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「――全く息苦しくて仕方ないな。換気をしたほうがいいぞ貴様」
鼓膜を突き刺すような高周波の駆動音と同時に、格納庫の分厚い外壁が、内側から爆発したかのように弾け飛んだ。
壁の断面はまるでヤスリで磨き上げられたかのように滑らかで、紫電がパチパチと弾けている。
切り裂かれた「十字」の亀裂から差し込む外光。その逆光の中に立つ影が、超音波振動電磁刀――『雷切』を鞘に収める。
「CLOUD各地で同時多発的に発生したテロの実行リーダーにしてヴァルチャーヴォーテックスのボスであるザイン――貴様を倒す」
リクの冷徹な宣言とともに、彼が斬り開いた巨大な穴から、格納庫内の気圧差によって濃密なナノバグのどす黒い霧が屋外へと一気に吸い出されていった。
「ゲホッ、ガハッ……! 空気が……!」
ニコが喘ぎながら顔を上げる。
肺に新鮮な酸素が流れ込み、麻痺していた脳が急速に覚醒していく。それと同時に、彼女たちを組み伏せていたゾンビたちの動きが一斉に止まり、次々に床に崩れ落ちる。
「何故君たちがここに……」
「話は後です先輩。まずはあのクソ野郎を片付けましょう」
「……取り敢えず今は味方ってことでいいの?」
「そう思ってくれていい」
「まったくヒデェことしやがるなぁオイ。殺したのかコイツら」
「何寝ぼけたこと言ってんの? アンタまで感電して脳味噌コンガリ焼かれたわけ? コイツはただ気絶させただけよ」
リクの「雷切」から放たれた、本来なら空中で霧散するはずの電流は、ザインが撒き散らしたドス黒いナノバグの霧を道導として、まるで意思を持つ蛇のようにのたうち回り、新たに格納庫内に流れ込んだNEØNスワームが電磁エネルギーを増幅・連鎖させる。そうして放たれる稲妻の如き一撃は絶縁性のNEØNではなくゾンビたちの肉体を支配する導電性のDUSTに引き寄せられ、接地極としての機能を皮肉にも再現してしまい、結果として感電させられたという仕組みだ。
「いいねぇ不殺。甘っちょろくて反吐が出るねぇ――オエッ」
ザインはあからさまに嘔吐のジェスチャーを取ると片手間に右腕の内蔵機関銃を乱射した。しかし狙う対象はパンクロウラーズやリクたちではない。完全に戦闘不能になり、床に転がる手下たちに向けてだ。対戦車用の弾頭を人間に向けて放てばどうなるか。想像を絶する。
「――ふん」
リクは一瞬のうちに射線上に割って入り、全ての弾を刀で弾く。
「あいつどっからどう見ても瞬間移動してるでしょ……」
「体内のあらゆる電荷を支配し、シナプスを加速させるオーバークロックだったかしらね。デタラメ過ぎるわ」
やや引き気味のニコにシオンも同意する。
「オイオイマジでバケモンだな、10課の最強のカタナ使い。こりゃ俺も人間やめるしかねぇよなぁ!」
ザインの咆哮とともにジェノサイドの四肢が爆発的な音を立ててパージされた。曝け出されたフレームの接続ジョイントから四条の超高張力炭素繊維ワイヤーが射出され、先端部のチタン合金製アンカーが格納庫最奥のコンテナに撃ち込まれる。
「何をするつもりなの!?」
すぐ横に落ちるパージされた手足を回避しつつシオンが身構える。
「……多分第二形態」
「ルナのゲーマー的説明は分かりやすくて助かるね」
軽口を叩くセレンとルナだがその頬には冷や汗が伝う。
「人間に戻る気なんてサラサラ無いね――テメェら全員食い千切ってやるよ」
コンテナが破られ、中から猛烈な勢いで巻き取られるワイヤーが"黒鉄の巨獣の足"を無理やり引き摺り出すと、そのまま各パーツはザインが搭乗する「ジェノサイド」の胸部コックピットブロックやジェネレーターを内蔵するコアユニットに引き寄せられる。
