5-4
奥に『ホークアイ最高司令部』の要塞と『オウルオーニング本社』が聳え立つ『アクゼリュス』の人工の空の下、静寂に包まれていた模造の都市は、瞬く間に戦場へと変貌した。
ファルコたちが交差点の中央に誘い込まれた瞬間、3方向のビルの陰から、巨大な影が這い出した。 重厚な駆動音と共に現れたのは、計6機の重武装アームドスケルトン。
「新型ですね。……情報にない機体です、二等官」
シオンが警戒を露わにする。全長7メートル。夜間の市街地に溶け込むマットブラックの装甲と、兜の奥で昏く灯る真紅のセンサーアイ。肩幅が広く、猫背で、全身を覆う防御用のクロークシールドを纏ったその姿は、大鎌こそ持っていないが、まさに『死神』そのものだった。
「あの3匹の"ブタ"どもが、うちのババアにバレないようにコッソリ作らせた機体か。趣味が悪いぜ」
ファルコが吐き捨てるように呟く。
HAS-09『グレイブキーパー(墓守)』。その名の通り、敵を地獄へ葬るために設計された殺戮兵器だ。
「他にも有象無象がちらほらといるな」
リクが涼しげな瞳を周囲のビル群へと走らせる。光学迷彩によるステルスで視認はできないが、肌を刺す殺気と微かなNEØNのゆらぎで、10数人程度の『アームドスーツ』部隊が伏せていることを感じ取っていた。
『既にお前たちは包囲されている。逃げ場はない――まさに"処刑場"だ』
感情の死んだシュナイドの声が、無慈悲に響き渡る。直後、シュッという音と共に大量のキャニスター弾が撃ち込まれ、濃密な灰色のスモークが3人の視界を埋め尽くした。
「……ッ、ジャミングスモークか!」
ただの煙幕ではない。大気中の待機状態にあるNEØNに干渉し、一時的にアクセスを封じる特殊粒子が含まれている。外部からのエネルギー供給を断たれた孤立無援の檻に閉じ込められる形となる。
「私の後ろへ!」
シオンが叫ぶと同時に、四方八方から銃弾の雨が降り注いだ。 彼女は前に飛び出し、2丁の『トライデント』を連結させてシールドを展開。体内に蓄積されたNEØNを燃やし、ドメインの出力を無理やり引き上げる。範囲よりも強度を重視したドーム状の障壁が、ファルコとリクを包み込む。
「くっ……弾幕が厚すぎるわね……!」
着弾の衝撃が絶え間なくシオンの腕に伝わる。『グレイブキーパー』が放つ57mm電磁加速ガトリング砲の重い一撃がドメインを削り、周囲のビルから不可視の『アームドスーツ』部隊が放つ装甲貫通弾が、一点集中でシオンの精神力をガリガリと削っていく。ジャミングによって周囲のNEØNを補充できない今、これは自分の寿命を削っているに等しい。このままではジリ貧だ。
「長くは保たないわよ!」
シオンは舌打ちを一つ。次の瞬間、NEØNの出力を限界までブーストさせ、背後に「不可視の巨大な腕」を形成した。轟音とともに見えない巨腕がアスファルトの地面を掴み、巨大な"ちゃぶ台返し"のごとく強引に捲り上げたのだ。
めくれ上がった道路とコンクリート塊が、即席にして堅牢な防壁となって3人の前に立ちはだかる。静止衛星軌道ステーションの建材だけあり、その強度は並大抵のものではない。圧倒的な弾幕が遮断され、僅かな静寂が訪れる。
「でかしたシオン。まずは厄介な芋野郎どもを特定するぞ」
ファルコがニヤリと笑い、コートを翻す。内側から6機のハヤブサ型ドローン『ラプターズ』が射出され、スモークを切り裂いて一気に上空へと散開した。
「フローネ謹製の『アンチ・メタ・ステルス』のおかげで丸わかりだぞ、リク」
ドローンの電子の目が、熱源とNEØN反応を逃さず捉える。ファルコから送られた3次元マップがリクの網膜に投影され、敵兵の位置が赤点でマーキングされていく。
「了解だ。……じゃあ、斬ってくる」
リクが重心を低く落とす。体内の電荷を操作し、神経伝達速度を極限まで高める、一般的なNEXASとは隔絶した速度の『オーバークロック』を発動。世界から音が消え、色彩が褪せる。飛来する銃弾が空中で静止したかのようなスローモーションの世界。シオンの展開するNEØNシールドが、通常の感覚では知覚できない速さで点滅を繰り返しているその隙間を縫い、リクは紫電となって外へと飛び出した。
『させると思うか?』
頭上からの殺気。 リクを食い止めるため、スモークの中から二振りのブレード付きハンドガンを構えたシュナイドが急降下してくる。リクの反応速度でも、体勢的に迎撃は困難――かに思えた。
「こっちのセリフだ馬鹿野郎!」
ガギィンッ!!
