5-6
AXZ機関の神殿であり、機械仕掛けの魔窟でもある漆黒の塔――『クリフォト』。
底知れぬ深淵のような吹き抜け。
その闇を切り裂くように、壁面と床を走るNEØNの回路が淡い蒼青色の光を放ち、心臓の鼓動のように明滅している。
宙には無数の黒いキューブが幾何学的な舞踏を続け、眼下の奈落では、大型ZPE発電プラントが青白い太陽のごときエネルギーの渦を巻いていた。
その美しくも不気味な虚空に、異形の「天使」が君臨している。
純白の装甲に覆われた熾天使型アームドスケルトン――『セラフィム』。
機体中心部に埋め込まれた巨大な眼球を思わせるカメラアイが、生理的な嫌悪感を催す動きでギョロギョロと回転し、眼下の獲物を睥睨した。
『劣等種が。私のような神に等しい存在に歯向かった罪を贖え――裁きの時だ』
スピーカーから響くヴェルナーの声と共に、『セラフィム』の背部から6枚の機械翼が展開される。
刹那、翼から放たれた無数のレーザーが、逃げ場のない吹き抜け空間を光の檻となって埋め尽くした。
「……真正面からこの光線をガードするのは無理ゲーかも!」
ルナが叫ぶ。
彼女の両腕に装着された2機のドローン『ファミリア』が展開するNEØNシールドが、着弾の衝撃で悲鳴を上げ、みるみる出力を削がれていく。
「シールドがゴリゴリ削られる!」
「できるだけ回避優先! あんまりNEØNを消費するのは避けたいし!」
ニコは壁面のわずかな突起を蹴り、アクロバティックな動きでレーザーの雨を潜り抜ける。
「あとはこっちの攻撃でダメージを与える必要もあるわけだけど――」
セレンが冷静に『メテオストリーム』を構え、引き金を引く。フルオートで吐き出されたタングステン弾頭が空気を切り裂くが、『セラフィム』に到達する寸前、何もない空中に多重展開されたNEØNシールドが出現し、全ての弾丸を無効化した。
「硬いな……!」
「何あのシールドの枚数!?」
ニコはタワーの螺旋階段を駆け上がり、死角からの接近を試みる。複合兵装『ネコマタ』のガトリングをばら撒くが、敵のシールドはその弾道すら先読みしたかのように、着弾点へ正確に配置されていた。
「なら、これならどうだっ!」
ニコが跳躍し、肉薄する。『ネコマタ』のチェーンソーを唸らせ、巨大な眼球めがけて叩きつける。だが、衝突の瞬間に展開された高密度シールドは刃を通さず、強烈な反発力でニコの身体ごと弾き飛ばした。
『ハハハ無駄だよ! 6つの脳の並列処理による攻撃予測、そしてドメイン多重展開によるNEØN出力……あらゆる攻撃は完璧に防がれる!』
空中で体勢を崩したニコへ、『セラフィム』の翼から分離した羽毛型ビットが殺到する。
「……流石にこの物量は無理……!」
「ニコ!」
咄嗟にルナが『ファミリア』を射出。ニコの前に割り込み、全方位シールドを展開してビットの自爆特攻を防ぐ。
爆炎と煙が晴れる中、ルナが通信機越しに吐き捨てた。
「……とにかくさっさと何とかして!」
「助かったよルナ、でもごめん! アタシだけじゃ無理!」
ターゲットを変えたビット群が、今度はルナへ襲いかかる。
ニコは『ネコマタ』を振り回して迎撃するが、数が多すぎる。
「ニコ、ちょっと屈んで!」
セレンの鋭い指示。ニコが身を低くした瞬間、頭上を薙ぎ払うように大量のNEØN弾が通過し、迫るビットを次々に撃墜した。
『中々しぶといな。それではこちらはどうかな?』
ヴェルナーが嘲笑う。
『セラフィム』の全身に配置された無数のサブセンサー『目』が一斉に輝き、360度全方位への照射ビームが放たれた。壁が溶け、床が焼け落ちる。
「みんな逃げて!」
3人は散開するが、攻撃は執拗かつ正確無比だ。
「……6つの脳による並列処理で、攻撃力も防御力も桁違い。どうする?」
