身で築き上げた瓦礫と戦闘員の山が続いている。
「聞こえてるだろう、アンタたち。今からそっちに行くから首洗って懺悔を済ませておきな」
堂々たる宣戦布告。
それに対し、スピーカーからノイズ混じりの笑い声が降ってきた。
『流石だな"鷲の女帝"。今なおその強さが健在なことに驚いた。やはり10課を擁する貴様は我々にとっての脅威だ』
ホークアイ最高幹部、一等将たちの声だ。
『"死神部隊"以外の1課でも貴様の相手をさせるのに不十分だったというのは、確かに想定外でしたよ。しかし我々には死神部隊隊長シュナイドを凌駕する切り札があるのです』
『最高の舞台と役者を用意した。せいぜい我々を楽しませてくれたまえ』
「こいつは随分と悪趣味なマッチだね」
イーグラはフロアの最奥に整列する刺客たちを睨みつけた。
そこに並んでいたのは、見知った顔ぶれ。 リク、シオン、ヴァン、フローネ――特務10課の三等兵の面々だった。
しかし、彼らは人間ではない。肌から髪、衣服に至るまで、すべてが鏡面のように輝く銀色の物質で構成されていた。
「ドール兵かい」
その正体を即座に看破した瞬間、長身の青年が動いた。
『ドール・ヴァン』が右腕の『レオス・ファング』を振り上げ、一気に床へと叩きつける。
床材が放射状に砕け散り、クレーターのような陥没が生じる。散弾のように巻き上がる瓦礫の中、イーグラは既に跳躍して頭上へ逃れていた。
だが、その回避すら予測済みの影があった。
空中のイーグラの背後を取ったのは『ドール・フローネ』。無機質な瞳で狙いを定め、銀色の長槍『ヴァイス・リーリエ』の穂先を突き出してくる。
「――ふん」
イーグラは空中で強引に身を捻り、切っ先を紙一重で回避。
すれ違いざまに槍の柄を鷲掴みにすると、逆に『ドール・フローネ』を自身の盾にするように引き寄せた。
直後、銃声と共に現れたのは『ドール・シオン』だ。彼女は味方であるはずの『ドール・フローネ』ごと撃ち抜くことを厭わず、『トライデント』を乱射しながら肉薄。
側面のブレードを交差させ、X字の斬撃を見舞う。
この攻撃に対し、イーグラは奪い取った『ヴァイス・リーリエ』の長い柄を巧みに操り、斬撃を受け止めた。
火花が散る。
しかしまだ一人、最速の脅威が残っている。
イーグラの瞳に映ったのは、奔る雷光。
『ドール・リク』が居合の構えで神速の一撃を放とうとした、その瞬間。
分厚いフロアの天井をぶち破り、漆黒の巨大な直方体が高速で落下した。
それは『ドール・リク』の攻撃ラインを分断するように床に突き刺さる。続けざまに、絨毯爆撃のような轟音がフロア全域で響き渡った。土煙の中に次々と落下し、墓標のように立ち並ぶ無数のコンテナ群。
衝撃で照明が一斉にショートし、闇が支配する中、警報音すらも轟音にかき消された。
「さて、ヒヨッコども。レッスンの時間だよ」
暗闇の中、温存していた『メタ・ステルス』を発動させたイーグラの姿が溶けるように消え、ドールたちのセンサーから消失した。
静寂が訪れた漆黒のフロア。
最初に反応したのは、司令塔である『ドール・フローネ』だった。
闇の中から放たれたチャフ・スモーク弾が炸裂し、金属片の霧が『ドール・フローネ』の視界とレーダー機能を奪う。
彼女が演算不能の混乱に陥った隙に、イーグラは6連装グレネードランチャー『ハイドラ・レイン』の引き金を二度引いた。
咄嗟に『ドール・フローネ』は後方へバックステップし、完璧な回避動作をとる。
だが、その着地点こそが死地だった。
彼女の銀色の足が、設置されていた対人・対物指向性地雷『ゴーゴン・ゲイズ』を踏み抜く。
「計算高い女は嫌われるよ――アタシみたいにね」
爆音と共に数千のタングステン球が『ドール・フローネ』を粉砕した。司令塔が落ちた一瞬の隙。