金属音が火花と共に弾ける。咄嗟に前に出たファルコが、愛銃『ブラック・タロン』の銃身をクロスさせ、シュナイドの凶刃を受け止めていた。重いアームドスーツの一撃を、老練な技量でいなす。
「リベンジなら受けて立つぞ、若造」
『……フン、ならば望み通り殺してやろう』
影と影がぶつかり合う。その隙に、リクは風となって戦場を駆け抜けた。
「一旦そいつの相手は任せたぞ、ファルコ」
スモークを抜け、姿を現したリクに対し、6機の『グレイブキーパー』に搭載された戦闘補助AIが即座に反応した。
真紅のセンサーアイが彼を捕捉し、ガトリング砲が唸りを上げて回転を始める。秒間50発を超える死の弾幕。だが、今のリクにとっては、それすら止まって見えるほどに遅い。
「――遅い」
リクは迫りくるガトリング弾幕を、超音波振動を纏わせた『雷切』で次々に弾き返した。火花を散らしながら正確無比に跳ね返された弾丸は、そのまま発射主である『グレイブキーパー』へと降り注ぐ。対NEØNコーティングが施された複合積層装甲をもってしても、至近距離からの自機ガトリングの直撃には耐えられない。全身に無数の風穴を開けられ、巨体が火花を散らす。
リクの疾走は止まらず、すれ違いざまに『雷切』を一閃。神速の居合が、もう1機の『グレイブキーパー』の装甲の隙間を走り、上半身と下半身を滑らかに切り離した。
「次は貴様だ」
倒れる機体を踏み台にジャンプしたリクは、目の前に立ち塞がる3機目の『グレイブキーパー』の頭部に着地する。そして逆手に持った『雷切』を、そのまま脳天――メインセンサーと制御中枢がある部位へ突き刺した。
『がぁああああああ!?』
刀身から流し込まれた高圧電流が、機体内部の電子回路を焼き尽くす。血飛沫のようなスパークを上げて崩れ落ちゆく機体を蹴り、リクは重力を無視してさらに飛翔。狙撃手たちが待ち構えるビルの壁面を、垂直に駆け上がっていく。
「――刈り取られるのはお前達だ。死神ども」
刀を構え、眼下の敵を見下ろす瞳に雷光が宿る。処刑場に現れたのは、死神ではなく"雷神"だった。
『――ッ!?』
ビル壁面に張り付き、狙撃の好機を窺っていた『アームドスーツ』の隊員たち。彼らの意識は戦闘用ドラッグと電脳補助による『オーバークロック』で極限まで加速しており、辛うじてリクの姿を視界に捉えていた。
紫電を纏った死神が、重力を無視して駆け上がってくる姿を。
だが、加速した意識に肉体の反応速度が追いつかない。指がトリガーを引くよりも、脳が回避信号を送るよりも速く、リクは彼らの間合いを侵略していた。
あるいは、生物としての根源的な恐怖が、彼らの身体を凍りつかせていたのかもしれない。
『うわぁああああああああああッ!!』
『この化け物が!!』
ステルス迷彩の維持すらできなくなり、虚空に姿を晒した隊員たちが慄き叫ぶ。絶望に駆られてリクへライフルを向けるが、直後、その銃身がチーズのように切断された。目の前の事態を認識できず思考停止した隊員2名の視界が、反転する。
リクの『雷切』による峰打ちと、刃から伝導した高圧電流が中枢神経を焼き、彼らの意識を強制的にシャットダウンさせたのだ。
『ヤツを止めろ!』
地上の『グレイブキーパー』の1機が、上空の惨状に反応した。 味方の巻き添えも厭わず、クロークシールドの内側に格納されたマイクロミサイルポッドを展開。リクの着地予測地点へ向けて発射する。
死の航跡を描いて迫る小型ミサイル。
しかしリクは、まるでパスを受け取るストライカーのように空中で身を捻ると、飛来したミサイルの側面を爪先で蹴り飛ばした。
ベクトルを書き換えられた爆炎の塊は、向かいのビルに潜んでいた別の『アームドスーツ』分隊のもとへ一直線に吸い込まれていく。
ビルの一角が吹き飛び、黒煙が噴き上がる。
「直撃は避けてやったが、流石の死神部隊専用の『アームドスーツ』だな。あの爆風を浴びても気絶で済むとは」
爆心地から吹き飛ばされ、糸が切れた人形のように転がる隊員たちを見下ろし、リクは嗤う。その瞳が、次なる獲物を求めて遠くを見据えた。
『ひっ……!』
その視線に射抜かれたのは、生き残りの『アームドスーツ』たち。 リクの姿が再びブレて消える。 直後、無線から聞こえていた彼らの絶叫は、ノイズと共に途切れた。
