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「チッ……肉壁どもをひたすら投入して、AIZのコアが機能停止するまで消耗させるつもりが……面倒くせぇ展開になりやがった。おい、ゴミクズども。何でテメェらがここに居る」
金属的なノイズの混じった、不快な声。
それは、アームドスケルトンと物理的に融け合ったザインだった。首から下を12メートル級の漆黒の鋼のボディに置換し、もはや人間の原型を留めていない。
「ザイン……貴様、ついに人間であることを辞めたか」
「VV-613『ジェノサイド』だ。イカスだろ」
生きるためにサイバネティクスを受け入れざるを得なかったセレンが、嫌悪を露わにする。
「……ユニは返してもらった。アンタの企みはここまでだよザイン。ゲームオーバーってやつだね」
ルナが装甲車の陰から挑発する。だが、ザインは不敵な、機械的な笑い声を上げた。
「あぁ? 何舐めた口叩いてんだ、クソガキ。テメェら全員、ここでまとめて肉片に変えれば済む話だろうが!」
刹那、漆黒の機体から、視覚を焼き切るようなブロックノイズを伴うNEØNが噴出した。どす黒い霧のような粒子が格納庫を満たしていく。
「ドメイン展開――っ!?」
ニコが叫ぶが、空間は書き換わらない。それどころか、展開しようとしたドメインがひび割れ、砕け散っていく。
「NEXASが……発動しないよ!?」
「ドメインが不安定だね、これじゃハッキングもできない!」
「……ナノバグの反応だ。この濃度、異常すぎる……」
三人の顔から血の気が引く。
「ヒャハハハ! 御名答! この『ジェノサイド』がばら撒くナノバグが、お前らのNEØNのエラーを誘発してんだよ!」
「……イカれてるね、アンタ」
ニコは唇を噛みしめながら意識を失ったユニを一際頑丈な装甲車の陰に隠す。
「この勝負服には高いカネを掛けたんだ。愉しませてくれよ」
その12メートルの巨体が、神経接続による獣のような俊敏さで天井の鉄骨を掴み、パンクロウラーズの頭上へと躍り出る。
「オラオラァ!」
凄まじい砲声が鼓膜を震わせる。
『ジェノサイド』のショルダーキャノンから放たれた90mm口径の徹甲弾は、ニコたちが遮蔽物としていた大型のトレーラーを紙細工のように貫通し、背後のコンクリート壁を粉砕した。爆風に煽られた重機のエンジンが火を吹き、格納庫内に不快な油の匂いが立ち込める。
「このままじゃ一方的にやられる……!」
セレンは物陰から僅かに身を出し、素早く『ジェノサイド』の右肩の関節部分を目掛けて『メテオストリーム』を発砲する。
「おっと!」
しかしザインは即座に反応し、身を反らせるとレールガンの弾頭は漆黒のセラミック複合材に覆われた流体装甲によって弾かれる。
「フレームに組み込まれた疑似神経束によるレスポンスと人工筋肉のポリマーアクチュエータによる柔軟な動き……厄介だな」
「お次はコイツだ」
直後、ジェノサイドの左肩からミサイルランチャーが斉射された。不規則な軌道を描く複数の噴煙が、格納庫内に駐機されていた輸送ヘリに直撃する。
「自爆する可能性だってあるのに本気なのアイツ……!?」
「……常軌を逸してるね」
パンクロウラーズの3人は冷や汗を流しながら爆発に巻き込まれないように動き回る。
ローターを吹き飛ばされたヘリが横転し、周囲の燃料ドラム缶を巻き込んで巨大な火柱を上げ、肌をじわじわ炙る。
「アッハハハ! 景気がいいなぁ! オイ!!」
ザインは着地と同時に、右腕の内蔵機関銃を「散弾」モードに切り替えた。
バチン、という機械音と共に、広範囲に殺傷能力のある金属片がバラ撒かれる。回避に専念する3人の足元で、ガソリンタンクが蜂の巣になり、漏れ出した燃料に火が燃え移る。
さらに、ザインは間髪入れずに「榴弾」へと装填を切り替え、フルオートで乱射した。
「ヒィ、ハハハハ!」
