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(ごめんなさい。ニコ、皆さん)
ユニの内心で、謝罪の言葉がこだまする。
ニコがユニに髪を撫でられて眠りについた頃と、全く同じタイミング。
ユニの「本体」は、アジト外に存在していた。
ユニが開発した第3世代メタ・ステルス。それは光学的隠蔽や情報の改竄に留まらず、人間の五感、さらにはNEØNの微細な波動すら完全に偽装し、知覚を欺く代物だった。今、ニコの隣にいるユニは、NEØNホログラムで生成された精巧なダミー。本物のユニはその技術により、アジトを抜け出し、ヴァルチャーヴォーテックスが指定したこの場所に辿り着いていた。
そこは『アンダー』でありながら、どの既知の八つのエリアにも該当しない、廃棄された巨大な地下施設。闇に沈んだその空間に、ユニは一人立っていた。
「自ら俺たちの元に現れるとはな。探す手間が省けたがあっさりしてつまんねぇぜ」
闇の中から、赤いセンサーアイがいくつも浮かび上がり、まるで巨大な蜘蛛の顔のように見える。
ヴァルチャーヴォーテックスのボス、ザインだった。全身を覆うサイバネティクスが、彼を異様な威圧感で包んでいた。
「このまま俺たちのラブコールを無視して潜伏を続けるつもりだったならコイツをぶち込むつもりだったんだが」
ザインは顎で隣にあるものを示す。それは、全長3メートルほどの巨大なミサイルだった。その表面には、禍々しいマーキングが施されている。
「auranetで各種SNSや匿名BBSにアクセスしたところ不審なやり取りを確認したんです。"指定の座標で花火を打ち上げる"と。その"花火"がこのNE弾頭――内部にNEØNスワームを高密度で詰め込み、ZPE発電機構をオーバーロードさせると同時に指定範囲にドメインを展開。瞬間的に発生した高エネルギーはチェーン反応によりドメイン内で膨れ上がり、やがてドメインが崩壊して爆発的なエネルギーが発生して範囲内の何もかもを焼き尽くす――NEØN大戦終結後の条約で禁止された禁忌の兵器を使わせるわけにはいきません」
「いい子だ。AIZのコアが言いなりになるってのはゾクゾクするねぇ……ご存知の通りこのNE弾頭は完全にオフライン・スタンドアロンで発射する。アナログな仕組みを使えばいくら強力なNEXASでも干渉はできねぇ。悔しいかい? まぁ演算リソース使いすぎた今のお前は二足直立歩行のフィードバック制御すらままならねぇだろうがな」
「――」
ザインはユニの体調不良を見抜いていた。
先ほどのメタ・ステルスの緊急開発と、アジトでのダミー生成に、ユニの演算能力は限界を迎えていたのだ。
身体をわずかにふらつかせるユニは唇を噛みしめる。
「おっとわかっているとは思うがコイツを破壊しようなんて思わないほうがいい。既にコイツは臨界寸前だ。物理的に破壊を試みればドカン! ここでそんなことが万が一にでも起きればコイツが爆発するより遥かにヤベー事態になるぜ? いや、寧ろそれはアリか?」
ザインは愉快そうな笑い声を上げる。
ユニの身柄さえあれば、破壊されても目的は達成できる。
「ひとつ、条件があります」
ユニは静かに、しかし決意を込めた声で告げた。
「――あ?」
ザインの声色が訝しげに変わる。
「私のことについてはお好きにどうぞ。しかしほかの方々には一切手出ししないでください。この条件に背いた場合はありとあらゆる手段をもって、あなたたちも、あなたたちの背後にいる存在も殺します」
ユニの細い体から発せられたその言葉は、自分を犠牲にしても、仲間を守り抜くという、自身の命をかけた脅迫だった。
「おお、怖い怖い」
ザインは肩を竦める。
すると彼の背後から何名かの構成員が現れた。全員頭部を含めて全身のあちこちをサイバネ化しており、人間とかけ離れた異形の見た目をしている。平気で他者を傷つけ、自らの人体改造も厭わない狂った集団。
こうしてユニは彼らが巣食う闇の中へと引きずり込まれていった。
Ø
午前5時。夜明け前の闇がまだマルクトの街を覆い尽くしている頃、熊猫飯店地下の秘密のアジトでは、ニコの悲痛な叫びが静寂を打ち破った。