ルナが息を切らす。
「思うにアレには弱点がある。……ふたりとも、作戦はこうだ」
通信機越しに、セレンが短く告げた。
『何を企んでいるかは知らないが、無駄な足掻きだよ』
全方位ビームがセレンを捉える。だがその刹那、セレンの前に展開されたNEØNシールドが、極太のビームを真っ向から受け止めた。
「ここには最下層のZPEプラントから抽出された膨大なエネルギーと、待機状態のNEØNが充満している。お前の派手な攻撃のお陰でプラントの"蓋"がこじ開けられて、その"宝の山"にアクセスできたってわけさ」
セレンは外部リソースから供給される無尽蔵のNEØNをシールドへ回しながら、その隙間から極細に収束させたNEØN砲を放つ。
『だからどうした! たかがNEXASひとりで扱えるNEØN量など知れている。それを上回る物量を叩きつけるまでさ!』
ヴェルナーは『セラフィム』の出力を上げ、セレンの攻撃を力ずくで押し返そうとする。
「……やっぱりNEØNシールドで対抗してきた」
その光景を見て、ルナが冷ややかに呟く。
「知ってるでしょ。高エネルギー状態に相転移させたNEØNシールドは、熱や電気エネルギーには無敵に近い防御力を発揮するけど――単純な『質量』に対しては脆いって」
ルナは『ファミリア』を両腕に装着し、ブースターを限界まで噴射。ビームの奔流を強引に突破し、『セラフィム』の懐へ飛び込んだ。
「貫けッ!」
鋼鉄の塊と化したドローンの拳が、純白の装甲を殴打する。
『ぬぅっ! だが、物理NEØN装甲も備えている! 君たちの攻撃は届かないよ!』
衝撃で機体が揺らぐが、ヴェルナーは即座に物理防御用の装甲フィールドを展開。「プロセッサ」が最適解を導き出し、エネルギーロスを最小限に抑えて防ぎ切る。
「――じゃあ、これは?」
直後、ヴェルナーの視覚と聴覚をアラートが埋め尽くした。
いつの間にか背後の死角を取っていたニコが、『ネコマタ』を振り上げていた。
回転するチェーンソー。それはNEØNビームを発振するエネルギー刃と、レアメタル製の物理刃が二重螺旋を描く複合兵器。
物理ブレードがNEØNシールドを食い破り、露出した装甲をNEØN刃が焼き切る。
『小癪な――』
ヴェルナーは舌打ちし、シールドと物理装甲の両方を最大出力で展開。火花とスパークが散り、ニコの刃をギリギリで受け止める。
「さらに、こいつもお見舞いしてあげるよ」
セレンが引き金を引いた。『メテオストリーム』から放たれたのはNEØN徹甲榴弾。
着弾と同時に内部のNEØNスワームが臨界爆発を起こす特殊弾頭。セレンはそれをフルオートで連射しつつ、微妙に発射速度を調整していた。
その結果、数十発の弾丸が、コンマ一秒のズレもなく「完全同時」に着弾する。
『く――『セラフィム』、迎撃しろ!』
その瞬間、致命的なバグが発生した。
『セラフィム』のコアである6つの脳が、最適解を計算する。
右からの物理打撃、背後からの複合攻撃、正面からの飽和爆撃。
通常なら優先順位をつけて処理されるはずが、あまりに完璧に同期されていた彼らの思考は、20:20:20で完全に拮抗してしまったのだ。
システムがオーバーフローを起こし、思考が「0.5秒」フリーズする。
神の動きが止まった。
その隙を、パンクロウラーズは見逃さない。
ルナの『ファミリア』が翼を根本から毟り取り、ニコの『ネコマタ』が装甲を深々と抉り取る。
『下等なクズの分際で……!』
ヴェルナーは悲鳴を上げ、オート制御を放棄してマニュアル操作へ切り替える。6つの脳が出力する膨大な計算結果を、自らの脳で処理しようと試みる。
だが。
『追い付けない……!?』
視界を埋め尽くす情報の奔流に、ヴェルナーの思考速度がまるで追いつかない。