爆音の連鎖。爆発物の詰まったコンテナが次々と誘爆し、格納庫内は昼間のような眩い光と、鉄を焼く熱波に包まれる。
「……『ファミリア』!」
ルナの命令に応じて2機の『ファミリア』がNEØNシールドを展開し、3人を爆炎から守る。しかしナノバグの影響で出力はいつもより低い。
「3人纏めて挽肉にしてやるよォ!!」
炎のカーテンを突き破り、黒い影が迫る。
ジェノサイドの左腕――大型クローが展開された。
「くっ……!」
クローの中心部に内蔵されたドリルが超高速回転を始め、空気を切り裂く。ルナは『ファミリア』で大型クローを防ぐが、圧倒的質量の前にはなすすべなく、『ファミリア』は弾き飛ばされる。
「そのかわいいお顔をぶち抜いてやるよ!!」
バランスを崩したルナの顔面目掛けてドリル先端からは青白いレーザートーチが放射される。
「危ない!!」
咄嗟にルナのフードを掴んだセレンがその身を横に引き摺り倒し、ギリギリのところでドリルトーチを回避させる。ふたりの頭上を回避したドリルトーチの熱線を浴びた装甲車がバターのように溶け、真っ二つに両断された。
「足掻け足掻け、パンクロウラーズ! その絶望した顔を、このドリルでじっくり抉ってやるからなぁ!」
崩れ落ちる天井の破片。爆発するコンテナ。黒煙の中に浮かび上がる、レーザートーチの不気味な光。
破壊の化身となった『ジェノサイド』にニコたちは手も足も出ないように見えた。
「くそっ……これでも喰らえ!」
ニコがポケットから投擲したグレネードが炸裂し、ザインの視界を真っ白に染め上げる。
「EMPスタングレネードか、小癪な真似をしやがって」
ザインは舌打ちする。BMIにノイズが走り、光学カメラに切り替えを行う。
「セレン!」
「ああ!」
ニコに応じたセレンが正確無比な狙撃で格納庫のドラム缶を爆破し、炎のカーテンがザインの視界を遮る。
「EMPグレネードはこの布石ってわけか」
咄嗟にザインは自機をジャンプさせ、格納庫の天井付近まで一気に飛び上がる。
「はぁぁああああ!!」
爆炎から抜け出した『ジェノサイド』のすぐ目前にはニコがおり、彼女が握る『ネコマタ』は唸りを上げて胸部ZPE発電機へ喰らいつかんと迫る。
「まずはテメェからぶち殺してやるよクソガキィ!!」
対するザインは左手の大型クローを展開してニコ目掛けて突っ込ませる。
「……そこ!」
しかし横合いからルナの声があり、彼女の命令に応じた『ファミリア』が『ジェノサイド』の左前腕部を挟み込むように突進した。その質量と速度から生み出される運動エネルギーは『ジェノサイド』のセラミック複合材流体装甲の防御力を凌駕し、内部の人工筋肉線維とフレームを完全に破壊する。
「左腕を潰したところでまだ武器はあんだよ!」
ザインが吠えると『ジェノサイド』は損壊した左腕をパージしつつ胸部に2門内蔵された対人用機関銃の銃口をジェノサイドの胸部にしがみついて離れようとしないニコに向ける。
「ニコ避けて!」
ニコが即座に屈むと彼女のすぐ横を『メテオストリーム』から放たれた貫通弾が2発ほとんど同じタイミングで通過し、正確なエイムで機関銃をぶち抜く。
「ちっ……!」
「いい加減止まれっての!」
ニコは一気に『ネコマタ』のチェーンソーで『ジェノサイド』の分厚いコックピットハッチを斬りつけた。高速回転するブレードには励起した高エネルギー状態のNEØNを纏っており、凄まじ切断力を発揮する。その結果、盛大に火花が散り、コックピット内部のザインの変わり果てた姿が晒される。
「うっ……!」
思わずニコは顔を顰めた。
「おいおいヒデェじゃねぇか。失礼なガキだぜ」
頭部と上半身だけになり、胸から下を生命維持装置に繋がれ、肩口の先から様々なケーブルやチューブに繋がれたザインだったものが嗤う。彼はニコの隙を突き、空中で自機をバーニアで一瞬加速させた直後に逆噴射で急停止させてニコを無理やり引き剥がす。
「しまった……!」