『アームドスーツ隊が全滅だと……馬鹿な……』
地上に残された『グレイブキーパー』のパイロットが、信じられない光景に戦慄する。 だが、彼らが見るべき相手は空だけではなかった。
「よそ見している余裕なんてある?」
冷ややかな声が足元から響く。 目の前の『グレイブキーパー』の巨躯が、突如としてギシリ、と悲鳴を上げた。 スモークが晴れ、ジャミングの効果が消滅したことで、シオンは再び万全の状態でNEØNを行使できるようになったのだ。 彼女が操る「不可視の腕」が、鋼鉄の巨人を万力のように締め上げ、内部フレームや駆動系を飴細工のように捻じ曲げていく。
『ぐああああッ! 機体が、潰れるッ!』 『そいつから離れろ!』 『潰してやる……!』
仲間を助けるべく、残る2機の『グレイブキーパー』が動く。 1機は背部と脚部の大型スラスターを全力で噴射し、爆発的な加速でシオンへ肉薄。左腕に装備された、大鎌が3枚並んだような処刑用大型クローを振りかざす。 それにタイミングを合わせ、もう1機がシオンの死角である頭上から跳躍し、28トンの質量で彼女を踏み潰しにかかる。
完璧な連携。逃げ場のない絶殺の包囲。 だが、シオンは不敵に微笑んだ。
「束になって来てくれて助かるわ」
シオンは拘束していた機体を盾にするどころか、それを囮にしたまま、チャージしていた2丁の『トライデント』の銃口を向けた。 奔流するNEØNの光。 極太の照射ビームは、大型クローを振りかざして突っ込んできた『グレイブキーパー』の左半身を、対NEØNコーティングごとごっそりと蒸発させた。
『な――』
バランスを失い、独楽のように回転して倒れる機体。 そして、頭上から落下してくる最後の1機に対しては、左半身を失って無防備になった機体を「不可視の腕」で掴み上げ、ハンマー投げの要領でぶつけた。
ガシャァァァン!!
空中で激突する二つの巨体。装甲が砕け散り、絡み合ったまま地面に落下し、爆発四散する。
『お前も、化け物だ……!』 「あの馬鹿と一緒にされたくないけど――不思議と悪い気はしないわね」
コックピットブロックを除いて徹底的に破壊され、スクラップと化した『グレイブキーパー』の山。 シオンは髪をかき上げ、荒い息を整えた。
Ø
『24名のアームドスーツ隊と6機のアームドスケルトンが無力化か……』
部隊の全滅を目の当たりにしてもなお、シュナイドの声に動揺の色はなかった。
「俺達0課を甘く見るなよ小僧」
超至近距離での死闘。 シュナイドが繰り出す双剣の連撃を、2丁のリボルバーと『ラプターズ』によるオールレンジ攻撃で凌ぎ切ったファルコが、ついにシュナイドの背後を取った。 右手の『ブラック・タロン』の冷たい銃口を、その後頭部に押し付ける。
「決着は着いたか。口惜しいな」
リクも合流し、『雷切』を構えて退路を断つ。 チェックメイト。誰もがそう確信した場面で、シュナイドは低く笑った。
「ふん、何を勘違いしている?」
「何ですって?」
シオンが眉を顰める。
『――死神は死なない。お前たちを刈り取るまで止まらない』
直後、シュナイドの全身からナノバグを含んだ莫大な量の紫炎が吹き出し、その圧倒的な質量にファルコたちの身体はジリジリと後退する。
「テメェまさか――」
ファルコが絶句し、銃を持つ手がわずかに揺れる。
「怪物め、容赦しないぞ」
リクが嫌悪を露わにする。 だが、シュナイドは恍惚とした表情で、血塗れの上官たちを見下ろした。
「俺の信じる“正義”を成すために俺は怪物になった」
「馬鹿馬鹿しい。正義の味方を気取りやがって。反吐が出らあ」
ファルコが問う。
「違うな、正義そのものだ。そして正義とは"力"だ。あらゆる"悪"を滅ぼす絶対的な武力だ」
シュナイドの声が熱を帯び、狂気を孕んでいく。
「この力は素晴らしい。AXZ機関の、AIZの祝福だ。俺は彼らの代行者として悪を裁く」
言葉と共に、シュナイドの纏う漆黒のアームドスーツが脈動を始めた。 内側からボコボコと膨れ上がり、装甲が弾け飛ぶ。人の形が崩れ、鋼鉄と筋肉が融合した異形のシルエットへと変貌を遂げる。 それは、筋骨隆々の悪魔そのものだった。