煙を切り裂き、『ドール・リク』が『雷切』を構えて突っ込んでくる。迷いのない、最短距離の特攻。
しかし、イーグラはあえて足を止めて待ち構えた。
直線的な動きで弾丸のように迫る『ドール・リク』。だが突如、ガクンとその体勢が崩れ、床を高速で滑っていった。すぐさま『雷切』を杖にして立ち上がろうとするが、再びバランスを崩して転倒する。彼の右足は、膝下から綺麗に切断されていたのだ。 闇の中で、あちこちに張り巡らされた単分子繊維トラップ『アラクネ・スレッド』が、銀色の血に濡れて微かに揺れている。
「いくら速くても、軌道は見え見えさ」
イーグラは無慈悲にフルオート・ショットガン『ケルベロス』を突きつけ、身動きの取れない『ドール・リク』の頭部を至近距離から吹き飛ばした。
「さて、アイツを放置してると残りと合流されて要塞を作られるね」
イーグラはショットガンを投げ捨て、コンテナの一つを蹴り開ける。
取り出したのは対戦車ロケットランチャー『ギガント・ピアッサー』。標的は、強固なNEØNシールドを二重展開し、防御を固めている『ドール・シオン』。
タンデム弾頭が一直線に吸い込まれる。
一段目の爆発で『トライデント』の防御ごとシールドを剥がし、無防備になった銀色の身体へ、間髪入れずに二発目の弾頭を叩き込んだ。
爆炎の中でシオンの模造品が四散する。
「残りはアンタだけだね」
爆風を背に振り返るイーグラ。そこへ、『ドール・ヴァン』がチャージした極太のNEØN砲を放つ。
だが、光の奔流はイーグラに届く前に拡散し、霧散してしまった。彼女が足元に設置していたビーム撹乱膜グレネードの効果だ。
最大の火力を無効化された『ドール・ヴァン』は、ならばと獣のように身を低くし、『レオス・ファング』による質量攻撃で圧殺せんと迫る。
しかし、その突進は届かない。
カラン、と乾いた音を立てて転がってきた極低温手榴弾『コキュートス』が炸裂したためだ。
絶対零度の冷気が『ドール・ヴァン』を包み込み、その身体を一瞬で凍結させた。
「これでおしまいだよ」
氷像と化した部下の複製体に向け、携帯型ガトリングガン『テンペスト』が火を吹く。毎分6000発の弾丸の嵐が、凍りついた銀の身体を粉々に砕き散らした。
静寂が戻る。
瓦礫と銀色の破片だけが残された戦場で、スピーカーから感嘆の声が漏れた。
『これほどの速さであの4体を撃破するとは流石だな』
『しかし、面白いのはここからですよ』
すると、床に散乱していた銀色の破片や液体が、まるで生き物のように蠢きだした。
それらは2箇所に集まり、瞬く間に新たなボディを形成していく。現れたのは、若い男と女の姿。
「こいつは……アタシとファルコの野郎かい」
『若き日の貴様たちを再現した。全盛期の自分とその右腕には勝てるまい?』
直後、『ドール・ファルコ』がコートを翻し、内側から6機の『ラプターズ』を一斉射出した。銀色の猛禽たちが空を覆い、全方位からイーグラを包囲する。
しかし、イーグラはその光景を予期していたかのように、既に手元のスイッチを押していた。
彼女が起動させていた戦術電磁パルス発生装置『エクリプス』から、不可視の広域EMPが放たれる。電子回路を焼かれた『ラプターズ』は、糸の切れた人形のように次々と墜落し、スクラップと化した。
『ドール・ファルコ』は即座にドローンに見切りをつけ、柱の陰へ滑り込むと、『ブラック・タロン』と『レイヴン・クロー』を構え、正確無比な狙いでイーグラの急所を狙う。
対するイーグラも、コンテナから50口径対物ライフル『フレズヴェルク』を取り出し、遮蔽物ごと撃ち抜かんと構える。
だがその時、背筋に冷たいものが走った。
殺気。
イーグラは反射的に身を翻す。
ヒュッ、と風切り音がし、綺麗に編み込まれていた彼女の長い白髪が解け、銀糸のように舞った。
「その銃は――」
振り返った先。
