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4-5

「まさか、ここがヴァルチャーヴォーテックスのアジトだったとはね……」


 ニコの呟きとともに、空間を歪めていたメタ・ステルスの光学的屈折が解ける。虚空から輪郭を取り戻したニコ、セレン、ルナの三人が立っていたのは、CLOUDの中心に鎮座する巨塔「セフィロト」の真下、その巨大な根元だった。


 見上げる視界を遮るのは、複雑に絡み合うパイプラインと、絶え間なく蒸気を吹き出す工業プラントの群れだ。ブロック化されたこのエリアは、都市の代謝に合わせてリアルタイムで構造を変える。その流動性の高さゆえに、ここは法の手が届かない、ギャングたちの「内臓」となっていた。


「実はホークアイも、前からこの機関部のどこかに潜伏しているだろうとは睨んでいたんだ」


 元ホークアイであるセレンが、苦い記憶を反芻するように言葉を継ぐ。


「でも、セフィロトを管理する『オウルオーニング』の連中が露骨に邪魔をしてきてね。戦力を総動員すれば突き止められただろうけど、万が一ここで大規模な戦闘が起きればセフィロト自体が崩壊しかねない。……まあ、上が腐敗していて、本気で捕まえる気がなかったのが一番の理由だろうけど」


 そんな欺瞞に満ちた聖域の地下こそが、ソニックが示したユニの囚われの地。

 ニコは傍らに控える、愛車であり相棒の機体を見やった。


「お手柄だよソニック。それじゃあ、バイクボディはこのままステルス状態でバンの中に待機。……猫ボディの方で、ユニの場所を案内して」


「にゃーん!」


 バイクのエンジン音が静かに途絶え、代わりにニコの視界にホログラムが浮かび上がる。画面にはソニックの意思を示す愛嬌のある猫文字が踊り、同時にアジトの3Dマップが展開された。一箇所、脈動するように赤く光るマーカー、それがユニの現在地だ。


「アジトへのアクセス経路まで……助かるよ、ソニック」


 提供されたデータは完璧だった。座標だけでなく、エレベーターの認証信号、ドアの解錠コード、果ては警備デバイスの偽装IDに至るまで。ルナの指先がホログラムディスプレイの上で止まる。


「……見て。ギャングが使っているアクセスパス、オウルオーニングの管理コードと完全に一致してる。癒着なんてレベルじゃない。これはもう、共同経営だね」


 三人は警戒を密にし、オウルオーニングの企業ロゴが刻まれた重厚なメンテナンスハッチの前に立つ。本来なら市民を守るはずの紋章が、今は悪の門番に見えた。


「……早朝で人影なし。監視カメラ、ドローン、全てハッキング完了。警備ドールの死角も計算通り。クソ野郎が相手なら、こういう『お仕事』も合法に思えてくるから最高」


 ルナが冷徹にコンソールを叩く。セレンが鋭い視線で周囲を断ち切りながら付け加えた。


「元ホークアイの私から見れば、真っ黒に近いグレーだ。だが、四の五の言っていられる状況じゃない」


 NEØNで複製した偽造キーを差し込むと、電子音が鳴り、ハッチが重々しく口を開けた。内部は狭く、冷え切った空気が肺を突く。緑色の非常灯が、どこまでも続く奈落のように奥へと連なっていた。

 足音を殺し、一行はエレベーターへと滑り込む。


「このエレベーターで最下層へ。そこに機関部専用フロアへのハッチがあるはず」


「ああ、こっちのライセンスキーだね」


 セレンの指示でニコが流れるような手付きでパネルを操作し、二重の障壁を解除していく。ソニックのナビゲートがなければ、一生をかけても出口の見つからない迷宮だっただろう。CLOUDの電力を一手に担う発電施設、毛細血管のような電力線、巨大な下水遺構。その隙間に打ち捨てられた「廃棄通路」こそが、ヴァルチャーヴォーテックスの専用回廊だった。

 しかし、進むにつれ、セレンの眉間に皺が寄る。


「……静かすぎる。監視を潜り抜けたとはいえ、警備の反応が途絶えていることに気づく奴がいてもいいはずだ。トラップ一つないのは、不気味だね」


「……何かが起きてる。それも、今まさに」


「急ごう!」


 最後の角を曲がった先、三人の前に巨大な防壁シャッターが立ちはだかった。大型装甲車すら飲み込むその威容は、ここから先は後戻りできないことを告げている。一瞬、恐怖で足が竦みかける。