「力を求めて、自らNO-IDに堕ちたのね……」
シオンが呆然と呟く。 目の前に立つのは、もはや人間ではない。力という概念に魂を売り渡した怪物だ。
「御託はどうでもいい――ただお前を斬る。それだけのことだ」
リクが刀を構え直す。 理性と狂気、人と怪物。最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
「ならば貴様から先に殺す」
シュナイドが低く唸る。 直後、世界が紫色の閃光に染まった。 リクの『雷切』が放つ蒼き稲妻と、シュナイドの拳が纏う禍々しい紫炎が衝突し、大気を震わせる衝撃波がビル群のガラスを一斉に粉砕した。
「早すぎて……眼が追いつけない……!」
シオンが呻く。彼女の強化された動体視力でさえ、二人の姿はブレた残像としてしか認識できない。ただ、火花と衝撃音だけが彼らの存在を証明している。
「下手に近づけば、あの高密度のNEØNの余波だけでお陀仏になりかねないな」
ファルコもまた、歯噛みしながら銃を下ろすしかなかった。今の二人の領域は、他者の介入を許さない死の聖域だ。 そのことを誰よりも理解しているリクが、交錯の合間に叫ぶ。
「手出しはするなふたりとも! 今は俺の獲物だッ!」
リクが繰り出す斬撃は、神速の領域に達していた。 上下左右、全方位からの連撃。だが、シュナイドはそのすべてを最小限の動きで、あるいはその豪腕で正確に捌いていく。 焦りを感じたリクは、更に自身の神経伝達速度を上げるべく『オーバークロック』を加速させる。だが、怪物は嗤いながら、その加速に容易く追随してきた。
「ハァ……ハァ……ッ!」 「無理をしているようだな。息が上がっているぞ」
鍔迫り合いの最中、シュナイドが冷酷に指摘する。
「貴様の『オーバークロック』によって生じる肉体の過剰な熱エネルギー……それをそのカタナに伝達させることで、自身の肉体を強制冷却しているようだが――」
シュナイドの視線が、リクの刀に向けられる。
「そろそろ、オーバーヒートが目前まで迫っているんじゃないか?」 「――っ」
図星だった。 リクが握る『雷切』の刀身の周囲では、逃がしきれない熱が陽炎となって揺らめき、蜃気楼のように空間を歪めている。刀身自体も悲鳴を上げるように微振動しており、限界は明らかだった。
「出し惜しみはするな。お前の全力を凌駕してやる」
シュナイドはニヤリと嗤うと、両手を広げ、一気に真正面から突っ込んできた。 一切の構えを取らず、胸元を晒した無防備な突進。それが明らかな挑発であることは疑いようもない。
しかし、リクは敢えてその誘いに乗る。 肉体も刀も限界に近い。長期戦になれば確実に負ける。ならば、残された全エネルギーをこの一撃に注ぎ込むしかない。
(そうだ。俺は雷……一瞬の閃光であればいい!)
「――灼き尽くせ、『緋刀・真紅』!!」
リクが吼える。 『雷切』の漆黒の刀身がスライド展開し、内部の強制冷却機構が晒される。瞬間、リクの体温を一気に奪い取った刀身から、煌々と輝くオレンジ色の冷媒NEØNが噴き出した。 それは単なる排熱ではない。莫大な熱量を一点に収束させた、プラズマの刃。 触れるものすべてを蒸発させる、リクの最大最強の奥義。
「……!」 「消えろォォォッ!!」
リクの姿が消える。 オーバークロックの限界を超えた速度から放たれる、不可視の居合。 音すら置き去りにするその一撃を、未だかつて見切った相手は存在しなかった。 勝利を確信した斬撃が、シュナイドの首へと吸い込まれる。
――ガシィッ。
鈍い音が、リクの鼓膜を叩いた。
「――遅いな」 「なっ――」
リクが驚愕に目を見開く。 彼が全霊を賭して放った『緋刀・真紅』は、あろうことかシュナイドの右手の指先だけで受け止められていた。 白刃取りですらない。ただの摘むような動作。 刀身から噴き出していたオレンジ色のプラズマも、シュナイドの全身から燃え盛る圧倒的な質量の紫炎によって抑え込まれ、かき消されていく。
ジュッ、と音を立てて、遂に限界に達した『雷切』が完全に沈黙した。
「少しは楽しませてもらった」
怪物は退屈そうに告げると、指先に軽く力を込めた。
パキィン!