「……ハードウェアは優秀でも、あんたの意識がポンコツじゃ意味ないよ」
ルナが冷たく言い放つ。
「貴方は『未来が見えている』気になっているだけで、実際には"彼ら"が見た未来の残像を追っているだけなんだ」
セレンが追い打ちをかける。
『貴様ら……!』
屈辱に顔を歪めたヴェルナーが吠えた。
『私を侮ったことを後悔させてやる。神経同化率を100%にしろ、『セラフィム』!』
機体が不気味に脈動し、ヴェルナーの神経網が機体システムと完全に融合していく。
『ハハハ! まだ私は進化できる! 私は貴様らを超越した神だ!』
翼から射出されるビット、全身からのビーム、不可視の衝撃波。
暴走に近い飽和攻撃が、3人を襲う。回避も防御も間に合わない速度。
『貴様たちが"バグ"だと? 笑わせる! 確かに貴様たちは羽音がやかましい羽虫だよ! このまま潰れろ!』
「――行くよ」
セレンの声が静かに響いた。
直後、3人の姿が世界から消えた。
『――っ!?』
ヴェルナーが全センサーを動員するが、何も捉えられない。
『馬鹿な……速すぎる!?』
「……リクの『オーバークロック』……この領域に辿り着いて、やっと真似できた」
ルナの声が、いつの間にか至近距離から聞こえる。
「それに、わかるかい? 貴方は私たちに手加減されていたってことを」
『何……!?』
「アタシたちはアンタに支配された、その6人のNEXASの人たちを助ける。だからどうしても手加減が必要だったんだけど――」
ニコの声が重なる。
「――アンタが程よくパワーアップしてくれたおかげで、遠慮なくぶっ叩けるようになったってことさ!」
凄まじい衝撃が『セラフィム』を左右から襲う。ルナの『ファミリア』が巨大な万力となって機体を挟み込み、空中で完全に固定した。
「……抵抗するなら、アンタの居るコックピットブロックだけペチャンコにするよ」
『その程度の拘束で……!』
ヴェルナーがシールド出力を上げるが、セレンが周囲を超高速で旋回しながら放ったNEØN榴弾が、機体の関節部すべてに同時着弾した。
『ぐああああッ!?』
ダメージが、同化したヴェルナーの神経に激痛としてフィードバックされる。
「機体とのシンクロ率を上げたのが仇になったね」
ニコが『ネコマタ』を突き立てる。
『ふざけるな……私は神だあああああああああッ!!』
ヴェルナーは苦痛の中でさらにシンクロ率を高め、200%の領域へ踏み込む。だが、彼の脳内に流れ込んできたのは、神の全能感ではなかった。
『……たす……けて……』『……痛い……』『……かえし……て……』
『これは――う、うわぁああああああああああああああッ!!』
それは、部品として使われていた6人のNEXASの記憶と絶望。
狂乱するヴェルナーに呼応し、機体が火花を散らして自壊を始める。融合した精神が拒絶反応を起こし、自滅しようとしているのだ。
「犠牲はもう許さない」
セレンが『メテオストリーム』の最後の弾丸を放ち、暴走する動力炉を正確に撃ち抜いた。強制冷却が始まり、機体の光が失われていく。
「……罪は償ってもらう。死んで楽になれると思わないで」
ルナの『ファミリア』が、装甲を紙のように引き裂き、コックピットハッチを無理やり剥ぎ取る。白目を剥いて痙攣するヴェルナーを引きずり出した。
「……お待たせ。もう大丈夫だよ」
崩れ落ちる『セラフィム』の残骸から、ニコが飛び出す。
彼女の両腕には、機体から引き抜かれた6つの生体ユニット――NEXASの脳が収まるそれらが、大切に抱えられていた。
瓦礫と共に落下しながら、ニコは優しく囁く。
「完全に元通りにするのは難しいけど……必ず救うよ」
こうしてクリフォトタワーの底で、戦いは幕を下ろした。




