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夜7時。空は完全に闇に包まれていた。
セレンの運転するバンは、10課からインストールされたメタ・ステルス機能と、ルナがネット上にばら撒いた大量の偽情報に守られながら、マルクト繁華街の裏路地に静かに滑り込んだ。
「なんとかここまで来れたね。正直生きた心地がしなかったよ」
ハンドルを握るセレンは深く息を吐き出した。
「ネットに大量の偽情報をばら撒いたおかげでマークは甘くなってるね。今ならお店に行けそう」
ルナはホログラムディスプレイを操作し、周囲の警戒レベルをチェックしながら告げた。
「次世代メタ・ステルスも完成したのでパンクロウラーズのローカルネットに共有しておきますね。現行の軍用レベルを超える性能になっているのでまず看破は困難でしょう。ただ問題は演算リソースの問題で、皆さんが使用する場合は長くても連続稼働10分程度が限界で30分程度のクールタイムを挟む計算です。このあたりは改善の余地アリですね」
BMIを通じて文字通り脳内だけで次世代メタ・ステルスを開発していたユニは目を開けて微笑む。その額には汗が滲み、疲労の色が見える。やはりAIZのコアを保有しているだけあって並のマキナより遥かに高性能な量子プロセッサーが搭載されているのだろう。
「流石ユニ。仕事が早くて助かるよ」
ニコが感嘆の声を上げる。
「私ができるのはこれくらいですから」
ユニはどこか寂しそうに微笑んだ。その言葉には、自分にしかできない技術でしか仲間に貢献できないという、自責の念が滲んでいた。
「相転移でバンのカラーリングを変えたしIDも改竄済み。汎用モデルだししばらくバレることはないだろう」
セレンはバンの最終チェックを終える。
「ソニックおいで」
ニコは荷台から、バイク形態のソニックをゆっくりと降ろした。
ソニックは甲高く「にゃーん」と鳴き、ニコに付き従う。
「お邪魔しま~す」
鍵は掛かっていなかった。
ニコはソニックを手で押しながら、慎重に熊猫飯店のドアを開け、足を踏み入れた。
店内は真っ暗で、人の気配はまったくない。
「まさかワンさんとマオさんも被害に……」
ユニは不安げに呟く。
「……いや、わずかに地下からNEØNの反応がある。どこかに入り口があるはず」
ルナは微弱な信号を捉え、視線を彷徨わせた。
「見つかった。この冷蔵庫の中だ」
セレンが店の奥の厨房へと向かい、すぐにあるものを発見した。
大人ひとりがギリギリ入れそうな大きさの業務用冷蔵庫。セレンが奥の排気口のパネルを外すと、それはフェイクで、その中に隠された通路が見つかった。
「この奥に知っている方たちのNEØNの反応があります」
ユニが断言する。
「秘密基地ってわけか。よし、行こう」
ニコはソニックを手で押し込みながら、慎重に階段を降り始めた。
直後だった。
店の出入り口のドアが乱暴に蹴り破られる音が響く。
「誰かいるのか!?」
一同の息が一瞬で止まった。
ニコたちは階段の途中で身を潜める。窓の反射で店の出入り口を確認すると、ホークアイ機甲1課の徽章を付けた重装備の隊員2人が立っていた。彼らは暗視ゴーグルを装着し、店内の様子を注意深く確認する。
「……ちっ、反応は無しか」
細身の隊員は舌打ちした。
「見間違えただけだろ。しっかりしろ」
大柄の隊員が苛立たしげに言う。
「ふん。用心に越したことは無いだろうが」
二人の隊員は、そのまま店から出て行った。
パンクロウラーズは息を吐き出す。
「はぁ~……すごいね、ユニが発展させたメタステルス」
ニコは安堵と驚きが入り混じった声を出す。
「……並みのメタステルスなら間違いなくバレてたね」
ルナも技術の精度の高さを認めた。
「正直、私自身も驚いてます」
ユニは自分の能力の進化に戸惑っているようだった。
「じゃあ先に進もう」
セレンの言葉に一同は頷き、再び先に進む。
網膜内のNEØNが視界を補正するので暗闇の中でも移動に支障はない。狭い通路の奥へと進むと、閉ざされた重厚なシャッターに辿り着く。
目線の高さにはアクセス用のタッチパネルがあった。
ニコがその前に立ち、ノックしようとした瞬間、スピーカーから低い、聞き慣れた声が一言だけ発せられた。
シャッターが左右にスライドして開くと、パンクロウラーズの四人はアジトの内部に足を踏み入れた。
「無事だったようだな」
見慣れたクマ親父、ワンの姿があった。
彼は心底安堵したようにひと息つき、手にしていたショットガンを静かに降ろす。
「本当に心配したよ〜それにスカーレットさんもまさかこんなことになるなんて……」
隣にいたマオも、やや翳りがあり、ネコミミは不安げなイカミミになっていた。親しい人が襲われた事実に、深く胸を痛めているのが見て取れる。
「皆様、よくぞご無事で……」
「にゃー」
奥からレトリーがニコたちのもとに駆け寄り、深々とお辞儀をした。
彼女の目元は赤く濡れており、いつもの涼しげな顔は面影もなく、ひどく憔悴した様子だった。
その足元には三毛猫のタマ子もおり、ペットロボット形態のソニックと鼻をくっつけ合って挨拶している。
レトリーの様子を目の当たりにしたニコは、震えそうになる声を抑えて尋ねた。
「スカーレットさんは?」
ワンが奥の部屋を指差す。
「隣の部屋だ」
一同の胸中に、張り詰めた不安が広がる。