ニコは柱を蹴って落下エネルギーを相殺させながら無事に着地する。
しかし彼女が顔を上げると梁の上に立つ『ジェノサイド』の全身から赤黒く変色したナノバグが大量に放出されている光景が飛び込んだ。
「まずい! あの濃度はNEXASでも耐えられないぞ」
「……あいつマジで正気じゃない」
「このままじゃユニも巻き込まれる!」
ニコは咄嗟に物陰に隠していたユニの身体を抱きかかえてナノバグの発生源から可能な限り走って距離を取る。体内のNEØNを活性化させることで身体能力は強化され、ユニひとりの身体を抱えていても移動に支障はないが、ナノバグの拡散速度の方が早く、3人の元にナノバグはみるみる迫る。
「くっ……! ヤバ……!?」
頭痛、目眩、吐き気。方向感覚の喪失。
ナノバグに侵された人間の典型的症状だ。
「うっ……!」
「ルナ……あ……!」
まずオルトであり、小柄なルナが倒れ、続けてニコも気を失ったユニごとその場に倒れ込んだ。
「ルナ! ニコ! しっかりしろ……!」
全身サイバネ化しているモッドであるセレンはまだギリギリ踏みとどまっているが、彼女のHUDにはノイズが走り、直立すらままならず、遂に片膝をついてしまう。『メテオストリーム』を杖のようにして体を支えているのは彼女の意地だろう。
「ハハハハッ!! ざまぁねぇなパンクロウラーズよぉ!?」
ザインがゲラゲラと笑い声を上げる。
「しかしこのまま殺すのはつまらねぇな。やっぱ多少は甚振らねぇとやり甲斐がねぇ。やっぱ“アレ”しかねぇってわけだ」
ザインは何やら思いついたのかBMIのHUDで何かしらのコマンドを実行する。
「テメェらさっさと目を覚ましやがれ――DUST1000%キメろォ!」
ニコたちは思わず自分たちの耳を疑う。
通常の10倍ものDUSTを摂取する――それは文字通り人間をやめることに等しい。
「――ッ!」
格納庫の床に転がっている気絶したギャングたちの身体に異変が起きた。ユニの手で沈黙したはずの男たちが、関節をありえない方向に曲げながら、ギチギチと音を立てて起き上がる。彼らの首に装着された首輪には赤いランプが灯っており、みるみるうにに肌はどす黒く変色し、血管は腐った泥のように脈打っていた。
「なっ……何、これ……!? みんな倒されたはずでしょ……!?」
ニコが戦慄する。起き上がった男たちの蜘蛛のような複眼のカメラアイはそれぞれがデタラメな方向に高速で動き回っており、口からは涎を垂れ流している。ナノバグを原料としたDUSTの過剰投与によって脳を焼かれ、神経系を強制駆動させられたゾンビと化していた。
「DUSTの真骨頂だ。死ぬまで俺の兵隊として働き続ける。理想の駒だ」
「――ッ!!」
獣のような咆哮を上げ、100体近いの「ゾンビ」がニコたちに殺到した。
セレンは『メテオストリーム』でゾンビたちのサイバネ化された手足を破壊し、命を奪わずに戦闘力だけを削ろうとするが、物量の前には意味をなさず、あっという間に3人はゾンビの津波に飲み込まれた。
床に押し倒された3人は四肢を掴まれ、身体の自由を奪われる。
「ハハッ! そのままゾンビどもに輪姦されて素手でバラバラに解体されるスナッフでも撮影して闇市場で売るか!」
ザインの笑い声とともに『ジェノサイド』も肩を震わせる。
絶望的な状況を迎え、3人の意識は徐々に遠のく。
「どうだ、パンクロウラーズ! お前たちもそいつらの仲間入りをさせてやる! 最高の死体人形になれぇッ!」
(く、そ……!)
ニコは闇に侵食される視界で気を失ったユニを見つめる。彼女の白い肌には大量の汚らわしい黒い腕が群がり、その心も身体も穢そうとしている。怒りが込み上げるが、文字通り今の彼女は手も足も出せず、あまりの悔しさに目尻に涙が滲む。
酸素不足によりニコたちの意識が途切れそうになるその瞬間だった。
静寂を切り裂く高周波の駆動音が、処刑場と化した格納庫に響き渡った。