甲高い金属音が響き、『雷切』の刀身が飴細工のように半分からへし折られた。 宙を舞う折れた刃。 自身の半身とも言える愛刀を失い、呆然と立ち尽くすリク。その隙だらけの胴体に、シュナイドの丸太のような蹴りが深々と突き刺さった。
「がはっ――!?」
肋骨が砕ける音。 リクの身体はボールのように吹き飛ばされ、数百メートル先のビル壁面に激突。瓦礫の中に埋もれ、動かなくなった。
砂塵が舞う中、折れた刀だけが虚しく地面に突き刺さる。 圧倒的な暴力の前に、"雷神"は敗北した。
Ø
叩きつけられた衝撃で、意識が泥の中に沈んでいく。 瓦礫の冷たさも、身体中を走る激痛も遠ざかる。 深い、深い闇の底で、リクは懐かしい雨の音を聞いた。
Ø
「――テメェは"カタナ"になれ」
その男は、そう言った。 時代錯誤も甚だしい剣客だった。 全身を機械化するのが当たり前のこの世界において、男は生まれたままの「生身」だった。筋肉増強も、脳内加速も、網膜ディスプレイもない。 腰に差しているのは、NEØNブレードでも超振動剣でもない、ただの鉄の塊のようなナマクラ刀。
だが、その男は強かった。 最新鋭のサイボーグたちが、そのナマクラの一閃で、豆腐のように斬り裂かれていく光景を何度も見た。
男が、路地裏で死にかけていた家族のいない少年を拾ったのは、ただの気まぐれだったのだろう。 剣を教えたのも、暇つぶしかもしれない。 だが、少年には――リクには、男すら予期せぬ「剣の素質」があった。
少年は、ただ教えられるがままに吸収した。 呼吸を、足運びを、筋肉の躍動を、殺気の流れを。 男の振るう剣技の全てを、スポンジが水を吸うように自らの血肉へと変えていった。
そして、ある雨の日。 男と少年は向かい合った。 言葉はなかった。互いの殺気が肌を刺す感覚だけが、開始の合図だった。
勝負は、瞬きよりも速かった。
交差する影。弾ける雨粒。 静寂が戻った時、立っていたのは少年の方だった。 男の胸からは、鮮血が溢れていた。最強と呼ばれた剣士を、名もなき少年が斬り伏せたのだ。
「……ケッ、見事だ」
男は血を吐きながら、けれど満足げに笑った。 息子を見る目でも、弟子を見る目でもなかった。 それは、丹精込めて打ち上げた最高傑作の「凶器」を見る目だった。
「これで……最強の"カタナ"が出来た」
男は笑い、そして事切れた。
少年は泣かなかった。 ただ、雨に打たれながら立ち尽くしていた。 師を殺し、最強の証明を果たしたその手には、何も残らなかった。
あの日から、少年はずっと独りで待ち続けていた。 自分という、研ぎ澄まされすぎた鋭利な"カタナ"。 その柄を握り、鞘から解き放ち、本当に斬るべき相手を示してくれる「主」の存在を。
(……ああ、そうか)
瓦礫の中で、リクの指がピクリと動く。 (俺はもう、見つけていたんだな)
脳裏に浮かぶのは、背中を預けられる生意気な相棒たちと、悪態をつきながらも自分たちを導く上司の顔。 シオンの悲痛な叫び声が聞こえる。 ここで折れるわけにはいかない。 俺は、あいつらを守るための剣なのだから。
Ø
「この……ッ!」
リクが吹き飛ばされた光景に、シオンの理性が弾け飛んだ。 激情に駆られた彼女は、2丁の『トライデント』を闇雲に乱射しながら、シュナイドの懐へと突っ込む。 だが、怪物と化したシュナイドは、雨あられと降り注ぐNEØN弾を軽く身を捻るだけで躱していく。
「遅い」
冷徹な声と共に、丸太のような腕が伸びる。 五指を開き、シオンの頭蓋を果物のように握り潰そうとする死の一撃。 死が目前に迫った瞬間、シオンの脳内でシナプスが過剰発火した。
(避けなきゃ……ッ!)
瞬間的な『オーバークロック』。 世界がコマ送りに変わり、彼女は紙一重で身を屈め、頭上を通過する豪腕を回避した。 ガラ空きになったシュナイドの懐。そこには剥き出しのNEØNコアが輝いている。
(いける!)
シオンは逆手に持った『トライデント』の超振動ブレードを、コア目掛けて全力で突き出そうとした。 脳からの命令は完璧だった。タイミングも、角度も。 だが――。
「っ!?」
シオンの腕は、動かなかった。 否、正確には動いている。だが、あまりに遅い。 極限まで加速した生身の脳の処理速度に対し、機械である義肢のサーボモーターの反応速度が追いついていなかったのだ。 致命的な、コンマ数秒のラグ。
「無様だな。殺す価値もない」
シュナイドは見下すように吐き捨てると、凍りついたシオンの身体を無造作に抑え込んだ。
「がっ……!?」
逃げ場はない。 シュナイドは重機のような足でシオンのサイバネ脚を踏みつけ、蹂躙した。 バキバキバキッ! 強化樹脂と合金が砕け散る不快な音が響く。
さらに、抵抗しようとする両腕を掴むと、枯れ木を折るように容易く引き千切った。
「――ッ!?」
ブチブチとケーブルが断裂し、オイルと火花が舞う。 四肢を奪われたシオンは、疑似痛覚信号が脳を焼き切るほどの激痛に襲われ、声にならない悲鳴を上げたまま、意識を闇の中へと手放した。
Ø
ふわりと、甘い匂いがした。