若き日の自分を模したドールが向けていた銃。そこには『HawkEye』の刻印が刻まれていた。
かつて大事な人間に託された銃。罪の証。
一瞬の動揺。
そのコンマ数秒の隙が、致命的だった。
乾いた銃声と共に、イーグラの左肩が鮮血に濡れた。
イーグラはすぐに体勢を立て直し、咄嗟にNEØNを傷口に集めて止血を急ぐ。
さらに追撃の好機と見た『ドール・ファルコ』が飛び出し、2丁のリボルバーから必殺の弾丸を放った。
眉間と心臓、確実に命を刈り取る軌道だった。
イーグラは咄嗟に手にしていた『フレズヴェルク』を盾にし、弾丸を受け止める。衝撃でライフルがひしゃげ、彼女の手から弾き飛ばされた。
武器を失った絶体絶命の窮地だが、彼女は怯まない。
懐からグレネードのピンを口で引き抜き、『ドール・ファルコ』が隠れている柱の横へと正確に投擲した。
爆発が柱をへし折り、『ドール・ファルコ』を瓦礫の下敷きにする。
続けてイーグラは、背後でトドメの2発目を撃とうとしている若き日の自分へ向き直ると、流れるような動作で懐からコンバットナイフを抜き、投擲した。
銀色の閃光が奔り、ナイフは若き自分の額深くに突き刺さる。
ぐらりと、かつての自分は仰向けに倒れ、床に銀色の水たまりを作って溶けていった。
肩を押さえ、荒い息を吐くイーグラ。その姿に、ファーストたちの声が震える。
『まさかこの2体も攻略するとは驚きだ』
『それでは……こちらはどうかな? 彼との再会に喜んでくれるといいが』
2つの銀色の水たまりが、ゆっくりとイーグラの目の前で融合を始める。
盛り上がり、人の形を取り、細部が鮮明になっていく。
その姿を見た瞬間、イーグラは絶句した。時が止まったかのように、彼女の全身から力が抜けていく。
「な――」
目を見開き、声が震える。
そこに立っていたのは、かつて彼女が誰よりも愛し、そして自らの正義のために手にかけた男。 ホークアイの前身となる自警団を率いた人物だった。
「――久しぶりだな。イーグラ」
記憶の中と変わらない、優しい声。
その手には、かつて二人で正義を誓い合った白銀の銃、『ホークアイ』が握られていた。
Ø
「どうにもやり辛いな。『ビースト・トルーパー』の野性的な動きと『アイアン・メイデン』の機械みたいに精密な動きが合わさってテンポを崩されるっつーか……」
「ですね……かなり厄介な相手です。『機甲1課』ほど個として直接的な戦闘力は高くありませんが、群体として完全に統率された動きで戦場を支配されている感覚です」
ヴァンが額の汗を拭う暇もなく、背後から『アイアン・メイデン』の2体が高速で迫る。
それぞれ片手の肘から先が流体金属によって変形し、銀色の翼のような鋭利な剣となって襲いかかる。
ヴァンは咄嗟にクロスガードの構えを取り、両腕の『レオス・ファング』のナックルガードでその斬撃を受け止めた。
「重っ……!」
二人がかりとはいえ、華奢な少女の細腕に見合わない異常な膂力だ。火花が散る至近距離で、ヴァンと刺客の視線が交錯する。
しかし次の瞬間、ヴァンはその顔を見て絶句した。
「なぁ、こいつら、ユニちゃんと似てねぇか? いや、違う。これは――フローネ」
ヴァンが隣でビースト・トルーパーたちを相手にしているフローネの顔と、迫りくる無数のマキナたちの顔を交互に見る。
その顔立ちは、眼鏡の有無や表情の欠落こそあれど、フローネと完全に同一だった。
まるで工場で生産された既製品のように、同じ顔が無数に並ぶ異様な光景。
「……はい。全員、私と同型です」
フローネは静かに、けれど悲しげに肯定した。
「試作ユニ・先行量産型モデル――なるほど。私の"正体"は、ここで量産され、廃棄されるはずだった彼女たちのひとりだったのですね」
その事実を噛み締めるように動きを止めたフローネに、好機と見たビースト・トルーパーたちが殺到する。