 だが、この先にユニがいる。たった一人でこの地獄に踏み込んだ少女を思えば、退くという選択肢は霧散した。


「……行くよ」


 ニコの合図に、二人が無言で頷く。

 重圧とともにシャッターが巻き上がり、三人は薄暗い格納庫へと飛び込んだ。


 そこは、悪夢の兵器庫だった。軍用トレーラー、重装甲車、戦闘ヘリ、さらには違法に改造された大型アームドスケルトン。コンテナには山のような重火器と弾薬が詰め込まれている。一介のギャングが持てる戦力ではない。


 だが、彼女たちが息を呑んだのは、その軍備に対してではなかった。


「これは……っ!?」 


「……ギャングたちが、死んでるの?」


「いや、生きてはいる。だが……」


 セレンが倒れている男の一人を検分し、戦慄する。


「全員、サイバネの駆動系と電装系を内部から徹底的に焼かれている。意識障害……いや、これはもう、廃人化の一歩手前だ」


「ユニが……これを、一人で?」


 三人は弾かれたように周囲を見渡す。赤く点滅するマーカーはすぐ側にある。その時、格納庫の奥から「カラン……」と、乾いた金属音が響いた。


「――ッ!」


 視線の先。そこに彼女はいた。


 だが、その背姿は三人の知る彼女とはどこか違っていた。肩を震わせる彼女の瞳には、血のように昏く、禍々しい紅い光が灯っている。

 その足元では、最後の一人となったギャングが、腰を抜かして後ずさっていた。


「やめろ!  頼む、助けてくれ! 俺はただボスに命じられただけで……ギャアアアアアアアッ!?」


 許しを請う悲鳴は、物理的な破壊音に掻き消された。男のサイバネ頭脳に猛烈なブロックノイズが走り、過負荷に耐えきれなくなった神経系が発火する。男は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「ユニ……!」


 ニコは反射的に駆け寄り、右手を握る。背筋を凍らせるような冷気が場を支配していたが、それでも彼女の手を離すわけにはいかない。


 「――っ」


 呼びかけに応じ、ユニがゆっくりと振り向く。その真紅の瞳に宿っていたのは、制御しきれない絶望と、焼き付くような怒り、そして――深い悲しみだった。

 この短時間で、彼女がどれほどの地獄を視て、どれほどの傷を負ったのか。ニコは言葉を失い、ただ静かに、壊れ物を扱うように彼女を抱きしめた。


「ニ……コ……。ル、ナ……セレ、ン……」


 ニコの温もりに触れた瞬間、ユニの瞳から紅い色が消え、元の青い輝きが戻る。緊張の糸が切れたように、彼女の小さな体から力が抜け、ニコの胸の中に倒れ込んだ。


「ユニ!  しっかりしろ!」


「……バカ、一人でこんな無茶して……っ」


 セレンとルナも駆け寄り、ユニの顔を覗き込む。安堵が広がりかけたその時、ユニが震える指先で奥を指差した。


「……ザインを……止めて……」


 その指の先、格納庫の最深部に鎮座していた「それ」を見て、3人は息を止めた。


「NE弾頭……!? まさか、こんな代物まで隠し持っていたなんて……!」


 セレンの声が震える。


「ば、爆発しない!?」


「……ユニのドメインがバリアになってくれてるから外部刺激で爆発する可能性は低いね。尤もユニの体力がどれだけ持つかだけど」


 ニコの問いにルナが冷静に答えるが彼女の頬にも冷や汗が伝う。何せ万が一にでも爆発すればセフィロトが崩壊し、CLOUD全体が文字通り瓦礫の山になる可能性が目の前で生じているのだ。


 しかし直後、鼓膜を裂くような轟音とともに、大口径の弾丸が雨あられと降り注ぐ。


「伏せろっ!」


 セレンの指示を聞くよりも早く、ニコたちは咄嗟に近くの装甲車を遮蔽物にし、弾幕をやり過ごす。火花が飛び散る中、奥の重シャッターが歪みながら開き、巨大な「化け物」が姿を現した。

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