その日は、彼女の10歳の誕生日だった。 予約の取れないレストラン。目の前には蝋燭が灯されたショートケーキと、綺麗にラッピングされたプレゼント。包み紙を開けると、ふわふわの白いウサギのぬいぐるみが現れた。 パパとママが「おめでとう」と笑いかけてくれる。 世界で一番幸せな時間。永遠に続くと思っていた、当たり前の日常。
けれど、そんな幸福は脆くも崩れ去った。
ガラスが割れる音と共に、漆黒の怪物が現れた。 悲鳴。鮮血。肉が裂ける音。 大好きなパパとママが、赤い塊に変わった。 怪物は、返り血で濡れた顔をゆっくりと少女の方へ向けた。 あ、死ぬんだ。そう思った。
それから先は、よく覚えていない。 ただ、視界いっぱいの血溜まりの中で、気がつくと目の前に一人の少年が立っていた。 紫色の稲妻を纏い、身の丈ほどのカタナを握った、同じ年頃の少年。 彼の足元には、首を切り落とされた怪物が転がっていた。
――次に目を覚ました時、彼女は病院のベッドの上にいた。 白い天井。鼻をつく消毒液の匂い。 身体を起こそうとして、違和感に気づいた。 ない。 手も、足も。 NO-IDによる傷口からの"汚染"が深刻で、再生治療が間に合わなかったのだと、医師は無機質に告げた。
その日、少女はなにもかも失った。 家族も、身体も、未来も。 リハビリなんてしたくない。義手なんていらない。このまま死んでしまいたい。 毎日泣き続け、心を閉ざした少女の病室に、あの少年はずっと居た。
彼は何も話さなかった。励ますわけでも、慰めるわけでもない。 ただ、窓際の椅子に座り、静かに外を見ていた。 邪魔だと言っても出ていかなかった。
ある日、ふと訊いてみた。
「なんで……私を助けたの」
あのままパパとママと一緒に死んでいれば、こんなに苦しむことはなかったのに。 少年はゆっくりと視線をこちらに向け、静かに答えた。
「お前が、生きたいと叫んでいたのが聞こえたからだ」
叫んでなんていない。声なんて出なかったはずだ。 けれど、少年には聞こえたのだという。
「お前がもう一度立ち上がりたいと言うなら、俺は力を貸してやる」
少年は立ち上がり、まっすぐに少女の瞳を見据えた。
「俺が、お前の"カタナ"になる」
ぶっきらぼうな、けれど鋼のような強さを秘めた言葉だった。 その時初めて、少女は悔しさや絶望ではない、温かい涙を流した。 ――強くなりたい。 彼に守られるだけでなく、彼のように。 もう二度と、自分のような理不尽な悲劇を生み出さないために。
少女は義肢を受け入れた。血の滲むようなリハビリと訓練に耐えた。 そして1年後。 少女は、少年の隣に並び立つ「相棒」となっていた。
(……まだよ)
闇の中で、シオンの意識に灯がともる。
(あの時の約束は、まだ終わってない――!)
Ø
「よくもあいつらを……!」
激昂したファルコの咆哮が、無人のビル街に虚しく響く。 無惨に破壊されたシオンと、瓦礫に沈んだリク。その姿が、ファルコの脳裏に焼き付いているトラウマ――あの日、冷たくなっていた愛する妻と娘の姿と重なった。
まただ。また、なす術なく奪われるのか。
(――正義の名のもとに、悪を確実に殺すために少数の罪のない人々を犠牲にし) (――正義の名のもとに、少数の金持ちを生かすために多数の貧しい人々を犠牲にする)
ホークアイが掲げる欺瞞だらけの理念が、反吐と共に喉まで込み上げる。
(――糞食らえだ)
この外道は、必ず俺が殺す。
あれからずっと、後悔の日々だった。 毎日欠かさず妻子の墓参りをし、花を手向ける。夜は安酒を浴びるように飲み、泥のように眠る。それでも、あの日の傷は決して癒えない。
何が伝説の傭兵部隊『イレヴン・レイヴンズ』だ。 何がエースだ。 そんな空虚な称号があったところで、本当に救いたかった、たった二つの命すら救えなかった。
ガキの頃に出会った、"憧れのヒーロー"――鷲の意匠を纏ったあの人のようになりたくて。 幼馴染の女の子を、一生守り抜きたいと思った。 だから力を求めてクロウズになった。 それから幼馴染と結ばれ、天使のような娘が生まれた。 より大きな力を求めて、レイヴンズになった。
でも結局、守れなかった。
機甲1課による、ビル占拠テロの鎮圧作戦。 人質が居たにも関わらず、彼らは同じビルの上層階に居合わせた富裕層の安全確保を最優先し、下層階ごとテロリストを吹き飛ばす強硬手段を取った。 大多数の「無価値な」市民を犠牲にして。
あの時、自分があの場所に居合わせていれば。 あの時、自分が任務よりも家族を優先していれば。 結果は違ったかもしれない。
でも、間に合わなかった。
それからずっと、鉛のような後悔を抱えている。 復讐に駆られ、単身ホークアイ本部へ特攻しようとした夜もあった。 だが、かつての"憧れのヒーロー"――イーグラに止められた。 殴り飛ばされ、そして彼女に、新たに守るべき存在を託された。 行き場のない、不器用な若者たちを。
だから誓ったのだ。 今度こそ、彼らを守り抜くと。
それなのに、また奪われるのか。
「……ッ!!」
ファルコがコートを翻す。 残った全ての『ラプターズ』を一斉に向かわせ、シュナイドを全方位から包囲する。レーザーと実弾の嵐。 だが、シュナイドはそれを手で払う羽虫のようにあしらった。
ドォォォン!