フローネは抵抗せず、そのまま獣の群れに呑み込まれた。
「フローネッ!」
咄嗟にヴァンが目の前の『アイアン・メイデン』2体を強引に振り払い、フローネの元へ飛び込んだ。
覆いかぶさるビースト・トルーパーたちをタックルで弾き飛ばし、そのままの勢いで渾身の右ストレートを放つ。
ソニックブームが生み出され、NEØNスワームの高トルクが『ビースト・トルーパー』たちの防御スーツを粉砕する。衝撃で頭部を覆うバイザーが割れ、その素顔が露わになった。
獣の耳。そして苦痛に歪むその顔を見て、ヴァンは息を呑んだ。
「お前ら――」
ヴァンを感情のない虚ろな瞳で見つめる『ビースト・トルーパー』たち。 ヴァンは彼らを知っていた。
同じ施設で、同じ檻の中で、共に地獄を見た仲間たちを。
「『リュカオン』の生き残りの……!」
ヴァンの全身が固まった。
怒りでも恐怖でもない、深い悲しみが彼を縛り付ける。
「「「――」」」
『ビースト・トルーパー』たちは何も語らず、ただ命令に従ってヴァンに拳を叩き付けた。
Ø
「久しぶりだね。ホーク」
瓦礫と硝煙が支配する司令フロア。
イーグラは、銀色の流体が凝固して形作ったその男――かつての恋人であり、上官であった男のドールに対し、懐から抜き放った大型拳銃を突きつけていた。
元々は、目の前の男の愛銃だったものだ。
対する『ホーク』のドールもまた、鏡合わせのように同じ銃をイーグラに向けていた。
無機質な銀色の瞳が、悲しげに歪む。
「イーグラ、お前が信じた正義はお前を裏切った。俺を断罪し、貫いた正義の果ての末路が、この荒廃か」
「……ああ、そうさ。この結末は全部アタシのせいだ。結局アタシは何も果たせなかった」
イーグラは自嘲気味に笑う。
その脳裏に、走馬灯のように過去が駆け巡った。
Ø
雨の降る寒い日のことだった。
彼女は突然目覚めた。
そこは悪臭漂うゴミ山で、彼女は何故ここに居るのかわからなかった。
自分の名前も、自分が何者かもわからなくて、ただ雨に打たれながらそこに居た。
世界は冷たく、無機質だった。
しかししばらくして、温かい手が差し伸べられた。
それは、傷だらけの少年だった。
そしてしばらく行動を共にし、ふたりはお互いに名前を付けた。
風と花と。
Ø
ある日少年は町中でニュースを見かけた。
あの忌まわしい"敵"が軍警察に捕まったというニュース。
だから世界に復讐をすることにした。
実験動物として様々な苦痛を与えてきた組織への復讐。
多くの仲間が死に、自分だけ生き残った罪悪感と怒り。突如現れた怪物の攻撃により研究施設が破壊され、その混乱に乗じて脱走した彼は、姿を隠すためやってきたゴミ山で出会った機械の少女と心を通わせ、行動を共にすることになった。
そして彼は少女と共に計画を実行することにした。
自分たちを長きに渡って苦しめてきた元凶の抹殺。
そいつは自分たちの知らない間に軍警察によって捕まり、刑務所に収監されていた。しかし法による裁きだけでは、失われた命への償いには足りなかった。
だから少年と少女は、真正面から戦いを挑もうとした。
護送車を襲撃し、自分たちの手でケジメをつけるために。
だが、その無謀な目論見は、二人の乱入者によって防がれた。
「復讐なんてやめておけ。捕まったら罪人になる。ただお前が証人になれば奴の余罪は証明され、命で償わされる。そっちのほうがいいだろ?」
ぶっきらぼうだが、理知的な目の男。
「アンタたち悪が憎いだろ? ならウチらのとこに来な。正義のために戦うのは気分が良いよ。気に入らないやつを心置きなくぶちのめせるからね」
豪快で、けれど温かい手をした女。
そのふたりは圧倒的な力で、自分たちでは手も足も出なかった。
しかし、そのふたりだけが初めて自分たちを「実験体」や「廃棄物」ではなく、まともな"人間"として扱ってくれた。