彼女たちは急いで指差された部屋へ向かった。
「スカーレットさん!」
「静かにしろ。オペが終わったばかりなんだ」
部屋の入り口のパイプ椅子に腰掛けるドクター・ジャックがマグカップのコーヒーを口にしながらニコたちを一瞥する。
その後ろから、コットンが一同を安堵させるように微笑み告げる。
「一時は予断を許さない状況でしたが、危機的な状態は乗り越えました」
ベッドの上には、スカーレットが点滴に繋がれ、呼吸器をつけて静かに眠っている。バイタルを示すモニターは安定しており、ひとまず安心できる状態であることがわかった。
「マスター……いつものように「ママとお呼び」と……レトリーを叱ってくださいませ」
レトリーは震える足でベッドサイドへ歩み寄り、主人が早く目覚めることを祈るように、スカーレットの右手をそっと両手で握る。その痛ましい姿に、ニコたちの胸は締め付けられた。
「……全部、私のせいです」
ユニが声を絞り出し、俯いた。
「違うよ! ユニのせいじゃない! だってユニは私たちを助けてくれたじゃん!」
「私が皆さんと関わりを持ってしまったばかりに、皆さんを危険な目に遭わせてしまっているんです。これは紛れもない事実です」ニコが否定するが、ユニの言葉は、論理的なデータ分析の結果のように、強く響いた。
「自分を責めなくていいんだ、ユニ。悪いのは、己の利益のために君を狙うヴァルチャーヴォーテックスやコーポ連中、ホークアイだよ」
セレンはユニの肩にそっと手を置く。
「……今はまずこれからどうするかを考えよう」
ルナは静かに地面に座り込み、膝を抱く。表情はいつもと同じようにクールさを保っているが、その言葉には不器用な思いやりが滲んでいる。
「……っ」
「……ね?」
ユニは何も言い返せず、唇を噛み締め、ニコはそっと背中を撫でた。
ニコの帽子から顔を出したソニックも、励ますように小さく「にゃー」と鳴くと、張り詰めた空気をわずかに緩める。
「まずは休めお前ら。かなり疲れてるだろう」
病室の外に出てモニター室の隅に設けられた喫煙スペースでタバコを吸うジャックが奥の仮眠室を顎で示す。
「シャワー室とお手洗いはあちらです。みなさんの服もクリーニングしておきますので」
コットンがその隣の部屋を指差す。
「あとはメシだ。上の厨房は使えないが、この味気ない非常食よりはマシなのを作ってやる」
「うんうん。ちゃんとご飯は食べないとね」
ワンもショットガンを脇に置き、厨房へと向かい、マオも彼に着いていく。
「何かご希望がございましたら、レトリーにもなんなりとお申し付けください」
レトリーはまだスカーレットの手を握っていたが、ニコたちに向き直って改めてお辞儀した。
「ありがとうね、みんな」
ニコたちは仲間たちが用意してくれた温かい心遣いに心から感謝する。
こうして、パンクロウラーズは束の間の休息を得た。
Ø
深夜1時。
アジト内のメンバーはとっくに眠りについており、司令室のワンとジャックも見張りのため交代で仮眠を取っていた。
熊猫飯店の地下アジトに設けられた仮眠室にも、外の喧騒は微かに伝わってきていた。ホークアイのパトカーの騒々しいサイレンの音が、まるで世界の不安を代弁するように、夜の闇に響いている。
仮眠室にはベッドが四つしかなかったため、ニコとユニ、ルナとセレン、マオとコットンがそれぞれ一つのベッドを共有して眠りについていた。レトリーはスカーレットに付き添っているためベッドは一つ空いていたが、ワンとジャックは「野郎なんかと寝られるか」とのことだ。
「にゃー」
ソニックが他のみんなを起こさないように控えめに鳴き、ベッドに腰掛けるユニは「しーっ」と小さく応じる。
そして彼女は再び目を閉じ、BMIにアクセスする。
それは視覚化されたauranetの世界であり、CLOUD中の無数の情報が滝のように流れ込む。
最初はただの「ノイズ」の渦だ。
しかし、ユニはその中に小さな異変があることに気づく。
ある特定の瞬間、数百万の投稿の中から、"同時刻に発生した、無関係なはずの投稿群"にある共通点が存在することを検出する。
(――これは)
抽出した投稿群のデータをフィルターし、断片的な座標データとキーワードを時系列で繋ぎ合わせる。
するとひとつのメッセージが浮かび上がった。
Ø
深夜2時。
「ん……ソニック……?」
ふと、ニコは自分の体の上に乗って寝る小さな相棒が居ないことに気付き、目を覚ました。寝ぼけ眼で辺りを見回すが、あの甘えん坊の姿は見当たらない。おそらく慣れない場所でどこか部屋の隅に隠れているのだろうかと推測し、再び横になろうとするが、
「ユニ……?」
ふと隣に横たわっているはずの少女の名前を呼びかける。
「……大丈夫ですよ、ニコ。安心してください」
呼びかけに反応したユニは、ゆっくりと体を起こした。
闇に慣れた瞳に、ユニの優しげな輪郭が浮かび上がる。
ユニはそのまま手を伸ばし、ニコの頬にそっと触れた。
ああ、存在する。確かに彼女はここに居る。
ニコは安堵に胸をなで下ろした。
「うん、安心した」
ユニの指先の感触、わずかに高めの体温、バニラのような甘い香り、静かな息づかい。どれも紛れもなく本物で、隣にユニがいることを証明していた。ニコは安堵し、横になり直してそっと目をつむる。
「おやすみなさい、ニコ」
ユニはそっとニコの髪を撫で、再び横になった。