1機、また1機と、次々に撃墜され、火球となって堕ちていく。 ファルコの指先が震える。マニュアル操作の精度が、全盛期に比べて圧倒的に落ちている。これでは、まともな時間稼ぎにもならない。
「動けよ……俺の身体ッ……!」
次々に『ラプターズ』が屑鉄に変わる中、ファルコは自身のシナプスを無理やり加速させ、スローモーションの世界でシュナイドと対峙する。 意識は加速している。敵の動きも見えている。 だが、老いた生身の肉体が、加速した思考についていけない。神経が悲鳴を上げ、筋肉が断裂しそうだ。
こちらの攻撃は届かず、敵の殺意だけが肌を焼く。
「そんなものか。かつての『死神』と呼ばれた男の、見る影もないな」
本物の怪物となった死神が、嘲笑う。
「動け……!」
自分の身体に言い聞かせるが、力が入らない。 手足が鉛のように重く、一瞬でも気を抜けばその場に崩れ落ちそうだ。
「いい加減に死ね。老兵。お前の炎は、既にあの日消えているだろうが」 「……まだ、燻ってるよ。クソ野郎……!」
ファルコは吼えた。 残った最後の力を振り絞り、あえて死地へと踏み込む。 シュナイドの懐へ飛び込み、『ブラック・タロン』を握ったままの右手で、その悪魔のような顔面を力任せに殴りつけた。 同時に、引き金を引く。
ズドンッ!!
ゼロ距離射撃。銃口からNEØNで形成された50口径の炸裂弾頭が放たれ、シュナイドの頭部を内側から吹き飛ばした。 肉片が飛び散り、首から上が消失する。
「ハァ……ハァ……やった、か……?」
だが、現実は無情だった。
「惜しかったな。……ギリギリ、俺のコアには届かなかったようだ」
頭部の大半を失いながら、シュナイドの身体は倒れない。 抉れた断面から曝け出された、リング状に回転するNEØNコア。それだけが無傷で輝いていた。 直後、黒い肉芽が泡立つように溢れ出し、みるみるうちに失われた頭部を再生していく。
元通りになった顔が、ニヤリと笑った。
「ここで終わらせてやる」
絶望が、ファルコの膝を折った。 ガクリと体勢を崩した彼の首を、シュナイドの左手が万力のように締め上げる。
「ぐ、が……ッ」
そのまま宙吊りにされ、足が地面から離れる。 酸素が絶たれ、視界が明滅する中、シュナイドの右手刀が、ゆっくりとファルコの心臓へと狙いを定めた。
走馬灯すら見えない。 戦いは、終わりを迎えようとしていた。
Ø
「……っ!」
四肢を失ったシオンは、瓦礫の海でもがいていた。 無様に、まるで芋虫のように身体をよじり、悔しさに涙を滲ませる。 視界の先では、首を絞められ、今にも命を断たれようとしているファルコの姿がある。そして、頼みの綱であるリクは、瓦礫に埋もれたままピクリとも動かない。
助けたいのに、動けない。 今の自分には、立ち上がるための足も、武器を握る手もない。
「お願いだから……目を覚まして……!」
喉から血が出るほど叫びたいのに、漏れ出たのは今にも消え入りそうな掠れ声だけ。その悲痛な願いは、リクには届かない。 絶望が黒いインクのように視界を塗り潰していく。
(このまま終わるの……? またあの日のように、私は何もできないまま、無力なまま死ぬの……?)
恐怖が心を支配しそうになった、その時。 脳裏に、かつての少年の言葉が蘇った。
――違う。助けを求めるな。
ぶっきらぼうで、けれど誰よりも自分を信じてくれた声。
――お前は強い。お前は自分の足で立てる。お前は自分の手で、誰かを助けることができる。 ――だからお前は、俺に力を貸せと言え。そうすれば俺は、お前の力になってやる。
そうだ。彼はあの日、私を「守られるだけの姫」にはしなかった。 共に戦う「剣士」として選んでくれた。
「……ええ、そうね。アンタのスパルタ指導のおかげで、私は何度だって立ち上がれた……!」
シオンの瞳に、決意の光が戻る。 彼女の切断された両足の膝下と、両腕の肘下に、周囲の空間から莫大なNEØNが渦を巻いて収束していく。
失った? だからなんだ。 足も腕も、なければ一から作り直せばいい。 サイバネ義肢の設計図なら頭にある。人体構造も熟知している。 彼女が再構築したのは、脆い生身の手足でも、重い金属の義肢でもない。 高密度のNEØNスワームそのものを編み上げ、実体化させた光り輝く四肢だ。
神経の電気信号を、物理的な回路を経由せずダイレクトに変換するシステム。 それは一切の遅延なく思考を伝達し、生身より強く、機械より精密に動く、最強の肉体。
「馬鹿な――何なんだ、お前は」