そして彼らの下には自分たちと同じように複雑な過去を持つ少年や少女が居た。
"カタナ"を自称するサムライ男。
四肢をサイバネ化した少女。
マキナかと思いきや全身古サイボーグのモッド女。
彼らもまた自分たちを受け入れてくれた。
だからふたりは、彼らと共に戦うことを選んだ。
Ø
「あの地獄から逃げられたのは俺だけだったってことか……」
全身を滅多打ちにされ、血反吐を吐きながらも、ヴァンは立ち上がった。
ふらつきながらも、その目に宿る戦意は失われていない。むしろ、以前よりも強く燃え上がっていた。
「お前達はきっと俺を恨んでるよな。俺だけがおめおめと逃げ出して、陽の当たる場所で生きていたことを」
仲間たちの虚ろな瞳が、ヴァンの心を抉る。
だが、ここで膝をつくわけにはいかない。
「――なら、俺がお前達を救う」
ヴァンの全身から金色のNEØNが溢れ出す。
それは怒りの炎ではなく、彼の内側から溢れる情熱の光だ。
「リュカオンの呪い? 上等じゃねぇかよ。俺も地獄に戻る覚悟ができた」
ヴァンは不敵に笑い、自らの胸――その内側で鼓動する心臓を拳でドンと叩いた。
「――行くぞ、『ネメアの獅子』ッ!!」
NEØNスワームがヴァンの肉体の構成情報を一時的に書き換え、強制的に進化させていく。
肌は黒く染まり、鋼鉄のような毛並みに覆われる。短めの髪は一気に伸びて黄金の鬣となり、口は大きく引き裂かれ、凶悪な牙が生える。
肉体は一回り以上大きくビルドアップされ、両手にはダイヤモンドより硬い鋭利な爪が形成される。
「ぉおおおおおおおおおッ!!」
獅子の咆哮が響き渡り、一帯を揺るがした。
『ビースト・トルーパー』たちが、本能的な恐怖にかられてわずかに後退る。
作り物の狂気が、本物の王者の覇気に圧倒されたのだ。
「――ッ!」
ヴァンは低く唸り、引いた拳を一気に打ち出した。
爆発的な旋風が巻き起こり、周囲のアスファルトを盛大に捲くり上げる。『ビースト・トルーパー』たちは木の葉のように10メートル以上吹き飛ばされた。
攻撃は更に続く。
黒い風と化したヴァンは、旋風を逃れた敵の懐へ瞬時に潜り込み、重いパンチやキックを次々に叩き込む。
だが、その拳には慈悲があった。急所を外し、あくまで戦闘不能にするための打撃。
そしてヴァンは一気に空高くジャンプし、夜空をバックに再び咆哮すると、彗星のごとく急降下し、右拳を地面に叩きつけた。
「目を覚ましやがれぇぇえええええええッ!!」
生まれたのは巨大なクレーターと、そこから放射状に広がる衝撃波。
まるで地雷原が一斉に爆発したかのように瓦礫が吹き飛び、衝撃波に呑み込まれた『ビースト・トルーパー』たちは、洗脳による強制駆動の限界を迎え、糸が切れたように次々と倒れ伏した。
「テメェらをボコボコにしてでも救う――それが俺のやり方だ」
土煙の中、黒い獅子の全身がゆっくりと崩壊し、光の粒子となって霧散する。
その内側から、いつも通りのヴァンの姿が現れた。
「やべ……」
しかしすぐに、彼は地面に大の字に倒れ込んだ。
彼が行った"変身"は肉体への負荷が大きく、彼もまた限界を迎えていたのだ。
「最後までカッコイイ姿見せたかったのによ……。あとは頼むぜ、相棒」
Ø
「あなたたちは人形じゃない! 私のように心を持っているんです!」
フローネの叫びに対し、12体の『アイアン・メイデン』たちは冷徹に返した。
『"器"に選ばれなかった我々はただの人形に過ぎません』
『心を持つあなたはエラーです』
『だからあなたは廃棄された。"ユニ"の失敗作である我々の欠陥品として』
『あなたの存在を我々は認めない――でなければ……』
最後の一体の声が、微かに震えたように聞こえた。
その瞳の奥に光るものを、フローネは見逃さなかった。
(……涙?)