「――ユニが居ないよ!」
ニコは隣のベッドで目覚め、隣が空っぽであることに気づいた。
昨夜、自身を安堵させたはずの温もりは、どこにも残っていなかった。
司令室にいたワンとジャックが駆けつける。
「馬鹿な……出ていく気配があれば簡単に気がつく。センサーも無反応だったんだぞ」
「俺たちも時折チェックしていたが、深夜は誰もこのアジトを行き来している様子はなかった」
ワンは目を剥き、ジャックもパイプ椅子から飛び起きたまま、困惑を隠せない。
「……メタ・ステルスだね」
硬い表情のルナは周囲に残っているNEØNの残留反応から分析する。
「このレベルとなると、ホークアイなどが使用している第2世代メタ・ステルス並みか、それ以上でしょうか?」
未だ目を覚まさないスカーレットの看病をしていたレトリーに、セレンは冷静に状況を説明した。
「ああ。いわば第3世代メタ・ステルスだ。ユニから提供されたものがこれさ」
セレンは隣にいたマオに、そっと右手を差し出した。
「? セレンちゃん、いきなり握手してどうしたの?」
マオは戸惑いながら、セレンと握手する。
「私はここに居るだろう? 見ててくれ」
セレンがそう言った次の瞬間、マオと握手していたはずの彼女の姿が、目の前からふわりと消えた。
「消えた……!?」
マオが驚愕する。
「こっちだよ」
セレンの声は、マオの真後ろからした。
彼女は、マオたちが立っている場所からわずか数歩離れたコンテナの陰に存在していた。
「まるで瞬間移動したみたいですね……」
コットンは息を飲む。
「さっきマオと握手した私は、擬似的な質量、熱量、電気信号、振動、におい等々……を発生させたNEØNのホログラム分身体。それで、今ここで話してる私が紛れもない本物さ。ずっとここに隠れていたんだ」
セレンは自身の手のひらを広げながら解説する。
「信じられねぇな……まるで狐につままれたような気分だぜ」
ワンは自身の太い腕をさすった。
「つまりユニの奴はメタ・ステルスの発展型でここから抜け出したってわけか……早まりやがって……!」
ジャックは状況を理解し、苦々しく吐き捨てた。
「おそらくヴァルチャーヴォーテックスに投降し、彼らのアジトで拘束されているものと思われます。しかし肝心の、彼らのアジトがどこにあるかは不明です」
レトリーはすぐに事態を推測した。
「……一刻を争う事態なのに、どうすれば……」
ルナは膝を抱え、焦りを滲ませる。
その時、ニコがある可能性に気づいた。
「そういえば、今朝からソニックの猫ボディも見かけないんだけどもしかしたら――」
一同は、司令部の入口付近に鎮座している、キャンディピンクのバイクを見つめた。それは、いつもはニコの帽子にいるはずの、小型マキナであるソニックのバイクボディだ。
しかし、そのバイクはいつもと違い、完全に沈黙していた。
「まさか――」
ニコはバイクに駆け寄る。
直後、バイクのフロント部、小型の液晶パネルに、猫の顔文字がひっそりと表示された。
Ø
薄暗い地下の施設。そこがヴァルチャーヴォーテックスのアジトだった。
太い配管が壁や天井、床を這い、重苦しい機関部の駆動音が常に重低音として響き渡っている。
ユニは、油圧シリンダーが組み込まれた物々しいリクライニングシートに、複数のワイヤーで拘束されていた。
彼女の周囲には四人ほどのヴァルチャーヴォーテックスの構成員ギャングが群がっている。誰もが全身を改造され、サイバネティクスで異形の見た目をしていた。
周囲には物理モニターやホログラムディスプレイがいくつも浮かび、ユニの体温、コアの出力、演算リソースなど、様々なステータスを表示している。
「っ!」
ユニの視界の端に、キャンディピンクの何かが映った。彼女は周囲のギャングに悟られぬよう、拘束された頭部をわずかに動かし、カメラをフォーカスさせる。
それは、子猫型ボディのソニックだった。彼は物陰に潜み、大きな瞳でユニの様子をうかがっている。
(どうしてここに……まさか熊猫飯店を出たあとに気付かれた……!?)