凄まじい衝撃とともに飛来したパーツがリニアレールガイドによって軸が合わさり、コアに叩きつけられるようにドッキングする。激しく火花が飛び散り、大電流が接合部を一瞬で加熱・圧着し、剛性を確保。こうして「ジェノサイド」の姿はみるみるうちに変貌する。
「ハハハハッ!! これが『ジェノサイド・ビースト』だ!」
梁から飛び出し、格納庫の地面に凄まじい振動と共に着地した"獣"が咆哮し、ガシャガシャと頭部装甲が展開し、内部から8つのカメラアイを搭載した異形の顔面が現れ、切り裂かれたような大顎を開く。それはまるで神話や伝承に現れるような魔獣のようであり、それは地を這う姿勢でリクたちを縄張りに侵入した敵対者たちを睨みつける。
「ちょっとちょっと……これは流石に最強のアンタでもマジでヤバいんじゃないの?」
ユニを抱き抱えて後ずさるニコが目の前のリクの背中に向けて問いかけるが、彼はただ静かに鞘に収めた刀に手を添える。
「案ずるな猫女。俺は最強だぞ」
「ええそうね。あのバカは常識を代償に力を得ているから心配いらないわ」
シオンもニコの横を通り過ぎ、リクの隣に立つと2丁の『トライデント』を静かに構える。
「頼りにしてるよ二人とも。援護は任せてくれ」
「……こっちはナノバグのデバフから復帰したばかりでまだ全快じゃないからあんまり期待しないでほしい」
セレンとルナもそれぞれの得物を構えて臨戦態勢だ。
「とにかくやるっきゃないね……! ユニ、もう少し待っててね」
左腕の中で眠ったままのユニにニコは微笑みかけつつ右手の"ネコマタ"をぶんぶんと振り回して握り直し、エンジンを唸らせる。
「カスがいくら増えたところでカスには変わりねぇんだよ!! 一瞬でカタを付けてやるよォッ!!」
ザインが吠えると、それに呼応し、『ビースト』の全身に配置された棘状の散布孔からどす黒いナノバグが新たに吐き出される。しかしそれは格納庫内を満たすものではなく、自機を包み、強化するためのものだ。
「へへへマジで効くねぇDUSTは……」
脳がトリップする感覚にザインは全身を震わせる。
直後、『ビースト』は一気に飛び出し、リクのもとに一瞬で迫る。
「闘牛か? 生憎、ムレータは持ってないんだが」
一方リクは横合いの壁を蹴って垂直に駆け上がり、一瞬のうちに30メートルほどの高さに位置する梁の上に到達する。しかしビーストも全身のスラスターを吹かして無理やりリクの目前まで追いつくとマウスガードを展開して特殊合金製の牙を剥き出し、リクを飲み込まんと迫った。
対するリクは『雷切』を虚空に一閃し、雷撃の斬撃波を飛ばして『ビースト』が纏うナノバグを無理やり掻き消して生じた安全地帯を一瞬で駆け抜ける。直後、後方の梁が跡形もなく粉砕した。口腔部に内蔵された超音波発生機と牙となる共振ブレードが生み出す圧倒的破壊力の破砕攻撃だ。
「全くギャングどもには過ぎた兵器なのよ……っ!」
シオンが『トライデント』のサブマシンガンで弾幕を張り、ヘイトを自分に向ける。
「ガキ! いいサイバネ使ってんじゃねぇか! そこのガンナーのフルサイバネのモッド女ともども仲良くしようぜ!」
「お断りよ……!」
ターゲットをリクからシオンに切り替えた『ビースト』が牙と同様に特殊合金製の爪を振り下ろすと地面が叩き割れ、破片が四方に飛び散る。
シオンはギリギリで回避するが、僅かに制服のジャケットの右袖ごと肘部分の肌が破れ、カーボン製のサイバネ腕が曝け出される。
「最悪だわ」