――でなければ、私たちはあまりに惨めだ。
そう言いたげな悲哀。
それに気を取られた直後だった。
天に浮かぶ『アイアン・メイデン』たちの背中の翼から、無慈悲な命令に従って銀色の羽毛のダーツが大量に放たれる。
「しま――」
フローネの回避が遅れ、ダーツは彼女の肩や腿に深々と突き刺さる。
痛みに呻き、フローネは片膝を着く。
『痛みに苦しむ――あなたはマキナに、"ヒト"に近づきすぎた』
次々に『アイアン・メイデン』が着地し、ゆっくりとフローネに近づく。
それは処刑の行進。
『父なる『AIZ』に逆らった罪を償ってください……』
先頭に立つ『アイアン・メイデン』が、右手を巨大な翼型の剣に変化させ、振り上げる。
フローネが咄嗟に右手の長槍『ヴァイス・リーリエ』で受けようとするが、ダメージによる出力低下で弾き飛ばされ、武器を手放してしまう。
『――さらばです、『トゥエルブ』……愛しい妹』
「――っ!」
フローネの胸元に銀色の刃が迫る。
しかしその攻撃は、火花と共にピタリと止まった。
受け止めたのは――彼女の背中から生えた、新たな翼だ。
傷口に刺さった敵の羽根を取り込み、瞬時に解析・再構築した『聖銀』の翼。
『まさか――我々の翼を解析してインストールしたのですか』
驚愕し、『アイアン・メイデン』たちが即座に飛翔して距離を取ろうとする。
しかし、遅い。
フローネは一瞬で一人の目の前まで追い付くと、その手には手放したはずの『ヴァイス・リーリエ』が握られていた。
あまりにも速い。
それはスペックの差ではない。
何のために戦うかという、意志の差。
『我々の翼が――』
更に驚くべき現象が起きる。
フローネが翼を広げると、共鳴するように『アイアン・メイデン』たちの銀色の翼が、一枚一枚剥離するように引き剥がされていく。
彼女たちの制御権を、フローネがハッキングで奪い取ったのだ。
翼を失った天使たちは、重力に従って地上へ落下していく。
更にフローネは周囲のNEØNを解析し、一帯に展開したドメインのリソースとして注ぎ込んでいく。
「――ここが私の花園です」
無機質な戦場に、NEØNで作り上げられた色鮮やかな光の花畑が広がる。
それは彼女の演算領域そのもの。
『そんな――あり得ない……』
地面に伏した『アイアン・メイデン』たちは呻き、頭上で輝く、自分たちと同じ顔をした少女を恨めしく、そしてどこか羨ましげに見上げる。
そこには、高貴な白い翼を広げた一輪の花が咲いていた。
「私が"失敗作"なら、貴方たちも同じです。だって私たちは、同じ痛みを知っているのですから」
フローネは優しく、しかし毅然と言い放った。
「これで決着です、お姉様たち」
眩い光が降り注ぎ、戦場を包み込んでいった。
Ø
――思えば、アタシの人生は失敗の連続だったね。
正義を信じていた。
正しさで誰もが救えると、盲目的に信じていた。
その憧れの男、ホークは正義を体現した人物だった。
弱き人々のために戦うことを選んだ彼を愛し、彼女もその翼として共に飛ぶことを誓った。
だが、歯車は狂い始めた。組織が巨大化し、いつしか彼は「行き過ぎた正義」を行使する独裁者へと変貌していった。
力による支配。
恐怖による統治。
かつての部下たちは失望し、一人、また一人と組織を去っていった。
そして決定的なあの日。
彼は、生活の苦しさからパンを盗んだだけの幼い少年を、「悪の芽」として見せしめに処刑しようとした。
だから、彼女が止めた。
愛する男の心臓を撃ち抜くことで、少年の命を救った。
(――何が正しかったんだろうね)
あの日、壁にもたれて死にゆく彼から託された銀色の銃『ホークアイ』。それを握りしめ、イーグラは打ちひしがれた。
自分の信じた正義に裏切られ、愛を自ら殺した。
結局、イーグラは裁かれなかった。ホークの暴走は周知の事実であり、皮肉にも彼女の行動は「正義の粛清」として称賛されたからだ。