その時初めて、シュナイドがシオンに反応した。 ファルコを殺すことよりも、背後で膨れ上がる得体の知れないエネルギーへの警戒が勝ったのだ。彼はファルコをゴミのように放り捨てると、標的を変えて真っ直ぐにシオンへ突っ込んでくる。
「今度は確実に殺す――!」 「くっ……!」
シオンは以前より遥かに出力が高まったドメインを展開し、光の腕で防御壁を形成してシュナイドの突進を受け止める。 だが、衝撃が全身を貫く。 新たな手足を構築するのにリソースを割き過ぎた代償か、あるいはシュナイドの力が底知れないのか。彼女の輝くドメインは、シュナイドの放つ禍々しい紫炎に徐々に侵食され、ヒビが入っていく。
「シオン……! 耐えろ!」
地面に叩きつけられたファルコが、血反吐を吐きながら上体を起こす。 霞む視界で狙いを定め、辛うじて握りしめていた右手の『ブラック・タロン』を放った。
「この死に損ないが……!」
シュナイドは視線すら向けず、首を僅かに動かして弾道を躱す。 だが。
「がっ……!?」
次の瞬間、シュナイドの頭部が内側から炸裂した。 飛び散る肉片とオイル。
「……詰めが甘いんだよ、若造」
ファルコはニヤリと血に濡れた笑みを浮かべる。 シュナイドが躱した右手の銃撃はブラフ。本命は、死角から放たれた左手の『レイヴン・クロー』の一撃だった。
「――ッ!!」
しかし、悪夢は終わらない。 頭部のコアを破壊され、首から上が消し飛んでもなお、シュナイドの巨体は倒れなかった。 胸部に埋め込まれたNEØN生成機関が、暴走気味にエネルギーをポンプし続けている。 圧倒的な力への渇望。悪への憎悪。 妄執だけが原動力となって、首無しの怪物を動かしていた。
「しぶてぇ野郎だ……」
ファルコが舌打ちする。
そして、蝋燭が燃え尽きる寸前に激しく輝くように、"シュナイドだったナニか"の全身から溢れる紫炎が、臨界点を超えて燃え上がった。 自爆覚悟のエネルギー放出。これが爆発すれば、自分たちはおろか、この『ダアト』の区画ごと消滅しかねない。
シオン一人では抑えきれない。
「いい加減起きなさいよ、この大馬鹿ァァァッ!!」
しびれを切らしたシオンが、喉が裂けんばかりに怒鳴りつけた。
「……悪い。今起きた」
ふと、隣から涼しげな声がした。 シオンが目を見開き、信じられない表情で横を見る。 そこには、土埃を払いながら平然と立ち上がったリクが居た。
「アンタ……いつも居眠りして――」
「よくやったシオン。後は任せろ」
リクはシオンの前に歩み出る。手ぶらだ。
「いやでもアンタ、カタナは――」
「刀なら、ここにある」
リクは自身の右腕を掲げた。 全身から青い稲妻が迸り、そのすべてが右腕一点に収束していく。
「俺自身が、カタナになればいい」
バチバチバチッ! 許容量を超えたエネルギーにより、リクの生身の右腕は瞬時に黒く炭化し、ボロボロと崩れ落ちる。だが、その崩壊よりも速い速度で細胞が再構築され、新品の皮膚と筋肉が再生する。 破壊と再生。 一秒間に数千回繰り返されるその無限の循環が、右腕をこの世で最も鋭利で、高熱を宿す"刃"へと変貌させていく。
「――ッ!」
しかし、右手に十分に稲妻のチャージが溜まるまで僅かに猶予が必要であり、その隙に首無しのシュナイドが本能的にリクの元へと高速で迫る。それは最早ロケットだった。
「――させるかよ、怪物」
ファルコが左手の『レイヴン・クロー』を連射し、NEØN弾が怪物の分厚い胸板を抉り、胸部のNEØNドライブ――NO-IDにとっての"心臓"を暴いた。
「餞別だ。コイツを受け取って地獄に落ちろ」
最後に右手の『ブラック・タロン』から最後の一撃を放つと、怪物の心臓は貫かれた。
それでもなお怪物は止まらない。全身を崩壊させながらリクのもとに迫る。それはまさしく死を超越した"死神"さながらに。
「リク、介錯してやれ」
「ああ。一撃で決める」
遂に雷光が放たれた。
「無刀――『武御雷』」
「――ッ!」
紫炎を纏い、声にならない声で咆哮する首無しの怪物が、最後の特攻を仕掛ける。
「――リク!!」
シオンが叫ぶ。
リクは何も答えず、ただ口端をわずかに上げる。
――見てるか師匠。俺は真のカタナに成ったぞ
覚醒した"雷神"は、ただ一歩踏み込み、右腕を突き出した。
勝負は、一瞬だった。
紫色の炎が、蒼き雷光に飲み込まれ、蒸発する。 シュナイドの胸部のコアごと、その巨体が光の粒子となって霧散していく。
「さらばだ、"死神"」
リクが腕を下ろすと、そこには傷一つない綺麗な掌があった。 風が吹き抜け、熱気が冷めていく。こうして、狂った正義を振りかざした"死神"は、完全に死んだ。