シオンは舌打ちしつつ、『トライデント』の折りたたみ式ブレードを展開して『ビースト』の左前脚に深々と傷を刻んだ。血飛沫のようにナノバグがぶち撒けられるが、『トライデント』のシールドでガード。
「あまり無茶はするなシオン」
セレンが『メテオストリーム』からNEØNを圧縮した特殊弾頭を放ち、『ビースト』の顔面に着弾すると爆発した。ナノバグがシールドとなり大したダメージにはならないがカメラを一瞬潰せるのは確実だ。
「ありがとうございます先輩!」
シオンはその隙に地面を蹴って飛ぶように後退する。
「ちっ、相変わらず地味にイラつくぜ」
痺れを切らした『ビースト』が物陰に隠れて狙撃するセレンに顔を向け、大口を開ける。すると口腔奥から砲口が迫り出し、そのままナノバグを圧縮・加速したビームを照射する。
「……『ファミリア』! セレンを防御!」
咄嗟にルナが2機の『ファミリア』をセレンのもとに向かわせ、ナノバグビームを防ぐ。ありったけのNEØNで強固なシールドを形成するが、ナノバグの汚染速度は凄まじく、シールドの限界を迎えてジワジワと『ファミリア』の装甲が赤熱化していき、ルナの顔の横にアラートが警告ウィンドウとともに発せられる。
「……このままじゃ『ファミリア』が墜とされる……!」
冷や汗を流すルナだが、ピンク色と白色の風が彼女の横を通り過ぎ、『ジェノサイド』の横顔に突っ込んだ。
「てやぁあああああああ!!」
それはユニを抱えたニコであり、彼女が叩きつけた『ネコマタ』のチェーンソーは『ジェノサイド』の顔面左半分をごっそり抉り、内部の電力供給ケーブルも切断したことでナノバグビームも途切れた。
「クソが! いちいち邪魔なんだよォ!!」
怒りに震える『ビースト』が身をよじると、装甲の各部ハッチが展開して内部から大量のマイクロミサイルが射出される。それらは不規則な軌道でニコはもちろんその場にいた全員に向かって高速で迫る。
「今度こそ終わりだァ!! 吹き飛べぇぇえええ!!」
「ちょっと数が多すぎるよ!」
「逃げ場はないわね……全部落とせるかどうか」
「とにかく弾幕を張るんだ!」
「……今の『ファミリア』の状態だと盾にするのがやっとなんだけど……」
ニコ、シオン、セレン、ルナは各々ができる限りでマイクロミサイルを次々に撃墜する。しかしそれでも6発落とせないものがあった。
「やばい! こっちに来る!」
叫ぶニコだが、それらのミサイルは一瞬のうちに纏めて稲妻によって切り裂かれた。
「またつまらないものを斬った」
涼しい顔のリクが空中で身を捻り、刀を鞘に納める。
直後ミサイルが空中で一斉に爆発し、格納庫内を真っ白に染めた。
「嘘だろオイ……」
一瞬だけ『ビースト』が慄く。
一方でリクは僅かに口端を上げた。
それは獲物を追い詰める狩人の顔だ。
「――そろそろ仕上げと行こうか」
「舐めんじゃねぇぇぇえええ!! こっちは人間辞めてんだよぉおおおお!!」
『ビースト』が咆哮し、全身に纏うナノバグが荒れ狂い、血のように赤いスパークが迸る。ナノバグに侵された"ビーストのコア"は血を吐き、肌に血管を浮き上がらせ、息は上がり、心拍数は跳ね上がり、汗を滝のように流す。
『ビースト』の全身の装甲が展開し、各部に内蔵されたスラスターによって爆発的な推力を得てリクに突進する。しかしリクはただ地面を蹴り、一気に20メートル飛び上がると眼下の獲物に狙いを定めた。
「苦痛は一瞬だ。怪物」
静かに呟いた直後、青白い稲妻が『ビースト』の首を貫いた。
空中にNEØNの足場を形成して放つ居合だ。
まさに神速ともいえる一撃は遂に『魔獣』の首級を奪うに至った。