「ありがとうお姉さん、俺を助けてくれて」
後日、イーグラの前に現れた少年は、申し訳なさそうに言った。
ファルコ。まだあどけない瞳をした彼だった。
「なぁ、俺もお姉さんみたいに強くなれるかな」
その少年が向ける真っ直ぐな眼差し。
彼女はそれに目を合わせることができず、無責任に「きっとなれるさ」と答えて、逃げ出した。
強さの意味さえ見失っていたのに。
「――なぁ、どうして止めるんだよ。俺はあのクソッタレな正義を殺さなきゃいけねぇんだよ」
それから20年ほど経ってからだろうか。
大人になったあの少年――ファルコが、再びアタシの前に現れた。
だが、彼もまた正義という名の理不尽な暴力によって愛する家族を失い、絶望し、復讐心に駆られ、死に場所を探す目をしていた。
――そうだ、こうなったのは全部アタシの責任だった。
――アタシが半端だったから。彼を導く覚悟がなかったから、歴史は繰り返された。
だからイーグラは、死に急ぐ男を止めた。
そして彼に、彼女自身の愛銃――『ブラック・タロン』を託したのだ。
『アタシと一緒に戦ってくれ。そしてアタシが道を違えたら――アンタがその銃でアタシを撃ちな』
あの日、イーグラは初めて自分の「罪」と向き合い、彼を背負う覚悟を決めた。
――だから、この男――ホークとの決着だけは、アタシ自身がつけなければならない。
Ø
イーグラの思考は現実に引き戻される。
『ホーク』は静かに、イーグラの心臓へ狙いを定めた。
「ならば今度はお前が裁かれる罪人だ」
「……上等だよ」
「さらばだイーグラ。お前を愛していた」
二つの銃口が火を噴く。
乾いた銃声が、重なって一つに聞こえた。
一瞬の静寂。
立っていたのは――イーグラだった。
「――それでいい」
満足げな声を残し、ゆっくりと『ホーク』が膝から崩れ落ちる。
イーグラの頬には、掠った弾丸による浅い傷跡だけが残されていた。
「アンタまた、アタシに勝ちを譲ったのかい」
「……お前の方が撃つのが早かっただけだ。俺は本気だった」
「嘘が下手だね」
イーグラは銃を下ろす。
『ホーク』の胸に空いた風穴からは、銀色の粒子ではなく、ドス黒い粘液が溢れ出していた。
「血か……これは?」
「アタシが装填した弾に詰め込んだ流体金属『ブラック・ブラッド』さ。アタシの悪友たちが開発した代物でね。アンタの体を形成してる銀色の合成NEØN流体の結合を阻害し、内部崩壊させる毒だ」
傷口が赤黒く変色し、再生することなくボロボロと崩れていく。
「良い友を持ったんだな」
「ああ。良い部下も持った。……アンタが道を誤らなければ、出会えたかもしれない連中さ」
「そうか……。ならば、悪い上官はここで仕留めておけ」
『ホーク』は穏やかに目を閉じた。
イーグラは痛みを堪えるように奥歯を噛み締め、崩壊しゆく男へ再び銃口を向ける。
「ああ――じゃあね。愛していたよ、ホーク」
手向けのように、イーグラは引き金を引いた。
銃声と共に、着弾した『ブラック・ブラッド』が反応し、男の全身が内側から紅蓮の炎に包まれる。
銀色の身体が溶け、炎へと還っていく。
その光景をモニター越しに見ていた展望室の『ファースト』たちが、半狂乱の悲鳴を上げた。
『ば、馬鹿な――有り得ん……! 最強の聖銀ドールが!』
『ま、待ってください! 我々と再び話し合いの場を!』
『金も権力も譲る! 地位もだ! だからどうか――』
スピーカーから流れる命乞いを聞きながら、イーグラは燃え盛る炎を背に、ゆっくりと展望室を見上げた。
その瞳は、獲物を逃さない猛禽のそれだった。
「安心しな。殺しはしないさ」
彼女は新しい弾倉をチャキリと装填し、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「でも今のアタシは、過去の精算を終えて最高に気分がいいんだ。だから――死ぬより辛い"半殺し"で済ませてやるよ」