ユニは、第3世代メタ・ステルスをフルで使用したことで演算リソースを消耗し、ソニックの追跡に気付けなかったことを後悔した。ソニックまで危険に晒してしまったことに、心臓は存在しないのに胸の奥が冷える。
(――今はどうか耐えて、ユニ。もうすぐみんなが来てくれるから)
(え……?)
その時、頭の中に、外部の量子通信とは異なる、謎の声が響いた。
それは、マキナの幻聴とでも言えるものなのか。ユニ自身にも、その声の出所はわからなかった。しかし、その声は、確かに彼女を励まそうとしていた。
「やっぱAIZのコアだけあって何もかもわからねぇな。下手に内部にアクセスするとファイアウォールが起動して脳をレンチンされかねねぇしよ」
「誰か適当なヤツ拉致って弾除けにすんのはどうだ?」
「それよりも適当な下の奴ら呼んでやらせたほうが早いだろ」
ギャングたちは、ユニの身体を品定めするように、下劣な会話を続ける。
「しかしなんでマキナってのはわざわざコモンを再現したボディにしてんのかね?」
「マキナがコモンに近づき過ぎて、ボディがコモンから逸脱してると発狂するんだってよ。元はただのAIのくせによ」
「へぇ〜、じゃあ"穴"もあんのか」
「それどころか孕む機能もあるんだとよ」
「マジかよ!? 最高のダッチワイフじゃねぇか!」
「確かめてみようぜ」
「……っ」
異形の男たちが群がり、ニコがプレゼントしてくれたコートや、その下の純白のワンピースを剥ぎ取ろうとする。
ユニはぎゅっと唇を噛む。外部からの攻撃には耐えられても、内面の無垢な部分を穢されることへの恐怖が、彼女の意識を加速させた。
世界がスローモーションになる。
蹂躙。陵辱。侵食。支配。
彼女のコアを、憤怒、憎悪、恐怖、悲哀、絶望といった、人間が持つ最も醜い感情が侵食していく。
――気持ち悪い。
(――なぜ)
何故こんなにも醜い存在がのうのうと生きていて、スカーレットのような人格者が傷つき、ニコたちのような何の罪もない人々が苦しまなければならないのか。
――寒い。
冷たく暗い深海の奥底に取り残されたように、ユニの意識は凍てついていった。
遂に男の手がユニの胸元にかかる。ぶちり、と純白の汚れなきワンピースのボタンが飛ぶ、その直後だった。
べきり、と。
何かが軋む、乾いた音が響きわたった。それは、ユニの細い腕から発せられた音ではない。
「あ?」
ユニの服を剥ぎ取ろうとしていた男が、間抜けな声を出す。
彼が自分の腕に目をやると、ユニの細い腕が、男のサイバネ腕を片手で握り潰していた。ユニの指先から発生した微細なNEØNパルスが、男の腕の内部回路に干渉し、強制的に駆動系を破壊していたのだ。
「ぐああああああっ!? なっ、なんで痛みが……!?」
男の脳内に、ユニのNEØNハッキングによって「痛覚」のフィードバックが強制的に送られていた。
「痛覚ハック!? そんな馬鹿げたことが!」
「視界一面にエラーダイアログがいくつも表示されてやがる! 何をされてるんだ!?」
「ボス!? 例のAIZのコアが――クソッ、NEØNもハッキングされて通信できねぇ! ドメインも展開できねぇ!」
ユニの全身から噴出したNEØNエネルギーが、アジト全体のローカルネットワークとギャングたちのサイバネティクスを瞬時に制圧していた。
「や、やめろ……来るな! ギャアアアアアアア!!!」
右往左往するギャングたちの絶叫が、暗いアジトに連続する。
闇の中で、次々にサイバネティクスの赤いセンサーアイが消え、辺りは真っ暗になった。
だが、最後に、新たな赤い二つの光が灯った。




